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治る身体の異世界ライダー  作者: ツナサキ
二章 死の蔓延する国
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二章16 楽しい夜を友と共に

 「痛ぇー。頭にたんこぶ出来てるよこれ」


 俺とハティとロロの三人は長い間お世話になったベルウィング邸を後にし、行き交う人々や留まる人々で賑わっている噴水が真ん中にある広場へと来ていた。

 この広場はいわば王都内の歩道を繋ぐ連結点となっており、ここに来ることのできる道は九個ほどある。その道たちが広場をぐるりと囲み、どこぞの駅だと思わせるくらいに人通りが多い。広場自体もちょっとした運動場くらいのスペースがあるため人々の憩いの場となっている。


 場所としては商業区にあるのだが、居住区にも近いため子供連れやそれなりに身なりのいい人、忙しそうに道を歩く商人や兵士も見受けられる。雰囲気としては煌びやか、というよりは雑多な活気に満ち溢れているといったところだろう。


 ベルウィング邸があるような高級居住区にはこれ程に大きい広場というのは流石に無い。その分家々にそれなりの庭が付いているケースが多いのだが、まあつまりここは『みんなの庭』みたいな感覚なのだろう。


 もちろんここに来る前にお世話になったエルとカルトに感謝の意を込めて別れの挨拶をしてきたのだが、エルは涙目だった。普通は情が移ったとかになるんだろうかあの人の場合は違うな。


 もっとスキンシップという名のセクハラをしておけば良かった。


 そんな事を思っていそうな表情をしていたけど。

 でもまあお世話になったのは事実だ。ロロとの仕事で金が入ったら菓子折りでも持って遊びに行ってみるか。エルの嬉しがる顔が目に見えるな。


 そう思いを馳せていると隣のロロが頭を抑えながら口を開いた。


 「夜はいいよなぁー。水浸ければ傷治るんだろ?」


 「まあな。どこまで治るかはわからないが腹に風穴空いても治ったことがある」


 「マジかよ! 気持ち悪いな!」


 「おま」


 人を化け物扱いするんじゃありません。

 と言いたいのは山々だがまあ十分に化け物じみてると言われたらそれまでだ。この世界の魔法はあんまり傷を治せないみたいだし、魔法薬とやらも精々リジェネが限界だろう?


 なら傷が治る身体は化け物言われても仕方ないのかもしれないが。


 「それで夜。チーム組んで仕事するって話だったが、それは明日からにしようぜ!」


 「明日? 今からは無理なのか?」


 「折角組むんだ。今日はチーム結成の宴を開こう!」


 ロロは噴水の縁から立ち上がり、両出を広げながら楽しそうに言った。


 「モンキーウルフを多く討伐したから報酬もそれなりに入ってる。それを使って美味いもん食って、明日に備えるって寸法だ!」


 そう言いながらロロは懐から金属、恐らく金が入っている袋を取り出し俺に見せてくる。

 確かに数体倒しただけじゃなかったからその分も上乗せされているんだろう。


 「あ、そういやあの馬に着ける鞍も無いんだったな。まあ宴分を差し引いても鞍の一つや二つ買えるくらいはあるんじゃねぇかな。無くてもこれから稼げばいいしな!」


 「まあそうだな。で、俺凄い宴に関して凄い気になってるんだがどっかに食いに行くのか? 美味い店知ってるのか?」


 やっぱり食べる事は現在の楽しみの一つでもあるし、それも奢ってくれるって言うならテンションも上がってくる。

 すると俺の問いに対してロロは間髪入れずに答えた。


 「ハティの手料理が食べたい」


 「ビミョーにセクハラじゃね?」


 「どこがだよ! いやな、カルトの屋敷で警護してる時にハティの作ったっていう料理を食べたんだが、それが凄い美味くってな。また食いたいと思ってな」


 しみじみとそう言うロロの方に俺は手を置きながら、


 「わかる」


 「わかるか!」


 「めっちゃわかる」


 確かにハティは十歳だし身長も小さい。

 従ってハティがフラフラと鍋を持ったリ高い所に手が届かなくて「むー」とか言ってるのを見ると微笑ましくなるくらい台所と不釣り合いなのだが、それでもハティの作る食べ物は美味い。


