二章17 動き出す歯車①
朝。俺は周りの明るさから目を覚ました。昨日は食ったり騒いだりしていたから少しだるいような感覚を感じながらも俺はお手製麦わらベッドから降りる。いや、麦では無いか。わらベッドだな。わらにシーツを被せただけの適当な物。金が入ったら綺麗なベッドを一式買い揃えてもいいかもしれない。
そんな事を思いながら俺はあくびをしてダイニングへと向かった。
大体俺がいつも起きるとハティがダイニングで飯を作っていたりするのだが、今日はそんな可愛い嫁さんの姿は見えず、昨日飯を食った机の上に神様に捧げられる生贄が如く黒い少年ロロが横たわっていた。
「ああそういや泊めてやったんだっけ。にしても机の上で寝るなよ」
そんなロロの隣を通り過ぎながらも俺はハティの部屋へと向かった。
といっても部屋の区切りには扉なんかは無く、唯一あった玄関先の扉は昨夜の一件で吹き飛んでしまったために元の廃屋へと戻りかけている。幸い寒くは無いから良いが強盗が入ってこないとも限らんし早めに扉を直しておこうか。
そして意外にもハティの部屋には色んなものが置いてある。
人形、布の断片、いくつかの服、面白い形をした光石スタンド、エルから貰った本など。
金の出所はベルウィング邸で手伝いをしていた時に貰っていたお駄賃からだ。まあ量的には普通に仕事をしてもらう金よりは少なめだがそれでもそれなりに貰っていた。
本なんかはエルから譲り受けているため金は掛かっていないが服なんかは結構値が張る。なので古い服やデザインが気に入った安い服などを購入しており、安く買える布切れなどで直して使っているようだ。
やはりハティも生まれて生まれて此の方森の中で暮らしていたわけであるし、まだ見ぬ新しい物は気になってしょうがないみたい。
今は何かを買うために金を貯めているらしいのだが、何を買うのか聞いても話してはくれない。可愛らしい笑顔で、「秘密ー!」というだけだ。予想としてはこうかな。本命、料理道具。対抗馬、凄い魔法とか覚えられそうな魔導書。大穴で家とか家具とかかな。
まあそんなわけでハティの寝室のどこかに金が入った袋が隠してあるのだろう。どれだけ入ってるかは知らないが大金になるのだとしたら盗まれない様にとか気をつけなきゃならんし、その辺りも今度言っておくか。
俺は部屋の中を見回しながらそう思案していると部屋の隅に置かれているベッドの上でハティが呻き声を上げた。
「うぅぅぅ……あれ、もう朝……?」
頭を痛そうに両手で抱えながらゆっくりとハティは起き上がる。
どうやら長い髪を踏んづけて眠ってしまっていたようで起き上がるのに少し手間取っていた。
外から漏れてくる朝の光が少しだけハティを照らす。正直に言うと寝起きのハティはかなりエロい。いやエロいは語弊がある。うーん何というか、あれだ。モコモコした白黒ロングヘアーがセットされていない状態で眠そうな緩い表情をしているために何処か可愛らしい人形のような印象を受ける。
無防備なのがいつもと違うからそう感じさせるのだろう。
「ああそだよ。珍しいなハティが寝過ごすなんて……っても無理もないか。昨日酒飲んでたもんなぁ」
飲んでた。思い返せばグビグビ飲んでた。完全二日酔いコースです。
「うぅ、二杯目飲んだあたりから記憶が無い……」
「大分序盤ですね」
「頭痛い……よし治ってきた」
「回復力ヤベェ!」
頭を擦ったすぐ後にガッツポーズを取りながら健康を主張するハティに驚き半分疑い半分の声色で俺は返した。
「水でも持ってこようか?」
「ん」
ハティは軽く頷くように返事をすると上を向いて軽く口を開くような仕草をする。大体その仕草だけでハティの言いたい事を理解した俺は軽くため息をつきながら、
