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治る身体の異世界ライダー  作者: ツナサキ
二章 死の蔓延する国
36/55

二章25 黒い竜と黒い少女

 それから俺たちはその場でとても長く話し込んだ。


 「で、そこには時刻塔って言うのがあって……」


 「うんうん!」


 話しているのは俺たちよりも王都に詳しいロロだ。半年ぐらい住んでた俺も時折知らない事を話すため聞いてて耐屈はしない。


 「ロロ君ホントに詳しいんだね! 聞いてて飽きないなぁ」


 「まあ俺よりも詳しいやつはいっぱいいると思うけどなー」


 工場の話とかギルドの話とか時刻塔の話、貴族街にある図書館に忍び込んだ話等。少々キナ臭い話はあれど、その話を続けている内にアルシアと打ち解けてきたロロは出会ったときのような敬語ではなくなっていた。


 「ハティ、ハティ?」


 一方ハティはアルシアから手渡された花の髪飾りを無造作に頭の頂辺に括り付けて、これまた手渡された、なんかチョコのような赤黒い食べ物を食べながら目を輝かせている。


 「あまぁいよこれ!」


 「あぁもうわかったから。ほら服が汚れるからあんまり食べ屑をこぼさない」


 迫真の笑顔でそう言うがどうやらそのお菓子はクッキーに近しいものらしく、ハティがそのクッキーを持った手を振り回すため欠片がポロポロ崩れてきている。どうやら崩れる食べ物が食べ慣れていないようだ。


 「ハティちゃんは甘いものが好き?」


 「う、うん」


 「そっかー。んー髪モフモフだねー」


 「わぅ」


 そんなハティにアルシアは子供をあやすお姉さんといった雰囲気で声を掛けるが、何故かアルシアが近くに寄って来るのに抵抗感があるようだ。少なくとも会うたびに抱きつかれ髪をモフってくるエルよりも嫌がり方が顕著だ。


 「うう!」


 「あ、逃げないでよー」


 髪を触られるのが不快だったようでハティはロロの後ろへと隠れるように場所を移動した。確かにアルシアには今まであった人には無い様な異質な雰囲気がある。飲み込まれるような、魅惑的な何かが。それが嫌なのだろうか。


 「ねえヨル」


 「はい?」


 そんな事を考え込んでいると近くに座るアルシアが俺を呼ぶ。


 「確かにロロ君は王都に詳しいけど、ヨルは詳しくないの?」


 「あー、俺とハティは王都に半年くらいしか住んでないんだ。だからよく行く場所しか知らないんだよ」


 「じゃあ王都に住む前はどこにいたの? ヨルの話も聞いてみたいなぁ」


 アルシアは心の底から不思議そうに首を傾げながら言う。


 「えっと、何て言えばいいのかなぁ」


 そう呟きながらハティの方を向く。

 するとハティは頬張っていたお菓子を飲み込んだようで、


 「その前は私と森に住んでたんだよ!」


 「森に?」


 なぜかハティは誇らしげにロロの背中の方からそう言い、続ける。


 「えっとね、住んでた森には湖があって、そこにある日ヨルが落ちてきたの! ヨルって名前も私が付けたんだよ!」


 「名前を?」


 「俺は何処から来たとか自分の事とか全く覚えてなくて、ハティに名前付けてもらったんだ」


 そう答えるとアルシアは納得したように首を振り、一瞬の沈黙の後に、


 「そっか、でも他人なのに家族って言えるのはとても凄いと思うよ。だって気が合ったとかそんなレベルじゃないもんね」


 アルシアは相変らずの危険さすら感じられるまでに美しい笑顔でそう言う。


 「ちなみにアルシアは『狼の眷属』って知ってる? 俺とハティみたいな髪してる奴の事、本とかではそう書いてあるんだけど……」


 「白と黒の髪?」


 アルシアはそう呟き、少しばかり考える時間を取る。

 記憶の底から引っ張り出すような表情を浮かべているため、アルシアにとってはそこまで覚える必要性が無かったのだろうか。


 「知ってるよ、狼の眷属。日喰の狼の子孫って言われてる種族でしょ?」


 「そうそう。俺も知識程度しか知らないんだけどさ」


 「私が直接会うのはヨルとハティちゃんが初めてだけど、私のお母さんも会った事があるって言ってたなぁ」


 「会った事がある?」


 狼の眷属は数が少ないと聞いてる。

 それこそ探してすぐに見つかる程多くなく、必然的に会ったことがあるっていうのはかなり珍しいと思うのだが、


 「確か名前は……ダルス、だったかなぁ?」


 「ダルス、ですか」


 「聞いた事無い?」


 「俺は無いなぁ、二人は?」


 俺はロロとハティへ向き直りながらそう聞く。が、ロロはよくわからないといった表情を浮かべており、期待はできそうに無い。というか会った事も無い人物の名前を言われてもピンと来る人はそういないのだろうが、


