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治る身体の異世界ライダー  作者: ツナサキ
三章 生きるために
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三章13 意図的な侵入者

 窓から外を見上げると、澄んだ青空が何処までも広がっている。

 広く、大きく、何処までも。まるで手が届いてしまいそうな程に近く見える空ではあるがそれが叶うことは無い。空は触れられるものではないというのもあるが、今の俺にはここから外に出て空を下に広がる樹海の木一つにすら触れる事すらできないからだ。


 「……っ」


 動悸が激しい。

 落ち着けようと鎮める程にそれに反して心臓が動きを速めていく。まだ耐えられないという程では無いが、それでも苦しい事に変わりは無い。


 「ヨル」


 後ろで俺を呼ぶ声がする。

 窓から一歩離れ、気だるそうに後ろを振り返るとそこには様々な医療器具らしきものを持ったライナがチョコンと立っていた。


 ここに来て何回も見ている少女。

 風貌はアルシアに瓜二つであり、血の繋がりをはっきりと感じさせる。その細い腕にはありえない程の膂力を秘めており、例えこの小さな少女が荷物を抱えて一人でいたとしても楯突く気にはなれないだろう。それ程までに彼女の恐ろしさと強さを味わっている。


 「何ボーっとしているの? 早く背中を見せなさい、今日は包帯を取ると言っておいたでしょう」


 「……ああ」


 「あれからかなり経ったし、そろそろ血が出ない位には治っているみたいね」


 「……痛みは、もう無い」


 「そう」


 ライナに近づき服を脱いで背中を見せるとライナは後ろから淡々と包帯を取っていく。どうやらハサミで包帯を切り落としているようで金属質のハサミか何かが肌に当たるのを感じる。


 「そう言えばアルシアが治っていれば水浴びに連れて行くと言っていたわ」


 「どうせ水浴びだけじゃないんだろ」


 「そうね、結局は『ヨルのため』にでは無くて『自分が楽しむため』に行くわけだものね」


 背中にライナの手が触れる。

 冷たく、体温すら全く感じられない悍ましいとも言える感触だが、背中の傷に痛みは無い。


 「治ってはいるけれど……その腕よりすごい傷になっているわね」


 「……」


 「……えい」


 「うっ!?」


 突然背後に引っ張られ―――


 「ぐっ……!?」


 強くでは無いが後頭部を軽く地面に打った。

 地面にカーペットのようなものが敷かれているとはいえ、地面の素材は堅い石。視界が数秒歪む衝撃が頭を襲い残るような痛みが発生。

 歪んだ視界が元に戻ると俺の顔を上から覗き込むライナの顔が目前まで迫っていた。


 「ふぅん、まだ最後に投与した痛み止めが抜けてないみたいね。視点が合わなくて視界が霞んでるでしょう」


 「……なってる」


 「あと鼓動も速いか……ショック死しないためとはいえ色々投与し過ぎたかしら、軽く後遺症みたいになってるわね」


 それだけ確認するとライナは立ち上がり部屋に一つだけある扉へと向かって行った。


 「いつ、出るんだ?」


 振り返らないままライナに質問をする。


 「今すぐですって」


 後ろから聞こえか声から察するにライナもまた振り返らずに答えている。

 見上げると錆びの垣間見える窓からあまりにもこの場に不似合いな爽やかな風が入り込んでいる。例え死体人形師の潜む森と言えどその死臭を隠す程に自然の香りが漂っていた。


 さあ行こう、立ち上がって出掛けよう。生きるために出掛けよう。




________




 「ヨルはさー、好きな食べ物ってあるの?」


 「何だいきなり」


 木々の中、まさに道なき道を突き進む俺の後ろからアルシアが声を掛けてくる。

 後ろと言っても最早背後と呼べるほどに肉薄しており、視界が霞んでふらつく俺を支えるように手を添えて前進していた。片手に手鏡か何かを持っているようだが、水浴びした後に髪でも直すためだろうか。


