二章24 お話しましょう?
そのあと俺はどこにも寄らずにみんなの待つ宿屋へと戻って来ていた。
流石に時刻を潰し過ぎたかな、みんな心配してるかもしれない。
そう思い俺は宿の受付を通り、自分の部屋へと歩いていく。
取った部屋は二つ。俺、ロロ、ガルディアの男が泊まる部屋一つとハティとエルの泊まる部屋が一つだ。
ちなみにこの部屋割りに対してハティがご機嫌斜めだったのは言うまでも無い。
「ただいま散歩から帰還しました!」
そう言いながら俺は男部屋の部屋へと入る。
部屋の内装はごくごく普通。椅子とテーブルが部屋の真ん中にあって、奥のほうに二段ベッドが二つ見える。おそらくここは四人部屋なのだろう。
そして一番目立つのは、テーブルについて何か食べ物のようなもの貪っているロロだった。額に巻いたバンダナは外して机に置いており、大量に食べ物を溜め込まれた頬袋はまるでリスとかハムスターを想像させる。
「何食ってんのロロ?」
「んもふまぁ、もふふも」
ロロは言葉を発しようとするが頬袋が邪魔でうまく言葉を発せていない。自分でもそれをわかっているようで口の中のものを一気に飲み込み始める。
そしてあらかた飲み込んだ後で、
「甘―いパン!」
と心底幸福そうな笑顔を沿えてロロはそう言った。
俺は机に置かれている食いかけのパンに目をやると、パン生地の中に何かが練り鋳込まれているのが確認できた。赤黒いからブドウかな、そういった干した果実のようなものが入っているようだ。
「さっきガルディアとエル姉が帰ってきてさ、夕食ってこのパン持ってきたんだよ」
「二人は?」
「買出しに行った」
「てかそれ夕食ならお前それつまみ食いしてね?」
「バレタ?」
ロロはテヘッとおどけながらもう一つのパンに手を伸ばしたため俺はその手を叩き落とした。
「てか隠れたほうがいいぞ?」
「は?」
「だってヨルなかなか帰ってこないじゃん? それでハティと一緒にこのパンつまみ食いしてるときに『可愛い女の子とキャッキャウフフしてんじゃない?』って言ったらお前探しに飛び出していってさ」
「余計な事言うなバカァ!!」
「違った?」
「いや違うから! いやしかし違うんだけども結果的にそうなったというかホントにもうお前さぁ!!」
俺は置いてあったバンダナを手に取りながらロロの頭目がけて鞭のように何度も叩き付けながら怒りをぶつける。だが気にならないと言わんばかりにロロは手に持っていたパン切れを口に放り込み平然としていた。
そしてその時、騒いでいる音を聞きつけたのか廊下からこちらへと走ってくる様な足音を俺の耳は捉える。
「はっ!? まずい!!」
俺は即座にバンダナをロロの顔面に叩き付けるように投げ捨て、奥の二段ベッドの下へとスライディングで潜り込む。そして俺の身体が完全に隠れたかどうか怪しいところで部屋の扉が強く開け放たれる。
ていうかよく考えたら隠れるのって何も解決していないどころか状況を悪化してるような気がするんだが。
何せ遅かろうが早かろうがハティとはいずれ顔を合わせる。その時必ず何をしていたか聞かれるし、そもそも隠れるって行為自体やましいことがあるからって思われるだろう。
しかしハティは暴走しだすと何をするかわからんし、とにかくこの場面は見つからないように祈る事しかできん。
そう考えていると足音は少しづつこちらへと近づいて来ており、ベッドの隙間からその足が見える。
「何で隠れてるんですかヨル君?」
おや? この声と話し方はエルのものだ。
何だエルかよ、てっきりハティが戻ってきたのかと思って隠れちまったよ。
「いや、ハティかと思ってつい……」
そう言いながら俺はベッドの下から頭を出す。
するとそこにはズボンを履いたエルが下を向きながら髪が自分の眼に入らないように押さえてこちらを向いているのが見える。
おしい、スカートなら中を覗けていたであろう距離だがそもそもエルはズボン以外履かないので意味はない。
「おま、バカ……」
すると机の方でロロが語尾がしぼんでいくような声色でそう言ったのを捉える。なのでそちらを振り向いたのだが、机とロロを挟んでむこうの扉の近くにハティが無表情で立っているのが見えた。
「あっ……」
そしてエルは事情を知らない様で、
「先程ハティちゃんと外で会ってですね、ヨル君を探してるっていうからきっとこの時刻なら戻ってきてますよって言って一緒に戻ってきたんですよ」
と呑気に言った。
一方ハティは相変わらず無表情で突っ立っており、逆にそれが圧倒的な威圧感を醸し出しているのは言うまでもない。
「で、ヨル。散歩にしては長過ぎたよね。何してたの?」
ハティは目を細めてそう言う。
おかしいな、俺は別に悪い事なんてしていないはずなのだがその迫力は一方的に俺を責めるような雰囲気を醸し出しており、素直に答える以外の道を許してくれ無さそうだった。
結局そのまままだ帰ってきていないガルディア以外の全員の前でアルシアと会ったこと、明日も合う約束をしたことを喋らされた。しかも正座させられて。何でですかね?
