三章07 明日に備えて
「それじゃあヨルに服を着せないと。今着せてるのはボロボロだし、血塗れだもんね!」
「……別に何も着せなくてもいいんじゃないの? ペットならそれらしく裸に首輪でもしておけばいいじゃない」
「んーん、やっぱり可愛らしいペットには可愛い服を着せてあげなきゃ!」
アルシアとライナが話し合っている。
連れて来られたここは……アルシアの部屋だろうか。廃墟とは思えない程見るからに豪華な家具がまるで王族の姫様の部屋みたいに置かれている。床には黒と茶色を基調とした絨毯が敷かれていてそれが高級感を醸し出している。
その全てに言えることは正規の手順を踏んて手に入れた代物では無いという事。
「……まあ貴女がそう言うなら良いけれど」
ライナが不機嫌そうにそう言うとアルシアは笑顔を咲かせて多数あるタンスの一つへと近づいていく。
「さあヨルに似合うのはどれかなー?」
「……っ」
一般人じゃ手に入れられそうにないタンスの中から、間違いなく盗品だと思われる豪華な服の数々が現れる。しかもその服の中には完全に乾き切った血のついた軍服のようなものも存在している。盗んだのか、それとも殺して奪ったのか。
「それじゃ―――これなんてどう?」
そう言ってアルシアが取り出したのは黒い服だった。
よくわからないような服だ。教会のローブのようなものを森で生きる人間が動きやすいように改良したみたいな、そんな異質さを感じる。
それに腹の真ん中辺りでクロスするようにベルトが巻き付いている見たことの無い服装だ。
「これは……」
「カッコいいでしょー」
アルシアは嬉しそうにはしゃいでいるがその後ろでライナはこちらに睨みを利かせている。まだ、俺が反抗すると思っているんだろうか。そんな気はもう……全く無いのに。
「これはねー、この国の服じゃないんだ。だから見たこと無いのも仕方ないね」
「これの、持ち主は……?」
「死んでるよ?」
……やっぱり、そんな気はしていた。無法のレイル・ロードが正当に物を手に入れるわけが無い。きっと、これも『気に入った服だったから殺して奪った』とか、そういう理由なんだろう。
「ありがとう、ございます……」
「どういたしましてー!」
人の遺品を着ろといわれてお礼を言うのも複雑だが、いいだろう?
サイズ的に持ち主は俺と同じくらいの子供だろうが、お前は気に入られなくて、俺は気に入られた。名前も知らないお前は……運が悪かっただけだ。
「さっそく今着替えてね」
「……ここで、ですか?」
「もちろん」
「……はい」
良い趣味してやがる。
でもやらないわけにはいかない。別にいいさ減るもんじゃない、拷問されるよりはずっとマシだ。従順に……振りでもいいから大人しく従うんだ。
「んふふー」
「何度見ても変ね、端正な風貌に似合わない醜い腕の傷」
「えー姉様それがいいんじゃない!」
「誰に似たのか知らないけど、良い趣味してるわ貴女」
……っ。
「どうやって付いたんだと思う?」
「さあ、どう見ても魔物に咬まれた痕だけれど。よっぽど酷い医者に逆に傷を広げられたんじゃない?」
「それか虐待されたとか?」
「可能性はあるわね、って事はあのハティとか言う娘は見て見ぬふりでもしてたのかしら」
黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ、黙れよ。
何が言いたいんだコイツら、
お前らに、イカレてるお前らに何が……
「ねえヨルその傷何で付いたの? 虐待? そのお腹の紋様は?」
「まあヨルが泣き叫ぶ姿は素敵だったから、虐待されるのもわからなくないけれどね」
「アハハハ、姉様こそいい趣味してるんだー」
「それは貴女もでしょ」
これは、ハティが頑張って……俺のために涙を流して治療してくれた痕なんだ。どれだけ酷くても、本気で心配してくれたハティが……ハティが、どれだけ自分を責めたか……どれだけ怯えたか……どれだけ悲しんだか、お前らにわかるのかよ……!
