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治る身体の異世界ライダー  作者: ツナサキ
二章 死の蔓延する国
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二章18 動き出す歯車②

 世界は謎に満ちている。

 誰も知らないことがある。

 知らない方が良い事もある。

 人はいつも選択を迫られる。

 知るという事は何かを代償とすること。代償無しに人はものを知ることが出来ない。知るために時間を使い、力を使い、身体を使い、命を使う。

 

 探求とはいつの時代も等価交換。

 自身の持ち得るものを犠牲にし、新たなものを蓄える。

 犠牲にしたくないものが手に入った時、人は動きを止めてしまう。

 それを彼は知っている。だが、しかし、だからこそ。

 それでも彼は思うだろう。


 「知らない事を沢山知りたい」








 耳を澄ませば聞こえてくるのは活気ある表通りの声。家、というよりは工場、倉庫といった方がしっくりくる建物に左右を囲まれた路地裏で少女と青年は向かい合ったまま沈黙している。


 その場にいるのはハティ。いつもと変わらないロングヘアーを揺らしながら佇んでいるのだが、その表情は幾ばくか強張っている。

 そして青年。この二人だけ。その二人が向かい合って佇んでおり、薄暗い路地裏にどんよりとした空気が立ち込めていた。

 

 そしてハティは沈黙を保ったまま今しがた自分にされた質問に息を吞む。

 その仕草、その表情からは焦り、懐疑といった感情を連想できる。


 そしてハティはゆっくりと口を開いた。


 「あなたは……誰?」


 するとハティと向かい合っていた青年がまるで嘲笑うかのように息を漏らし、口を歪めてこう言った。


 「僕ぁベルモンド(・・・・・)。真実を好む旅人だ」


 そしてそのまま言葉を続ける。


 「さぁ教えたよ? 次は君の番だろう?」


 そう名乗った青年はゆったりとした口調、仕草でハティと全く同じ髪色の髪を手で撫でる。まるで『俺は敵じゃない』と主張するかのように。


 「あのヨルとかいう少年。あれは……生物なのか(・・・・・)?」


 ベルモンドとハティの密談。

 それを冒頭から聞くのであれば数刻前へと遡る必要がある。




______




 「おーい夜。その歯車手ェ届くかー?」


 「なんとか……よいしょ!」


 ようやく時刻塔の最後の歯車掃除を終えた。

 確かに狭いところでの作業ではあったが、できればもうやりたくない。


 何故かというと、狭いところの作業って具体的には歯車と歯車の間に手を突っ込んで掃除するとかだったし。しかも足滑らせたら地面まで真っ逆さまみたいな足場で。

 何回か服を巻き込まれかけたし思ってたより危険だった。


 危険がどうとか言ったら魔物退治とかやってられないというのもあるが、どっちかっていうとまだそっちの方が気が楽だ。


……体が巻き込まれる系の話って苦手なんだよ。農耕機に巻き込まれたとか聞くとブルッっと来る。


 「どうした夜体振るわせて」


 歯車の清掃を終えて階段の踊り場に戻ってきた俺にロロは疑問の表情で話しかけてきた。


 「聞くがロロ。腕を剣で斬られるのとこういう歯車で粉砕されるのどっちが痛そうだと思う?」


 「そりゃあお前……」


 そう言ってロロは少し考える間を置いた後、つま先から頭までをブルリと震わせながら俺の後ろの歯車を指差した。


 「ですよねー」


 俺の言いたい事は伝わったらしい。


 「ま、何事も無く終わったし? 掃除なんて仕事はそうそう無いからいい経験にはなったんじゃないか?」


 「そだな。あ、ハティがしたから手ぇ振ってきてる。振り返してやろ」


 下の方でガチャガチャと歯車に負けない音が聞こえてきたため何となく下を覗き込むとハティが見えた。どうやら後から入ってきた人たちと協力して下の方を掃除していたらしい。あちらも既に掃除を終えており、後片付けの最中の様だった。