しかしそれを聞いたハティは怒っているというよりはホッとしている様な、それでいて寂しそうな表情をしていた。
「ヨル」
ハティは俺の名を呼んで少し申し訳なさそうにさらに続ける。
「一人で行動するななんて言わないけど、立ち入り禁止の所なんて行っちゃダメ!」
「う、うん。あ、でも王都でハティは単独行動してたけどそれは街中だったから安心だったって事?」
「うん、それにヨルの傍にはロロがいたから」
「お? 俺もしかしてかなり信頼されてる? されてる?」
「おいそこの面白黒人枠は黙ってろ」
「おも……? こく……?」
横から口を挟んできたロロを俺は即座に黙らせる。ロロはどうやら言葉の意味を理解していない様で不思議がっていた。そういえばこの世界は人種とかあるんだろうか。というかむしろ肌の色どころか獣人みたいなのもいそうな雰囲気はあるが。
そんな考えが頭をよぎったが今は頭の隅に置いておいてハティの要求に応えるとしよう。
「心外だなぁ、俺そんなに弱い?」
「うん」
「まじかよ」
「弱いって言うか儚いじゃないですかね?」
「何じゃそりゃ」
突然横から意味不明な事をエルが口走ったため俺はエルのほうを振り向きながらそう言ったのだが、肝心のエルは俺とハティのやりとりを見てか満面の笑みだ。
「ヨル君は何と言うか、目を離したらいなくなってしまう様な、そんな雰囲気があるんですよねぇ」
「俺は興味をそそられて親とはぐれる子供か何かですか?」
「いやホントに」
エルは急にニヤケ面を深刻そうな真面目顔に戻してそう言うため少し気圧される。
「結構前の日喰の時にヨル君が痣だらけになる怪現象があったじゃないですか」
「あったね」
「あの時たまたま物音を聞きつけたから良かったけど、そのまま気付かなかったら今頃ヨル君は死んでたか誘拐されてたんじゃないかと思うんですよねぇ……その位心配したんですよ?」
エルは自分の子供に言い聞かせるような、そんな母性の様なものを垣間見せる。いつもハティにベタベタくっついているエルから真面目そうな言葉が出てきたために俺は少し驚いていたのだが、
「……痣だらけのヨル君、すごいエロかったですね!」
親指を立ててサムズアップ、やっぱただの変態だった。
「つか痣だらけがエロいって何だ!?」
「いやーほらつまり、もっと虐めたくなる的な?」
「もういい、このまま話が脱線して戻って来れなくなりそうだ。強引に戻すぞおら」
エルが変態モードに入ると強引に話を変えない限りずっとエルのターンになるので俺はそう切り出す。
「それでその……また明日その立ち入り禁止区域でアルシアと会う約束したんだけど、行ってダメかな?」
俺はそう聞くが聞いた相手は二人。一人はエル、もう一人はハティだ。
意味合いとしてはエルには立ち入り禁止区域だけどそこにもう一度入っても大丈夫かという事、ハティにはその、女の子に会いに行っていいかという事なのだが。
「うーん、出来れば街中にいて欲しいですね。待ち合わせにするのは構いませんがそのアルシアちゃん? も街中に連れてきて欲しいです」
「わかった、そうする」
そして肝心のハティの方を振り向くと、ハティは相変わらず嫌そうな気持ちが顔に出ているような表情をしているのだが、
「じゃあ、私も行く」
と短めに呟いた。
「ハ、ハティも来るの?」
「何かダメな事でもあるの?」
ハティはジト目で俺を睨みつけながらそう言う。
「いや無い、けど」
「じゃあいいでしょ」
「う、うん……あ、ロロも来てくれ。王都の話を聞かせて欲しいんだ」
「んー? ああいいぜー」
不機嫌そうなハティを尻目に俺はロロへと向き直りそう言う。するとロロは椅子の背もたれに顎を置き、眠たそうにそう答える。
食ったから眠たくなる、か。そういう所は意外と子供っぽいなロロは。
「話はつきましたか? まあとにかく危険な事はしなければ観光してたって構いませんよ? さて、そろそろ兄さんも戻ってきますからそしたら夕食にしましょう。美味そうなパンを買って来てまして……あ! ロロ君つまみ食いしましたね!?」
「ハティもつまみ食いしたよ」
「二人とも説教です!」
「ハティも意外に食い意地張ってるからな。と言うか見たこと無い食べ物への関心が強いというか」
