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治る身体の異世界ライダー  作者: ツナサキ
一章 世界を知る
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06 世界を見たい子供達、世界を見せたい保護者達

 ハティから読んでみてと貰った本を読んでみた。

 タイトルは『日喰の狼』。まんまである。


 だが字が読めない。いや、読めるんだけど読めない、何を言ってるかわからないと思うだろうから一つ一ついこう。

 この本の字は日本語では書かれていない。例え日本人が見ても何と書いてあるのかわからないだろう。しかし、何故か俺は読める。字自体は意味不明な形をしているのにも関わらず、何と書いてあるかが読めるのだ。


 そこで俺はこれはこの世界独特の字であると認識し、それを真似て書いてみようと思ったのだが、上手く書けない。まるで生まれて初めて字を書いたみたいに。

 読めるが書けない。何とも中途半端な文盲だろうか。いや、果たしてそれが文盲というのかは置いておいて。


 本の中身に移ろう。


 本の内容自体はどちらかというと絵本レベルの内容である。

 さらに簡潔にまとめると、白黒の体毛を持つ狼が人を喰らうことで人の姿を取り、なんやかんやあって遂に太陽を喰らうというものだ。

 そんな感じの構成である。


 で、俺にとっても大事そうなところをいくつかピックアップしてみた。


 狼は白黒の髪を持つ人間になった。


 この本にはこの人間となった狼が嫌われているという描写は無い。それでもこの世界の人々が嫌っているという場合は、やはり日喰を起こしたことが原因となるだろう。

 そも、本当にこの世界の人間が俺たちみたいな白黒頭を嫌っているのかは知らないのだが。



 狼は人間になっても光を遮ることが出来る『目』を持ち、命を吸い込む『鼻』を持ち、逃さない『耳』を持ち、対象の肉を奪う『牙』を持ち、死ぬギリギリまでしか追い詰められない『爪』を持っていた。


 

 ハティは『牙』を持っていると言っていた。

 更に俺たちの様な白黒頭は『狼の眷属』だとも。仮に俺たちの様な狼の眷属が他にもいるとした場合、そいつらもこの力の何かしらを持っている可能性が高い。他にいればの話ではあるが。



 狼は太陽から受けた火傷を泉に浸かることで癒した。



 俺の涼み、癒される『体』というのはここから来ているのだろう。


 そういえば湯煙空間も水があった。蒸発するような音から推察するに、あの人影は本当に日喰の狼で、あそこは狼が火傷を癒す泉だったのかもしれない。何故俺があそこにいたのかは謎。


 やはり俺も狼の眷属であるみたいなのだが、湯煙空間の人影は俺が偽物だと、作られた人形だとも言っていた。そのまま鵜吞みにするのであれば、俺はハティの様な狼の眷属を模して作られた生物という事になるが……


 とまあこんな感じだろう。

 色々と問題があるがやはりここで一番問題なのは、この世界の人間が本当に俺たちを嫌っているのかどうかという点だ。ハティは殺されるかもしれないと言っていた。だが、そんなおとぎ話を果たして真に受けているのだろうか。

 

 調べてはみたい。人の住む街まで行ってみたい。だがハティが許さないだろう。

 俺がユニコーンに刺されて治った一件から、ハティは何というか、自己主張が強くなった。これはやめて欲しい。これはやってもいい。と結構明確に言ってくるようになった。


 距離が縮まったともいえるしそれはとても嬉しい事なのだが、その、正直に言うと束縛系であることが発覚した。

 湖近くを歩いてる分には何も言われないのだが、森に入る事は極力避けるようにと言われている。理由を聞くと、


 「ヨルが何してるのかわからなくなるから」


 らしい。ハティは気持ちが昂ぶると暴走するし、これは何かをこじらせるとヤンデレになりそうな予感がする。デレてくれるならまだいいが、そのデレまで消えてしまったらと考えると恐ろしい。