 「終わりか。そろそろ俺たちも下行くか」


 「おう」


 そして俺たちも下へと螺旋階段を下りて行った。


 「やぁ二人ともありがとう! ロロ君は身軽なんだね、おかげで助かったよ」


 「まぁな。身体動かすのは得意だ」


 「どうせ俺は身軽じゃないですよーだ」


 「ふくれるなよ夜。お前も数年訓練積めば身軽になれるさ」


 ここに来た時に最初に会った作業着姿男に褒められているロロの隣で俺は嫌味を呟く。


 「それで報酬なんだけど、陽銀貨2枚くらいでどうかな?」


 俺は即座にロロと顔を見合わせる。

 まあ妥当なんじゃないか? 俺は物価の計算とかそういう数学的な事苦手だから詳しく言えることは何もないのだが、数刻で終わってその位ならむしろ良い方かな。


 まあロロはそう思わなかったようだが。


 「一人につき二枚?」


 「ああ」


 「ふーん」


 「不満かい? それなら多少は……」


 男がそこまで言った瞬間、ロロは突然口を挟む。


 「そうかそれなら遠慮なく。一人五枚くれ」


 「五枚!? それは流石に……」


 報酬の交渉はロロに任せるか。

 そう思い俺は時刻塔の中へと入ってきた扉から外に出る。先に外に出て行ったハティを探していたのだが、既に後片付けを手伝っていた人たちと仲良くなっていたようで楽しそうに話をしていた。


 「あ、ヨル!」


 ハティが他の人間と交流しているのを横から見ていたのに気づいた様で、此方へと駆け寄ってくる。


 「ねぇ、お金はどうなった?」


 「ロロが今交渉中」


 「そっか」


 ハティは落ち着かない感じだ。どうしたのだろう……といっても大体予想は付くのだが。


 「なあハティ。そんなに金貯めてどうすんだ? 何を買うのさ?」


 「んー? 秘密!」


 相変わらずの返事だ。


 「まあいいけどさ。無くさないようにしなよ?」


 「うん!」

 

 まあハティにも人並みの物欲があったのは良い事だし自分の金で何を買おうが文句は無いのだが、それでも気になるのは確かだ。


 「ねえヨル」


 「はい?」


 「お昼過ぎからは別行動にしない? 私ちょっと用事があるの!」


 「お、おう」


 まさか、ハティがそんな事を自分から言い出すとは。

 用事がある。つまりそれは自分の意志を持って何かをしようとしている、そういうことだ。確かに俺と出会うまでは自活していたくらいだし、かなり行動力があるのは知っていたが改めて言われると驚いた。