 正面には俺よりも一回り小さい従者であり屍でもあるライナが枝、蔓、若木をすべて等しくその膂力で持って吹き飛ばしながら歩いている。まるで鉈でも持っているかのようだがその手には何も握られておらず、少し楽しくなっているようでリズミカルに手刀を振り回している。

……勢い余ってアレに当たったら腕くらいなら簡単に跳ね飛ばされそうだ。


 「ヨルが苦しむ姿は沢山見たからー、今度は喜ぶところが見たいって所?」


 「それは……無理だな。お前に何かしてもらって喜ぶなんて有り得ない」


 「んー、だよね」


 あっけなくそう返すアルシアに驚いたが、酷い事をしているという自覚はあるのだろうか。そんな感じの返し方だ。


 「ま、ヨルが喜ぶ姿は取っておいて……苦しむっていう点でまだあんまり見てないのがあるから次はそれかなー」


 「……どういう意味だよ?」


 「その内わかるよ♪」


 アルシアはとても楽しげだ。まるで玩具を買った子供の帰り道のような楽しげな想像が膨らんでいくといった表情をしている。恐らくはその『楽しげな想像』が向かっている川で起きるのだろうと想像すると気が滅入ってくる。気分も悪いし倒れそうだ。


 「ヨルは誰かに殴られた事ってある?」


 「……は?」


 アルシアが唐突に呟く。


 「前を歩いてるけど」


 俺は即座にライナを指差す。

 まあ、あの少女には殴られ蹴られ投げ飛ばされている。しかも蹴られに至っては軽く十数メートルくらいは蹴り飛ばされている始末だ。正直ライナが冗談でも拳を振り上げたら頭を腕で抑えて縮こまってしまいかねない。


 「そうだね、確かに姉様に殴られたり蹴られたりしているけど……そういうのじゃなくて」


 「……?」

 

 「もっとこう、憎しみとか憎悪とかそういうものを込められてるみたいなやつ。姉様は確かにヨルを殴っているけれど、そこに私怨は無くて憎しみなんて欠片も無い」


 「……」


 何が言いたいんだかよくわからないな。

 そんな恨みを持たれるようなことはやった覚えは無いし、従ってそんな感情向けられたこともない。


 「無いかな? 凄くね……凄く怖いんだよ?」


 「……っ」


 俺の肩に置かれたアルシアの手に力が入る、皮膚と皮膚が擦れてミチリと嫌な音を立てた。


 「憎悪を持たれて、殺意を持たれて殴られると凄く怖くて恐ろしくて……決意とか心とかそういうモノが全て腐り落ちていくような感じでね。相手の想いが剥き出しになっててさ……」


 「痛っ……」


 「凄く怖くて、凄く、凄く……綺麗なんだよ・・・・・・?」


 「きれ……い……?」


 まるで実体験があるかのように話すアルシアはかつての記憶を懐かしむような表情を浮かべている。元からアルシアの感覚は狂人とも言える程に捻じ曲がっているのはわかりきった事だが、


 「そう、凄く綺麗! 上手く伝えられないけど、凄く綺麗。だからね今回はそれをヨルに見せてあげたいと思ってね」


 「……わからない、憎しみとか殺意とかが……そんなに綺麗なのか?」


 あたかも常識外れな事を当然のように言うアルシアを前にするとこっちが間違っているみたいに感じて来る。


 「綺麗だよ、愛情だって憎しみだってどっちも想いの一つでしょう?」


 「そうかよ、理解できないな」


 「大丈夫、それを今日は教えてあげる。楽しみね」


 そんな会話の後しばらく歩いた。

 当然アルシア達が住み着いていた屋敷は既に木々に隠れており、外であるのにも関わらず閉鎖的に感じられる木々が進むにつれて次第に開けていく。そして最後の木一本を通り過ぎるとそこにはとてもきれいな景色が広がっていた。