 「ん? どうしたハティそんな顔して」


 しかしながらハティは驚愕が見て取れるほどに感情を露わにしていた。今の名前を知っているのだろうか。


 「どうかしたの?」


 アルシアがハティの表情を覗き込むような仕草を取るが、ハティは自分の表情を見せようとせず、驚いた表情を堪える様に隠して顔を上げた。


 「な、何でもないよ。それよりもう日が傾いて来ちゃったよ? そろそろ戻らないと」


 そしてハティは何とか元の可愛らしい表情へと戻しており、空を指差す。

一方ハティが指差した空は少しばかり暗くなっており、木々の隙間を縫って緑色の木の葉の間から漏れるように補色の夕日が光を発していた。


 「時刻が経つのは早いなぁ」


 「俺ら宿出たの昼飯食ってからだけど、それでも長い間話してたんだな」


 「ロロ君がいっぱい話してくれたからね」


 「ロロ、ヨル。そろそろ戻ろう、ほら」


 ハティは何というか、急いでいるような仕草で立ち上がり俺とロロの腕を引っ張る。


 「ハ、ハティ!? 帰るのはいいけどほら、お菓子貰ったんだからお礼言わないと!」


 「お菓子おいしかったですありがとう!」


 「わー引っ張られるー」


 お礼を口にしハティは一礼。その後で俺たちを引っ張り街へと歩を進めていく。やはりその様子は少し焦っている様に見えた。


 「急にどうしたんだよハティ。確かに日が沈んできたけどそんな慌てること無いだろ」


 「……後で説明する!」


 「はぁ……えーと、アルシア! ごめん俺らそろそろ帰るね!」


 そして俺たちは滝から離れ、林道へと入っていく。

 急に立ち去ることになってアルシアに悪いな。そう思い俺は振り返るようにアルシアを見たのだが、彼女は笑ってこちらに手を振っているのが見える。


 「もっとヨルの話聞きたいなー! また来てよねー!」


 アルシアは遠ざかっていく俺たちに笑顔を向けながら言う。

 しかしながらその笑顔は今までの比にならない位に魅惑的で、美しさの中に狂気すら感じられる笑みを浮かべていた。




______




 しばらく後


 俺たちは宿へと戻って来ていた。

 アルシアは滝までが街だと言っていた通り、その道のりは実に短いものだった。俺たちはまたしても警備兵が何故かいなくなる道を通って街へと入り、そのまま半刻程度も要せずに宿へ辿り着く。何やら街中が騒がしかった気もするが、何があったのかはただ街中を歩いてる俺たちまでその理由が流れてくることは無かった。


 「まだガルディアとエルは戻って来てないんだな」


 「みたいだな。昨日ならもう戻って来てる頃合いなんだが」


 「それで、何でハティは急に帰ろうなんて言い出したんだ?」


 「さあ、日が沈んで来たからっていう理由だけじゃなかったみたいだけど」


 俺たちの部屋で椅子に座り、ギシギシと木材を軋ませながらロロは呟く。

 それに返すように俺も天井を見上げながらくつろいでいた。


 「アルシアの事嫌ってるってわけじゃなかったみたいだけどな……それにしてもアルシア可愛かったなぁおい!」


 切り替えるようにロロは笑顔で俺にそう言ってくる。


 「ロロはエルとかアルシアみたいなお姉さん系の人好きな」


 「んな、お前だってエル姉綺麗だとか言っていたじゃねぇか!」


 「まあそうだが。てかなんでエルのことエル姉って呼ぶんだ?」


 「タイプだからだ!」


 「直球ストレート」


 まあロロは遠くの国から来たと言っていたし、そうなると今よりも小さい時に一人で国を渡っている訳だし、やっぱりエルみたいな世話を焼いてくれる人が頼れて好きなのかもな。


 「……お待たせ」


 俺たちがそんな会話をしていると部屋に一つだけある出入り用の扉が開き、そこから両手に大きめの本を一冊抱えたハティが入って来ていた。


 「さっきアルシアは、『ダルス』って言ってたよね?」


 俺がハティに声を掛けようとすると突然それを遮るようにハティは呟く。


 「あぁ、母親が会った事あるって言ってた奴だろ?」


 「……これ見て」


 ハティは持っている分厚い本のあるページを開き、机へと置く。どうやら魔物図鑑的なものらしいが、前にハティが読んでいたレイル・ロードが記述されているものとはまた違ったもののようだ。