 なまじ俺は傷ついても水で簡単に治ってしまうので、それを逆手に取られたらもう抵抗する手段がなくなる。


 流石にそこまでするとは思えないのだが、それはハティがどう思っているかによって大きく左右されるため、確証は無いし。


 仮に仲良くなった黒馬に乗って人気のある所まで行ったとしよう。

 嫌われているのかどうかを確認し、またここまで戻ってくる。そしてそれをハティに話す。するとどうなるだろう。

 恐らく暴走が発動。怒られるだけならまだいいが、俺が森から出られないようにしてしまうかもしれない。


 そんなメインヒロインヤンデレ化の可能性が多少ではあるが存在しているこの状況、慎重に行動しなければBAD ENDになりかねないためどうやって人気のある場所まで行くかを考える今日この頃である。


 「まああくまで可能性の話で合ってそこまでするとは思えないけどさ」


 湖の近くで傷の治った黒馬の体を撫でながら呟いた。


 けれどもやっぱり人のいる街まで行ってみたいのは確かだ。


 最近よくこの前助けた馬がくるようになった。相変らず一緒にいた灰色の馬二頭は見ない。やはり殺されてしまったのかもしれない。

 だがそんな事にもめげずに黒馬は生きている。それに俺に懐いてくれたらしく、外を散歩していると駆け寄ってくることもあった。


 この黒馬を『キズガラス』と名付けることにした。


 カラスみたいに黒い体、治りはしたが体に残った傷跡が由来である。


 「このまま旅に出て、ここには戻らない……なんてしたくないしなぁ」


 出来れば街に行き、殺されないという事を確認できればハティも一緒に街に連れていきたい。


 しかし問題はやはりハティだろう。

 彼女が何故人間に怯えているのか。それにだって理由はあるはずなのだ。

 例えば殺されかけたとか、

 捕まりそうになったとか、

 誰かを殺されたとか、


 その辺りも聞いてみようと思った。


 「ねえハティ」


 「なーに?」


 俺は家に近づき、窓から見えるハティに窓越しに話しかけた。


 「街に行ってみたいんだけど」


 「……どうして?」


 ハティの表情が曇る。目が光を失う。ハティは不気味なオーラを発していた。やはりこの娘ヤンデレの気がある気がする。


 「本当に嫌われているのかこの目で確かめてみたいんだ」


 だが俺は知っている。そういうヤンデレ気質には嘘ではなく真意をぶつけることが正解だと。恋愛ゲームよ、ありがとう。


 「ヨル、中に入って」


 ハティは椅子に座り、俺を家の中へと招く。簡素な台所にある包丁をちらりと横目で流しながらもハティの動きに注意しながら家へと入っていく。

 まあハティがマジギレしたら『牙』で瞬殺なんだけどね。包丁とか持ちださずに仕留めにくるんだけどね。


 向かいの席に着きながら言う。


 「俺さ、何も覚えてないし、何もこの世界の事知らないからもっと知りたいんだ。沢山、色んな事を」


 「そう……」


 ハティが少し俯く。その小さな姿が少し怖く感じ、気圧される。まさか襲ってきたりはしない、よな。


 「ヨル……」


 「は、はい」


 ごくりと生唾を飲む。何だ、何を言いたいんだ。やはり駄目なんだろうか。


 「ごめんなさい。私嘘ついてたの」


 「え?」


 その言葉は、意外なものだった。


 「前に人からいじめられるし、殺されるかもしれないって言ったでしょ? あれ、嘘だったの」


 「う、そ?」


 「ヨルが、記憶を失くしてたから。そう言えば一緒に山奥で暮らしてくれるんじゃないかって。そう思って。ごめんなさい……」


 「そ、そうだったんだ。じゃあその、狼の眷属って街に入れ――ん?」


 そうだったのか、よかったよかった。まあやっぱりと言うべきか。そもそも髪色ってだけでそこまで嫌われてたら偶然白黒の髪してる人とか風評被害だもんな……じゃあそんなに迫力出すなよって感じだが。


