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治る身体の異世界ライダー  作者: ツナサキ
一章 世界を知る
4/55

03 小さな狼たちの大きな事件

 ハティとの異世界共同生活三日目

 

 「見れば見るほど女の子だな……」


 現在俺はこの家に一つしかない手鏡に自分の顔を映していた。


 この世界の俺の体、ヨルは厳密には中性的な顔立ちであるのだが、服装が問題である。服装の女の子指数が完全に顔の男要素をノックアウトしており、ハティが髪を短くしたらこうなるんじゃね? 的なレベルである。


 「ズボン貰ったら上着も改造してもらおう」


 そう呟いて、猟師さんが使っていたであろう様々な工具を手に俺は外に出た。


 「別に俺は布団でも寝れるが、ハティがベッド使えって心配してくるしな。でも、木材切り出すのも大変だなぁ」


 そう言いながら俺は何とか切り倒した木から木材を切り出すべく奮闘していた。エプロンドレスで。


 え? しつこい? そのくらい気にしてるんです。


 「ヨル―! ズボン出来たよー」


 「おっ!? やったぁ!」


 ハティがツギハギだらけのズボンを抱えながら外へと出てきた。それを見て俺は本当に喜んだのだった。

 

 「じゃあはい、ドレス脱いで。上も男の子用に直すから」


 「おう!」


 「はい、出来るまでこれ着ててね」


 そう言って渡されたのはズボン。ツギハギだらけだが、頑張って繕ってくれたのだ。ありがたい。


 「何か、新婚さんみたいだな」


 何気なく、この雄大な山奥でのんびりとしたこの生活をそう例えてしまい、空気が凍り付いた。何を空気を読んでいるのか、鳥の声さえピタリと止まる。


 「……」

 「……」


 しまった。言わない様にしてたのに、言ってしまった。


 だって、だってそうじゃん!? 友達なら家に遊びに行くとかはあるけど、一緒の家で分業して暮らすとかもうそういう仲じゃん!? 内心すげぇドキドキしながらハティが作ってくれたご飯食べたり夜寝たりしてましたよ!


 「そう……だね」

 「!?」


 そう言ってハティは俺からエプロンドレスを取って一目散に家へと入って行ってしまった。ハティの耳元辺りの髪は白だからよくわかる。耳が真っ赤になるくらいまで恥ずかしがっていたのだ。


 「お、おおお落ちつけ俺。相手は八歳下の幼女、そう、子供だ子供……あれ、俺も子供だ。つまり、どういうことだ?」


 何か凄い言葉と思考が絡まりまくって脳内がメルトダウンを起こしている。

 くそ、ハティも否定したり笑い飛ばしてくれたりすりゃいいのに。何であんな反応するんだよ……!


 「つまり、ハティも内心ドキドキしてた?」


 もう考えるのをやめてズボンを履き、全てを水に流すように上半身裸で木材を切り出すことにした。


 そんなヨルを家の窓からハティが覗いていたのだが、そんな事をヨルは知らない。




 ハティとの異世界共同生活五日目


 「俺ってもしかして家具作成の天才……!?」


 脳内がメルトダウンを起こしたまま作業を行い、気づいたら大量の木材が切り取られていたのでそれを家にあった幾ばくかの釘とスルクの木の樹液|(超強力な天然の接着剤)をうまく使い、頑張って組み立ててみた。


 するとどうだろう、ベッドは出来たし机までできた。小物を収納するような木箱と釣り竿が出来た。


 「四日でこれ程作れるとは、スキルに入るんじゃねこれ。『家具作成の天才』的な?」


 流石に作りは粗いものの、何故か形になっている。なので今度は使えるかどうかを試す必要がある。


 「ふむ、木箱は問題なし。まあ形だけだしな。えーと、机は、ガタつくが使えないこともない。釣り竿は糸を括りつけただけなので論外。で、問題のベッドだが」


 人が乗るわけだから耐久性が無いと話にならないんだが……


 なので取りあえず座ってみる。ミシッといったが何とか耐えている。では全体重を……


 ベキッ!