 こういう所はちょっと姉っぽい感じがする。

 まあ見た目は小さくて妹みたいなんだけど。


 「用事? 大丈夫一人で? 危険じゃない? どこ行くの? どの位で帰ってくる? あと……」


 「フフッ」


 俺の言葉の途中でハティは可愛らしく笑い言葉を遮る。


 「ヨル」


 「は、はい?」


 「私がいないと不安?」


 「うぅ」


 いきなり核心を突かれ言葉が出てこない。

 正直言うと、かなり不安がある。確かに今では知り合いも少しづつ増えてきてるし気さくなロロもいる。けど、やっぱりハティが近くにいないと少し寂しく感じる。

 別にいやらしい意味ではない。純粋にハティがいてくれると頼もしいんだ。世界を知らなくて、だから一緒に知っていける。そんな人が隣にいるのが。


 だからハティが近くにいないと少し不安なのは否定できないし、思ってたより俺の方がハティに依存していたのかもしれない。


 「ハティがいたほうが、寂しくない」


 上手く言葉にできなかったのでストレートに思ったことを口に出す。

 するとハティは少し気まずそうに笑いながら、


 「私もー!」


 そう返してくれた。


 「相変わらず仲良いな二人は」


 俺とハティがそんな会話をしていると、どうやら報酬の交渉が終わったらしいロロが手に陽銀貨を抱えてこちらへと歩いてきているのが見えた。


 「相変わらずってどういう事?」


 そこまでロロの眼前でヨルに甘えた覚えは無いはず。

 そんな口調でハティは返すが、


 「流石に覚えてないか。昨日酔っ払って夜と話してた俺に向かって『ヨルとイチャイチャしないでよー!』って叫んでたぜ?」


 ロロがそこまで言うとハティは顔を真っ赤にし、こちらを振り向いてその言葉が真偽かを無言で聞いてくる。


 俺がコクリと頷くとハティは小さな奇声を上げてロロの頭をグーで殴りつけた。グーで。


 とまあそんなこんなで時刻塔掃除は難なく終わった。

 時刻塔から見る王都の景色はなかなか絶景だったし、それで金も貰えたからとても助かる。


 そしてこれからの行動としてはハティが別行動、俺とロロがまたギルドに戻って依頼完了を報告し別な仕事を探すという形に。

 正直ハティのことは心配だが俺より強いのは確かだし、問題は無いだろう。

 

 それにハティはかなり目立つ。

 小さい身長、白黒ツートンのふわふわロングヘアー、全身から発せられる柔和なイメージ。

 だからもしいなくなっても目撃情報は辿りやすいはずだ。


 これだけ聞くとまず間違いなく誘拐対象に成り得るが……やっぱ心配になってきた。




______




 冒険者地区 路地裏


 陽光があまり届かない路地裏、闇に暗躍する者達が好んで立ち入るような区画に彼はひそかに存在していた。


 彼の名はセセラギ・シン・バルナーク。

 ゴルウズの外交に携わる外務卿にして現王に次ぐ力を持つとされる有力者。


 出向先や宿泊場所から頻繁に逃亡し、街中をふらふら歩いては面倒事に首を突っ込んでいくという長生きしないような性格の人物であるが、周囲からの評価は極めて高い。

 急にいなくなる時があるものの、外交でイザコザがあった場合には迅速に対応し処理することが出来る。また、王都に戻ってきても街中を普通に歩いているため民衆との接点が非常に多いのが人気の理由ともいえるだろう。


 現王には子息がおらず、次の王となる人物は民主的に決めよとすでに公布しているため後何年も経てば王国であり王国でない国になるという状況。

 時期国王にと願う民衆も多く、国の要人たちですらも『放浪癖が無ければ……』と嘆くほど。


 そんな中次のトップに相応しい彼が街中にいる事おかしくもあり、彼をよく知る人物から見るとおかしくもないだが冒険者地区の、それも薄暗い路地裏に息を潜めているというのはかなり珍しい部類に入る。


 そしてそんな路地裏に似つかわしくない少女が一人、明るい声と共に入り込んできた。


 「待ったー? 来たよー」


 「ああハティ君。こっちこっち」


 すると壁に背中を押し付けていたセセラギ卿は手を振ってハティを路地裏へと招き入れる。

 時刻塔を掃除していたハティの元に誰にも気づかれないように忍び寄り、頼みたい事があると告げてこの路地裏で落ち合う事を約束していたためだ。


 一歩間違えば犯罪の匂いがするワンシーンではあるが、セセラギ卿の目的はそんな事ではなかった。


 「それで、手伝って欲しい事って何?」


 「ああ、すまないね。いくつかの場所に届け物をして欲しいんだ。出来るかい?」


 「出来るけど、何をどこに届けて欲しいの?」


 色々とセセラギ卿の頼み事に疑問を持ちながらもハティは返す。


――心配はいらない。ヨルにそう言ったから気をつけないと。


 そんな事をハティが思っているとセセラギ卿は気さくに笑いを返す。


 「アハハ。いやね、友人へ送りたいものがあるんだけど僕は直接渡せないから代わりに届けて欲しいんだ。場所はそれぞれ、渡すものもそれぞれ違う。やってくれるかい?」


 ハティはしばらく悩んだ後、疑問を一つ一つ解消するように質問をする。


 「どうして自分で行かないの?」

 「私が出向くと目立つんだよ。大事になるのは避けたい」

 「じゃあお手伝いさんとかに持って行ってもらえばいいんじゃないの?」

 「それはまぁ、そうだね」

 「……あとどうして私一人なの?」

 「手伝いといってもやる事は荷物を送るだけだからね、一人で十分」


 ハティは彼を信用できないわけでは無かった。

 現に目の前にいる男はつい先日知り合ったばかりとはいえ自分を騙すような人物には見えない。それに彼の手元には丁寧に包装されたプレゼント箱のような物が見え隠れしており嘘はついてないようにハティには見える。