 しかも最近では魔法訓練の成果により火加減が神がかってきている事が食卓に並ぶ食べ物から伺える。炎魔法は火をつけるだけでなく、燃えている物から熱を奪って消火することも出来るのだが、それが要因の一つであることは疑いようがない。


 長くなるのでこの辺で割愛するが、要するに飲食店に出しても文句言えないくらい美味いのである……こりゃ嫁の貰い手が多そうだな。ゴート爺さん安心してくれ。ハティはとても将来有望な女性になりそうです。僕が貰ってもいいですよね?


 そんな事を考えながらハティの方を振り向くと褒められて満面の笑みのハティが映った。


 「えへへ。じゃあ私がその宴? の食べ物作ってあげよっか?」


 「「お願いします」」


 俺とロロの声が被った。以心伝心だね!


 「そうと決まれば話は早い! ロロ! 王都で美味い食材を買いに行くぞ!」


 ハティも乗り気になっているため、美味な素材を用意すればそれだけハティの生み出す料理が美味くなるはずと考え俺はロロにそう進言したのだが、肝心のロロは頭を抱えて何故か悩んでいる。

 それもそのはず、


 「ゴルウズで美味い物……美味い物……やばい、思いつかないくらい何もない……」


 「おうふ」


 「まあそれなりに食材の種類もあるし不味くは無いが……これだっていう物は見つからない……」


 「……じゃあ、それに倣って広く浅く食材を買い付けるか?」


 「それがいい」


 うむ。ゴルウズはあまり食文化が進んでいる国では無いようだ。食べる物自体には困っていない様だったが、名物とかはないのか。


 「ん? どうしたハティ?」


 いざ今夜の晩餐のための食材を買い付けるために歩き出そうとすると、後ろからハティに服を引っ張られ俺は後ろを向く。するとハティは、


 「ねえヨルは何が食べたい? 私張り切って作っちゃうんだから!」


 嬉しそうに、それでいて少しだけ頼りがいがある様に胸を張りながらそう言った。


 「やっぱ魚だろ! ロロは何が食べたいんだ?」


 「安心しろ。俺は雑食だ。美味ければ何でも好きだ!」


 「ほぉ。好き嫌いの無い事は良い事だ」


 「何で上から目線!?」


 俺たち三人はそんな会話を弾ませながら噴水広場から食料を売っている商店街への道へと消えて行った。




______




 その日の夜、ヨル、ハティの廃屋


 あの後モンキーウルフ討伐で得た報酬を使い食料を買い漁った。言っても子供三人が飲み食いする量だからそこまで多く買ったわけでもないんだが。

 肉、野菜、パン、魚。あ、魚は結構値段が張った。


 それらを使い今はハティが台所で料理を始めている。これまでの生活で鍋やら包丁やらの設備はすでに整っており、見る限りではハティが調理するのに困っている様子は見受けられない。

 そんな事を思いながら俺は椅子に座り大きく鼻で息を吸い込む。するととてもお腹が空くような素晴らしい匂いが俺の鼻を刺激した。


 大きな鍋からは肉と野菜を優しく煮込んでいる様な素材本来の甘い匂いが漂って来ており、脂が弾けるフライパンからは原始的な肉の香ばしさが感じられる。

 テーブルの上に置かれた色とりどりのフルーツや珍妙な形をしたパンは室内に置かれた『光石』の光を受け淡い色合いで食欲を促進させる。けれどつまみ食いをするとハティは怒るため腹を鳴らしながらも俺はただ料理完成を待っていた。


 ちなみに光石とはそのまんま光を放つ石の事だ。他の国では知らんがゴルウズでは一般的な照明道具の一つだ。何でも加工すると光を放つ不思議な石らしいのだが。現在使っているのはロウソクに似た光の放つ光石だ。他にも妖しい色合いや爽やかな色合いの光を放つ石があるらしいのだが、使う分には普通ので十分だな。