 「うがっ!……やっぱりそう上手くいかないか……」


 流石にベッドに使うような大きな木材を切り出すのは無理だったため、薪ぐらいの大きさの木材を繋ぎ合わせたのだが、やはり耐久性が足りなかったようだ。木自体は折れていなかったが接合面が剥がれていた。


 「つーかベッドだとトゲが刺さらないように加工もしないといけないしなぁ、やっぱ無理かぁ」


 草原の上をゴロゴロと転がりながら壊れたベッドの場所から離れながらそう言う。ちなみに上着は既に完成しており、エプロンドレスをドレスじゃなくした感じの上着へと変貌を遂げていた。まあ、幾分か男らしく見えるようになったのではないかな?


 すると太陽に照らされていた俺の顔が日陰に入り、視界の端からハティが入ってくる。


 「どーお? ベッド出来た?」


 「ダーメだ。やっぱ本職じゃないと人の体重には耐えらんないわ。出来るのはハンモックを立てる支柱くらい」


 「でもそんな頑丈な布は家に無いし……」


 「だよなぁ」


 八方塞がりと言ったところか。まあ、床に布敷いてでも寝れるっちゃ寝れるんだけど。


 「あ! あれ使えないかな!? ヒメルトの体毛!」


 「ヒメルト?」


 「うん。体毛が羊みたいにモコモコしてる生き物でね? その体毛をしっかり編むととても頑丈な縄になるの。どう?」


 「お! 縄があればハンモックが作れる! 行こう、狩りに行こう! 肉は焼いて食おう!」


 「ダーメ。殺さないで毛だけ貰いましょ。それにしても、ハンモックなんて単語どこで知ったの?」


 「あーははは……その、本に書いてあったの……」


 やばいやばい。ちょっと迂闊に話しすぎたか。

そうして俺とハティは二人森へと向かうのだった。

 



 ______




 緑が映える森の中、頭上からは陽光が降り注ぎ、それを緑の葉たちが遮っている。所々にある葉の隙間からは陽光が地面を照らしており、小さな草を育んでいる。


 まるで、照らせない場所無しと言わんばかりに輝く太陽を見ると、本当に夜の大陸とやらがあるのか疑問になってくるほどのいい天気だった。


 「森から始まる異世界転生。悪くないな」


 「いせかいてんせー? 何それ?」


 「い、いや何でもない。それよりヒメルトはどう?」


 「うん。人懐っこいから乱暴にしなければ逃げたりしないよ」


 既にヒメルトを発見した俺たちは毛を刈る作業に移行していた。

 

 それにしてもこのヒメルトとかいう生き物、面白い形をしている。例えるならそう、ボールである。体は子供が抱えられるぐらい小さく、また四足歩行の足も短いため、パッと見ると白いボールが歩いているような感じだ。


 「しかしまぁ、とんでもない数いるなぁ……」


 一匹から採れる毛は多くは無いが、群れで行動する生き物のようで40匹くらいはいた。


 「ヒメルトが沢山群れを作る地域は安全な場所だって証拠なの」


 「なるほど、こんな弱そうなの簡単に喰われそうだもんな」


 俺は足元にいたヒメルトの頭を撫でてみる。キューと可愛らしく鳴いた。可愛い。


 だが突然、群れの内の何匹かが騒がしく動き始める。その動きには何やら焦りのようなものが感じられ、瞬く間に群れのヒメルトへとそれは伝染していく。


 「な、何だ? 急に動き始めたぞ」


 「っ、ヒメルトは人懐っこいけど敵意には敏感なの! 何か来る……!」


 「なっ」


 俺は即座に周囲を見渡し、持ってきた古いナイフを手に持ち臨戦態勢に入る。俺の足下をヒメルト達が俺の向いている方角へと逃げていくのを確認した瞬間、背後から物音がした。


 「っ!?」


 後ろを振り返った瞬間、何かが俺の体に飛びつき、右腕に激痛が走った。突然であったためナイフを地面に落としてしまう。そしてその激痛と衝撃に押され、仰向けの形で倒れ込んでしまった。