 俺とロロはそれを覗き込むように見るのだが、そこにはおよそ魔物図鑑とは思えないような人間的な生物の似顔絵のようなものが描かれていた。


 「これ、は……」


 その似顔絵は誰かに似ている。

 俺はそんな印象を感じながらもよく見つめる。

 男である様に見えるがそれを感じさせない美貌のようなものを前面に押し出して描かれている様で、鋭い目つきと口元の隙間から見える八重歯が特徴的だ。

 絵自体は白黒で書かれているものの紙の部分は白と黒で塗りつぶされており、まるで俺たちの髪のよう。


 そしてその絵の下にその人物の名前らしきものが表記されていた。


 「名前……ダルス・・・・クロイツ……?」


 ダルス。

 アルシアの言っていた名前を一致する。ハティはこれを読んでいたためにアルシアが名前を口にした際に反応したという事だろうか。


 「『ダルス・クロイツ』。白と黒の髪を持つ狼の眷属とされる生物」


 下にある説明文らしきものをロロはおもむろに読み始める。


 「年齢、性別、出自不明とされているが、ドルク運営ギルドが普及する以前から存在が確認されており、優に我々人間の想像もつかない年月を生きていると目される」


 「不老不死かよ……」


 「遥か昔より『夜の大陸』に存在するとされ、朝の大陸が闇に覆われる日喰時に魔物の軍勢を率いての蹂躙を行った。その悪辣さと力に対抗するためにドルク運営ギルドは設立され、今に至る」


 淡々と読み進めるロロであったがどうやらハティが言いたい事の意図を感じ取ったらしく、ロロは目を細めて声に機嫌の悪くなった感情が乗せられていくのがわかる。


 「ダルスは『光を遮る目』を持ち、陽光を遮る事で日が照っていても力を保つことが出来る。ダルスは鎧を付け騎士のような風貌で記述されることが多く、ある国が剣を一本持ったダルス一人に殲滅されたという文献も残っている。無双の強さ、そして闇から軍勢を率いて現れる騎士という側面により、夜の騎士ナイト・ロードと呼ばれている……」


 「で、何が言いたいんだハティ?」


 俺はロロがそこまで読み進んだ後にハティへと振り向き聞く。見ればハティは少し不安そうな表情をしている。


 「アルシア……さんは『ダルス』って言ってたよね。これと、同じ」


 「確かに言ってたが、間違えただけなんじゃないか? 母親から聞いたって言ってたし、うろ覚えだったかも」


 「でも!」


 「ヨルの言う通りだ」


 ハティが反論しようと声を発した瞬間、音を立てながら荒く本を閉じて手に持ったロロがこちらを振り向いて言った。


 「狼の眷属って言われたからそれに関連しそうな情報を頭の隅から引っ張り出してきたんだろ? それに単純に間違えただけって可能性も大いにある」


 「だから!」


 「気にするような事じゃねぇよ。何だったら明日また聞いても――」


 「話聞いてよ!!」


 「っ」


 適当に流すようにまくし立てるロロであったが、ハティの叫び声によりロロは気圧され口をつぐむ。どうやらハティは不穏な気配を感じ取っている様で険しい、複雑な表情を浮かべていた。


 「ロロの言ってる事はわかるよ。そんなの間違っただけかも知れないし、意味なんて無いのかもしれない。けど……何か嫌な感じがするの」


 「……じゃあ何か? アルシアの母親はここから遥か遠くの『夜の大陸』に居るはずのナイト・ロードと面識があって、それをアルシアは聞かされたってのか? そっちの方が変だろ」