 「うぃーっす。すまねぇちょっと遅れたー」


 突然玄関の扉が開き、そんな緩い声を出しながら家の中へと入ってきたのは外の闇とほぼ同化したロロだった。

 なんでも、「持ってきたいものがあるから先行っててくれ。あ、お前らの家の場所は教えてくれよ?」との事でロロとは一回街中で別れていた。


 「ああ大丈夫だまだできてないみたいだし。ほら入れよ」


 「お邪魔しまーす」


 そう言いながらニヤニヤして室内へと入ってくるロロの手には何やら怪しげな瓶が二つほど見受けられた。中には何か液体が入っている様で波打っているのが見受けられるが。


 「その手に持ってるのは?」


 「ん? ああ、これね」


 ロロは通された後に椅子に付き、その液体が入った瓶をテーブルにゴンと音を鳴らしながら置き、俺の方を振り向いて笑みを崩さずに言った。


 「酒」


 「……酒ェ!?」


 あまりにも予想外だったため声が裏返ってしまったが、咳を挟んで改めてまともな声で、


 「何でそんなの持ってきてんのさ!?」


 「盛り上がるかなと思って。やっぱ宴といったら酒じゃね!?」


 「まあ言いたいことは分からんでもないが……」


 だからってマジで持ってくるとは。てか持ってきたって事はつまり買えたってことだよな? 


 「ずいぶん適当な国だ。買ってきたのか?」


 「いやガルディアから貰った」


 「何してんだあの強面。ってかガル兄と知り合いだったのかロロ」


 ロロの交友関係が大分おかしいことになってきているのを察しつつも俺はロロが持ってきたと言う酒に手を伸ばす。

 うーむ、瓶の色が暗い色をしているから中身の色が把握できないが少なくともワインとかではなさそうだ。


 「これ、何酒?」


 「知らん」


 「知らんてどういう事だお前! 普通中に何が入ってるかぐらい聞いてくるだろ普通!」


 軽くロロを叱りつけるが肝心のロロは楽しそうに笑っているだけで反省している様子は微塵も感じられない。


 「まあ怒るなって。中に毒が入ってるわけでもないだろうしな」


 「そういう問題か? 全く」


 結局瓶の口に付けられていた栓を抜いて匂いを確認したがよくわからない代物だった。といっても酒の事とか俺詳しくないし匂いを嗅いだところで何もわからないのだが。


 そんなやり取りをしているとロロの背後から両手に美味そうな料理を持ったハティが顔を覗かせた。


 「できたよー。沢山できた!」


 「お、じゃあみんなでテーブルに料理を並べよう!」


 辛抱溜まらんといった感じに俺がそう言い、俺たちはハティが作ってくれた料理を付いていたテーブルへと運んだ。


 テーブルの中央には大きめの肉が取りやすいようにバラされて並んでおり、所々に焦げ目がついているのがまた美味そうだ。パンとフルーツ盛り合わせはその隣に置かれており食べる分だけ取って下さいといわんばかりの配置。盛りつけられたスープは黄金色に輝いており、立ち昇る湯気からは良い香りが感じられる。


 食材たちのそれぞれが個性を爆発させている様に煌くその様はまさに圧巻。ベルウィング邸での飯もここまで豪華ではなかった。それをこの廃屋で振る舞っているのだからハティも調理に熱を入れていることが伺える。