「水魔法を直接飲ませて欲しいって顔をしてるけど、ダメだ」
「えーいいじゃん別にー」
「魔法製の水を飲み過ぎると『魔力中毒』になるぞ」
俺も最近まで魔法で発動させた水は飲めると思ってたんだけど、どうやら違いらしい。いや、実際には無味無臭だし飲めるんだけども体に悪いんだってさ。
原理としては魔法で精製してるだけあって作り出した水にも微量ながら魔力が含まれているらしい。数回飲むだけなら問題は無いらしいが含まれている魔力は人体に溜まってしまうのだとか。それにより人間が地中を走るマナに触れた際に起こる過剰魔力反応とはまた別な「魔力中毒」に陥ってしまうことがあるらしい。
これは魔法で水を作り出した本人が飲んでも起こる。
そんなこと知らないここに来たばっかの時は便利だったから普通に水魔法飲んでたけど、流石に知ってからは控えるようにしている。
だから緊急用の飲み水にはなれど、定期的な摂取は控えた方がいいとの事。魔力なんとか症がどんな病気なのかはよく知らないがハティが病気にかかって元気じゃなくなるのは俺も嫌だしな。
そんな思いで俺は断ったのだが、ハティは不機嫌そうに頭を横にブンブンと振った。
「んー!」
ハティは口を開けながらこちらを威嚇してくる。仕方ないなぁ、まあ多少なら大丈夫だって話しだし一回くらいならいいか……
「わ、わかったよ。はいあーん」
「んー♪」
そう言うとハティは嬉しそうな声を出しながら期待に体を揺らしている。
何が嬉しいのかよくわからん。俺が精製した液体を飲むだけだろう? 表現がちょっとエロいけど。
少し照れくさそうに俺はハティの口元へと手のひらを持っていき、
「潤いを」
と一番簡単な水魔法を唱えた。
すると俺の手のひらに体内の魔力が集約していくような感覚を覚えたすぐ後、何も無かった手のひらから水が湧き出してきた。
ウォルトは本来水球を発生させるような魔法だが、適当に力を抜いて発動させてやれば水は球にならない。
その水を俺はハティの口へと注いでやった。
「うん! 治った!」
「マジでか」
なんか仮病だった気がしないでも無いがまあいい。
さっさとロロを起こすとしますか。今日はギルドを案内してくれるって話だったし、そのためにはロロに起きてもらわないと始まらない。
「じゃあロロも起こしてくるから着替えなよ。今日はギルドを案内してくれるらしいから」
「うん、わかった。」
そして俺はハティの部屋を後にし、ロロを起こすべくダイニングへと向かった。
______
冒険者地区 中心街
身支度を済ませた俺たち三人はギルドへの道を歩いていた。この地区は武装が許可されており、俺はゴート爺さんのグラディウスを背中に背負いながら歩いている。
「てかロロ。ちゃんと服着ろよ」
ロロの現在の服装はちょっとサイズが合っていない村人Aみたいな服装なのだが、上半身が裸の状態。上着を脱いで腰に巻き付けておりバンダナを首までずらしてスカーフのように首元に付けている。
「んー? 俺上着着るの窮屈で苦手なんだよな」
「その割に実戦の時は防具とか付けてたよな」
「当たり前だ。裸で戦う訳ねーだろ」
手をひらひらと動かしながら楽しげにロロは俺にそう返した。
「ハティは体調大丈夫か? 気分悪くなったら言うんだぞ」
「ありがとヨル。大丈夫」
ハティは自分で買ったらしい新しい衣服を纏っており、いつもと少し雰囲気が違う。今まではハティ自身と同じようなモコモコ、フワフワしたエプロンドレス等の衣服を纏っていたのだが今回はちょっと違う。