 「そうなんだけど……わかるでしょ二人共? あのアルシアって人、何か普通の人と違う感じがするの」


 それは俺も彼女との初対面から感じていた。

 一瞬人なのかと疑ってしまうような異質な雰囲気を持つ彼女を例えるのならそう、何処までも無邪気で、残酷で、綺麗な黒い天使と言えるだろう。


 「まあ他の人には無い雰囲気があるのは確かだな。それはロロも同じだろ?」


 「けどよ、雰囲気とか見た目とかで人を判断するのは良くないぜ。人と違う、それはつまり個性って事だろ?」


 躊躇い気味にロロは落ち着いた感じで呟くように言う。やはりと言うべきかロロも何か思う所があるようでその後に考えるように口をつぐみ、一瞬静寂が訪れる。


 「まあでも――」


 俺がそこまで言いかけた瞬間、部屋の扉が大きな音を立てて開け放たれる。俺たちがビックリして視線を部屋の扉へと向けるとそこには、


 「おうお前ら帰ってたか!」


 急ぎで戻ってきたらしいガルディアが短髪の鮮やかな緑髪を揺らしてそこに立っていた。


 「……驚かすなよ」


 「あ? 勝手に驚いたのはお前らだろ。ってそんな話してる場合じゃねんだ、良いか良く聞け」


 そしてガルディアはほんの少しだけ上がった息を一瞬で整え、言葉を続ける。


 「もうこれから絶対に外に出るな。ヨル、ハティ、ロロ。お前ら三人でこの部屋を使って寝るんだ。いいな?」


 「え、え? どういう事?」


 「俺とエルが調査していた森の奥から従者が大量に出没してきやがった。今この付近の街の兵士達を集めて総出で掃討戦を始めようとしてる。だから絶対にここから出るんじゃねぇぞ」


 それを聞き、ふと部屋の窓から外を見ると確かに兵士や町民が騒がしく動き回っているのが目に映る。


 「ふ、二人はどうするの?」


 振り返ると心配そうな表情でハティがガルディアへと質問していた。


 「従者の量的に多分掃討するのは徹夜になる。だが心配すんな、ここには森の方に防衛線が張ってあるしなるべく早くエルをここに戻らせる。だからお前たちはここで固まって、念のために武器を近くに備えて待っていろ。わかったか?」


 「わ、わかった」


 「心配すんな。この街が落とされるほどの量じゃねぇし、あと一刻もしたらエルは戻らせる! じゃあ外出るんじゃねぇぞ!」


 そう言い残しガルディアは再び部屋の扉を強く閉めて外へと駆けて行った。

 俺は何故か首筋に冷たい風のようなもの感じ、ゾクリと一瞬だけ身体が震えたのを誤魔化すように首を撫で、


 「じゃあ……武器を確認。したら大人しくしてよう」


 俺はとりあえず言われたことを復唱するが、自分から出た声があまりにも気の抜けたような声であったために軽く驚く。やはり従者に対して苦手意識があるからだろうか。

 取りあえずそんな気持ちを押し込めながらも言われたことをしなくては。

 ロロと俺の荷物はこの部屋にあるから確認だけで問題は無い。取り合えず俺はハティから借りている刃が紅い例の剣を確認し、手の届く距離へと置く。

 一方ロロも荷物から弓と矢、それに短剣を机の上に並べている。


 「ハティも護身用の剣持ってたろ? 持って来たら?」


 「うん」


 そしてハティは部屋を出て、しばらくしたら短いが振り回しやすような剣を一振り抱えて戻って来た。とはいえハティには魔法があり、スキルの『牙』も剣に金属音を鳴らせるほどに硬い。あまり出番はないのかもしれないが。