 「どーお? すごいでしょー。二人とも褒めてくれてもいいんだよー」


 テーブルに並んだ料理の数々にあっけに取られている俺とロロに向けて、ハティは可愛らしく胸を張りながらそう言った。


 「夜。ハティってもしかして料理の天才なんじゃないのか」


 「元々一人で暮らしてたって話だし、経験値は溜まっていたんだろうな。その溜まっていた分が一気に換算されたというか」


 「よくわからんのだが」


 「ハティ、料理の天才、同意」


 「だよなー」


 俺は片言で話しながら最後に焼き魚の乗った皿を運んできており、俺たちが盛られた料理群に感心しているのを知っていたのだろうか、とても満足そうな笑みを浮かべている。


 「さあさあヨル、ロロ。料理は食べるためにあるんだよ? ほら席について」


 「おうよ! えーそれでは実戦訓練お疲れさまと共に仕事をこなすチーム結成を祝って!」


 そそくさと用意された椅子を軋ませながら軽く興奮状態にあるロロが実に楽しげに口を開いてそう言う。


 「「「いただきます!」」」


 俺たちは元気よく手を合わせながら挨拶をし、目の前の豪華すぎる料理へと手を伸ばした。


俺たち三人がテーブルに付き、それぞれが自分の食べたいものを手元に運び一喜一憂しながらはや半刻過ぎ。腹もふくれて満足感が室内の空気に充満してきた頃だった。


 「いやー食った食った。けどまだ少し残ってんな」


 あらゆる料理が詰め込まれた腹を擦りながら俺は目の前のテーブルへと視線を落とす。言った通り料理が盛られていた大半の皿から料理が消失しており、まだ残っている皿もちらほらと見受けられる。


 隣に視線を移すとロロもまた満足げに笑みを浮かべながら腹を擦っている。

 反対側を見るとハティが視界に入るのだが、口元にソースらしきものがくっついているのを確認したため指で拭いた方が良いぞとジェスチャーを送る。


 「ま、明日の朝でも食えば問題は無いだろ。それじゃこれ、飲んでみますかぁ!?」


 ロロはそう口にしながらテーブルの隅に置かれていた持参の酒瓶を手に取った。


 「マジかぁ……その、死んだりしないだろうな?」


 「いやいくらなんでも死なねぇだろ!?」


 「体内の魔力にアルコール成分が反応してうんたらかんたらで味覚が破壊されるとか……」


 「俺はただの酒を持ってきただけなんだが? その味覚破壊兵器はどこから来たんだ?」


 「うーん飲みたくない」


 といいながら渋々と俺は木製のコップをロロへと近づける。

 正直酒とか苦いだけだし、別に今まで生きてきて飲みたいとか思うことも無かったけど興味はある。ただの酒なら興味も湧かないんだろうが。


 何せ別世界の酒だしな。


 「これお酒?」


 そんな中皿を片付けて戻ってきたハティが手を布巾で拭きながらテーブルへと戻ってきた。何気ない仕草であるがそんな生活感のある仕草が可愛らしくも見える。


 「ああそうだぜ。折角だから飲んでみるかハティ?」


 「飲んでみる!」


 ハティはロロの誘いを断ることなく笑みを浮かべて快諾する。マジかハティ。流石に勇気ありすぎじゃねぇか?


 「だ、大丈夫かハティ。多分苦いぞ?」


 「フフーン。苦くたって大丈夫だもんねー。もしかしてヨルは苦いのダメなのかなぁ?」


 「む。そんな事無い」


 珍しく煽るような口調でハティがそう言ったため、つい反射的に反論してしまった。

 何故か少し自慢げに「自分の方が大人なんだから」そんな風な雰囲気をハティは醸し出している。


 「カルトさんのお屋敷で倉庫にあったから味見したことあるもんね!」


 「何? ハティに負けていられん! おら注げロロ!」


 「ハハハ! 張り合う意味がわからん。やっぱお前ら面白いな、ほらよ」


 俺とハティは手荒くロロの前にコップを置き、そのまま早く注げとコップで机を叩いて催促する。それを見てロロは半笑いでそれぞれのコップに瓶の中身を注いだ。


 「普通だ」


 木製のコップに瓶から注がれた液体はコップの色も混じっているのか小麦色のような色をしている。泡が立っている所を見るとビールのようにも見えなく無いが、


 「見た目はビールみたいだけど……」


 「そう見せかけたワインかも知れん」


 「やめろロロ。ややこしくなるから」


 「まー酒ってことには変わりはねぇさ。それじゃ俺も頂きます!」


 実に軽いノリでロロは自身のコップに酒を注ぎ、何の躊躇いも無くその液体を飲み干した。どんな感じなのか気になったため俺は一旦コップを置いてロロの反応をうかがっていたのだが、中々に面白い反応をしてくれる。