 だがそうなると一つ疑問が出てくる。


 「じゃあハティは、どうして山の中に?」


 「それは……」


そのままハティは口を閉じてしまう。やはりハティには何か街へ行けない理由があるのだ。それを克服しなければ街へはいけない。そんな何かが。


 「その、怖くて」


 「へ?」


 「私、物心ついたときからこの家にいて、お爺さんは自分の孫だって言い張ってくれてたんだけど、お爺さんは狼の眷属じゃなかったから拾われたんだって知ってたの。ゴートお爺さんって名前なんだけどね」


 「ゴートさんか。いい人じゃないか。それで?」


 「お爺さんが病気で死んじゃう時にね、街へ行けって、狼の眷属は少ないだけで嫌われてなんかないって言われたの。でも一回も行ったこと無くて、実際にどう思われてるのかもわからないし……結局行けずじまいだったの」


 その時だ。俺の認識が間違っていたと知ったのは。


 そうか、ハティは俺と同じなんだ。知らない。人が自分をどう思い、どう見ているかを。

 俺は、少し勘違いをしていたのかもしれない。確かにハティはこの世界の住人であり、当然この世界の事を俺よりも知っている。だが、知らないことだって大いにあるはず。


人なんて生き物は小さい生き物だ。例え同じ街に住む人間だってお互いに知らないことがある。それを考えれば森に住むハティだって知らないことだらけ。長生きしたであろうゴート爺さんならともかく、ハティは世界を知るほど長く生きてはいない、子供なのだ。


 「じゃあさ、一緒に行ってみようぜ!」

 

 「で、でも、わからないんだよ? 私たちがどう思われてるか……!」


 「実際に見てみないと分からないことだってあるはずだろ? 大丈夫。ホントに嫌われてたらまた戻ってくればいいさ!」


 ハティは困って少し考えるように指の先で唇に触れる。その表情には不安、恐怖のような感情が辛うじて見て取れたが、その目はまだ見ぬ新しいものを見据えるように輝いていた。


 「でも、どうやって街まで? 方向はわかるけど、どの位で人のいる所まで行けるかはわからないよ?」


 「足には困らないと思うけどね。ほら、キズガラスに乗って行けば大丈夫さ。子供二人なら乗れるくらい大きいし、まあ鞍も無いし乗馬を練習しないといけないけどな。さあ、どうする?」


 ハティは言った、怖いから、行けないと。行こうと思ったけど、行けなかったと。そんなハティに二人で行く、一人ではないと持ち掛ける。


 後はハティの心次第。この森から出ていくという意思があれば、もう一歩踏み出せる勇気があれば、俺はそれに答えよう。

 ていうか俺が街に行きたいっていうのもあるんだけどね。


 「ヨルも一緒に来てくれるの?」


 「ああもちろん! たとえ危険な目にあってもハティ様をしっかりとお守りいたしますよ私は!」


 ちょっと声色を変えてそう言いながら立ち上がり、冗談めいた腕の振りを付け加え、騎士みたいなキザな奴がやりそうなお辞儀をしながら言った。

 するとハティはちょっと目を丸くした後、ニコッと笑顔を浮かべながら、


 「フフッ、ありがとう騎士様。よろしくお願いします。」


 と、俺の冗談を汲み取ってくれたのか、そんな事を言いながら笑ってくれた。


 「ハティはやっぱり笑ってる方が可愛い」


 「ふ、ふぇ!?」


 「やべ、口滑った。ごめん、つい本音が……あぁいや本音というかその」


 「ヨヨヨヨ、ヨルのバカッ!!」


 ハティは顔を真っ赤にして家から飛び出して行ってしまった。やらかしてしまったなこれ、口を滑らせただけならまだしも、その後のフォローが全くと言っていいほどフォローになっていない。

 むしろ援護して強力にするという意味でフォローしてしまっていた。


 まぁ茶化して笑ってくれないあたり、ハティもまんざらではないという事だろうか……脈ありかな?