そう呟いた部屋の中ではハティとロロがエルから逃れるために走り回っている。森から半年近く、まだ交流のある人たちは少ないものの、ハティも最早そこら辺にいる少女と何ら変わらないようにはしゃいでいた。
「おう今帰ったぜ……って何してんだ」
部屋の中で三人が追いかけっこしている最中に部屋のドアが開き、そこからガルディアが顔を覗かせる。当然状況が理解できていないため唯一動いていない俺の方に視線を向けてきていた。
「なんというかまあ……楽しそうでしょ?」
「……だな」
俺は両手を広げながらガルディアにそう言うと、ガルディアは呆れるように笑いながらそう言った。
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次の日
俺たちはガルディアとエルが調査へと出向くのを宿屋で見送った後、例の立ち入り禁止の滝へと行くことになったのだが、
「そういや見張りがいるんだった」
「流石に見張りの前を通るわけにもいかねぇしな」
「強引に突破する?」
「ハティ脳筋説浮上」
建物の陰から滝へと続く林道を警備する兵士を覗き見ながら俺たちは作戦を立てている。どうやってあそこを突破するか、兵士自体は一人しかいないし色々突破方法はあるだろうけど。
「ここじゃないところからあっち側に回るってのはどうだヨル?」
「無理だ。構造的にこっからしかあっちの林に行けないようになってんだよ。だからここにだけ警備がいるんだ」
「うーん……」
見えてはいないが俺の近くでハティが困ったように唸るのが聞こえる。
確かに警備自体はそう大したものではない。林へ続く道の前に兵士が一人眠たそうに座っているだけなのだから。しかしながら眠たそうな兵士に見つからずに進むには余りにも障害物が少ない。
一応ながら倉庫のような建物の間に逸れる脇道があるのだが、そこまで走れば兵士の視界に入ってしまいかねない。
そうやって俺たちが困り果てている時だった。
突如眠たそうにしていた兵士が何かに反応したように立ち上がり、辺りをキョロキョロとせわしなく見渡す仕草を取る。一瞬俺たちの存在がばれてしまったのかと思い首を引っ込めたのだが、いつまで経ってもこちらには来ない。
しびれを切らしてまたゆっくりと物陰から通路を覗いてみると、そこには兵士の姿は存在しなかった。
「どこ行った?」
「多分、あの脇道に入ったのかな?」
「そういや前にもこんなことあったな」
俺はそう呟き昨日を記憶を振り返る。
そうそれはアルシアと滝から街へと戻ってきている最中だった。
兵士が道の傍に置いてある椅子に座っており入ることが出来ない、どうしたものかと木陰から観察していた時のことだ。アルシアがもう少し待ってみようと言い、その通りに待機していると何かに反応した兵士が脇道へと入って行った。偶然、とは考えられないな。
「もしかしてアルシアがやってんのかな?」
「ヨルにこっちに来てほしくてか? 可能性はあるがだとしたらどんなやり方だよ」
俺の呟きに即座にロロが反応する。
次いでハティが、
「音を発するとかそんなのかな? それより道が空いたよ、ほら行こう!」
と言いながら俺とロロの手を掴んで物陰から引っ張り出すように走りだした。
後でアルシアに聞いてみよう。そう思いながらも俺はロロとハティと共に滝へと向かい林の中を進んで行った。
しばらく進むと林の隙間から滝が顔を覗かせる。涼やかな水の音色が耳へと届き始め、滝より流れ落ちた水が溜まる水面が陽光を反射して鏡のように綺麗に煌いている。
そして、そのほとりで涼むように素足を水面へと沈める黒い少女が一人、そこにいた。
黒い長髪、黒い衣服、綺麗な横顔が景色の色合いをより強めるような少女。アルシアだ。
そしてそのまま歩いていた俺たちは林を抜け、滝へと辿り着く。
「おーいアルシアー。来たよー」
俺は少し遠くにいるアルシアにそう声を掛けるとアルシアは綺麗な黒髪を振りながらこちらを向き、とても魅力的な、いや魅惑的とも言えるような引き込まれる微笑みをこちらに向けた。
正直胸が高鳴る程だった。
それくらいアルシアがこちらを振り向き、そして微笑む動作は見ていて綺麗だったし、それを見たロロの足はそこでピタリと止まっていた。きっと見惚れているのだろう。ロロはエルをエル姉と呼ぶし、大人びたタイプの人を慕う奴なのだろう。
どーしたロロ? 一目惚れでもしたか?