「……」
「どうかしたヨル? そんなに震えて。あ、もしかして虐待された時の事でも思い出したのかしら?」
「アハハハ、そっかごめんね。いやなこと思い出させちゃった?」
「別に……不注意で怪我しただけです」
抑えろ。
堪えるんだ。
ハティを貶すなと飛び掛かるのは簡単だ。けどそれは、後先を考えない行動だ。俺は丸腰だ……たとえ武器を持っていたとしても飛び掛かればライナに軽く制圧されるだろう。そして躾という名目でまた酷い目に遭わされる。
ごめんハティ。ここは間違いなくお前のために怒るべきところだ……それをできない俺を、許して欲しい。
「うっそー、ただの怪我じゃそんなふうにならないでしょ。治ってはいるけど、その傷が付いたときはそれこそ腕の肉がズタズタだったはずだよ?」
「酷く狼に、咬まれたから」
確かにズタズタだった。
咬まれた時では無く、ハティに治療してもらった結果だが。最初の七日くらいは痛くて眠れもしなかったっけ。だがそれを言えば二人はハティを馬鹿にするだろう。そうなったら……今度は抑えられる自信が無い。だから言わない。
「ふーん、じゃあ狼に咬み付かれて引き摺られでもした? その位酷く見えるけど」
「……うん」
適当に相槌を打った。
けど、精々俺と歳が十も違わないような少女にここまで傷について詳しくわかるものなのだろうか。
……違うな。アルシアは、ライナは知っているんだ。見たことがあるんだ、やった事があるんだ。国を守る兵士ですら凌駕するほどに生き物を傷付けて、殺して、それを見てきた。だからわかるのか。
「じゃあお腹の紋様は?」
「これは、自分でもわからなくて」
「ふーん。あ、あった」
っ、何をするつもりだ……どこから取り出したのわからないが、アルシアがナイフを持ち出している。
「ヨル、こっちに来て?」
「……まだ、服着てな――」
「いいから来て」
「……っはい」
アルシアは何て言うか、次にこう動くだろうという予想が付かない。今は笑っているが次の瞬間ナイフを突き立てて来たっておかしくは無い。
「……」
ライナは椅子に座って傍観を決め込んでいる。どの道選択肢は無い、ナイフを握ってベッドに座り込んでいるアルシアに近づく以外に道は、無い。
「よっと」
「ぁぐ……っ!?」
いきなり引っ張られてベッドに押し倒された。アルシアはそのまま片手を俺の胸に置き、反対の手でナイフを逆手に持っている。まさか、刺すのか? 嘘だ。そんな事をする理由が―――
「ひっ……!」
「いやヨルは何も悪くないよ? けど、何て言うかさ……それ、マーキングされてるみたいでいやなの」
「ぇ……?」
アルシアは俺の腹にある刻印を指差している。
マーキング?
どういう事だ。
「ヨルはもう私のものでしょ? だから、これ剥いでも良いよね?」
は、剥ぐ?
刻印を、剥ぐ。
どうやって?
ナイフで、抉る。
どうして?
嫌って……
「ひっ、ぁぁぁ……」
「アルシア、実験室じゃないんだからあまり汚さないようにしなさいよ? 傷が治ると言ってもヨルの血は体外に出たらそのままなんだから」
「うん、わかってる」
「や、め……許し……て、痛い、から……」
「ダメ」
アルシアの瞳が妖しく光った。
ああ、駄目だ。この目は……傷ついたり泣いたりしてる俺の前で何度も見せていた、加虐の目だ。この目のアルシアはただ欲を満たすだけ。満たすのは二つ、加虐欲と、
「えい」
「っぎ―――――」
独占欲。
「――――ぁぁぁぁあああああああああ!!??」
ブチンって鳴った。
皮が破れて、肉が貫かれている。
「いっ、がぁっぁああああぎっああがあぁああ!!?」
「っわ、わっ! 動かないでヨル! なるべく皮だけ剥ぐようにするから!」