______




 

 出発は早朝に行うことになった。いくらキズガラスが森に棲む馬とはいえ、街までどの位時間がかかるのかはわからない。夜の森を進むのは危険だと判断し、早朝から出発、夜までにつかない場合は森の中で野宿するという方針で決まった。


 仮に野生の獣が襲ってきても俺は水さえあれば即死攻撃以外を無効化できるし、ハティの『牙』は攻撃力としては申し分ない。俺がメイン盾になり、ハティに仕留めてもらうという陣形を取ればそこそこ行けるだろう。ハティは嫌がる作戦であるからこれは言っていないが。


 ちなみにマジックショットガンは一発撃つとほとんど魔力が無くなってフラフラしてくるため、旅の道中はなるべく使用したくない。


 そんな明日に備えるべく、俺たちは持っていくものを厳選していた。


 「街に行くっていってもまだ引っ越すわけじゃないし、取り敢えず必要な物だけだな。キズガラスも子供とはいえ二人乗せたら荷物もあんまり載せられないしな」


 必要な物、といっても俺の私物というのは一つもないのだが。だが武器となるものは一つは欲しい。俺はハティみたいに『牙』とか持ってないし、何か振り回す系の武器が欲しかった。


 「ノコギリは……すぐ折れそうだし。金槌は小さいし、斧は重すぎるし。となると包丁になっちまうが」


 とそれぞれを机に並べて頭を悩ませているとハティが外からドタバタと入ってきた。その手には包丁よりも長く、それでいてハティが片手で持てるくらいに軽い物が見えていた。


 「ヨル、これは?」


 「これ、短剣か?」


 この山小屋の家には崖がある裏手の方にガラクタを入れておく収納箱がある。サイズから察するに俺が来る前に死んだゴート爺さんが作ったものだろう。その中をハティに見てもらっていたのだが、


 「他にも凄いのあったよ。ほら!」


 そして短剣を机に置き、入口の扉から両手で切っ先を引きずる様にして家の中に持ち込んできたのは、剣というには小さい、しかし俺たち子どもが両手で持てば長剣を持っているかのように見える。そんな剣だった。


 確か中世の剣闘士がこんな武器を丸盾と一緒に持っていたような気がする。グラディウス、だったかな。


 「おお……! 剣だ。これ、お爺さんが使ってたやつ?」


 「うん。森の中では長物は木にぶつかるからってこれを使ってたの」


 その剣を鞘から抜いてみると恐らく何年も放置されていたはずであったがその刃は光り輝き、まるで薄めた血で表面をコーティングしているかのようにほんのりと赤みがかっていた。どうやら普通の金属では無いらしい。


 ゴート爺さんが何故こんな武器を持っているのか不明だが、まあ森の中だし護身用におかしくはない、のか?


 「……お爺さんって何してた人なの?」


 「猟師ってしか言わなかったの。でも死んじゃう数日前まで木から木へとジャンプして鳥とか捕まえてたからただの猟師じゃないみたいだったけど」


 「えぇ……何者だよ」


 森に一人で住むただの爺さんだと思ってたのに、ますますゴート爺さんの事がわからなくなってきた。


 「ま、まあでもこれなら両手で握れば何とか振れる重さだし、使ってもいいかな?」


 「うん。私はこっち使うから」


 そう言ってハティは持ってきた短剣の机から持ち上げた。


 そうして俺は薄く赤みがかっている刀身を鞘に納め、鞘に紐をつけて携帯しやすいように出来る場所があったので、縄をそこに通して背負えるようにした。


 「とりあえず武器はこれで大丈夫だな。食料はどうだ?」


 「大丈夫。携帯できるものを作るから。後は何が必要かな?」


 「後は……旅に出るって覚悟だな!」


 「じゃあ大丈夫だね。それじゃあちょっとキズガラスに乗る練習しようよ」


 そして俺とハティはキズガラスに乗るべく外へと出ていった。キズガラスは実に協力的で俺たちの乗馬練習に付き合ってくれたが、どちらかというとハティに懐いていた。前まで一緒にいた灰色の馬がメスであると仮定すると合点がいく、こいつ女好きか。振り落とされないようにしよ。