一番違うのはやはりズボンを履いている所だろう。多少古くてサイズも合っていないが動きやすそうな印象を受ける。上着もこの国に馴染めるような落ち着いた感じの暗めの物だ。
そういう俺は……いつもと変わらないエルから貰った服。一着くらい買ってもいいかな。
「着いたぞ夜。ここがギルドだ」
俺は自分の衣服から視線を正面へと移すと、そこには大きな木製の建物があった。その建物には頻繁に武装した人や何かを担いだ人が出入りをしている
正直建物の年季とか俺には読めないのだが、新しくは無い建物の様だ。材木が主な建材として使われており、接合部分は鉄製の部品で接合されている。錆びている部分もあるが比較的新しい部分もあり、古い建物が補修されて使われているといった印象を受けた。
それに何より、この建物周辺の賑わいが目に入らざるを得ない。武器を売っている店、防具、雑貨を取り扱っている店。様々な店が近くに立ち並び、このギルドを利用する『客』をターゲットとした営業をしている。
それに群がる様に商業地区や居住区のようなところに居る人とはまた違った、荒事に向いていそうな人々が存在しており、言ってしまえば闇市のような雰囲気を醸し出していた。
「かなり賑わってんのな」
俺の独り言とも取れる呟きに、ロロは何故か自慢げに応じた。
「ゴルウズはレイル・ロードによる従者の被害もあって他の国より怪物の討伐案件が多いからな。必然的に仕事が増えてそれを受ける方も増えるって事だ」
「はぁー」
「当然討伐じゃない依頼だってあるしな。取り敢えず中に入ろうぜ使い方を説明しよう」
俺たちは先を行くロロの後ろに付いていく。
そしてギルドの中へと入って行った。
ギルドの中は思っていたより小綺麗だった。
俺の中でギルドというのは荒くれ物が集まって酒を飲んでいて喧騒が絶えないという感じだったのだが、そもそも飲み食いするスペースは室内には存在しなかった。
言うなれば事務所と表現した方がお似合いだろう。
入ると目に付くのは横一列に並んだ受付のテーブル。恐らくはここで受けた依頼の報酬を貰ったりといった手続きをするのだろう。
そして待合スペース。
といっても置いてあるのは椅子だけであり、テーブルが無いもんだから必然的に飲み食いで騒ぐことは難しい。
後は……奥の方に包帯をした人が入っていく部屋があるみたいだ。医療スペース、だろうか。
辺りを見回しているとロロがとても簡潔に施設の説明をしてくれた。とても簡潔に。
「正面が色々事務的な処理をするところ。左右に置いてある掲示板があるだろ? あそこで受けたい依頼を見繕って持ってくんだ。で、待たなきゃいけない時用に椅子が置いてある。後奥には医療室があるから怪我したときには使うと良い」
そしてロロはそう言いながら正面の受付へと歩いていく。
「おやロロ君。珍しいですね、お友達ですか?」
受付の若い男が書類を処理していたのだが、近づいてきたロロに気づくと面識があるようで気さくに話しかけていた。
「そーだよ。こいつら初めてだから説明してくれない?」
受付の男は「ああ、なるほど」と少し嬉しそうな笑みを浮かべた後に俺たちの方へと視線を移して言った。
「では手短にですが説明させていただきます。この度は『ドルク運営ギルド』ゴルウズ支部へお越し頂き誠にありがとうございます。我々は世界が持て余している戦力を効率的に回す組織として設立され、世界的に広がった組織の一つです。古くから賞金稼ぎ、冒険者といった『戦う者たち』への仕事の斡旋を行っており、現在では魔物討伐や治安維持といった依頼を多く取り扱っています」
男は少し形式めいた言葉を連ねた後、あんまりよくわからないといった顔をしているハティにニコリと微笑みながら、
