三章12 屍の処置
「っは、はっ、っ……」
「しばらくヨルを虐めて遊ぶのは控えなさい。でないとあの子死んじゃうわよ」
「うん、しばらくは眺めるだけにする」
……あれから食堂から運び出されて別の部屋に連れて行かれた。ベッドに降ろされてろくに眠りすらできずに息を切らしているだけで一夜が明けてしまったようだ。既に辺りは明るくなっているみたいで、近くからアルシア達の声が聞こえる。
仰向けには寝られない。
動かすだけで背中が痛い。
全身が熱くて苦しい。
これを、もう少しだけ酷くすれば死んでしまうんだろうという感覚が直感でわかる。
「せっかく拾って来てすぐに看病する羽目になるんだものね」
「むー」
「死なせたくないなら貴女がどうにかするべきだと思うのだけれど」
「わかってる、わかってるから姉様!」
聞こえてくる声は悪だくみを考えている様な声ではない。むしろ軽く言い合っている様な剣幕で皮肉と呻き声が交互に響いている。アルシアの余裕の無い焦っている様な声は初めて聞いたが、今はそんな事を心の中で思い返すくらいしかできない。
「具体的にどうするつもり? 傷につける薬はあっても傷の熱と衰弱したヨルを癒すようなものは無いわ。そんなでは傷が治るころには体力尽きて死んでるわね」
「……体を冷やしてあげて、いっぱい食べさせるとか――――」
「寝返りすら出来ないヨルに食事させるって事かしら、それは良い考えね」
「……っ、いいわ。私が何とかするから姉様はヨルが死なないように診ててあげて……!」
「縫った糸とか全部抜いて水かけてあげれば一瞬で……って聞いてないわね、どっか行っちゃったわ」
その声を境に言い争っていた声が聞こえなくなった。
アルシアが部屋の外に出て行ったのだろうか。だが部屋の中で何かが動く気配がするって事は……ライナがまだいるって事。
「……苦しそう、生きてるのって不自由ね」
「…………死んでいれば、自由なのか……?」
耳元で声が響いた。
ライナの哀れむ様な声が聞こえ、その直後に頭に何かが添えられた。
この感触、しかも冷たい。ライナが手で触れているんだろう。
「少なくとも私は傷ついて寝込むなんて事は無いわ」
「それは……可哀想だな……」
「……」
アルシアは何も言わない。
彼女もそう思っているからか、それとも俺の次の言葉を聞くためか。単に無口って事もあるが、
「たとえ死んでたとしても、それじゃ……人じゃないみたいだ」
「……そう」
それ以外に何も言わない。
頭に触れている手にも力は入りもしない。変化があったのは声色だけだ。少しだけで一瞬だけだが、残念そうに声が沈んだ。
それからどの位過ぎただろうか。
ただただ苦しいだけだったがその間ライナはずっと傍にいたみたいだ。アルシアにそう頼まれていたみたいだし、当然かもしれないがそのまま一人で放置されるよりは安心だったかもしれない。
一人じゃ、もう意識を失っていたかもしれない。
「……っ?」
部屋の外が騒がしく感じる。
複数の足音、けどライナは部屋の中にいるから……アルシアが従者を連れて近づいてきているって事か………?
「お待たせ姉様!」
「お帰りなさい」
部屋に入り込んできた気配から察するにやはりアルシアは従者を引き連れて戻ってきたようだ。
「それで、どうするの?」
「熱があるなら……弱めればいいのよ」
「水でも氷でも冷やせば背中の傷が治るけど、それは嫌だったんじゃないの?」
「そう、だからこの子に熱を奪ってもらうの」
「……ま、良い考えね」
話しながらアルシアと従者は俺の隣にいるライナへと近寄って来ているようだ。視界の端にアルシアと、誰かもう一人の身体の一部が見える。
小さい、子供か……? 大体俺と似通ったような年頃の……少年だ。だが今まで見てきたような年季の入った従者とは違う、自身の傷など顧みないで行動する従者とは思えない程に全身に傷が無い。まるで大事に保管されていたみたいな綺麗な衣服を着せられ瞳孔の開き切った眼で真正面を見ている。
「っにを……する気、だっ……?」
「ん、この子私のお気に入りの一つなの。王子様……じゃなくて、何だっけ姉様?」
「御曹司」
「そうそれ! で、この子面白いスキル持っててね、名前は確か『軽減』だったかな。軽減は出来るけど無かったことは出来ない……そんなちょっと残念なスキルなんだけど今のヨルにはピッタリでしょ、痛みも熱も軽減できるからね」
その為にわざわざ連れて来たのか。
しかもあの少年の姿を見るに、従者のコレクション部屋みたいな所からから引っ張り出してきたみたいだが、
「わざわざ……随分大切そうにしてる従者引っ張り出して、っぐ、来たな……」
「うん、だってヨルが死なずに済むならこんなの一体くらい壊れたっていいよ。ヨルには……生きててほしいんだもん」
アルシアはそう言うがその声には申し訳なさそうな色は全く見えない。自分がやったくせに悪びれもせずに笑っている。うつ伏せだから顔は見えないが絶対に笑っている。
「それとほら、薬だって持ってきたんだからね。生えてたの残ってたんだけど、姉様これ飲み薬になるでしょ?」
「なるわね、全身の感覚が無くなりかねない劇薬だけど」
「……あれ」
「でもまあ無いより良いでしょう、完全に麻薬の分類になるけど痛みを抑えられると思うわ……分量を間違えなければ」
「間違えたら?」
「ベッドの上でヨルが面白い事になるわ」
「……ちょっと見てみたい」
何やら不穏な会話が聞こえてくるが正直もう返す気力も尽きかけてきた。意識もぼんやりとして靄がかかったみたいに視界が白い。死ぬかもしれないという恐怖すら薄れてきて……何も、感じなくなって、
「ね、姉様。ヨルが何か具合悪そうだけど」
「元からよ」
「いやもっと死にそうになって来てるよ!?」
「そうね、後は私が処置するから貴女は出て行くか大人しくするかして待ってなさい。それとこの際他に処置に使えそうな屍あったら片っ端から試してみましょうか。治療系はそうそう無いし、いい機会だわ」
……眠い。痛いのに眠くなってくるのはどう考えても危険信号だが、それに抗う術がない。今の俺はただうつ伏せで転がったまま、次目覚めた時が死後の世界で無い事を願って……ライナの処置に全てを託してただ意識を手放す外に無かった。