______




 次の日、お出かけ日和の快晴だった。空は雲一つ無く、山々に生きる木々を爽やかに風が吹いていく。こんな日に森の中を動くのはさぞ気持ちいだろう。


 だが、そんないい天気だというのに俺の心は晴れていなかった。


 「……」

 「――」


 いざキズガラスに乗り、人気のある所まで下りてみようと意気込んで外へ出た俺とハティを向かえたのはキズガラスともう一頭、


 「……森の主」


 黒いキズガラスの前に悠然と立ち、白い体毛を風になびかせながら俺たちを見据える馬。その頭からは螺旋状の角が生え、俺を威嚇しているように見えた。


 森の主、ユニコーンの口には何かが咥えられており、それをこちらへと投げて拾えと言わんばかりに首を振る。こちらに投げられたものは、白い鞘に収まった、純白の短剣であった。


 「こんな物持ってきて、何しようってんだ? まさか旅の餞別って訳じゃねぇんだろう?」


 「ヨル……」


 後ろではハティが両手で俺の肩を掴んでいる。怖がっているのだ、それほどユニコーンの目つきは鋭く、攻撃してくるそぶりは無いとはいえ、森の外へはいかせないというような意志さえ感じられる目だった。


 「大丈夫。主は仲間思いの優しい馬なんだろ? キズガラスを心配してるだけさ。ハティは下がってて」


 とは言ったものの、どういう事だこれは。ユニコーンには高い知性があって短剣を咥えて攻撃してくるならわかる。角で攻撃した方が早いが。


 だが短剣を拾えと言わんばかりにこちらへ投げてくる。それには一体どういう意味があるのか。まあ何となくわからんでもないが、


 「用はこれ持って自分と戦えって言いたいんだろ! 上等だ、やってやるぜ!」


 そう言いながら足下にある短剣を拾った時、世界が変わった。


 「――え?」


 純白の短剣に触れた瞬間、短剣が落ちていた緑の芝生の絨毯は消失、一面が色鮮やかな花の絨毯へと変貌した。

 

 驚きの余りに顔を上げて辺りを見回すと、湖も山小屋も、ハティさえもいなかった。見えるのは青い空ではなく白い空間。完全に真っ白な空間に色鮮やかな花の絨毯が永遠と地平線まで広がっている、天国のような風景だった。


 「な、何だよこれ!? 結界的なsomething!?」


 何語だ。


 「短剣を拾ったと思ったらいつの間にか見知らぬ場所にいた! 何を言ってるか以下省略!」


 突然の出来事に驚きを隠せないヨルであったが、畳みかけるように次なる衝撃が彼を待ち受ける。後ろに何かの気配を感じたヨルは後ろを振り向く。その衝撃で少しだけ花が舞い散る。