「つまり、お客様である皆様がその力を使ってお金を稼げるようにするお手伝いをさせて頂いているのです」
「長い。もっと手短に」
ロロが少し不機嫌そうに言う。
「了解。えーとじゃあ、利用方法を説明しましょう。左右にある掲示板。あれに沢山の依頼が貼られています。その中から依頼を見つけこちらの窓口へと持って来て頂きます。依頼を完了させたらまた窓口へと来て頂いて、確認が取れたら報酬を支払います。これでいいですかロロ君?」
「短くて素晴らしい」
何故かロロの方が偉そうな態度を取っているのだが、そこは突っ込まない様にしよう。大体いつも誰に対してもこんな感じだけどな。
「皆さんはロロ君と一緒に行動する感じですか?」
「そう」
「であれば詳しい説明はロロ君が出来るでしょうが、一応禁則事項について説明させて頂きます。こちらギルドでは犯罪を助長する依頼の請け負い、及び提供を行っておりません。ですので法や倫理観を侵しそうになる依頼に出会った時はすぐに活動を中断して頂くようお願いいたします」
男は少し顔を引き締めながら禁則事項とやらについて軽く触れていく。
「依頼についてですが、ギルドを利用しているお客様同士の衝突を防ぐために基本的には一つの依頼に一グループまでの参加となっております。またあくまで我々は依頼を仲介する立場であるため、皆様の安全については保証しかねます。どうかご自身に見合った依頼を受けるよう心掛けください」
「ふーん。え、じゃあ俺がメチャクチャ強かったら今からでも最強の魔物退治の依頼とか受けられるんだ」
「そうなりますね」
あー。
思ったより踏み入ってこないっていうか、その辺は緩いのか。
あくまで依頼を束ねてるってだけでランクとかは無いのかな。自分に見合った依頼を受けろっていうくらいだからな。無謀なバカは死んで下さいって事かよ。
「ただし本当に強さが必要で人を選ぶような依頼につきましてはギルドでの実績が必要になります。そう言った依頼は『特務』と総称され、状況によっては達成できそうな人材に割り当てるようになっています。皆様もぜひ特務に挑戦できるよう腕を磨いてください」
「なるほど」
「ロロ君がいますので多少の事は大丈夫でしょうが、待合スペースにギルドの利用方法、禁則事項などが詳しく明記された冊子が置かれておりますので暇がある時はお読みになって下さい。『そんな規則知らなかった』は自己責任になりますので」
受付の男は待合スペースを丁寧に指差しながらそう言う。
特務か。何か知らないけど特務って聞くとワクワクしてくるよな。俺だけ? そんなそわそわしている態度がロロにも見受けられる辺りロロとは気が合いそうだ。
「よし夜! もう説明はこの辺でいいだろ! 初仕事行こうぜ!」
「早いよ。せめてあの冊子を呼んでからだな……」
「大丈夫だって! 俺がいるんだからな!」
ロロはまるで人と一緒に活動できるのが心底楽しそうにそう言いながら俺の腕を引っ張った。
そのまま横の依頼が貼られている掲示板の前へと引っ張られる。
「さあ、まずは受ける依頼を選ぼう!」
掲示板には多くの依頼が貼り出されている。
その掲示板には大きく分けて三つのエリアが存在した。
一つはまるで国や軍といった正式なところからの依頼が貼られているエリア。
字が書かれている媒体は紙であり、どの依頼書も右下辺りに刻印というのか、そんな感じの印が記されている。要はお高く留まっている奴の書く手紙のような感じだ。
二つ目は様々な形の依頼書が貼られているエリア。
媒体は羊皮紙のような滑らかな触感の物が多い。このエリアが一番依頼書の数が多いみたいだ。