 「ってロロ? 何で剣と弓装備してんだ!?」


 戻って来たハティに目を向けた時にロロがまるで外へと出ていこうとしているかのような格好をしている事に俺は驚くが、肝心のロロは何か思いつめるような表情をしている。


 「アルシアと会った滝つぼに行く」


 「は!?」


 「すぐに戻る」


 「ちょ、ちょちょっと待て!」


 俺は扉から外へと出ていこうとするロロの手を掴み、何とか踏み止まらせる。急にどうしたんだロロは。


 「何で止める」


 「いや何で行くんだよ!」


 「まだアルシアがあそこにいるかもしれないだろ。だから早く街に戻るように知らせに行くんだよ」


 とは言うがもう既に外は薄暗くなってきている。アルシアだって家にもう戻らないとくらい林の中を歩くことになるし、道はあるがそれは嫌だろう。


 「もう暗いからアルシアだって家に帰ってるって」


 「確証はあんのかヨル」


 「無いけどさ……」


 ロロは元々面倒見の良い性格ではあるが、事アルシアに関しては本当に気に入ったようだ。でなければここまでの事はしないだろう。

 そんなロロを見かねてかハティもこちらへと近づいてきて、


 「でも、危ないよロロ。ガルディアとエルさんの向かった森とは反対だけど、林の中だし……それに」


 「それに? 何だよ」


 と止めるように言葉を漏らすハティに対し、ロロはその先の言葉に見当があるように強気でハティを責めるように返した。


 「……ダルス・クロイツの事だってまだ解決してないじゃない」


 「それがなんだよ、そんな偶然かもしれない言葉だけを疑って見殺しにするってのか!? そっちの方がおかしいだろうが!」


 「それにさっき言われたでしょ! じっとしてろって!」


 大分口論がヒートアップしてきた。

 そりゃロロは強いがまだ幼い。喧嘩することだってあるだろう、だが今は喧嘩するのは止めた方がいいな。一応非常事態だし。


 「ストップストップ。まあお互いに通したい意見はあるだろうが落ち着けよ」


 「ヨル、お前は――」


 「だから落ち着けって。な?」


 「……」


 不満そうな顔をしながらも一応ロロは落ち着きを取り戻してきたようだ。


 「そもそも俺らが外に出て行ったらそれはそれで巡回してる兵士たちに怒られると思うぞ。怒られて宿まで連れ戻される」


 「……けどアルシアを放っておけないだろ!」


 「だからこうすればいいんだよ。兵士たちに滝を見てきてもらえばいいんだ、あそこに人がまだいるかもしれませんって言えば行ってくれると思うぞ?」


 「……ああ」


 どうやらロロはその辺りもわかっていたようでそれ程驚いた様子は見せない。大方自分で助けに行ってもっと仲良くなりたいとでも思っていたんだろうが。


 「それなら俺らも安全だし、アルシアの安否もわかる。だろ?」


 「そうだけどよ、俺は別に従者の数体出てきたって別にどうとでも――」


 そのまま続けたげにロロは口を開こうとするが、突然切れるようにロロの声が止まる。俺はどうしたのかと思い、視線を外していたロロの顔へと向けるのだが、


 「……どうしたロロ?」


 その目は驚愕に見開かれ、俺の方を見たまま立ち尽くしている。尋常じゃない顔つきだ。恐怖、畏怖、驚き。そんな負の感情が感じられる顔つきをしている。しかしながらその隣のハティは自体が呑み込めていない様で俺とロロの顔を交互に見ながら困惑していた。


 「どうしたロロ!?」


 俺はロロへと近づき、両手で肩を押さえて揺するように体を動かすが、ロロの目は見開かれたままだ。一瞬俺に何かが起こったのかとも考えたが、どうやらロロの視線は俺の更に奥、部屋の最奥にある窓のようだった。


 「まさか」

 

 「ロロ!?」


 ロロは俺を押しのけるように退かした後、部屋の中であるのにも関わらず全力疾走で窓へと向かう。そしてロロは太陽の赤い光が及ばなくなってきた薄暗い空を何か探すように懸命に見ている。


 「ロロ……?」


 その尋常ではない焦りを見せるロロにハティは少しばかり怯えるように声を掛ける。


 「……竜だ」


 「あ?」


 相も変わらず上空を見上げるロロは何かを呟く。

 一瞬何を言ったのか聞こえてはいたものの、頭がそれを理解できない。そして間を置いた後、言葉の意味を理解できた俺の身体は反射的に窓から空を見上げた。


 「……何もいないぞ」


 「いる。かなり遠いし暗いが、いるぞ」


 俺はそう呟く隣のロロの目を見やると僅かながら発光しているのが確認できる。スキルが発動している証拠だ。ロロのスキルは暗ければ暗いほど身体能力が上がり、更には目に暗視の効果が付くという物だ。それを使っているという事は、完全に暗闇では無いため身体能力の方は最大まで上がってないのだろうが、暗視が付いているという事。


 「つまり、暗視が付いてるその目だと見える……って事か?」


 ロロは無言で頷く。


 「どこだ!?」

 「あそこ! かなり小さい、今教会の上を通った。恐らく街からは距離がある場所を旋回している」

 「ロロ、ホントに見えるの?」

 「お前らは見えないか?」


 ハティも窓の傍へと寄って来て空を見上げているがどうやらロロにした見えていないらしい。俺は視力や動体視力は自信があるが薄暗い空には動いている物体を確認できない。


 「色は?」

 「わからないが……よく薄暗い空と同化する。多分だ」

 「黒竜……!」


 ゴルウズに於いての黒竜はヤバい。何故ならあれは死体を操るロードの一角、腐敗の王。レイル・ロードと噂される生物になるからだ。それが姿を見せた、それも王都から移動時刻にして一日程度しか離れていない場所に。これは大問題になるぞ。


 「それって……ヤバいよな?」

 「ヤバいなんてもんじゃねぇよ。あれがいるから従者が大量発生してんのか? アレに来られたらこんな街、一瞬で地獄になるぞ……」

 「ね、ねぇ……誰かに言いに行った方がいいんじゃない?」


 ロロは意味の無い嘘なんて付かない。つまりロロの言っている事はホントなのだとハティも思っている様で、不安げに俺の服の裾を掴んでいる。


 「言った所で冗談だと流される気もするが……」


 「ホントに見えるんだろ!? なら誰か伝わる人探してでも言いに行かねぇと……!」


 


 『その必要は無いよ』




 「っ!?」


 後ろから声!?