 「グッ、な、何だ……!? いっ――!」


 俺の右腕は噛まれていた。目が三つある狼によって。


 「あぐっ! や、やば、イデデデデ!!」


 狼は噛んだ右腕を食い千切ろうと牙に力を込める。ギチギチといいながら噛まれている部分が裂けていき、俺の顔に赤い血が滴ってきている。


 駄目だ。

 蹴り飛ばそうにも狼は腹に乗っかっており、蹴り飛ばすこともできない。狼は必至だ。生物が、生きるための必死さを感じる。本能が既に負けを認めているみたいだ。


 やばい、喰われる。怖い、動けない


 そんな言葉が頭をよぎった瞬間、


 「ヨル!」


 ハティが近くにあった木の棒を拾い狼の目に突き刺した。狼の目から流れた血が顔を濡らし、キャウンと悲鳴を上げながら狼は俺の腕を手放し、後ろへとヨタヨタ後退していく。


 「ハ、ハティ、助かった……」


 「大丈夫!?」


 「ああ、大丈夫。血は出てるし痛いけど、深くはないみたい……」


 と言ったのだがハティはあまり耳に入っていないようで狼を睨み付けていた。

 よく見ると狼は茶色の毛並みをしているのだが、体中から流血していた。しかし、咬み傷のような傷ではない。まるで、鋭いナイフのようなもので斬られたような傷跡だった。


 「こいつ、怪我してる……? どうして……」


 「きっと人に攻撃されて、ここまで逃げてきたのかも。けど、だからって……!」


 「ん? ハティ?」


 「ヨルに咬みつくなんて……許さないんだからぁ!!」


 と普段の様子からは想像できない程に怒鳴ったハティの体の前に、半透明な何かが生成され始める。それは鋭く尖ったトゲのようなものであり、確実に攻撃するための武器であることは明確であった。根元が太く、先が細い形をしており、『爪』もしくは『牙』を思わせるような形をしている。


 が、大きさがおかしい。人に刺せばスイカくらいの大穴が空くレベルの大きさだった。


 「あの、ハティさん?」


 「死んじゃえぇ!」


 その合図を待っていたかのようにそのトゲは傷ついている狼に向かっていき、狼もそれは視認できているようで避けようとしていたが足が動かず、


 グサッと聞き馴れない音と共に狼の腹部に突き刺さり、苦しそうな声を上げながら絶命してしまった。


 「ふん! 自業自得なんだから!!」


 「い、今のは……魔法?」


 咬まれた部分を押さえながら何とか起き上がり、腕を組んで鼻息を荒くしながら怒っているハティに後ろから話しかける。

 するとハティはクルリとこちらを振り返り、怒っていた顔を一転、パニック一歩手前といった表情へと変え、


 「ヨ、ヨル! 大丈夫!? 血が、血が出てる!!」

 「いや、あの、だ、だいじょ――」

 「すぐに手当てしないと!!」

 「ちょ、イデデデデ!! 咬まれた方引っ張らないで!?」


 そうして俺たちは急いで家へと戻ることになった。それにしてもハティの心配ぶりがすごい。いや、心配してくれるのは嬉しいのだが、どうやらハティは感情が昂ぶると暴走するというか、周りが見えなくなるみたいだった。


 「イデデデデ!? 熱い熱い熱い熱い!!!」

 「ジッとして! 消毒しないと死んじゃうような病気にかかるかもしれないんだから!」

 「とは言っても煮だつ鍋の中に無理やり手ぇ突っ込むのはまずいですよ!」

 「今できるのはこれしかないの!! 抵抗しないで!!」


 会話から容易に察することが出来る。未だにハティの暴走は続いていた。


 「痛っだだだだ!! 何で!? 何で腕を絞るの!?」

 「血中の菌を殺すの!」

 「効果あるの!?」

 「わかんない!」


 鍋の中は腕を絞った際に出た血で真っ赤になっていた。にも関わらず赤くなったお湯を捨て、また新たにお湯を沸かし、右腕を浸け、消毒という名目で腕の血を抜いていく。


 「あれ、何かクラクラしてきた……」

 「嘘!? まさか感染が……!」

 「いや、これは、貧血……」

 「良かった……!」

 「良く……な、い」


 明らかに狼に咬まれた傷の何倍もの出血を治療という名の拷問により失っており、眼前がチカチカしてきていた。だが、断ることもできない。


 何故ならハティが目に涙をためて必死に治療してくれている。しかも、煮立つ鍋の中に、彼女も手を入れてくれているのだ。俺の右腕は既に火傷でジンジンしてきている。体中からダラダラと汗が流れてくる。けれど、彼女の思いを無駄にはできなかった。




