ジョブと初仕事
つやつやとした真新しい革鎧と、許容重量までならいくらでも物が入る『マジック・バッグ』、この二つがギルドから支給されたものだった。シャルナートさん曰く、
「ヤナギ君は明らかに前衛職だし、あんまり重装備じゃ動きづらいでしょ?ていうか必要ないんじゃない?というわけで貴方にあげる装備はその二つだけね。」
いや、せめて地図の前金くれよ。生活どうすんだよ。
「ティオラは、最初に何をもらったんだ?」
ふと、気になったので俺同様新人冒険者(若干ティオラの方が先輩)のティオラに聞いてみる。
「えっと、私は、革鎧と、マジック・バッグと、あと魔力補強ローブをもらったのです。あと、冒険者が多く泊まってるっていう宿の紹介状も、もらった気がするのです。」
「へぇ……前衛後衛で装備に多少の差違があるな。紹介状が俺に渡されなかったのは、俺が自分の家を持っているから、って所か。」
「多分、そうなのです。」
ふむ、それにしても駆け出し冒険者向けにしては革の質が良すぎる気がするな。駆け出しの冒険者としての仕事をサポートできる最大限の配慮だろうか。ティオラの革鎧と俺のを比べてみても、あまり差はないように見えるし、そういうことだと納得しておこう。
「そういえば、ヤナギさん、ジョブについての説明がまだだったのです。」
「ん?ジョブ?いや、職業は冒険者だろ?」
「お、そういうジョブじゃないのです。冒険者の中にも、色々あるのです。剣を使う者、魔法を操る者、弓を使う者、様々なその人に合った役柄、みたいな、です?ごめんなさい。私もよくわかってないです。でも、ジョブにつくことで初めて手に入れることができるスキルとかもあるのです。」
「ほう、じゃあ、教えてくれないか。ティオラ。」
「はいです。じゃあ、冒険者登録に使ったカード、ギルドカードというのですが、その裏を見てください。」
「裏………?」
言われた通りカードの裏を見ると、そこには、表側同様、字が書いてあった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ジョブ:無し
魔法適性:水、風
通算戦績:0戦0勝0敗
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「………ふむ。」
「魔法適性は、その人が使える魔法の属性を表してるです。ヤナギさん、意外と持ってるですね。」
「ん、まぁ、そう、なのか?でも、魔法は水属性以外からっきしだぞ、俺。」
「『使える』と『使いこなせる』は別、って事なんじゃないです?まぁ、簡単な魔法しか使えない私がいうのもおかしいですけどね。」
てへへ、と恥ずかしそうに笑うティオラ。
「で、今回の本題、《ジョブ》だが。」
「はいです。ジョブを設定するには、まず《ジョブ》の欄に触れて、」
「ふむ」
言われた通りに、《ジョブ》の欄にそっと指を置く。すると、ブゥン…という音と共に、文字が幾つか浮かび上がってきた。
《剣士》、《鍛冶屋見習い》、《三級薬剤師》、《拳士》、そして、《侍》。
「…………」
「自分がなることができるジョブが出てきますです。なりたいジョブが見つかったら、今度はそれに触れるです。」
「……あぁ。」
《侍》の文字に触れる。すると文字が淡い青色に光り、カードも同じ色の光を放った。
「これでジョブの設定は完了したはずです。」
「あぁ。確かにできてるな。教えてくれてありがとう。ティオラ。」
カードの裏面の《ジョブ》の欄は、《無し》から《侍》に変わっていた。どこまでも最新技術たっぷりだ。
「これぐらいお安いのです。助けてくれた恩返しなのです。」
お礼に髪の毛を撫でると、多少びっくりしながらも気持ち良さそうに目を細めていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あの後、せっかく町に来たということで、チーズやら歴史書やら、森の中で手に入らない、しかし手軽に買える食材や文献を買って帰った。夕飯を作っていたらシャルナートさんが押し掛けてきて夕飯をねだってきた時は本当に皿を割ってしまいそうになった。ヒビが入ったが、直せば使える……筈。何はともあれ、付き添いで連れてこさせられたティオラが不憫で仕方ない。仕方がないので、夕飯を二人分追加して二人に振る舞った。お気に召したのなら何よりだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一夜明けて、俺は、冒険者ギルドに来ていた。
「さて、面倒ではあるが、流石に何もしないのは違うな。」
依頼が張り付けてある掲示板を眺めながら、そう呟く。今出ている依頼は、薬草採集に近隣に出没するモンスター退治。ダンジョンでのモンスター狩り、か。そういえばこのダンジョンは、俺が昨日地図を公開したダンジョンだ。もう依頼になっているのか。せっかくだし、今日はこれにしよう。
「すいません、この依頼を承けたいんですが。」
依頼を承けるため、受付カウンターの薄桃髪の女の人に話しかける。
「………はい。えーっと、……あぁ、新ダンジョンの…ちょっと、待っててくださいね……」
……大丈夫かこの人。何かドジ踏みそうな予感しかしない。外れろ。
「はぁい、ありました………これに、名前を書いて、下さい。あと、ギルドカードを拝見しますね……一応、身元確認になりますので……」
俺は渡された一枚の書類に名前を書いて、カードを見せる。受付の人は、うん、と一度頷き、書類を回収した。
「依頼受理手続きが完了しました。いってらっしゃいませ。」
良かった。何事もなく終えることができた。そう思いながら、俺はギルドを出て、ダンジョンに向かった。
────何事もないと、思っていた。知らなかった。知り得なかった。これから先俺が、どんな災難に巻き込まれるのか、誰も知り得なかったのだ。俺の身に降りかかる不幸について、今はまだ、誰も知らない。