 ロロとハティは横で同じく窓の外を見ている、二人ではない。とても冷たく、それでいて嬉しそうな少女の声だ。


 「誰だ!?」


 その声を聞いて振り向く前に、ロロが俺とハティを自分の後ろへと追いやるようにしながら声を上げる。それに続いて俺たちも咄嗟に後ろを振り向くと、


 「アル、シア……?」


 部屋の扉がいつの間にか開いており、窓から入る僅かばかりの光すら届かないその廊下に見知った人影が立っている。

 そこには闇に同化するような黒い髪と、同等の黒いドレスのようなマントを纏ったアルシアがいた。


 「アルシ――」


……え?

 そこまで声を出しかけて、ある事に気付く。暗いところにアルシアが立っているためによく見えないが、アルシアの左頬の部分に何か染みのようなものが付いているのが確認できる。

 それに手には何かナイフのような、薄い棒状の物を持っており、その先端から液体のようなものがポタリポタリと垂れて滴の音が不気味な音色を鳴らしている。それに反対の手には大量の糸がついたボールのようなものの糸の部分を鷲掴みにしている。


 何か変だ。

 俺がそう言葉を発しようとした瞬間、ロロが恐怖に戦慄するように体を強張らせ、


 「下がれぇ!!」


 ロロが半ば泣き叫ぶように声を上げた。

 

 「ロロ……?」


 「アルシア……近づくな。何だよそれ、何なんだよ説明しろ! それで俺を納得させられないなら近づくな!!」


 そうか。ロロには見えているのか。あの暗闇に佇むアルシアの全容が見えている。つまり、見えているから取り・・・・・・・・・乱している・・・・・


 『何で? 私を探しに行こうとか話してたんでしょ? 私はここにいるよ』


 「近づくなって言ってんだろ!!」


 アルシアは一歩づつゆっくりと近づいてくる。それに反応するようにロロは俺たちを後ろへ下がらせるが、もう背には壁と窓があり下がり様がない。


 それにこの声、何処かで聞いたような、命を感じさせない冷たい声だ。こんな冷たい声を出しているのが、本当にさっきまで一緒にいたアルシアなのか。


 一歩づつ近づいてくるアルシアの顔に、窓から入る僅かな光が当たって少しづつ全容が見えてくる。


 笑顔だ。満面の笑み。

 今まさに最愛の物が目の前にあるかのようなはちきれんばかりの笑みを携えている。だがその笑みは、狂気と歪んだ執着心のようなものが混ざり合った笑みだ。


 「アルシア……なのか?」


 思わず口から声が漏れる。

 よくわからなかった頬の染みは光を反射し、どこまでも赤い色を見せている。あれは血だ、だがアルシアの頬から流れ出るものではない。やはり手に持った棒状の物はナイフであり、垂れているのは血だ。

 では、反対の手に持っているボールのようなものとは……


 『そうだよ。もう待ちきれなくて、来ちゃった』


 「待ちきれ……なくて?」


 『うん。だからね、一緒に来て』


 「っ!」


 ヤバい。

 よくわからないがヤバい。あの笑顔は、人殺し・・・の笑顔だ。言う事を聞かないと殺す、そんな殺気をこちらへと向けてきている。とても無垢な笑顔をしてるが、だからこそ得体のしれない恐怖を煽るようだ。


 「逃げるぞ!!」

 「っあ!?」

 「きゃあ!?」


 突然ロロが俺たちの上半身を殴り飛ばすように押す。

 いや、それはまずいって。俺らの後ろにあるのは低い壁と、窓。


 「ここ三階だぞロロォ!?」

 「言ってる場合か死ぬぞ!!」

 「きゃああああああ!?」


 突然押された俺たちはガラスの窓を突き破り、その全身を外へと放り出した。

 その瞬間、完全に僅かな明かりに照らされたアルシアが俺の視界に映る。アルシアが持っていたボールが完全に姿を映し出す。

 それは首だった。人の……首。糸とは、髪だ。


 「着地! 舌噛むなよ!!」

 「あぐっ!!」

 「んぎゅ!!」


 ロロは高い所から落ちる心得でもあるのか俺とハティを両脇に抱え込み、見事に足の方から落ちるように制御して見せる。見事足から着地したのは良いが、当然全身の骨と筋肉、そして臓器が衝撃を吸収しきれずに大いに揺れる。軽く吐き気がするくらいに臓器が揺れ、足が命令を受け付けない程に痺れる。


