三章14 赤い侵入者とその仲間達
楽しかった。
人の苦しむ様を見る事がじゃない。繰り返すだけの日常じゃなく何が起きるかわからない非日常が楽しかった。だからこそ、ハティとの生活も楽しかったしカルトやロロ達との出会いも嬉しかった。
そして戦う事も楽しかった。
怖いと思わなかったわけでは無いが楽しかった。命を賭けて命を奪う。その行為自体はごく自然で、善悪の区別など無いもののはずだ。ならばそこに何を足せば善となり、何を引けば悪となるのか。
命を粗末に扱えば悪となり、敬えば善となる?
ならば丁重に死体を葬る連続殺人鬼ならどうなるか。多くの人間は悪と呼ぶだろう。丁重に死体を葬るという点に『異常性』を感じ、正しくない悪だと給弾する。
所詮そんなものだ。
正義とか悪だとかは形の無い大衆が生んだ、より多数を肯定するだけのものに過ぎない。異常という少数が正しくないとは限らない。
善悪を考える事に意味は無い。
大切なのは正しいと思えるか思えないか。
「俺は、何を……」
それはただ正当化しているだけだ。
自分が許せない事に理屈をつけて逃げているだけ。
「ヨル?」
ふと目を開くと正面にアルシアの顔が見える。
どうやらベッドに寝かせられているようだが、記憶が曖昧だ。そも、どうやってここまで帰って来たのかも記憶にない。
「……っ!?」
身体がを起こそうとしたが視界がグニャリと歪む。
それに風邪で寝込んだ時のように身体が怠い。
「良かったぁ……やっと起きたねヨル!」
「やっと……起きた……?」
という事は当然今の今まで寝ていたという訳だが、それにしてはアルシアの嬉しがり方が尋常じゃない。まるでかなりの間意識が無かったような嬉しがり―――――
「まさか……」
「そのまさか、あれからヨルってば熱出しちゃって五日くらい昏睡してたんだから」
「あれから―――――」
あれから。
水浴びに行った時の件から寝込んでいたという事か。
「お腹減ってるでしょ、食べ物持ってくるね!」
そう言ってアルシアは部屋を出て行ってしまった。今日は何か森が騒がしいなぁと呟きながら、扉を開いて外へと消える。
寝込んでいた理由とか俺を追い詰めるような事は何も言わずに。妙に優しく感じる程だ。
「俺のせいでまた人が……」
胸の辺りが苦しい。
屈することは出来ない、したくない。だがこのままではまた人が犠牲になるかもしれない。
いっそ湧き上がってくる狂気に身を委ねてしまえば楽になるのだろうが、そんな事をしてしまえば俺はアルシアと同じになる――――
同じ?
もう同じなのではないのか?
人を見殺しにして笑ってしまった。人の命が消えて行く様があまりにも新鮮だった。自分は非日常にいるという感覚が、あまりにも……
「なら、どうすればいいんだよ……」
「ならもうやめれば良いんじゃなくて?」
「っ」
少女の声がした扉の方を見るとそこにはライナが運んできたであろう荷物を抱えていつの間にかそこに立っていた。
「何を、やめるんだよ」
「ここから逃げようとする事よ。貴方それが何を意味するか分かってるの?」
「……何がだ」
「例えここから逃げたとして、分類すると三つくらいの選択肢が貴方には与えられるわ」
そうしてライナは持っていた荷物を下ろし指を三つ立てて一つづつ折りながら口を開く。
「まず一つ、都に逃げる。二つ、定点せずに逃亡生活を送る。三つ、呆気なく捕まる」
「……」
「一番良いのは三つ目ね。そして一番最悪なのは一つ目の都に逃げるよ」
息を吐きながら俺の寝かせられていたベットにライナは腰を下ろした。いまいちライナの言っている事が理解できないが、取りあえず黙って聞く外に無いか。
「貴方が人の多い都に逃げ、保護された場合……その都は滅ぶことになるわ」
「っ!?」
「レイル・ロードであるアルシアによって、一晩でその都は屍の波に呑まれる事になるでしょうね」
何故だ。
いや驚くところはそこじゃない、既にそこまでの力を持っているというのか。そこまでの従者を展開できるというのか。たった一人で、それがロードの力なのか?
「それは、俺を連れ戻すためか……?」
「そうよ」
「っ、何故だ。仮にそこまでの力を本当に持っていたとしても、どうしてそこまでする? そこまでして連れ戻した俺に何の価値がある!?」
「バカね。私たちにとって都を落とすくらいそこまででは無くて、その程度よ」
クスリと笑いながらライナは俺の顔をチラリと覗き、そのままシーツの上を張って少しずづ近づいてきている。ただ少女が近寄って来ている、ただそれだけなのに今までの所業を目にしてきている俺の身体と心はどうしても反射的に強張ってしまっているみたいだ。
「それにアルシアは貴方を番いにすると決めたそうよ」
「何……?」
「アルシアはね、死骸王の力を繋いでいかなくてはいけないの。そのためには継いでくれる子供が必要でしょう?」
死骸王の力を繋ぐ……?