 ハティには『悪い人間』と『良い人間』の分別がまだ完全に出来ていないのだとしても。


 「手伝ってくれたらお礼に……これをあげよう!」


 そう言いセセラギ卿が取り出したのは、薄暗い路地裏にわずかに流れ込む陽光を反射してキラリと光る金のコインだった。


 「陽……金貨!?」


 ハティの目の色が一瞬で変わる。

 荷物を届けるだけの簡単な仕事で貰えるお駄賃としては破格も破格。まず間違いなく依頼主であるセセラギ卿がかなりの損をする金額だった。


 「どうかなやってくれるかな?」


 「やります!!」


 金に目が眩んだと言ってしまえばそれまでだが、ハティは即座にそう返答した。


 「それは良かった! じゃあまずは……これ!」


 そうしてセセラギ卿は手元の包装された箱からひとつを取り出し、


 「冒険者地区第二区画の宿屋イロンの隣アルヴェアという男の家に届けて欲しい」


 それをハティに大事そうに渡しながら言った。

 箱自体はそれほど大きいものではなく、ハティも片手で持てるほど小さいものになっている。


 「宿屋イロンの場所がわからないんだけど」


 「それを探すのも仕事の内だよ」


 「むー。ケチ」


 軽く悪態をつきながらもハティはセセラギ卿に渡された箱を手に乗せて中央通りへと歩き出す。

 セセラギ卿はふくれながらも報酬に目を輝かせているハティを路地裏から見送った後、更に路地裏の闇へと姿を溶かしていった。


 そしてハティは冒険者地区の中央通りを抜け、第一区画から第二区画へと足を運んだ。


 冒険者地区は大きく分けて一から三までの区画なら成り立っており、それぞれの区画で大きく相違点がある。

 第一区画には戦う者たちに向けた店が多く構えており、それらを求めて自然に多くの人が集まる区画である。また、ドルク運営ギルドもここにある。

 

 第二区画は居住スペース、宿泊施設が多く立ち並ぶ。

 他の地区に比べれば建物全体の品質は間違いなく落ちるのだが、市民権を必要としない場所のため多くの人々で賑わう。賑わうというよりは、そんな訳ありの人々が集まって殺伐としていると言い換えてもいいのだが。


 第三区画はいわゆるスラム。

 大通りから少し外れれば建物に寄り添うように、死んだように眠る人々が多く見受けられる地区。住んでいる人々も身寄りが無い者や宿泊施設に出す金も無いような者たち。

 だが治安は決して悪いという訳ではない。冒険者地区は数字が大きくなるにつれて王都を囲む鉄壁の近づいていくという配置になっているのだが、鉄壁の上には国を守る兵士が常駐しているために犯罪は意外と少なく、むしろ治安が悪いのは一番真ん中である第二区画となっている。