 「着いたわね」


 そう言いながら振り返るライナの背後には自然が作り上げた小さな滝があった。例え上の方から落ちても傷一つ付かなそうな高さではあるが絶え間なく、そして静かに水が流れており滝壺部分には澄んで綺麗な水が波を立てている。木々の緑と水の深い青が幻想的で、綺麗だ。


 「よーし、さっそく水浴びしてこよー!」


 「んなっ!?」


 着いた途端にアルシアが突然服を脱ぎ始めた。

 反射的に目を逸らしてしまったが視界の端で下着のような布を捉え、流石にそれは脱ぐ動きを感じなかったみたいだ。


 「ん、どうしたのヨル。何で目を逸らしてるのかなー?」


 「……うるさい」


 煽るような口調で話しかけてくる正面のアルシアに恐る恐る視線を戻していくと、確かに全裸にまではなっていなかった。屋敷を出る前から準備でもしていたのか、腰と胸部に白い布を巻き付けてあるようだ。


 「じゃあ先に行ってるねヨル」


 アルシアはそれだけ言い残すと岸辺にライナと俺を残して水の溜まった滝壺に飛び込んでしまった。そのままスイスイと真ん中あたりまで泳いでいくアルシアだったが、それを見る限り結構水深が深い。

 と言っても大人から見ればそれほどでもないのだろうが、真ん中辺りは足が届かないかもしれない。届いたとしても転んだらパニックで足が届かず溺れかねないような深さだ。


 「気を付けなさい、真ん中辺りは結構深いわよ」


 「そうみたいだな」


 「まあアルシアも溺れさせようってつもりでは無いと思うけれど」


 ライナが感情の読めない声でそう言い、適当に返しておきながら滝壺の方を振り返るとアルシアがこちらを手招きするように手を振っている。

 行かないと駄目だろうか、いや駄目なんだろうけど。正直言って行きたくない……泳ぐのが得意ってわけでもないし体調も良くないから岸辺辺りで景色を眺めながらボーっとしていたいのだが。


 「ライナは行かないのか」


 「あそこまで足が届かないもの、この辺で遊んでるわ」


 「……俺だって届くかわかんないよ」


 ライナは良さそうな岩に座り込み足だけを水に入れてまさしく俺がしたかった仕草をしながらこちらを見ている。どうやら行くしか無いようだが、溺れそうになったらまあ助けてくれるだろう……そう信じたい。


 「これでも腰に巻いていきなさい」


 そう手渡されたのはアルシアが身体に巻いているのと同じような一枚の白い布だった。


 「てっきり全裸で行かされるのかと思ってたけど」


 「ここは屋敷では無いわ。誰が見ているという訳でもないけれど、奴隷ペットの貴方も装いは大事。これでも私たちの血筋は為政者の血筋なのよ」


 「……死体を操るお姫様、か」


 そう呟きながら腰に渡された布を巻き付け水面へと足を踏み入れる。

 結構冷たい、だがライナの手とは違い吹き抜けるような爽快感がある。これだけで薬に弱る身体を引きずってここまで来た甲斐も少しはあるが、

 足が付くかわからない所まで行かなくてはいけないのであればそれはまた別な話だ。


 「……っ!」


 やはり深い。

 この調子じゃアルシアの所まで行ったら足が付かなくなりそうだ。

 だが、慌てるな。足が付かなくたって溺れるわけじゃない。立ち泳ぎなんてものもある位だ。しっかり息が吸えていれば溺れる心配は無いし、慎重に行けば――――


 「ひ、っうぁ!?」


――――何かが、股の間をすり抜けて行った。魚か!?


 「ンぐぼ、がばっ!?」


 まずい。足を折り曲げてしまった。水飲んだ。

 だから慌てるなって……さっきまで足付いてたんだからまだ足付くだろ!?