______




 「ほらハティ、手を出して」


 「……」


 「どうしたの?」


 あれから月日は流れた。といっても俺の右腕の傷が治るくらいの時間が。

 しかし元の腕に戻ったのかというと、否だった。


 お湯による火傷はそれ程ではなかった。数日立てば傷は跡を残さずに消えたのだが、狼から受けた裂傷は傷跡として残った。


 お湯、つまりは水に浸けた状態で無理やり裂傷部分を絞ったため、傷がさらに開き、繋がって大きな傷となっていた。縫合でも出来ればまた違ったのだろうが、生憎とそんな技術を持った人物はここにはいない。


 よってこの傷は薬をつけたまま衣服の布を破って作った包帯で放置、痛々しい傷跡が残ったのだった。


 「うん。ハティの腕は綺麗に完治してる。良かった、火傷の跡が残らなくって」


 「でも……」


 ハティはあれからずっとこんな調子だった。


 傷の消毒のため、消毒薬なんてないから熱湯で消毒する。効果があるかわからないけど、傷を絞る。俺が病気にかかって死んだりしないように。

 ハティは自分が出来る事を最大限やった結果、逆に傷跡を大きくしてしまったと嘆いていた。


 「でもヨルの腕に……!」


 「俺はいいんだよ。男だし、傷の一つくらいあった方が迫力が出るさ。ただでさえ女の子みたいな顔してるし。それに俺たちが出来る最高の消毒法をしてくれたんだ、ハティはさ」


 苦笑交じりに俺は言う。けれど、ハティは笑ってくれない。本当に気にしてるようだった。


 「じゃあさ、ほら。あれ作ろうあれ。ハンモック!」


 あの後、ヒメルトの体毛は回収してきており、数日で火傷が回復したハティは落ち込みながらもその毛で縄を作っていた。後はそれを並べて繋いで吊るすだけだった。


 「ほらハティ。そっち持って」


 「……うん」


 そうして俺たちはヒメルトの体毛で編んだ縄を網のように配置し、部屋の一室の天井近くに括りつけた。


 「ほら出来た! 俺ちょっと乗ってみるね!」


 そう言い、前に作った木箱を踏み台にして網状のハンモックに全体重を預ける。すると体が沈み込み、実にうまくできたのではないかと思うほどに心地よかったのだが、


 「ほらハティ! ちゃんと出来て――っぁあああ!?」


 「ヨル!」


 「イデァ!!」


 やはり子供が作った見よう見まねの代物だったのだろうか。縄が脆かったわけではない。縛り方に問題があったようで、網状のハンモックは解れてしまい、俺は床板へと背中を叩きつけてしまった。


 「ゴホッゴホッ! くっそ、失敗かよ……!」


 「ヨル……! もういい、無理しないで……」


 「っあ、ああ、ゴメン……」


 気まずかった。





 別の日。

 前に作った釣り竿で釣りをした。


 「ほらハティ! でっかい魚釣れたぞ!」


 「うん。凄いね」


 笑ってくれたのに、その笑顔は悲しそうだった。





 また別の日。

 もっと色んな魔法が知りたいと思った。


 「ねえハティ! 魔法教えてよ魔法!」


 「……また、今度ね」


 「……そっか。楽しみにしてる!」


 あれからハティは俺に魔法を教えてくれない。まるで、力を持たせたくないみたいに。





 傷だらけの狼に腕を咬まれる、ただそれだけ。この異世界、ガルム大陸であれば全土で起こり得るちっぽけな事柄が、俺たちの中では大きな事件となり、

 思わぬ形で俺たちの間には亀裂が走ってしまい、そんなギスギスした数日があっという間に過ぎていった。



______




 「……何か、嫌だな。この状況」


 俺は1人、湖の近くで小さく呟いた。


 ハティはまだ気にしているのだ。俺の腕の事を。難しいのはわかってる、けど、それでもハティには気にしないでほしい。

 以前のように明るく話しかけてほしい。

 先生みたいに魔法を教えてほしい。

 友達ってのはそういうもんだろう?


