三章15 計画始動
「さて急ぎましょう、と言っても素直にはついて来てくれないのだろう?」
「っ当たり前だ、話聞いてたのか? 俺が戻ったらみんな殺されんだぞ!?」
「……やっぱり担いでいかないと駄目か」
ルーカスと呼ばれていた男は溜息を吐きながら呟いた。
こいつ、本気なのか?
俺を王都に戻せば襲撃されると分かっていて何故そんな事をする。国家転覆でもする気なのか。だが、それであればルーリアやカルトが協力しているのも不自然だ。あの二人、少なくともルーリアがそんな事をするとは思えない。なら一体、
「ふぃー、強い強い、殺されるかと思った」
「ベルウィング卿、早いですね―――――ボロボロですが」
カルト!?
ライナの足止めをしていたカルトがどうしてここまで、俺たちは文字通り吹っ飛ばされてここまで来たっていうのに。
「というより本当に早すぎませんか?」
「力の強い従者とお互いに殴り合ったらここまで吹き飛ばされまして。ですが強い奴は陽動部隊の方へ吹き飛ばしましたから大丈夫ですよ」
「互いに殴っただけでここまで飛んでくるんですか……流石ですね」
ルーカスは恐らくライナに力尽くで破壊された鎧やその下に見える千切れた衣服を纏ったカルトを一瞥しながら呆れたように声を漏らした。どうやらカルトは見た目こそボロボロであるが衣服の下にあちこち見えている肌には傷一つ、血の染みすら確認できない。
強いというのはわかっていたが、怒り狂ったライナを単身相手にして傷一つ無く離脱し、更に追撃もされない状況を作っているのか……こいつも化け物だ。
「軽く言いましたがかなり強敵でしたよ、魔法は掻き消されるわ瞬間移動するわ、化け物じみた膂力で殴り掛かって来るわで大変でした」
「他の従者のスキル権限を与えられていた……という事ですか」
「恐らくは。自我もあったようですしあれが報告に有った『ライナ』という従者でしょう」
「ならいち早くここを去るべきですね」
そう呟いたルーカスの後ろでは着地地点にいた人たちやルーリアが撤収の準備を着々と進めているようだ。
「さあヨル、色々と驚いている事だろうがそろそろここから離れないと――――」
「俺は、行かないぞ」
微笑みながら歩み寄ってきたカルトにそう告げると後ろのルーリアやカルト達の動きが止まる。
「何故だ。帰りたいだろうヨル、酷い目に遭ったのは目を見ればわかる。ロロもガルディアもエルも、それにハティだって君を待っているよ。だから帰ろう?」
「帰れない。戻れば皆が殺される。帰るなら……今、ここで、アルシアを……レイル・ロードを殺してからだ」
それしか道は無い。
逃げれば追って来るのなら先に追手を始末する以外に道は無い。今ここでアルシアを殺して帰る以外に。
出来るはずだ。カルトなら、あれだけ強いカルトならアルシアだって―――――
「それは無理だ」
「っどうして!? アンタは強いじゃないか、俺が戻ればアルシアは皆を殺しに来る! その前にあいつを」
「ここではレイル・ロードを倒せないだろう」
「……っ!」
「こちらの戦力は乏しくあちらの戦力は底が知れない」
その言い方。
まさか、
「カルト、まさかあんたは……」
「さあ僕の屋敷に戻ろう、そこで君に全てを話す。それが君に重すぎる重圧になることは承知だ……だが、それでも僕らは前に進まなくてはいけない……!」
そう強く告げるカルトの目には覚悟と決意が見て取れる。あの温和そうなカルトがまるで別人のように険しい表情になっている事から察するに、カルトの今行っている行動自体が自身の心を抉っているのだろう。けど、同時に止まれない理由も存在している。
「それでも行けない」
「……同行を求めてはいない、拒むのならば連行するまでだ」
そう言いカルトは近づいてくる。
「暴れてくれるなよヨル」
そうカルトが呟いた瞬間だった。