 そんな地区の中でハティはアルヴェアの家を探すべく聞き込みをしていた。


 「すみません、イロンって宿屋がどこにあるか知りませんか?」


 「え? あ、ああ。この道を進んで二つ曲がったところを更に左に折れて三つ目を右に曲がれば見えて来るよ」


 「ありがとうございます!」


 可愛らしくお辞儀をし、ハティは急いでその場を後にする。

 その表情には少し緊張が見られた。流石に見ず知らずの人に一人で話しかけるのは慣れていない、そんな雰囲気で言われたとおりにハティは道を進む。


 するとある建物に架けられた看板がハティの目に映る。


 『イロンの宿』


 看板にはそう書かれており、ハティの表情に明るみが灯る。


 「あった! えっとイロンの隣、イロンの隣……どっちにも家があるよ!?」


 ハティは宿屋の正面まで来て宿屋の左右をクルクルと見回す。

 ハティの独り言が多少道往く人々の視線を集めるが、すぐに雑多な喧騒にかき消されていく。 


 「あ、確か名前言ってたっけ。えーと、アルヴェアさんだっけ」


 そう言いながらハティは包装された届けるべき箱に目を向けるのだが、放送の隙間に何やら紙切れのような物が挟まっているのを確認する。


 「なにこれ? えーっと、アルヴェアにはバレずに渡して欲しい……いや無理だよ!?」


 ハティはまた声を荒げてそう言う。

 しかしそうしてくれと書かれている手前蔑ろにも出来ない。取り敢えずハティは目立たないようにアルヴェアと表札に書かれてある古臭い家と宿屋の隙間にある路地裏に入った。


 「どうしよう、気づかれずに渡すなんて無理だよ……」


 ハティはトボトボと路地裏に入り、アルヴェアの家を見渡しながら歩いていると妙案を思いついたようにいきなり飛び跳ねた。


 「そうだ!」


 そうしてハティは古臭いアルヴェア邸の一点を凝視し始める。

 家の外装は木製であり、建てられてから月日が経っているかのように所々が痛んでいる。

 ハティ自体あまり家の大体の大きさというものをあまり知らないため気にしていない様だったが、家というよりは小屋に近い感じの家だ。


 そして見ているのは麻布のような物が掛けられてある窓。


 「じゃあ窓から投げ入れよっか!」


 その思考から興奮すると暴走するという性格の片鱗が感じ取れるような結論をハティは導き出す。

 中に割れ物が入っているのではとは全く思っていないようだった。


 「じゃあ……それぇ!」


 ハティは自分では妙案だと思っているため、疑う余地も無く箱を布の張ってある窓目がけて投げ込んだ。

 すると箱が地面に落ちるような音はせず、


 「あ痛ぁ! な、なにこれ!?」


 窓の奥からは若い男性の悲鳴と動揺するような声がハティの耳に届いた。

 『どうだ、バレずに渡すことが出来たぞ』。そんな風に依頼を達成した満足感に浸っていたハティであったが、その声を聞いて慌てて近くにあったゴミ箱の陰に隠れた。


 「な、な、な……」


 相変わらず男の動揺している声が窓の奥から聞こえてくる。

 ハティは今の内に逃げようかとも考えたのだが、次の男の台詞を聞いて思わず声を上げてしまう。


 「宝石だ!! この箱……中に宝石が詰まってる!!」

 「え!?」

 「っ!? 誰だ!?」


 突然突飛な事を喚き立てる男の声を聞き、ハティは反射的に反応してしまう。それは男の耳まで届いた様でドスドスとこちらに近づいてきている様な足音をハティは捉え、即座に逃げ出した。


 そして男は窓に張られた布を取り払い路地裏へと身を乗り出すが、そこには誰も居ない。しかし誰かがここに居て、その誰かが何故か自分の家に宝石の詰まった箱を投げ込んだのだ。


 男は左右を見回す。

 するとその路地裏から走って飛び出していく一人の少女を辛うじて横目で捉えた。


 ほんの一瞬。

 ほんの一瞬であったが捉えたその姿はとても小さく、それでいて顔も壁に隠れていてよく見えなかったが走り去った人影のとても綺麗でフワフワとした長髪を捉え、白と黒の色合いから男には妖精のように見えていた。


 「危なかった、見つかっちゃうところだった……」




______




 「次は孤児院かぁ。うぅ重い……」


 ハティは依頼を達成し、セセラギ卿とまた接触した後だった。


 セセラギ卿はハティにねぎらいの言葉をかけ、複数あるという次なる届け物をハティへ託したのだが、


 「いくらなんでも多すぎでしょ」


 ハティは大きめの箱を両腕で抱え込むようにして街中をフラフラと歩いていた。箱の数としては五、六個であり、いずれの先程の物よりも大きいためハティの視界が塞がれるほどの量のためまた違う形でハティは人々の視線を集めている。


 「今度は隠れなくてもいいって言ってたし、早く終わらせよっと」


 そしてハティは足早に目的地へと向かった。


 