三つ目は千切られた羊皮紙や掲示板に直接殴り書きされているエリア。
依頼書に書かれている文字も正直読めないような下手な字も多く、字から依頼人の風貌が分かってしまうような物だった。
これらすべてがギルドに届いている依頼であるとするならば、確かに仕事には困りそうにない。
「今回は夜が選んでいいぜ。好きなやつを選んでくれ!」
そう言うロロは相変わらず楽しそうだ。
「つってもな、どれがいい依頼とかよくわかんねぇしな……」
それにいきなり討伐系の依頼を受けるってのもな。しかもハティが二日酔いだし。
「じゃあ王都内でできる依頼でも……」
そう呟き俺は戦いが必要な依頼ではなく、探し物とか仕事の人手が欲しい系の依頼を探す。鉄板なところだとペット探しとか、荷物運びとかだけど。
「あ。これはやってみたい」
「どれだ?」
そうして俺はある依頼書を指差す。
仕事の内容は『時刻塔の掃除』。魔法的な整備や技術的な整備でなく、塔を清潔に保つための掃除が依頼になっていた。場所は工業地区に存在する時刻塔。工場から吹き出る煙で汚れることが多いため、定期的に清掃依頼を出しているとのことが書いてあった。
人材の指定は高い所でも大丈夫な人。年齢問わず。報酬は仕事量に応じて変動。
「お、時刻塔関連か。この依頼は面白いんだぜ? 時刻塔の中に入れるからな」
「マジで? 俺も入ってみたい!」
「じゃあ夜が見つけたこれにするか」
「ハティ。これやりたいんだけどどうかな?」
俺は時刻塔に登れるという期待に胸を膨らませながら後ろを振り返り、ハティに同意を求めた。
「時刻塔の、掃除?」
「ああ。登ってみたくないか?」
するとハティは目を輝かせて腕をブンブンと振りながら、
「登ってみたい!」
と元気よく返事をした。
思えばハティはここに来た時も時刻塔に目を奪われていたし、遠くからでも見えるからあまり近づくことは無かった。いつか行って見たかった。そんな反応をハティは示す。
という事で始めては時刻塔の依頼に決定し、依頼を掲示板から剥がして再び受付の男を訪れた。
「決まりましたか?」
「おう。これ頼む」
ロロは依頼書を男に手渡す。
すると男は「ああ」と声を漏らした後に、
「では皆さんのお名前を教えて下さい。別に偽名でも構いませんが、偽名にしたところで大してメリットはありませんからぜひ本名を」
「名前か」
「ああ夜。ここ使うのに名前だけは必要なんだ」
俺のヨルって名前も偽名みたいなもんなんだがな。
「ヨルといいます」
「ハティです!」
「ヨル君とハティちゃんですね。はいわかりました気をつけて行ってらっしゃい」
男は依頼書に手元にあったハンコをポンと押した後、相変わらずの鉄仮面スマイルを見せつけて、
「あと……ロロ君をお願いしますね」
「え? は、はぁ」
受付の男は親が子供を思いやる様な、そんな表情を浮かべていた。
______
工業地区 時刻塔前
ふと辺りを見回すと、辺りは多くの工場に囲まれていた。
薄汚れた作業服のような衣服を身に纏った人々が荷物などを持ち歩いている。商店街とはまた違った活気があり、工場の天井から噴き出る黒煙がこの国の鉄産業を成り立たせているように感じる。
お。作業服姿の女性を発見。
なるほど。別に工場で働くのが男だけとは限らないもんな。
「何見てるのヨル?」
「あの女の人……っうわぁハティ!?」
突然ハティに話しかけられビックリした。
やべぇつい流れで何見てたか言っちゃったよ。いや別にやましいことは無いんですよ? あの女の人胸の辺りがオープンな格好してますけどそんなところ見てたつもりは無いんですよ?