「――――――――――」
皮だけ……違うじゃんか。絶対これ肉も一緒に削いでるって……じゃなきゃ、こんなに燃えるみたいに痛いわけない。
「わっ、姉様ヨルが何か痙攣してるんだけど!」
「お腹の肉削がれれば痙攣もすると思うけれど」
「そっかー、ゴメンねヨル? 生きてる人の皮削ぐの初めてで。でもヨルが動くからだよ?」
「――――――――」
もうどうでもいい、早く終わってくれ。痛い、マジで……痛みで死ぬ前に終わってくれ……
「――――――――っ!!」
「っよし取れた! すぐに水!」
「……っ!?」
傷口に水が振れる痛みの後、一瞬で痛みが消える。すると今度は皮膚の感覚が戻ってきた。濡れている。もちろん水をかけられたからだが、涙、冷や汗や血などで体中が濡れているのが知覚できる。
「っはぁ、ひっ……かっ、はぁ……」
「あ、ほら! 綺麗に紋様無くなったよ姉様!」
「ホントね。これなら腕の傷跡も削いで治せば無くなりそう」
「それはダメ、あれがあるからヨルは可愛いんだから!」
滲む視界をゆっくりと腹部へ移すと血塗れでありながらもその中心にあったはずの紋様が消え、肌色の皮膚が存在している。まさに、削がれたのか。
「くっ……は……!」
「じゃあ血が付いたもの全部洗っておいてねヨル?」
「……」
「聞こえた?」
「……はい」
そう言ってアルシアは俺から離れていく。本当に、身勝手だ。
けど仕方が無い。アルシアにはそれを通す力があり、俺にはそれを拒む強さは無いから。
「アルシア、それ貰えるかしら?」
「え、うーん……しょうがないなぁ。じゃあむやみにヨルを喰べないでね?」
「わかってるわ」
くそっ……かなり血が出ている。足から流れた分も合わせてかなりの量だ、頭がクラクラする。人は血液を多く失うとヤバいっていうのは俺にでもわかるが、この目眩はかなり……
「……な、にを……?」
歪む視界を正面に向けると、理解しがたい光景が目の前にあった。
「どう姉様?」
「ッジュル、ん……中々美味しいわ」
ライナが……喰っている。
「……クセになりそう」
「駄目!」
「……冗談よ」
「嘘―! 今がっかりしたでしょ!」
ついさっき俺の腹から削いだ肉付きの皮を、噛み千切りながら喰っている。
「何驚いてるのヨル。知らなかったの? 屍だって……君達の言う従者だって食べないわけじゃないんだよ?」
喰う……のか。
人の肉を、喰うのか。ライナは既に死んでいて、アルシアの力で従者になっているのだとしても……知能があるのに喰えるのか。
化け、者め……
「よし、やるべき事はあらかた終わったし最後にヨルに伝える事がいくつかあります!」
俺の一部が喰われて咀嚼されているという悍ましい光景が目の前にあるというのに、アルシアは普通の事だと言わんばかりに明るく話している……異常だ、異常だコイツら……!
「まずこの建物内にヨルの部屋はありません」
「……」
「ほら返事!」
「……どうして、ですか?」
「作ってもいいんだけどね。ほら、ヨルは『愛玩動物』だからどこで寝てもどこで食べても自由です」
……そうかよ、人として扱って無いって事だ。犬とか猫と同じって事か。
「けどヨルは常に見てます。反抗的な態度を取ったら『お仕置き』だよ?」
「……わかりました」
「ホントに分かってる? お仕置きって痛めつけるだけじゃないんだよ。例えば……ヨルの大事なハティちゃんの首がここに届く……とか?」
「――――――――――――!」
「アハハハ、良い表情! 怒りと恐怖と絶望が混ざったみたいな可愛い顔」
人質……のつもりか。
まさか、ハティも何処かに捕まっているのか!? 一体どこに……助けを……!