 「すみませーん。お届け物でーす」


 ハティは目的地の建物の門をゴンゴンと叩く。

 外装としては小さく質素な教会のような建物。それこそほんの小さな庭にはおもちゃの様なものがいくつか見受けられ、確かに子供がいるような気配がある。

 教会というわりには何かを称えているような施設には見えず、時折扉の奥から聞こえてくる幼いの喧騒から保育施設にも見える。


 孤児院。何かしらの理由で親を亡くした子供たちが居るところ。


 何かが違えば親を亡くしたハティも、親どころか家族すらいないヨルも入る事になりかねない場所でもあり、そんな施設を目の前にしたハティは感慨深く……


 「誰か居ますよねー!」


 感慨深い仕草を全く見せずにハティは声を張った。何も思う所は無い。最早自分には全く関係ない場所だから。そんな心境が見て取れる。


 「はい。どちら様でしょうか?」


 しばらくすると扉から一人の女性が出てきた。

 二十代後半といった風貌の女性であり、服装はごくごく普通の物だった。落ち着いた印象がエルと重なるものがあり、ハティは少しだけ羨ましそうな、勉強になるといった目で見ていた。

 そしてすかさずハティはその女性に向けて、


 「お届け物です!」


 と小さな両腕で抱え込んだ箱の束を差し出した。

 すると女性は少し困惑したような詩誤差を取った後に、


 「ええと、どなたからでしょうか……?」


 「うーんと、セセラギ卿!」

 

 ハティがそう言った瞬間に扉から出てきた女性は心当たりがあるような表情を浮かべた後にかがんでハティと目線を合わせながら、


 「まあ、セセラギ様からですか?」


 「知り合いなの?」

 

 ハティは女性がセセラギという名前を聞いて少し微笑んだのが気になり、好奇心でそう聞いた。

 すると女性は微笑みながら、


 「そうですね、あの方は遠出から帰ってくるとよくお土産を買って来て下さるんです。一度それを街中でご自身で配り歩いていたのが問題になりましてね? それからは代理の方がよく持って来て下さるんです」


 ハティはなるほどと軽く頷いた後にセセラギ卿が袋に詰めた大量のお土産を配り歩いている姿を想像し、確かにやりそうだと更に頷いた。


 「ではセセラギ様に誠にありがとうございますとお伝えください」


 「はい!」


 そしてハティは孤児院を後にする。


――見ず知らずの他人にお土産を買って来て配るなんて変な事をする人だなぁ。


 そう思いながらもプレゼントによる子供たちの歓喜の声がここまで漏れてくるのを捉え、ハティは軽く微笑み、誰かが自分の行いで喜んでくれているという事実に悪い気はしなかった。




______




 ハティは路地裏を歩いている。

 無論その理由は路地裏に潜んでいるセセラギ卿と合うためだったのだが、普通なら大通りを通るところをショートカットの為に利用していた。控えめに言って推奨できる移動方法ではなく、ヨルが居れば止めるよう言う移動方法だったのだが、


 「そこの君。ちょっといいかい?」


 そのためか、はたまた別の要因か、ともかく薄暗く人気が皆無な路地裏で二人は出会った。


 「え?」


 その声にハティが振り向くと、そこにはとある男が立っている。

 旅人を思わせるような外套を身に纏い、身長、表情共に特筆すべき点は無い男。


 「……!?」


 だがハティは驚愕に胸を撃たれ、目を見開く。

 

 男の髪色が、自身と全く同じ色合いだったために。

 男の髪は黒い部分と白い部分があり、それは一目見たハティに当然の疑念を抱かせた。


――私と同じ……!?


 ハティはそう直感するが言葉が出ない。

 よくわからなかったのだ。もし自分と同じ『狼の眷属』と出会った場合にどう声をかけていいのかを。

 そのため先に声を出したのはその男だった。


 「君に聞きたいことがあるんだ。ちょっといいかな?」


 「あぅ、あ、っと」


 「……?」


 言葉に詰まったハティに首をかしげながらも男は質問を再開する。

 ハティにとっても全く意味の分からない質問を。

 楽しげに、嬉しげに、

 

 「君と一緒にいるあの少年、そう僕らと同じ髪色をしたあの少年だ。ヨル、だったかな」


 「え……ヨ、ヨル?」


 「率直に言おう。あれはどうやって作ったんだ・・・・・・・・・・?」


 森に潜み、長い間緑に覆われ侵食されていたハティの歯車が、今大きな音を響かせて動き出す。

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