しかしハティはそう思わなかったようでしきりに俺の右足を後ろから蹴り付けてきている。痛い。
「何してんだ? 早く来いよ」
俺たちの正面を少し先に行った分かれ道の手前でロロは立ち尽くしており、俺とハティはロロに近づいていく。
すると分かれ道の先に時刻塔が見えてきた。
近づいてみるとわかるが時刻塔はかなりデカイ。
材質はレンガや鉄骨なら成っており、古臭いというよりはちょっとお洒落さを感じるほどのデザインだ。時刻塔の遥か上を見上げるとそこには現在の時刻を示す針が存在し、今も多くの人々に時刻を伝えている。
「もしかして君たちは依頼を見て手伝いに来てくれた人かな?」
そんな時刻塔を見上げていると、ふと正面から女性の声が響いた。
俺が正面を振り向くと、そこには動きやすそうな作業着を着た男女が立っていたため、俺は咄嗟に質問に答える。
「そうです。依頼した人ですか?時刻塔の掃除依頼を見てきたんですけど……子供でも大丈夫です?」
俺の言葉と同時にロロが持っていた依頼書を広げて見せる。
「もちろんさ! むしろ子供の方が身軽だし狭いところも入っていけるから歓迎だよ!」
男はそう言った後に「じゃあ取りあえず時刻塔の中に入ろうか」と言い俺たちはその後に続いた。
時刻塔に近づくと煉瓦の塔の壁面に頑丈そうな鉄製の扉を発見した。その扉にはこれまた頑丈そうな錠前が付いていたのだが作業服姿の男が鍵を取り出して普通に開錠している辺り管理を任されている人なのだろう。
「わぁー凄いよヨル! 歯車が沢山!」
「おぉーホントだ!」
時刻塔の内部は吹き抜けのように空洞となっており、その空洞の部分に支柱や台座、ワイヤーらしきもので固定されている大量の歯車が確認できた。
登るための螺旋階段が壁に取り付けられており、階段の所々にある踊り場の部分から歯車を調節、整備できるように手すり付きの足場が伸びている。それが上まで永遠と続いている。無数の動いていたりそうでなかったりする歯車で目がおかしくなりそうな光景だった。
「ここの時刻塔は近場に工場があるから汚れやすくてね。ゴミが詰まってしまう前に定期的に掃除をしてるのよ」
壁に取り付けられた螺旋階段を上がりながら女性のほうが説明口調でそう言う。
確かにこれだけデカイと整備には人手が必要そうだ。
「他にも掃除する人は誰かいないんですか?」
「いるよ。私たちは時刻塔内部の掃除で他の人たちは外側を掃除することになってるの。彼らが終われば手伝いに来てくれるはずよ」
俺が質問すると階段の壁側を指差して女性は答える。
指差している方角は俺たちが来た方向と逆。その人たちが見えなかったのはそういうことか。
しばらく階段を登ったあたりで清掃道具でも入っているのだろうカバンを背負っていた男性が踊り場の部分で止まり、
「じゃあこの上を掃除した後に下に向かって歯車を整備していこうか」
と言った。
よく見ると踊り場だと思っていた部分は屋上、つまりあのデカイ時計の針部分がある場所へ繋がるであろう扉の存在する場所だ。
そして男は鍵を使って扉を開ける。
そこは大きめの部屋だった。扉を開けると置いてあるものは何もなく、塔の最上部にポツンと存在する空間。しかしそこは下の歯車たちのエネルギー全てが集約する空間でもあり、歯車から時刻塔の時刻を示す針部分へと歯車が連なっていた。
「おお夜。ここから外が見えるぞ!」
ロロの声に俺は振り向くと壁の煉瓦に穴が開いてある部分からロロが外をのぞき込んでいる。
穴、というよりは外に時刻を表示する部分と壁の間の隙間といった方が正しいか。
折角なので俺とハティもその隙間から下界をのぞき込む。
「やっぱ時刻塔ってデカいんだなぁ」
俺は改めて感心した。
時刻塔が大きく、これに匹敵する建造物がほとんど無いということもそうだが、ゴルウズの広さもかなり凄い。
先が霞んで見えなくなっているのだからカルトが言っていた『大きい王都』なのは言うまでもない。
ハティも目を輝かせていた。
「じゃあここを掃除するからこれを使ってね」
俺たちが時刻塔の隙間から絶景を眺めていると、後ろで女性の声が聞こえた。
そういえば俺たち掃除しに来たんだった。絶景見ててすっかり忘れていた。
「仕方ねぇ。お掃除しますか?」
俺がそう言うとハティとロロの視線がこちらを向く。
するとロロが片手を軽く上げて、
「よーしじゃあとっとと終わらせますか!」
「その手は何だよその手は」
「気合い入れるためのハイタッチだよ!」
そう言うとロロは俺とハティの片手を握り上へと引っ張り上げる。そして笑顔を見せながら、
「はいせーの!」
「はいはい」
「ふふ。ロロは元気だね」
俺たちは片手を前に振り、三つの手のひらが合わさり乾いた音が鳴った。