 ……まあ、女の子の家に居候してる身分なんだけどさ。


 「っし! そのためにもハティには元気出してもらわないとな!」


 そして今日をハティとの仲を修復するために使える物は無いかと湖の周りを歩き回る。

 既に言葉では気にするな、仲直りしよう、元気出せとさんざん言った。

 けれどそれは実を結ばない。


 ならば行動で、物で、それら全てで俺の心境を知ってほしい。また、仲良くなりたいんだ。身勝手かもしれないけど。


 「でもなぁ、どうすればいいんだろうなぁ」


 やっぱりこういう状況では、傷を負わせてしまったと考えているであろうハティの心境を塗り替えるような体験が必要になるか……


 「そんなのどうやって見つければ……ん?」


 そんな事を考えながら湖を周りを回っていると、いつの間にか一周してたようで家の前まで戻ってきていた。

 そして俺の場所から少し離れた場所に見慣れない馬がいた。


 「白い、馬? いやでもあれ、ツノ生えてる……?」


 この前であった黒い馬とは明らかに存在感が違う馬が水を飲んでいた。


 白い毛並みはまるで流れる水のように風になびいており、頭上には螺旋状に伸びた角のようなものが生えている。水を飲んでいるだけなのにも関わらず、気品のあるその姿はまるで天使の様。これは紛れもなく、


 「ユニコーン……!?」


 瞬間、やはり俺は異世界にいるんだという思いからドクンと心臓が鼓動を早める。


 「おーいハティ! 白くて綺麗な馬がいるよー!」


 そう家の方へ向かって言った後、俺はウキウキしながらユニコーンへと近づいていった。


 数メートル先にはユニコーン。それほどまで俺は近づいていた。


 見れば見るほど美しい毛並みをしている。白いその体には一点の穢れもない。それに遠くからではわからなかったが、筋肉のつき方が前に見た黒い馬とは段違いに凄かった。


 さぞ素早く走ることが出来るのだろう。


 「な、中々デカいな……」


 俺の体が子供であるのも一役買ってとても大きく見えていた。


 するとユニコーンの方も俺に気づいているようで、水面から顔を上げて俺の方へと振り向き、俺を正面から見下ろしていた。


 そしてその時、背後にある家の方でバンッ! と扉が勢い良く開け放たれる音が聞こえた。

 きっとハティだろう。

 そう思い俺は後ろを振り返ると、目を見開いてこちらを見据えるハティと目が合った。驚いたような表情をしているが、ユニコーンはハティの心を動かすことが出来たのだろうか。


 「おーいハティ! こっちこっち!」


 俺はハティに手を振る。余計な気を使わせないように左腕で。

 するとハティはこちらへと走ってくる。目を見開いたまま、何かを叫びながら、


 「――れて――」


 「……ん?」


 何やらすごい取り乱しながらこちらへと走ってくる。ハティはこちらに右手を大きく開いてこちらに向けながら、やはり何かを叫んでいる。何だ……?


 「――れちゃうから、離れて――」

 

 「え? どうしたのー!」


 「逃げて! 殺されちゃうからぁ!! 離れてぇぇ!!!!」


 「え……ゴフッ……!?」


 腹のあたりに燃えるような痛みが走る。次いで口から逆流してきた何かが溢れ出す。呼吸するたびに腹に激痛が走り、逆流は依然として収まらない。


 手でその液体を掴み、その手を眼前で開くとそこは、血みどろの手のひらだった。


 吐血している?