俺はそう言うためにロロの方へ向き直りその表情を覗き見ると、
マジで一目惚れしたような表情をしたロロが目を煌かせて立っていた。
「ヨールー!」
アルシアは俺たちを確認した後でこちらに向けて手を振りながら俺の名前を呼んで笑みを浮かべていた。
俺はハティの痛い視線を何とかいなしながらアルシアの方へと寄って行く。その様子をアルシアはその場から動かずにじっとこちらを観察するように見つめていた。
昨日会ったばかりだが改めて見ると相変わらず不思議な儚い雰囲気を持つ少女だ。
「ヨル! また来てくれた!」
「もちろん、俺は約束は大事にする人間だからね」
「良い子だねーヨルは!」
そして俺たちが普通に会話できる距離まで接近するとアルシアはそう言葉を差し込み、俺の両隣を歩くロロとハティを一瞥する。
「ヨルの言ってたロロっていうのはどっちかな?」
「俺です! ロロ・シャードって言います!」
その言葉を待っていたと言わんばかりにロロは元気よく自己紹介と共に返事を返す。
「君がロロ君、私はアルシア、よろしく。それじゃあそっちの可愛い女の子は?」
「ハティ」
アルシアはハティへと向き直り、優しい微笑みを向けながらそう聞いたのだがハティは不愛想に名前だけを告げる。どちらかというと警戒しているといった雰囲気をハティは醸し出していた。
「ロロ君はヨルの友達だよね?」
「そうです!」
「ハティちゃんは……友達、にしてはヨルに似てるけど」
少しだけ困惑するような表情を浮かべたアルシアは俺とハティの顔を見比べる。
そう言えば俺とハティの関係はどう人に言うのが正解なのだろうか。友達ではあるがイマイチしっくりこない、兄妹でも無いし、けど一緒に住んでる? うーん、
「家族です」
「えっ」
悩んでいるとごく自然にハティはそう返事を返す。
なんかそう宣言するのがこなれてる感が出ているのだが、王都とかで周りにそう言っていたのだろうか。
「ヨルが、兄?」
「私が姉です」
「いいのかヨル? 厳密には違うんだろ?」
「いいや訂正するの面倒臭い、俺はハティの弟でも一向に構わん」
胸を張って堂々と宣言するハティがあまりにも自分が正しいみたいな態度を取っているのでそういう事にしておこう。それを聞いたアルシアもよくわからないみたいな顔を浮かべているがまあ何とか悟ってもらおう。
「それじゃハティちゃんにはこれあげる! 暇だから作ってみたんだけど、とっても似合うと思うよ!」
そう言ったアルシアが取り出したのは白い百合のような花だった。
百合なのかどうかは知らないが大きめの白い花に小さな赤いリボンが付いており、根本付近にヘアピンのような髪を挟む金属物が付いている所から見るに花のコサージュのようだ。
頭に付ける物をコサージュと呼ぶのかは知らないが。
「いいの?」
「もちろん! 私みんなからお話聞きたくて。でも私に話せることなんてほとんど無いからせめて何かお礼が出来るようにって色々準備してたの!」
そう言いアルシアは自分の後ろから白い袋のような物を取り出す。
「髪飾りとか、お菓子もあるよ! だから私とお話してくれる?」
「そんな、話をするくらいでお礼なんていらないよ」
「そう? でもヨル後ろ見てごらん?」
俺はアルシアにそう勧められ、何だろうと思い後ろを振り向いたのだが、そこには恐らくお菓子という単語に反応したであろうロロとハティが目を輝かせながら立っていた。
「……食い物に目が無いな二人共。昨日パンもつまみ食いしてたし」
「わ、私は別にそそそんなきにならら」
「動揺が隠しきれていませんな」
「そう言うロロ、お前は涎が垂れてんぞ」
「甘いもんは美味い。だからこれは当然の反応なのだ」
言い切って見せるロロであったがその言葉自体は確かに的を射てるのかもしれない。特にロロはよく食べるしつまみ食いするし間違ってはいないな。遠慮はするべきだと思うがロロも頼りになるとはいえ幼い、ならわからなくもないか。
「まあまあ、じゃあお礼じゃなくて食べながらお話聞かせて欲しいな」
「「はい!」」
アルシアの提案に対してロロとハティが息ピッタリに返事を返す。
そして俺たちは水辺の傍に座り、アルシア、ハティ、ロロ、俺の四人で談笑を始めるのだった。