 そしてそこにいたのは、この風景にふさわしい、幻想的な森の主、純白のユニコーンであった。


 「こ、これはお前が……!?」


 「如何にも」


 「喋ったよ! このユニコーン喋ったよ!? もう何でもありだな! 異世界最高!!」


 半分やけにヨルはそう言った。

 しかし白いユニコーンは調子を崩さずに、


 「彼の者との盟約により、少女を連れ出さんとする貴様に問う。何故連れ出そうとするのか」


 「ああ!? 少女ってハティの事か? そんなの一緒に色んなものを見たいからに決まってんだろ!」


 するとユニコーンは少し黙る。訝しげな表情を取り、まるで何かを観察するようにしながら、


 「多少不純な動機も見えるが?」


 「うげっ、心読む系ですか……?」


 確かにそれが動機の全てではない。可愛い女の子、つまりはハティと旅しながらイチャイチャしたいってのもある。


 「だが動機は不純なれど先程の答えは嘘偽りではない、か」


 「あー読まれてるわこれ。俺昔から心読む系の仙人キャラマジ嫌いなんだよね。うざいから」


 愚痴るヨルに対し、ユニコーンは変わらず毅然とした態度を保ったまま半分無視するような形で、


 「では盟友ゴートとの約束を今果たそう」


 「ゴート!? 今ゴートって言った!? マジ爺さん何者だよ!!」


 「我が名は『パーシヴァル』! その意は『駆ける者』! 貴様の真意を見せてもらおう!」 


 「ちょ、ま――」


 ヨルが言葉を言い切る前にパーシヴァルと名乗ったユニコーンは角をヨルの方へと向け、まさに迅雷の如く突進を仕掛ける。角に当たらずとも、奴の白い体に振れればその部位が吹き飛びかねない、そんな威力。


 こんなん喰らったら死ぬ。即死。無理無理無理。避ける他な――


 「ヨル!」


 「――っ!?」


 パーシヴァルの角がヨルの中心を狙い襲い来る。ヨルが横に回避しようとしたその一瞬、まるで時間がグッと濃縮されたように感じる。そしてその濃縮された時間の中、後ろからハティの声が聞こえたような気がした。


 回避すれば俺は助かる。代わりに何がどうなる? ハティが串刺しになる。それは、死ぬという事。それは――


 「っぁあああ!!!」


――止めるしかない。多分無理だけどな……!

 

 既に入力していた回避行動を下半身に物を言わせて力づくでキャンセル。手に持っていた純白の短剣を鞘を抜かずに両手で構え、刃の腹の部分に角を当てるように前へ出した。


 「ギ、ガ……!!」


 迅雷の如き衝撃がヨルの体を襲う。短剣を支えた両手の指先は吹き飛び、肩の骨はグシャグシャと音を立てる。体前面はその衝撃に耐えかね、いたるところが内出血を起こした。


 突進はヨルが止めた。止めたというよりは、短剣にパーシヴァルの角が触れたことでそれ以上パーシヴァルが進まなかった、進めなかったという表現の方が幾分か正しいのだろうか。


 どちらにせよヨルは今まで感じたことも無い苦痛を覚えていた。


 「ガ……」


 最早声さえ出せない。痛みという感覚以外に体が何も信号を送ってこない。しかし、守り切ったという充実感だけがそこにあった。

 

 「見事。貴様のその行いの根底にあるものは、『守る』という強固なる盾の意思。確かに見せてもらった。」


 「……グハッ」


 「二度も傷つけてしまったが、その詫びも含めて貴様と共に歩むと約束しよう」


 ヨルは立っていること叶わず花の地面に伏してしまう。後ろにいたはずのハティの姿は無く、ヨルを心配する声も聞こえない。


 ただ一人、伏しているヨルを見下ろしながら、白馬が言った。


 「ゴートよ。喜べ、貴様の願いはここに成就した」





______





 森の主、パーシヴァルのかつての記憶


 「ゴートよ。その条件に見合う者などそうは訪れないぞ? 貴様は人に希望を持ち過ぎだ」


 「来ないなら来ないでいいのさ。ハティが寂しくなって街へ行くならそれでいい。まぁあの子は慎重だからワシが行けって言ったぐらいじゃ行かねぇのかもしれねぇがよ」


 「ならば何故こんな盟約を交わすのだ。理解に苦しむ」


 「そりゃぁおめぇ決まってんだろ? 身を挺して守ってくれるってのはハティの事を思ってくれてる奴にしか出来ねぇ。そんな奴が傍にいてくれんなら、寂しい訳ねぇだろ?」


 「……まあいい。その時はその者の助けとなろう。そんな奴が来ればだがな」


 「来るさ、きっと。何たってハティは可愛いからな。そりゃもう神様に好かれるほどにな!」


 「……親バカめ。自分で連れていけばいいだろうに」


 「馬鹿言うな。わしの子だぞ? 全てはあの子の意思に委ねる」


 「ふん。甘やかしているのか、厳しいのかわからんな。貴様は」

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