「大丈夫だよヨル、ハティちゃんは捕まえてないから」
「……っ!」
「最後に一つ。ヨルはペットなので私と姉様のためにタップリと可愛いところを見せてね?」
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あれから何刻過ぎただろうか、高く昇っていた日は既に沈んでいて空は黒く変色してきている。その間俺は命じられた俺の血を掃除していたのだが、当然ながらまだ俺の顔には目がある……まあ今はまだ、だが。だから幾つかわかった事がある。
ここは森の中だ。いや樹海と言ってもいいだろう。
恐ろしく背丈の高い木々の中にこっそりと立っている建物みたいだ。建物は見る限り石造りの屋敷のようだが、何故樹海の中に立っているのかわからない。わからないが、ここまで朽ちていなかった頃も碌な使い方はされていなかったのだろう。
樹海の中の石造り、そして地下には鉄の独房。って事は少なくとも人を閉じ込める必要があるような事をやっていたってわけだ。
そして、建物の廊下にはにはかなりの数の従者が存在していた。俺を襲わない様にアルシアから命令されているのだろうが、だとしても死体が同じ建物内にいるのは落ち着かない。
アルシアは俺の部屋は無いと言っていた。つまり俺はその従者の佇む廊下で夜を過ごすしかないわけだが、
「……」
そんな事は出来そうにない。となるとやるべき事は一つ、従者が一切存在しないこのアルシアの部屋で眠ってもいいか許可を取る必要があるが、
「ほらヨル、おいで?」
取らずとも、アルシアは最初からそれが望みらしい。
もう眠るのだろうか。アルシアは血塗れのシーツを交換したベッドの上で本を読んでいる。ライナは部屋にはいない、自室があると言っていたが俺とアルシアを二人にしていいのだろうか。
……二人にしても何の問題も無いからしているんだろうけど、アルシアはベッドの上で手招いている。人を泣き叫ばせて悦に浸るような異常者となんて普通なら眠れないが、多分血を多く失ったこの身体なら意識を失うように眠れてしまうのだろう。
「……はい」
「んふふー、ほら!」
「……っ!」
興奮しているのだろうか、アルシアのテンションが高くベッドの上に引っ張り上げられた。
「ペットなら、床で眠らせればいいんじゃ……」
「それも良いけど、今日はヨルを抱いて眠りたいから」
「……」
「姉様はまだ完全に従順じゃないから危ないって言ってたけど、大丈夫。ヨルじゃ私は殺せないから」
ぬいぐるみじゃあるまいし、舐められているのか。
恐らく違うだろう。人質、痛み、恐怖。それらで俺を縛っていると考えているからそう言えるのか。
「ヨルって結構体温低いんだね」
背中に抱きついているアルシアが耳元で囁く。
怖い。アルシアはずっと見ていたとか恐ろしい事を言っていたから俺のことはずっと前から知っていたのだろうが、俺にとってはほぼ初対面の人間だ。それにアルシアは残酷だ、少なくとも人をペットと見なせる位には。
「震えてるの?」
「寒い、から」
「嘘、怖いんでしょ?」
「っ」
それに恐ろしい程に勘が鋭い。
震えてるとはいえ、たまに心を読まれてるみたいな嫌な感じがする。
「私ね、明日が楽しみ。たっぷりヨルを可愛がってあげるから。それはもう、私の傍から離れたくないって思えるくらいにね」
それは可愛がるって言うんじゃない。
それは洗脳って言うんだろうが。
……逃げられるか? 部屋にはアルシアしかいない。痛い思いをしたくないなら、ハティを殺されたくないなら逃げるなと言われたが、俺がいなくなってハティは無理をして探そうとするだろう。そしてそのハティはカルトとエルに守られているはず。ならそう簡単にハティを殺すことは出来ないはずだ。
「無理だよ、ここからは逃げられない」
「……っ!?」
本当に、心を読まれているんじゃないのか!?
態度だけでそこまでわかるか普通……!?
「私から逃げたいなら、私を殺すしかない。確かに私は女でヨルは男の子だけど……」
「ぐっ……!?」
「ヨルが私に飛び掛かって首を絞めたとしても、それを組み伏せて逆に首を絞めるくらいは私だって出来るから」
俺の身体に巻き付いているアルシアの両腕がいつの間にか首元まで上がってきている。確かにライナに比べればか弱いと言えるような力だが、歳の差なのか腕が抑え込まれていて息が、吸えない……
「ぐぁっ、はっはっ……!」
「フフッ。痛い目に遭って、怖い目に遭ったけどまだ抵抗できるんだね」
「っ……別に、抵抗なんか……」
「だからね、もう少しだけ虐めてあげる。そしてヨルがその苦しみで絶望する直前で甘やかすの。するとどうなると思う?」
耳元のアルシアの声が急に変わった。
何だこれ……寒気が、する。声の質は変わらないのに何かが変わって―――
「するとヨルはまるで救われたみたいな幸福感を覚えて、私の傍にいるのが嬉しくなる」
「……っ」
「私ね、明日がとっても楽しみ」
小さく囁くアルシアの声が耳元で響く。
そんな純粋に歪んだ声を聞きながらも血が抜かれて消耗しきった俺の身体は睡魔へと襲われているようだ。いつもの眠気とは違うゆっくりと意識が消えて行くような恐怖みたいなものがある。
……このまま起きることは無かった、みたいなことにならないと良いけどな……
俺の五感が最後に捉えたのは嬉しそうにクスクスと幽霊のように笑うアルシアの声だった。