 「んぐっ、かっ……」


 駄目だ。水飲んで身体が力んで上手く地面を足が掴めない。こうなったらもう溺れてしまう。何とか、何とか浮くんだ。鼻を塞いで、口も塞いで……仰向けになる。足が地面に付けられないなら、潔く浮くしか道は無い。


 「ぐっ、はっあ、ぅは」


 助かった、息が出来る。

 何とか浮くことは出来たけど、やっぱり足が届かない程には深いようだ。このまま浮いていれば問題無いだろうか、息が出来るように仰向けで浮いているからだろうけどアルシアが近寄ってくる波の動きが感じられる。


 「足届かないなら無理しなくても良かったのに」


 耳まで水に浸かっているからかよく聞き取れないがそんな事を言っているアルシアが上から俺を覗き込んできている。水に濡れたアルシア、彼女の本性を知らない者からすればとても魅力的に、それこそ幻想的に見える美しさのようなものがある。綺麗な花には棘があると言うがその棘が尖り過ぎている。それを知らずに近づこうものなら……串刺しだ。


 「ほら、足の届く場所まで引っ張ってあげる」



 それからというものは特に何も起こらなかった。

 足が届く場所までアルシアに引っ張ってもらい、そこで泳いでいた。泳ぐと言ってもスピード出して泳いでいるわけでは無く丸太のように漂っているとも言えるが、たまにアルシアが漂っている俺に抱きついて来て水かけしようとか潜水勝負しようとか言って来ていたので怒りを買わないように適当に相手をしていた。


 ここに来るまでの道のりで不穏な事をアルシアは言っていたのにも関わらず何も起こらない。これから起こるのか、あるいはもう起こってしまったのを気付いていないだけなのか。わからないがともかく、はしゃいでいたアルシアが疲れて水から上がって石に座り込んでいるのが見える。それを見て俺も一番近い陸へと上がるために岸へと泳ぐ。そのままアルシアから離れて逃げられれば一番良いのだが、陸に上がるといつの間にかライナが傍まで近づいて来ていた。


 「お帰りなさい、どうだった?」


 「……」


 「どうしたの、考え事かしら?」


 「……ここに来るまでの間、アルシアが言っていた」


 俺は地面に座り込みそう呟く。


 「憎しみとか、憎悪の綺麗さを教えてやるって。てっきりまた酷い目に遭うかと思ったけど、何も起きない」


 「ああ、そういう事」


 ライナは俺の近くへと座り込み、素足についている砂を払いながら何か察したような声を発する。反射的に振り向くとそこには意地悪そうな笑みを浮かべたライナが眼前まで接近していた。


 「早く虐めて欲しいのに何も起こらないから焦らされてるって事ね」


 「……違う」


 「そう?」


 何を言おうがライナは表情を崩さない、もうわかり切っている事だ。故に言葉を発したライナの顔を見つ必要性は全く無い。その為そっぽを向いて脱いだ服を元通りに着ようとしていたらそれが少し不満だったのか俺の視界に入り込むようにライナが回り込んできた。

 そしてライナはやや不機嫌そうに、


 「それで? 他には何か言ってなかったの?」


 「……俺にはまだ見せていない苦しみがあるって言っていた」

 

 「なるほど、面白そう」


 それだけ伝えると不機嫌そうな声色を一転、ライナは妙に納得したような仕草を取る。

 たったこれだけでわかるのか、と思いはしたが多少違うとはいえ似た思考回路をしているのが良くわかる。


 「まあ水浴びも済んだみたいだし、お楽しみはこれからってところね」


 「やっぱりこれで終わりじゃないよな……」


 「ほらヨル、聞こえる?」


 ライナはそう言うと目を閉じて耳に片手を当てる。何か聞こえる? それにしては集中しなければ水のせせらぎと木々の揺れ動く音くらいしか聞こえないが……


 「―――――――」


 「―――――――」


 音。

 何か堅いものがぶつかるような音だろうか。それにやたらと鳥の飛び立つ音が聞こえる。騒がしい何かが近づいている……?

 森の中から草をかき分けて近づいてくる音だろうか。だが、やたらと焦っている様な音にも聞こえる。


 「―――――で―――」


 近い。

 ドンドンと音の主が近づいてきているのがわかるが……声がする!