 「イグググ……何すんだロロ……」

 「バカヤロウ! 今のはああでもしねぇとあいつ襲いかかって――っ!?」

 「あ? っ、がああああああ!?」


 そこまでロロが言いかけた瞬間、俺の肩に鋭利な刃物が突き刺さるような感覚が襲う。そして痛みに耐え兼ね、空を見上げるように悲鳴を上げるとそこには、俺に足の爪を突き立てて空を飛ぼうとしている『怪鳥』のようなものがいた。


 「いっ、があああ! あああああ!」


 「「ヨル!」」


 肩に爪が喰い込み、皮と肉を突き破ったような音の後に俺の足が宙に浮く。

 ロロは俺の足を掴もうとしたが、あえなく空振り俺は上空へと連れ去られる。


 「う、ああ、あああ」


 高い。

 一気に建物の倍ほどの高度まで怪鳥は俺を掴んだまま上昇してきている。とっくに落ちたら骨が真っ二つになるレベルだ。しかも、


 「グッうぅ……ここ、街中だろうが、怪鳥出没なんてするのかよ……」


 爪が刺さった肩が痛む。肉が地中により引っ張られる感覚が恐ろしく痛い。方角的には林の滝の方に向かっているみたいだが、何処かに連れて行かれるのだろうか。何故? どうして? 何処に?

 それになぜこの鳥は俺を狙った?


 「ひっ」


 ふと見上げるとある事に気付く。

 確かに俺を掴んで飛んでいるのは怪鳥、鳥だ。だが、その怪鳥の大きな腹と喉の部分の肉が削げ落ちている。しかしながらそこからは血の一滴も流れ落ちておらず、生物であれば既に死んでいる程の傷だ。


 「従者……か?」


 森の方で大量発生している従者がこっちまで来た?

 いやそれなら街はもっと混乱に陥っているはず。一匹だけ来たのか? どうして?


 そんな事考えていると、俺の痛みで霞む視界にキラリと光る何かが映る。ほとんど透明だ。だが鋭く光り、俺を掴んで飛ぶ怪鳥に体当たりを仕掛けているように見える。


 「っあ、ハティの牙……?」


 間違いない。半透明な物体が怪鳥にぶつかるたびに削がれた肉とドス黒い血が固まったようなものが下の俺に降りかかってくる。ハティが牙を飛ばしている、助けようとしてくれているんだ。


 「そう、だよな。このままどっかに連れられて喰われるより、足の一本でも折って落ちた方が……!」


 しかしどうやって逃れる。

 肩を掴まれて両腕は上げられないが……


 「だったら、こうだぁ!!」


 履いている靴を緩め、真上に蹴り飛ばす要領で足を振り上げる。そのまま勢いに任せて靴を怪鳥の翼にでもぶつけてやる!