 七変化とでも言えばいいのだろうか。


 ごくりと飲み干しドヤ顔、味を確認してしかめっ面、思いのほかきつかったらしく天井を向く、コップを口元に当てて戻そうと……


 「待て待て待て待て! 何してんだお前!」


 「ニガイ……」


 「お前が飲みたいって持ってきたんだろうが!?」


 苦しそうに嗚咽を漏らしながら席から立ち上がり辺りをクルクルと回るロロに向かって言葉をぶつける。しかし当のロロは聞いてる余裕が無いといったように青ざめた表情をしていた。


 「何か、飲んだら喉が焼けるみたいだ……口の中がビリビリする……ウゲッ」


 そのままロロは地面に倒れ伏しグロッキー状態になり戦闘不能となった。

 その反応を見るにロロは酒に弱い体質であることは明白のようにも思えたが、友人や仲間と酒を飲み交わすみたいな願望があったらしいのはご愁傷さまだね。


 「まあ、子供が酒飲んだ時の反応にしちゃ上出来か」


 一回元の世界で俺も子供の時にぶどうジュースと間違ってワインを一気飲みしてしまった時があったが、その時は俺は目を回して倒れたらしい。記憶もぼやけているためあまり思い出せないけども。


 そんな地面で倒れて呻いているロロから視線を外し、コップを持ったままクスクスと笑いを浮かべているハティへと俺は視線を移す。


 「ハティ、一気に飲むなよ。ああなるからな」


 「あれは流石に大げさに見えるけど」


 「まあな」


 「ほらヨル。折角だから」


 「ああ……苦そう」


 そうして俺たちもコップの縁へと口をつけ、注がれた小麦色の液体を口内へと流し込んだ。


 口に含んだ瞬間、他の飲料とは違った独特な味が口の中に広がる。

 苦い。アルコールなのか詳しく知らんが特有の苦さが感じられ、それが鼻まで抜けてくるような刺激を感じる。酒の味の違いなんて俺にはよくわからないが、正直いつまで経っても飲めるようになるとは思えない。そんなこの世界の酒の味を確認し俺は顔をしかめた。


 「うぅ、やっぱ苦いぞロロ……」


 「まあ酒だし?」


 ロロは地面からすでに回復しており椅子に座りながら軽く言った。しかしそんなロロの顔も幾ばくがか歪んでおり、まだ酒の味が後を引いているようだった。


 「そうだけどよ……ハティはどうだ? おおかた苦くてコップに戻してるんじゃ」


 そう言いハティへと振り向いた瞬間、俺はちょっと気圧された。


 何故ならハティは顔を少し赤く染め、そしてその大きな目が完全に据わっていたから。

 いつの間に注いだのかふと目に入った酒瓶から中の液体が半分程消失しており、その酒瓶がハティの目の前に置かれてあった。

 そして目の座ったハティはこちらを見つめながら不気味な笑みを浮かべている。いつも柔和な雰囲気を持っているハティであるが現在は更にフワフワしている。しかし俺はそんな意識がどこかへ飛びかけているハティに向けて、


 「ハ、ハティ? 大丈夫か? あんまり飲まない方が良いぞ、成長にも悪そうだし……」


 「ん~何かね~ポワポワしれきた~」


 そう言った後、即座に俺は後ろを振り向き自身の喉を抑えているロロへと向き直る。


 「おいロロヤベェよハティが酔っぱらって来たぞ」


 「ああ。チビチビコップに注いで楽しそうに飲んでたぞ。お前の後ろで」


 「何で言わねぇんだよそれを! 大体子供が酒飲んだらダメだろうが止めろよ!」


 「いやぁ上機嫌そうだったからいいかなと」


 軽く頭をかきながらロロもまた少しアルコールが入ったように頬を赤く染めていた。


 「お前結構軽い性格してんな。大雑把? 大雑把なのかお前は?」


 「褒めんなよ照れる」


 「褒めてねぇんだよこの馬鹿。いいかロロ、ハティは素面の時でさえ感情が高ぶってくると暴走しちまうような性格なんだよ。そんなハティが酔ったらどうなるかわかったもんじゃねぇの!」