 声。声だって……!? これは、こんな所に? どうして……


 「人が……来ている?」


 心臓がドクンと大きく脈打った。

 たとえどれだけ一直線に走っても出口さえ見つからないような樹海の奥地にどんな理由を持って人が来るだろうか。ピクニック? 狩り? 木材調達?

 従者の溢れるこの樹海で?


 違う。

 例え従者がいたとしても進まざるを得ない、奥地にこそ目的が無ければここまでは来ないはず。ではその目的とは、何だ。いや、わかってる。望みの薄い事だ、都合の良い解釈だ。けど思わざるを得ない。


――――助けに……来てくれた?


 「―――――るぞ――――れ―――――」


 来る。

 もう見えてもおかしくない所まで迫っている。間違いない、人だ。走ってはいるが間違いなく人だ。それも従者のような走り方ではない、命のある人の気配だ。堅いものがぶつかるとは剣の音、鉄の音。武装している。やはり――――


 「開けた場所に出たぞっ!!」

 「広がるな! 固まれ!!」

 「既に何匹かいるぞ、先に蹴散らす!」


 「……ぇ?」


 結果を言えば茂みの中から出てきたのはやはり人だった。

 三人。一人は女性で二人は男性。若い男が一人若い女が一人、そして薄く髭の生えた壮年の男が一人。だが、俺が思い描いていたものとは全く違った。


 まず、髭の男は片腕を失っていた。

 それに至るところが血塗れであり、残った腕で剣を握ってはいるものの筋肉が見えてしまう程の裂傷が見える。若い男女はそこまでの外傷は見当たらないがかなり疲弊しているみたいだ。

 従者に押されているという事か。そんなに強いのか。でも、妙だ。


 若い男がこちらに剣を・・・・・・・・・・向けている・・・・・


 「ハアッ!!」


 振った。

 思い切り振りかぶって振った。スピードは申し分ない、当たれば人体程度斬り飛ばすのはそう難しくない威力だ。隣にいるライナを狙っている? だがそれにしては少しだけ剣の位置が高い。まるで水平に俺の首を狙――――


 「っうぁあ!?」


 身の危険を察知し瞬間的に後ろに倒れ込むように屈んだ瞬間、凝縮されていた時が一気に加速を始める。

 瞬きを一度した瞬間に既に剣は振り抜かれており、前髪が両断されるのと同時に額に激痛が走る。


 「ひっ、ぐっ……っ……!」


 痛い、熱い。斬られた!?

 落ち着け、斬られていない。死んでいない。掠っただけ……当たっていれば、


 「……っ!」


 身体中から冷や汗が流れて来る。とても生きた心地がしない、命を奪える鋼鉄の剣が額を掠った。一体何のつもりで――――待て、待て待て待て待て!! 何でまた振りかぶってるんだ。俺は……俺を殺す気か!?


 「待ってくれ、俺は……俺は生きてる人間だよ!!」


 「……っぁあ!?」


 必死に男に向かって吠えるようにそう叫んだ。既に死にかけたという恐怖で足か動かず動かせるのは口しかない。無情にも頭を両断するために振り下ろされる剣を止めるためにはこれしか無かった。

 幸いなことにギリギリ間に合ったようで若い男は兜割りを中断し、接近したことにより一番近くにいる俺とライナに剣の切っ先を向け背中を二人の仲間に向けるようにして構え、


 「子供がどうしてこんな所にいる!?」


 男はいかにも戦闘中の兵士のように鋭い口調で短く叫んだ。

 しかしそれだけで彼らのことがある程度わかってしまう。俺を知らないという事は彼らは、助けに来たわけでは無いという事。一瞬敵意を薄めた男は辺りを見回すような仕草を取り、再度敵意を露わにして口を開いた。


 「お前たちは何者だ、どうして奴らに襲われない……答えろ!!」


 「奴ら……?」


 まさか。

 何かの気配を感じ振り向くとそこにはアルシアとライナが少し離れた所に立っている。そしてその更に背後には……壁を作る様に従者の群れが存在していた。多い、五十。いやそれ以上の数が――――


 アルシアが侵入者を排除するために呼んだ?