 「やった! 当たったぞ、体勢を崩した!」


 肉を削がれた怪鳥は靴をぶつけられて体勢を崩している。今だハティ、翼に風穴空ければ、こいつは飛べない。

 そしてそう念じたのが届いたのか、ハティの牙は怪鳥の翼に突き刺さった。


 「ぐっ……ナイスハティ、出来れば着地の策も考えてくれてると嬉しいな……」


 鳥が翼を失い落ちていく。その隙を狙って肩から爪を取り外し、怪鳥を蹴り飛ばしながら呟く。

 ついに耐え切れなかったようで怪鳥の爪は俺の肩からズルリと抜け、俺の身体は地上へと沈んでいく。そんな中俺は何とか体の正面を地面へと向けた。


 「……足で済まなそうな気がする」


 いざ落下するとかなり高く感じる。

 足を折ってでもとは言ったがこのまま行けば重体になりかねない高さだ。だからと言って騒いだら事態は悪化するので動きはしないが、首筋を冷や汗が流れ落ちるのを感じる。


 「……あっ!」


 薄暗闇へと落ちて行く俺の目は何か猛スピードで動く光を捉えた。おそよ人の動きをしていない光ではあるが、あの光は何度も見た、頼りになる光。


 「ロロー!!」


 俺がそう叫ぶとその光は急に足を止め、そして即座に動き出す。しかしその光を発するロロは通常の道を走っているようではないようだ。


 「スッゲ、あいつ建物の上を飛び回ってるのか」


 「ヨルー!!」


 そう呟いた時にはロロはほぼ俺の真下まで来ており、だんだんと大きくなってきていた光が急激に大きくなる。


 「キャッチ!!」


 「ロロォ!!」


 ロロは建物の上で俺が落ちてくるのを待機していたのだが、軌道が逸れて道の方に外れたためにロロは落下する俺に建物から跳躍し飛びついてきた。


 「ありがとうロロ、助かった!!」


 「まだ助かってねぇよ! 歯ぁ食い縛って全身に力入れてろ!」


 「わかった!」


 確かにロロの言うとおりだ。

 ロロは飛びついてきてほんの少しだけ落下の速度が収まったが、このままでは俺とロロごと地面に落下してしまう。

 でも俺には何もできない。飛びついてきたということはロロに何か策があるのだろうが、万が一失敗した場合は俺がロロの下に入ってクッションになることを頭の隅に留めておこう。


 「ロロ、何とかできるかぁ!?」


 「できる! ハティ!!」


 そうロロが強く叫んだ瞬間、薄い暗闇に覆われた真下の道にハティの姿が映る。そしてその直後に俺たちの背後で盛大な爆発音が鳴り響いた。


 「何だ今の!?」

 「ハティの炎魔法だ!」

 「何で!?」

 「軌道を変えんだよ!」


 その爆発の衝撃により真下の道へと落下していた俺たちの軌道は建物の側面に叩き付けられるような軌道へと変わる。


 「いやいやいやいやいや」


 「ぶつかる瞬間足で建物を蹴れ!」


 「ああああああああおらぁ!」


 目の前に迫り来る建物の側面を指示された通り足を蹴る。その衝撃により俺は後ろへと飛び退くような動きになるのだが、ロロは建物の側面に持っていた短剣を深く突き刺し、俺の身体が離れないように支えてくれていた。


 「あああああああああああああ!!」

 「あわあわああうぁあああ!!」


 深々と突き刺さったナイフが建物の木材を木片へと変えて切り開いていく。たまに木片が顔を掠めるが気にしてなどいられない。


 「飛べ!」

 「へあ?」

 「ジャンプ!」

 「っあ、ああ!」


 一瞬ロロの指示から遅れてしまうが、お陰でだいぶ減速できた。後は地面へ着地し何とかして残りの落下衝撃を誤魔化す。


 「身体を屈めて一回転、身体を屈めて一回転……」

 「ヨル!」

 「ぁああハティ危ない邪魔どいてぇぇ!!」


 何とか着地しようと言葉にして繰り返していると、突如として正面の着地点へと今にも泣き出しそうなハティが現れ、


 「あぶっ!?」

 「んにゅ!」


 宙にいるために俺は軌道を変えること叶わず、受け止めようと両手を広げたハティにぶつかりそのまま二転三転してようやく動きを止めた。


 「ふぅ」


 ロロは綺麗に着地を成功させており、ハティと盛大に絡まった俺の横で荒くなった息を整えている。


 「痛ってぇ……ハ、ハティ?」


 「よ、良かったぁ……」


 ぶつけた個所を擦りながら起き上がろうとするがハティが俺を抱きしめて離さない。俺が怪鳥に連れて行かれたのが余程心配だったようだ。


 「ありがとうハティ、お陰で助かった。二人共本当に頼りになるよ」


 「うん!」


 「……いや」


 俺の言葉に対し、ロロは否定的な態度をとる。

 どう考えて見てもロロは事落ちるという事に関して盛大な貢献をしているし、百歩譲ったとしても頼りにならないわけが無いが、


 「まだ……助かってねぇよ」


 そう言い残しロロは持っていた短剣を構え、林の方を振り向く。見ればここは滝に行く林道がある手前の倉庫街のような場所だ。助かったはずであるのにロロはそう言う、だから俺はゆっくりとロロの向いている方を振り返った。


 そこには、三人の死体があった。

 全て兵士。一人は見知った顔だ、アルシアに会いに行くために何とかしてかいくぐったあの兵士。他二人は恐らく従者の大量発生で増員された兵士だろうか。一人は首から上が無く、一人は片手片足が欠損しているという無残な状態だった。


 「う……ぁ」


 そして、大量に流れた血の沼に一人の少女が立っていた。

 その素足は血に濡れ、斬り飛ばしたであろう兵士の首を足蹴にし、黒い少女は不満げな表情で立っている。


 「アル、シア……?」


 まだ、助かってはいなかった。

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