 「う、あぐ、あ、うぁあ、かっは……!?」


 ゆっくりと腹部に目を下ろしていく。その途中でハティが視界に入った。こちらへ走ってきていた歩みは既に止まっており、その場に崩れ落ちるように両膝を付いている。見開いた目からは大量の涙が流れ落ちており、その顔を支えるように両手を耳辺りに添えていた。


 そして俺の腹部には大きな異物が生えていた。


 俺の血で赤く染まっているものの、血の隙間から見える螺旋模様、白く、綺麗な質感。これは……


 ゆっくりと後ろを振り向く。厳密にはあまりに痛いためゆっくりとしか動けないのだ。そんな俺の目に飛び込んできたものは、やはり、というべきものだった。


 白いユニコーンが、頭を俺の背中へと押し付けていた。


 「なんっでだよ、俺が、カハッ、な、何したってんだよ……!」


 「……」


 しかし、ユニコーンは何も言わなかった。

 そして俺から角を引き抜いた。


 「うぁぁあがああ!!!」


 再び燃えるような激痛が走り、引き抜かれる動作に合わせ、後ろへと引っ張られ、そのまましりもちをついてしまい、その衝撃でまたしても声を上げてしまう。

 そして前方に見えるハティは、俺が声を上げるたびにビクンと体を震わせていた。

 

 しかしユニコーンは鳴き声1つあげない。そのまま無音を保ったまま、水面に角を入れて俺の血を洗い流した後に森の中へと消えて行ってしまった。


 「あぁ、カヒュ、か、ぐぅぁあ……!」


 座り込んでいた地面へと伏してしまう。

 眼前には口から吐いた血が小さな血だまりを作っており、下の方では大量の血が下半身を濡らしていた。


 「ぁ、ぁあ、ヨ、ヨル……?」


 何かが聞こえる。これは、ハティの声、か。

 段々と霞んできた視界に、近寄ってきたハティが映る。恐ろしいほどに目は見開かれており、その手はワナワナと震えていた。


 「あぐぁああ!!」

 

 「ああ!? ご、ゴメン……」


 ハティは俺の頭を持ち上げて体を起こしてくれようとしていたが、その際の激痛の叫びを聞くとどうしていいかわからないように地面へと頭を戻した。


 「ヨル……? ねえヨル? 私、どうすればいい……? どうするのが、正解なの?」


 「あ……ぁあ」


 呻き声をあげながら俺は手を伸ばす。吐血で血みどろになった手を。


 「え……握れば、いいの……?」


 俺は痛みで涙を流している目を細めて肯定する。


 「ご、ゴメン、ゴホッ、ぐっ、かっ!」


 「ダメ! 喋っちゃダメだよ……ヨル」


 目が、更に霞んできた。俺の、命が流れ出ていくのを感じる。体から体温が少しづつ、消えて行く。


 死という概念を初めて明確に感じたのかもしれない。怖い、死にたくない。そんな、人並みの感情が俺の中に大きく芽生えていた。


 「か、回復……魔法とか、かっ、無い、かな……」


 倒れながら、手を握ってくれているハティに何とか言葉を紡ぐ。すると言わない方が良かった。そう思えるぐらいにハティは泣き出してしまう。


 「ゴメン、ゴメンなさい……ヨル……!」


 「そっか……俺さ、ゴホッゴホッ! ただ……笑ってほしかったんだよ……気にしないでほしかったんだよ……」


 「そんなの、無理だよ……私が森に行こうって言ったからヨルは傷ついた! 私が傷付けたせいでヨルはこんな大怪我した!!」


 それを聞いて、少し安心してしまった。


 この世界に来て一番嫌だったこと、それは誰にも認知されずに、何もできずに死ぬことだったから。少なくとも、ハティの心に残ることが出来ると思ったんだ。

 たとえそれが、後悔や苦しみだったとしても。


 握る手から力が抜けていく。もう猶予が無いのがわかる。そしてそれは、ハティも感じ取っていた。


 「ダメ! ヨル、死なないで!! あなたがいなくなったらまた私は――」


 よく、聞こえない……悲しんでくれてるのかな。それなら、嬉しい。


 「もう一人は――」


 せっかく異世界来たのに、野生の動物に攻撃されただけだったな……あ、でもハティと出会えたのはとても楽しかったか、な。


 もう手の感覚が無い。どうしようもないほどに命の終わりというものを感じる。

 もう、目の前でハティが泣いてる事にすら感情が芽生えてこない。何も感じない。あるのは無だけ。

 

 これが死ぬってことなんだ。そう受け入れるしかなかった。



 ゴメン……お休み、ハティ……



 そして、俺の耳はハティの声を捉えなくなり、その精神は暗い闇の中へと落ちて行った。

 

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