 だったらこんな樹海の奥地までこの人たちは来れない。という事はこの人たちはアルシアにここまで誘い込まれたという事。何のために? アルシアの企みと何か関係が――――


 「答えろよ! 返答次第では子供でも斬るぞ!!」


 「……っ!」


 「よせ……止めておけ」


 若い男が一歩俺に近づいた瞬間いつの間にか接近していた隻腕の血塗れ男が剣を振り上げる男の腕を掴んだ。だが、明らかに俺を心配しての動作では無いのがわかる。


 「……状況を、冷静に考えれば自ずと答えは見えてくる。だから取りあえず……っそいつから距離を取れ」


 隻腕の男はかなり辛そうに話しながらも剣を持つ男の腕を引っ張り後退させる。そのおかげかどうか不明だが若い男はそれなりに落ち着きを取り戻し始めていた。


 「この状況で分析する価値があるのか!?」


 「ある……ここは、従者の森と言っても過言では無かった。そして従者は積極的に人間以外の生物を襲う事はしない。ならば、既に彼らが襲われない理由と言うのは二つに絞られる」


 呟く声が聞こえてくるくらいには距離が近い。離れているとはいえ数歩全力で間を詰めればあっと言う間に肉薄してしまう距離だ。下手に近づけば斬り殺される雰囲気が確かにあるが、かといって助けてもらう千載一遇のチャンスを逃すわけにもいかない。彼らも修羅場を潜ってここまで来たのは見た目でわかる、どうにか刺激しないで話を聞いてもらうしか……


 「つまり彼らは人間ではないか……っもしくは、ぐっ……っ従者が殺す事の出来ない絶対的な存在かのどちらかだ……」


 「おい、大丈夫か――――」


 「俺に注意を向けるな! いつ襲・・・ってくるかわからんぞ・・・・・・・・・・……!」


 襲う?

 誰が?

 ああ、アルシアとライナの事か。確かに今は静観しているが俺が連れて行かれるとわかったらこんな満身創痍の三人組などあっと言う間に殺しかねないのは確か―――


 「あの子供、もしくは後ろの女……またはその両方か。恐らく奴らはレイル・ロード・・・・・・・だ」


 やっぱりそうなるのかよ!

 俺は違うと言っても聞いてもらえそうにない。大人しく下がるべきか? それとも危険を覚悟で訴えるべきなのか?


 「もう駄目……これ以上凌げないよ!! どうするの!?」


 俺たちがレイル・ロードであるという発言に対し男二人が言い争っている後ろから女性の声が響く。見れば女性は長く鋭い槍を軽快に振るっており、茂みから追撃せんと現れる従者を薙ぎ払っている。だが数に限界があるようで徐々に押されているようだ。


 「どうするレナード……俺の推測通り奴らがレイル・ロードであるならば、っ相打ち覚悟で討ち取ればあらゆる人が救われるぞ……」


 「だ、が……噂では黒い竜がレイル・ロードとも――――」


 「噂は噂に過ぎない。勿論俺が間違っているという可能性も大いにあるが……決めるのはお前だ。お前が決めろ!」


 レナードと呼ばれた若い男は明らかに狼狽しているが、敵かも知れない相手を前にチームとしての意志が乱れているようだ。隻腕の男は既に朦朧としているようで思った事をそのまま口に出すことした出来ていないようだし、恐らくここに来るまでにリーダー的な役割を持つ仲間が脱落しているようにも見える。


 「だが確証が無い!」


 「従者が主を襲うものか!! 意識ある人なら無くは無いが……既に死を迎えた肉塊がどうして操り手を攻撃できる……!」


 俺はどうするべきだ。

 彼らを説得なんて出来そうにないが、黙っていたらいずれ殺されかねない。いっそアルシアの傍まで走るか? だがそれは、この人たちの命を奪って助かるチャンスを捨てるという事。