そうする事で幾年もの間従者の恐怖をこの国に与えて来ていたのか。だが、確か母から受け継いだと言っていたが、スキルとは命そのものであるとガルディアが言っていた。受け継ぐなんて事が出来るのは、特別な『ロード』の力なのか。
「でも私は死んで、アルシアは女。なら継いでくれる後継者を作るためには男が必要でしょう? それを貴方にするって事」
「だから……俺を攫ったのか?」
「最初は可愛いペットを拾って来たくらいだったはずなのだけれどね。だからもうわかったでしょう、番いにすると決めた子が都なんかに逃げたら間違いなくこの国は滅ぶわ」
逃げた所で……居場所は無い、か。
それなら本当にここで暮らしていた方が誰も傷付かないのかもしれない。帰りたい、ハティやロロにまた会いたいと思う気持ちは何よりも大きいが、そうすることでまた二人を傷つけてしまう。
だが、気がかりなのは俺が今まで会った人達。ハティ、ロロ、ガルディア、エル。みんなが俺を探そうと危険を侵しているかもしれないという事だ。
それで命を落としてしまうのなら、それこそ本末転倒だ。
みんなを死なせたくないのに……放っておいても死んでしまう。
「……くそ」
ふと見上げた空にはいつもよりも多くの鳥が飛行しているのが見えた。
ここは森だ。野鳥の群れくらいそれこそ数え切れないいるだろうが、ここまで飛び立っているのは珍しい。
「考え込むような仕草をしたと思ったらどうしたの……鳥? 確かに多いわね、アルシアが黒竜でも呼――――」
何だ……?
ライナが同じ空を見上げながら呟いた自身の言葉に気付かされるようにビクリと体を震わせた。まるでその言葉があらゆる危険を含んでいる様な――――
「ッアルシア!!」
「ぐっ……!?」
ライナが吠えるように叫んだ瞬間爆撃音のような音が室内に響き渡った。耳をつんざくというよりは身体の奥に残るような音響。
咄嗟に目を閉じてしまったが、硝子や木片が飛び散っては辺りに散らばる音がする。爆撃、いや違う。なら俺も吹き飛ぶはずだ。なら何かが砕けた音だというのか。
――――目を、開けなくては
「なっ……にがっ……!」
「やあヨル、久しぶり」
「…………え?」
赤い、紅い髪が見えた。
まるで燃えるようなその髪は硝子の破片を含み、透明な硝子はその赤を乱反射して輝いている。
「ルー、リア……?」
「ん」
間違うものか。
間違いなくルーリアだ。窓をぶち破ってルーリアが室内に侵入してきた。しかもかなりの勢いをつけて入って来たようで侵入と同時に同じベッドの上にいたライナを蹴り飛ばして目の前にいる。
赤い短髪はそのままに暗い色のマントを身に纏い、その下には剣を携えているみたいだ。
「どうして、どうやってここに……!?」
「どうしてって、助けに来たんだけど」
ルーリアが助けに。
一人なのか!?
いくらルーリアが強くたって、相手はレイル・ロードだ。殺されるぞ……!
「逃げろっ! 殺されるぞ……!」
目の前にいるルーリアに叫ぶが全くこちらを見ていない。
蹴り飛ばしたライナの方を睨んで動こうとしない。
「何でお前がここにいるかはわかんないけどっ、死ぬぞ! 逃げろよ!!」
「いいや逃げない、死なない。私が……殺す……!」
駄目だ。
ライナをレイル・ロードと勘違いしているようで怒りに支配されて思考が復讐しか考えられなくなっているみたいだ。どうする、逃げろと言っても逃げない。そもそもどうしてルーリアがここに。死ぬ。
ああもう、頭がゴチャゴチャだ。俺がするべきことは……!
「あいつは―――――」
「落ち着いてルーリア、あれはレイル・ロードではないよ」
「っ!?」
この声は。
部屋の扉がゆっくりと開く。そしてそこから長髪を纏め、全身を鈍く光る鉄の鎧に包んだ騎士が現れた。そして俺はあいつを知っている。
「カルト」
「……ルーリア、手はず通りに。こいつは僕が引き受ける」
カルトは俺の声に反応し一瞬だけこちらを見るとすぐさまライナを睨む。肝心のライナは既に無言で戦闘態勢に入っているようで跳躍のために踏みしめた石床が腹に響く音と共にひび割れている。恐ろしい一撃が来る。例えライナを知らない奴であってもそれが一目でわかる程だ。
「……潰れろ!」
「……っ!」
その幼い顔に恐ろしい程の獣のような怒りが見えた。
その刹那ライナは石床を蹴り壊して一番近くにいたカルトに蹴りをかました。
「っわ……!!」
カルトは驚異の反射神経で何とか躱して見せる。だがほんの少し鋼鉄の胸当てが掠ったようで、まるで服に付いたボタンを弾くかのように鎧の前面を吹き飛ばした。
「さあ行けルーリア! 集合地点でまた会おう!」
「っ了解……!」
その言葉と鎧が壁面に当たる轟音で正気を取り戻したのか、ルーリアがこちらを振り向き一直線のこちらに駆けてくる。
「ヨルなら大丈夫だとは思うけど、気をしっかり持ってね?」
「っ何、する気……だぁああああああ!?」
ルーリアが正面衝突してくる。
そして身体に一瞬の衝撃が走り、瞬きをする間に破壊された窓から俺とルーリアの身体が投げ出されるのを視界が捉えた。
「さあ一気に行くよ」
「……嘘だろ」
森の中から屋敷に向かって縄なのかワイヤーなのか、ともかく紐状の物が伸びている。高さ的に森の木々に縛り付けてあるのだろうが、それが屋敷の壁面まで。そしてその壁面には見知らぬ顔の男が一人俺たちを睨むように紐を持って壁に張り付いている。
さながらパチンコ、スリングショットようになっているが、
「そのまさか」
ルーリアがそう呟いた瞬間、壁にへばりついていた男二人が壁を放し射出される。当然俺たちは男の弾丸にぶつかり、
「ああああああああああああ!!?」
そのまま男は俺とルーリアを抱えて遥か上空へと撃ち出された。
スリングショット、いや最早投石器と言った方が近いであろう速度と発射距離で撃ち出されているだろこれ!?