辺り一帯に人外めいた咆哮が響いた。
「っ!?」
明らかに人ではない。
一瞬でそう判断できる大音量の怒号は軽く押し飛ばそうとしているように身体を軋ませている。前にも聞いた、だがあの時の比ではない大きさだ。
竜の咆哮。
そして恐ろしい程の咆哮が飛んでくる先には天高く昇っていく煙のような黒い何かが柱のように存在している。
「報告によると、かの黒竜が地面から這いずり出てきているようです。陽動部隊も必死に応戦していますが、もうこれ以上は抑えきれません」
地面に黒竜が。
確かにアルシアにとって最大の切り札とも言える黒竜がどこに行ったのか不思議だった。大事な戦力である以上遠くに置いておくことは大事だが、既に死んでいる黒竜ならば地面に埋めて置けるという事か。
待て、つまりそれは従者全てに―――――
「応戦の必要はもう無い、撤退させてください。我々は予定通り陽動部隊の反対側から森を抜け王都を目指します」
「了解しました、伝令は私が行きましょう」
カルトの指示にルーカスがそう返す。
それを聞いたカルトは立ち去ろうとするルーカスの後ろ姿を見送りながら、
「死なないで下さいよ、作戦成功なのに死んだら虚しいだけですから」
「わかっていますよベルウィング殿。我々の計画はここからが本番、死ねるはずもありません」
そう言うとルーカスは辺りにいた仲間を引き連れ意義の隙間へと姿を消して行った。
そしてこの場に残されたのは俺を除くとルーリアとカルトのみ。
「さあ行こうヨル、どうしても付いて来ないというのなら担いででも連れて行くよ」
「やめっ、ろ、持ち上げるな!」
「ルーリア、念のため背後を警戒しながら付いて来てくれ」
「はい」
————痛っ!
握り潰される。
カルトの奴、何で俺を肩に持ち上げるだけでこんなに力を込めて――――
「痛っ、だぁあ!」
「っあ、ごめん! 上手く力加減できなくて……」
力加減が出来ない……?
多少力は抜けたがそれでもカルトの腕を一ミリですら動かせない。
木刀を殴って地面に埋め込む。
ライナと殴り合ってここまで飛んでくる。
カルトのスキルなのだろうか、力を強化する。そんな力なのだろう。
「ヨル、そんなに暴れて帰りたくないの?」
カルトの上で暴れている俺の見かねたのかルーリアが呆れるように呟いた。
「ハティがずっと待ってるよ」
「……っ!」
ハティ。
もう長い事会っていないように感じる。確かに、ハティの事は心配だ。彼女の性格からどんな行動をとっているかを予測することは想像に難くない。
きっと俺を探しに行こうとしているのだろう。例え腹に風穴が空いたのだとしても、意識を取り戻し俺が傍にいないと分かった途端に行動を起こそうとする。
それをカルトやエル、ガルディアから止められて、それでも行こうとして力づくで拘束される。
きっとそんな事の繰り返しだろう。
「……れだって、俺だって会いたいよ……!」
カルトとルーリア。
友好的な仲間が傍にいる安堵感からだろうか、視界が涙で歪んでいるのがわかる。
「泣いてるのヨル?」
「っ泣いてねぇよ!」
でも俺が身勝手に逃げる事でどれだけの被害が出るかわからないんだ。そんな状態でハティやロロの下に帰る事なんて、
「……すまないヨル」
俺を担ぐカルトが小さく呟いた。
その声はしっかりと聞き取れないような小声だったが、後悔と覚悟が滲み出るような声色だった。
「悪いのは僕だ。全ては僕のせいであり、君のせいではない。従って君が責任を感じる必要なんて無いんだ」
ただ呟いているだけ。
それだけなのだが言葉を挟む隙を微塵も感じさせない何かが伝わってくる。
「だから全てが終わった後に一連の事件の原因は全て僕にあると摘発してくれて良い。だから今は……ハティちゃんとロロに会いに行こう」
カルトはそう言葉を漏らし俺の片手で抱えて森の中を突き進んでいった。