 一体――――


 「ねえヨル」


 「っあ!?―――――ア、アルシア」


 気づいたらアルシアとライナが背後にまで。

 

 「今からあの人は……きっと『絶望』してしまうから、だからそれに触れてきて?」


 「何を、する気だ……!」


 「その結果、助けたいと思えるなら助けても良いし……殺したいと思えるなら殺しても良い。全ては――――貴方の思うままにしていいの」


 アルシアの背後にいた大量の従者が消えている。

 わかり切っている事だ、いなくなったという事はアルシアの指示を受けて行動中という事。


 「きゃあああああああぁああ!?」


 「っ!?」


 後ろの迎撃を担当していた若い女性の悲鳴が森に響く。

 内臓が持ち上がるような感覚を覚えながら振り向くと、槍使いの女性は屍の波に呑まれてしまっていた。当然だろう、唯一動けそうなレナードと呼ばれていた男は朦朧とした隻腕の男の言葉に平静を奪われている。女性一人を殿で戦わせておけばそうなってしまうのは明らか。

 今まではそういう布陣できたのだろうが、機能しなくなっては戦略なんてただの足枷だ。


 「レナード、っあ助けてぎぁ!、ぐぎゃが、し、し死にたく――――」


 屍の波に呑まれてしまえばそれは死を意味した。

 通り過ぎた後には骨も残らないだろう。肉は削がれ、臓腑はばら撒かれ、骨は粉へとすり替わる。あれだけ爽やかだった木々の隙間を鼻に付く血の匂いと叫び声が通り抜けるのを感じ胃酸が逆流しそうになる。


 「ミラン!? ミラン!! ご、ごめ――――今助け―――――」


 「行くなレナード……!」


 隻腕の男の呪言から正気を取り戻した男は女性を助けようと動くも静止されてしまっていた。


 「止めるなっ!! ミランが、死んでしまう前に――――」


 「レナード……」


 「退け!!」


 隻腕の男は振り払われた瞬間、そのまま踏ん張ることが出来ずに地面にゴロリと転がってしまったのだが、その転がり方があまりにも……死体のようで、吹き飛ばしたレナードとかいう男も驚いているようだ。


 「……ラグゥ? おい、ラグゥ」


 隻腕の男……彼も、

 既に彼も、限界を迎えていたんだ。傷付いた全身からは血が溢れ、斬り飛ばされたであろう腕からも流血している。もう意識も無いのだろう。


 残ったのはレナードと言う男が一人。

 彼も殺されるのか。出来るならば彼一人でも助けてあげたい。


 「アルシア……もう、やめろ! 彼を殺すな!」


 「んー? フフ、それは違うよヨル。もしあの男の人を殺すのなら……それは貴方よ・・・・・・


 「な、に……?」


 アルシアは意味の分からない事を言って笑っている。ライナも同様だ、普段そうは表情を変えないライナまで笑っている。狂っていやがる、こんな事を目の当たりにして何で笑っていられる。化け物が。


 「ほら、死体は止めててあげるから。助けたいなら、殺したいなら行きなさい?」


 殺すものか。

 確かに彼はもう一人しかいない。現状を静観しているだけで二人も死んでしまった。俺が何かをすれば助けられたのか、後悔のようなものが頭の中で渦巻いているがどうしようもなかった。

 けどまだ彼は生きている。立ち直らせることが出来れば……もしかすればここから逃げ出せるかもしれない。例え俺が逃げられなくても彼の命を救えれば助けが来るかもしれない。そうすれば――――


 「っ!?」


 俺がレナードに数歩近づくと彼は隻腕の男を抱え俯いていた顔を急に上げ起こした。そして無残にも血溜まりしか残っていないであろう女性が喰い殺された現場を凝視した後にゆっくりとこちらに顔を向けた。


 その顔には見覚えがあった。

 どこまでも沈んでいきそうな暗い瞳。地獄を見たというその顔はあらゆる感情が渦巻いているはずの心とは裏腹に何も読み取れない。そうこれは……かつてルーリアが見せたあの表情。