「叫ぶな! 舌を噛むぞ!」
「無理無理無理、死ぬ死ぬ死ぬ!!」
「暴れる、な……っあ!?」
え?
暴れたせいか男の腕が俺の腰から滑って足のほうにズレて行っている。しかし今は風圧を受けながら前方に吹き飛んでいるから。あ、
乱回転しながらそのまま後ろに風圧で吹き飛ばされる。
「ぁぁぁぁあああああ!?」
「くっ……そ、どうだ!?」
何がどうなった? 視界が馬鹿みたいに揺れているから良くわからない
多分男とルーリアから俺が離れてしまう前に男がルーリアごと一回転して、足か腕かを俺に引っ掛けて前方にぶん投げたのか?
「ルーリア、キャッチ!!」
「うりゃあぁあああ!!」
「うげ!?」
腹部に衝撃。
手の感触だ。けど小さい。抱えられたルーリアが男の代わりに俺をキャッチした。誰も見ていないが見世物になるくらいのアクロバットをキメながら未だ風を切って飛んでいるが、少し失速してきているのがわかる。
「ルーカス、着地!」
「わかっている!」
ルーカスと呼ばれた男は俺とルーリアの二人を抱えながら足を伸ばして着地しようとしている。けど、まるで砲弾のように飛んでいるんだ、そのまま着地しようものなら足の骨を折るだけじゃ済まない。何か作画あるのか……!
「あれは、また人……?」
木々の下に生きている人間がこちらを見ているのが見える。木の間に見えるあの白いのは俺たちを受け止めるための天幕だろうか。
しかし……ここはアルシア達が身を隠していた樹海、最早従者の巣窟になっているはずだ。そんな恐ろしい所にこんな組織的な動きを見せている奴らがルーリアを引き連れて……俺を助けに。
「ぐっ……!」
木々の小枝を折りながら備えられた天幕に突っ込む。
流石に突っ込む勢いに方が強かったのか布は多少破れたが何とか着地に成功した。
「はっ、はっ、はっ……痛って……」
枝が腕に刺さっている。
痛みに耐えながら引き抜くと血が流れたが気にしてなどいられない。聞く事が山ほどある。
「大丈夫ヨル?」
「ルーリア……どうして助けになんか来たんだ!?」
「あとで話すから今は逃げ――――」
「すぐにアルシアが来る、レイル・ロードだ……みんな殺されるぞ!! なのに、何で……!」
「レイル・ロードはここには来ません」
横から先程ルーカスと呼ばれていた男が口を挟んできた。
「何だアンタ、何でそんな事がわかる。あいつは化け物だ……必ずここまで来て皆殺しにされる!」
「いいえ来ません、レイル・ロードは『同胞』達が総力を挙げて足止めしています」
同胞?
こいつらが何のために俺を助けようとしているのかわからないが、こいつらが組織的な動きをしている事には間違いない。ハティや、ロロにただ頼まれたからっていうのはあまりにも考え難いが……
「さあ立ちなさい、我々はここで死ぬことは許されず……そして君もここで立ち止まって良い人間ではない。君はこの国の―――――いや、この世界のために逃げなくてはならない」
「……あんた達が何で俺を助けようとするのかは知らない、ルーリアが参加している理由も知らない。けど、俺が救助されて王都に戻ったら……王都は滅ぶ! レイル・ロードに襲撃されるんだぞ!!」
アルシアは間違いなくやる。
俺を攫った時ですら無関係の人間を何人も殺した奴だ。気に入ったものを取り戻すために国すら滅ぼすだろう。そうなれば多くの人が死ぬ、ロロもエルもガルディアも、ルーリアもカルトも……ハティですら。それは―――――
「そうで無くては困る、だからこそ、君を助ける価値がある」
「……え?」
「誰を生かし誰を殺すか、誰を逃がし誰を置いていくか……考えたとも、悩んだとも。そしてその末に……私たちは君を助ける」
男は、ルーカスと呼ばれた男は俺を見下ろしながらその顔に並々ならぬ決意を漲らせてそう告げた。




