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俺氏、密着する

 各駅停車の中は、結構混んでいた。

 朝のラッシュ時ほどではないが座れる余裕はない。

 せいぜい吊革が足りないレベルだ。


「す、すいません、山本さん。何かご無理をなさってませんか?」

「うん? いや、そんな事はないよ。うん」


 ご無理はなさってないです。

 あのあと、プロデューサー同僚氏に滾々と言い含められた俺。


「いいか、お前の見た目は清潔にして身だしなみを整えてやっと並の下だ」

「知ってる」

「だからな、見た目を補うのは普段の言動だと知れ」

「うん……うん?」

「見た目が悪いのを自覚してるんなら、普段から他人に対して気を使えって言ってるんだ」

「気を使ってるつもりだけれども」

「お前のは気を使ってるんじゃない。相手の気持を考えてない、それは気遣いとはいわん」

「……そうかなぁ」

「相手の気持になって考えろ。っと、電車が来たな。俺からは以上だ」


 以上、柏木さんの目の前で彼に頭を抱えられた状態で行われた男同士の内緒話の内容である。

 どうも彼女欲しい計画を推進しようとする俺に、彼は助力をしてくれるような事を言っているわけだが。

 柏木さんみたいな普通の娘を相手に、女性の扱いや会話に慣れろということなのだろうか。


「い、いつもこんな感じなの? 帰りの電車」

「そうですね、いつもより少し混んでるかな? って感じです」


 俺のいつも乗る区間急行は、もう少し空いてる。

 たまに都心へヲタグッズ収集に出向く時があるが、その際の帰り時間だと逆に混み具合がすごかったりする。

 そしてこんな感じの混み具合の時が、一番痴漢被害が多いのだという。

 ああ、身動き取れないほどではないが、身体は密着してしまうものね。

 今は扉と座席との間に存在するトライアングルスペースに身を寄せて、なおかつ俺がガードしている為に多少の余裕があるが。

 しかし全くの赤の他人ならばまだしも、顔見知りの異性とこれだけパーソナルスペースが近いとその、なんだ。

 あ、いい匂いがする。

 正直困る。


「前は一旦始発駅までもどってから、座って帰ったりしてたんですけどね」

「そりゃまた面倒な……」


 そんな俺の気持ちを知ってかしらずか、柏木さんはにこやかに、しかしトーンを抑えた小さな声で会話を続ける。

 ああそうね、座ってしまえば痴漢被害は確実に減らせるだろうしな。

 ただ、定期券の乗車区間の外だ。

 駅構内から出なけりゃバレないじゃん、とは言えキセル行為なのは間違いない。

 思わずツッコミを入れそうになったが、続く彼女の言葉にソレを引っ込めた。


「流石にそんなの毎日しているとお金かかるのでやめちゃいましたが」

「真面目だ!?」

「はい?」


 ちゃんと切符買って始発駅まで行ってただと?

 なんといういい子だ柏木さん。

 世の鉄ちゃんなど、いかに安い料金で路線重複せずに長距離乗れるか、などというお遊びをするというのに。


「でも助かります。いつもはできるだけ女の人が多いところを探してたりしてたんですが、そういつも都合よく居るわけでもないので……」

「ああ、そりゃあね。まあこれくらいなら別に」


 大した事じゃないと続けようとした、その時である。

 電車がガクン、と急停車したのだ。


「……なんだ?」

「何があったんでしょう」


 ★


「……じ、人身事故ですか」

「そうみたいだね」


 停止してすぐに、車内アナウンスによって停止の理由が告げられた。

 この先の駅で、電車と人とが接触したという話だった。

 生死については不明。

 それほど話題があったわけでもないが、会話が続かない状態になってしまった。

 変な話、話題にも出来ないしな。

 ヲタ仲間との会話なら、こんな状況でも「車両確認をしております、とかだったら見つからない部分探してます、って意味なんだぜ」とかいう嘘かほんとか怪しいネタで会話を続けてたかもしれないが。


「あ、そう言えば浪川さん、次の区間急行乗るって行ってましたけど……」

「ああ、もうさっきの停車駅で抜いて行ってなかった? かな?」


浪川ってのはプロデューサー同僚氏の事だ。

まあ別に覚えなくていい。

この路線は複線なので、各駅停車が駅に停車している際に追い越していくのだ。

待避駅っつってそこだけいわゆるホームが二面四線になってるトコとかでな。

もしかしたら、その区間急行が……とも思ってしまう。

タイミング的に。

でもそんなネタで会話したくない。

柏木さんだって嫌だろうし、俺だって嫌だ。


「は、はやく動き出さないかなぁ。ねえ柏木さん」

「私はべt……はっ、はいそうですね!」


特に用事がないのか、柏木さんは余り気にしていないようだ。

俺は辛い月曜日をやり過ごしたご褒美を、早く自分にあげたい。

別に大したものじゃない。

適当なお惣菜でも帰り道のスーパーで買って、缶ビールを一本開けるだけだ。


ぐぎゅるるる。


そんな事を考えたら、思いっきりお腹の虫が泣きわめいた。

止まったままの電車内、大声を出す人もおらず、人熱れの中、俺の腹の音が響いてしまった。


「……あ」

「ぷっ……クスクス」


思わず何か言おうとした、のだが。

ソレより先に柏木さんが口元を抑えて吹き出してしまった。


「ご、ごめんなさい」

「いやぁ、別にいいよ」


出物腫れ物所嫌わずというしな。

オナラじゃなくてまだ良かった。


「あの、山本さん。この電車動いて私の降りる駅についたら一緒に降りません?」

「うん? どうしてまた」

「あの、あのですね。そう、お腹空いてらっしゃるんですよね? ウチでご飯食べて行かれませんか!?」

「は?」


なんでや。

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