 「―――――で」


 「っ!?」


 レナードが立ち上がり剣を抜いた。

 まるで従者と大差ないような表情の無い顔のままこちらへと近づいてくる。


 「待て! 俺はレイル・ロードじゃない! 一緒に逃げよう、俺は……連れて来られただけなんだ!」


 「――――――――ったら」


 「辛いのはわかる! けどアンタまで死んだら俺は……!」


 「――――――――――だったら!」


 「頼む……! 仲間の為にもアンタは死ねないだろう!?」


 「だったら何でお前は笑・・・・・・・・・・っているんだ・・・・・・!!」


 笑って、いる……?

 誰が、俺が?

 人一人目の前でバラバラにされて、力尽きて人が死んで行くのを目の前で見て、笑っている?


 「嘘だ……」


 「何が嘘だ……お前は、ミランが殺されてラグゥが力尽きるのを目の前で見て……嬉々としている。嬉しそうだ!」


 「違う! 嘘だ!!」


 絶対に違う。

 こんな事が、こんな事が楽しいわけが無い。命が消える瞬間に立ち会って、これだけ血のキツイ匂いの中で笑えるはずがない。そんな奴はイカレているか狂って―――――


――――ああ、楽しい。


 「―――――っ!?」


 以前。

 流血の場面でそんな事を思った事が、ある?

 命の奪い合い、生死を掛けた戦い。楽しいと思った事、実戦訓練の時――――


 「人が死んで笑えるのか……他人だから? いや違う、お前は正常じゃない。お前は―――――お前たちは壊れている・・・・・・・・・・


 「―――――――――――」


 お前たち。

 同じ。括られた。

 アルシアと。

 ライナと。

 俺は。

 同じ。

 壊れている。


 「はいヨル、これあげる」


 「――――――――――」


 ライナが後ろから何かを手渡してきた。

 鏡。手鏡。


 映っている子供は笑っている。

 楽しげな笑いでは無く、引きつったような笑い。無残で、残酷で、悍ましい出来事が憎むべき相手に起こっているのを俯瞰しているような、笑み。


 ゆっくりと視線を上げるとアルシアとライナがこちらを見ている。あれと同族、同類。


 「良い顔……絶望した? ヨル。私たちと貴方は同じだって、良かったね?」


 アルシアが少し離れたところで何かを呟いているが耳に入ってこない。

 

 「お前も死ね……!!」


 「それはダメね、死ぬのは貴方。一人だけよ」


 急激に後ろに引っ張られる。

 手鏡の持ち手部分が斬り飛ばされた。

 入れ替わる様にライナが俺の前へと躍り出、男の胴体に回し蹴り。身体は足の裏と頭がくっつくほどにひしゃげ茂みの方へと吹き飛んで行った。


 静けさが辺りを包み、何も聞こえない。命ある者など最初からいなかったかのように静かだ。


 「さあ、帰りましょう?」

 

 ライナに背中を押され帰路へと就く。

 もう何も考えられない。




__________





 「ヨルの絶望した顔可愛かったなぁ」


 「それには全面的に同意するわ」


 「……」


 「姉様姉様、ヨルをお婿さんにするっていうのはダメかな?」


 「……まだ子供だけれど」


 「……」


 「もう少し大きくなってから!」


 「貴女の好きにしなさい。私は意見を言うけれど、最後に決めるのは全て貴女よ」


 「……」


 「やった! そうと決まれば今夜は寝かさないぞー!」


 「言ってる事とやってる事が違うじゃない。どこからそんなこと覚えて来るんだか……小さい頃と言葉遣いも変わって来てるし、人間に影響され過ぎでは無くて?」


 「……っぁ」


 「『死骸王』の力を上手く使っていると言って欲しいなぁ」


 「まあいいけれど。面白そうだからここで見てるわ、ベッドは壊さないようにしなさい……後水持って来てるから少し齧らせてもらえれば……」


 「……っ!」


 「ダメ!」


 「……絶対に齧るから」

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