望まぬ騒動
「……無駄にデカいな。」
「それ、私も毎度来る度に思うです。」
冒険者ギルドの外見を一言で表すとすれば、『砦』だ。それぐらいに大きかった。
「流石にもう降りろ。今までは案外仲の良い兄妹で通せたかもしれないが、ギルドの中には、お前の知り合いもいるだろ?」
「はい、そうですね。じゃあ、降りるのでしゃがんでほしいです。」
「わかった。一応俺も同伴する。元々ギルドに用があったからな。」
といって俺はティオラを背中から降ろし、ギルドの扉を開ける。ギ、ギ、ギ、ギイィィ……、という嫌な音がした。いや、修理位しろよ……。
ギルドの中は三階建てになっていた。1階では冒険者達が、酒を呑んで馬鹿騒ぎをしていたり、パーティーメンバーを募集していたり、依頼帰りの者が戦利品の精算をしていたり、と中々の煩さだった。
「よぉう、ティオラァ。何だ、今日はツレがいんのか?」
突然、近くのテーブルから男がやって来た。俺は大体百七十後半位の身長があるが、その俺でも見上げることになる位の巨漢だった。巨漢といっても、筋肉質ではなく横幅の方が広く感じた。率直にいうと太っていた。
「こんにちはなのです。ファットンさん。」
太った男は名前まで太っていた。ファットンて。
「で、兄ちゃんは見ねぇ顔だなぁ。誰だ?」
顔をずい、と近づけて来るファットン。しゃべる度に酒の臭いがする。
「ヤナギだ。姓は捨てた。今日はここの管理者殿に話があってな。」
「ギルド長に話、だぁ?」
怪訝そうな顔を浮かべるファットン。ぽつぽつと、俺達の話に耳を傾ける者が増えてきた。あまり公にしたくない話ではあるが、どうせ話がついたらギルド中に広まるだろう。
「無理だな。ギルド長は忙しいからお前なんか相手してくれねぇよ。竜人族君。」
ファットンが下卑た笑みを浮かべて俺の肩を二度叩く。それとほぼ同時に周りで大爆笑が起きる。ティオラは、どこか申し訳なさそうに俺を一度見たあと、顔を伏せてしまった。
「まぁ、そう思うよな。でも、ダンジョンについての話って言えば、ギルドは話を聞かないわけにはいけないだろう?」
ダンジョン、という言葉にファットンを含むかなりの冒険者達が顔に驚きの表情を浮かべる。
ダンジョンとは、いわゆる冒険者の狩場的なもので、モンスターと呼称して一括りにされている、邪法によって産み出された生命体や、環境による突然変異と言わざるを得ない変化を遂げた動物達が、大量に棲息している場所だ。そんなモンスター達の毛皮や体の一部を採集することになったり、後に探索する冒険者の為のマップ造りという依頼がギルドから直接出されたり、など冒険者の収入に直接関係する場所だ。
「おいおい竜人族君。冗談は程々にしとけぇ?仮に、仮にお前がダンジョン関係の話をしに来たとして、それでも何でギルド長と話ができる?話は通してあるのか?」
若干動揺しながらも、俺を馬鹿にしたような笑みを浮かべる。冒険者達も、そうだそうだ、と声をあげている。どうやら野次馬になるつもりらしい。
「あるよ。ほら、これが証拠だ。」
俺は、以前ここのギルド長から受け取った連絡の書類をファットンに見せる。それを見てファットンは驚きの表情に顔をしかめ、次の瞬間、
「おい、何で竜人族ごときが、ギルド長と話ができるんだ…!?しかも!よりにもよってダンジョンについてだと!?冒険者ですらねぇお前が!何で!」
「ひうっ」
ファットンが怒りで顔を真っ赤に染める。それを見てティオラが怯えた声を出した。コイツ、まさか………
「何でも何も……」
「えぇい黙れ!!食らいやがれ『パワー・プレス』!!」
背中の大鎚を俺の頭めがけて降り下ろす。話聞かない上に殺す気満々とかお前……。とりあえず俺も対応して、腰に付けた刀を構えて防御する。周りの冒険者達は、俺と刀がズタボロになることを想像したのか、嫌悪感があふれでる笑みを作っていた。よかろう、その嘲笑、完膚なきまでに歪ませてやる。
「なっ……!?」
「きゃあぅっ!」
「………………」
ガキィ……ン!という耳をつんざくような金属音が響く。ファットンの大鎚と俺の刀が接触した音だ。
ファットンや冒険者達は大鎚を受け込めた俺に目が飛び出んばかりに驚愕し、ティオラは金属音に耳を塞いでいる。
「お前、何で、『パワー・プレス』を受け止められるんだ!?竜人族とはいえ、そんな軽装備のお前が!」
「…………『受け剃らし』。前衛職が自分よりも体重身長共に上回る者を相手に使う防御技だ。それを今体の隅々まで余すところなく使用している。まぁ、俺が使える表立った防御技は、これしかないけどな。」
そして、今まで防御に廻していた力を攻撃に廻す。大鎚を払い、隙ができたファットンの胴体目掛け、袈裟斬りを掛ける!
「『払い斬り』!」
「ひ、ひぃいいいっ!!!!」
胴に刃が触れる直前で技を止めるが、ファットンは情けない声を上げて、ドタッ、とギルド1階の床に尻モチをついてしまった。
「………………。」
唖然とする冒険者達。その静寂をかき消したのは、一人の女の笑い声だった。
「あっははははははっ!!あーっはっはっはっはっは!!!いやぁ傑作傑作!久し振りに笑わせてもらったわ!!ちょっとファットン、あんたあんだけ余裕そうな面してこんな結末って、どんだけ私を笑わせたいのよ!果ては私を笑い死にさせるつもりだったの?」
「ご無沙汰、ですね。シャルナートさん。」
橙色のふわふわとした長髪の上にありきたりな夜色のウィッチハットを被り、露出が少々多めな黄金色のドレスの上に帽子同様夜色のマントを羽織っている。菖蒲のような紫色の大きな瞳、スタイル抜群の体系を持つ彼女は、ここ、パテラの冒険者ギルドの責任者にして管理人。その驚異の魔法センスによって人間族でない身でありながら、ギルド長の座を無理矢理に勝ち取った女性。戯れ魔女の異名を持つ凄腕魔導師。シャルナート・ドゥノ・ユフィーナル、威光も、尊大さもオーラもへったくれもない人だが、確かな実力者ではある、その人がそこに立っていた。