 俺はヘラヘラしているロロの襟を掴んで前後に揺すりながら言う。


 「揺らすな揺らすな。大丈夫だよ、子供なら精々フラフラしてきて眠っちまうのか関の山――」


 「どうした?」


 ロロは半笑いでそう言っていたがふと言葉を止める。それと同時に俺の前方に映し出される影が少し濃くなったような気がした。

 影が濃くなったという事は後ろに何かが近づいてきたか、照らす光が大きくなったという事。


 いやな予感がして俺は咄嗟に首だけで後ろを振り向くと、そこには僅かな風に揺れる『炎の槍』を自身の傍に浮かせたハティが酒気を帯びた表情でフラフラと立っていた。


 攻撃用の魔法を発動させている。俺とロロはそれだけで警戒度を引き上げた。もしや玄関に俺たちを狙うような敵が来ているのでは。しかしそんな淡い考えはすぐさまハティの叫びに打ち砕かれ、


 「ヨルとイチャイチャしないでよー!!」


 まるでボールを投げる仕草のようにハティが右腕を荒々しく振り下ろした瞬間、炎の槍は俺とロロ目がけて周りの空気を切り裂きながら襲いかかってきた。

 死ぬ。控えめに言ってその位の威力が込められていたように感じる。


 「「ァァァアアあぁえだあっだわぁ!!」」


 突然の身内からの至近距離魔法攻撃。

 流石にこれに驚かない奴はこの場にはいなかった。俺とロロは意味不明な奇声を上げながら即座に玄関の方へと走り出した。


 「ぁぁあああああロロ!! 蹴破れ、蹴破れぇぇ!!」

 「任せろ!」


 俺は玄関の扉を指差しながら俺のすぐ前方をがむしゃらに走るロロへと指示をする。


 「セイヤァ!」


 ロロが俺お手製の扉をカンフーのように蹴り破った瞬間、廃屋内の玄関先で小規模の爆発が起こりその衝撃で俺たちは外へと弾き出された。

 蹴り開けられた扉は勢い良く開き、勢い余って跳ね返って扉がまた閉まる。しかしすぐさま廃屋内で俺たちまで吹き飛ばすような爆裂が起こったためあえなく木片と化して吹き飛んだ。


 その木片をどうにか避けるためにあえて左へと横っ飛びしており、俺とロロは廃屋の外壁にもたれかかりながら息を切らして冷や汗を額にかいていた。


 「はぁっ、かはぁ、あ、あぶねぇ……! 無事かロロ?」

 「一瞬、天国が見えた……」


 軽く死にかけた気がして放心していると、扉が破壊されているため辛うじて存在していた扉による防音機能も完全に失われており、中からハティの酔っぱらったような独り言が聞こえてきた。


 「ヨルはぁ、私が最初に見つけたんだからぁ、うぅ……ロロなんかに渡さないぃ」


 破壊された扉から見つからない様に廃屋の中を見ると奥の方にハティが立っているのが見える。流石に石造りというべきか。床の部分が少し黒ずんではいるが壊れている所は見当たらない。まあ酔っぱらっていたため本領を発揮できなかったのかもしれない。ハティが本気を出すと家一軒くらい簡単に魔法で吹き飛ばせるらしいからな。


 「ロロ……ロロ、ヨル? ロロ」


 もうすぐ睡魔に負けて倒れてしまいそうな雰囲気を醸し出しながらもハティは俺とロロの名前を連呼する。そして少し間を置いた後に嬉しそうな笑みを浮かべながらぶっ飛んだことを口にした。


 「ヨルが受けかなぁ」


 ファ!?


 俺とロロの名前連呼。

 ニヤケながらその言葉。


……え、受けってつまりそういう事ですか? ロロが攻めで俺が受け的な? ボーイズなんとか的な?


 いやいやいやいやいやいや。

 え……え!?


 ちょっと待て。頭の処理が追い付かない。そういう時は一つ一つ。

 えーと酔っぱらってるからそういう事で、えーと受けと攻めであれで……





 何でハティそんなこと知ってんの!?



 ハティがそんな趣味あったとか驚く前にそこが一番おかしいだろ!?


 知ってるというからには「そういう文化」に触れることがあったという事だろ。本。知識。あるいは……実物。

 流石に実物は無いだろうが、わからない、全く見当が……


 「あ」


 思考に映ってすぐさま脳裏に浮かんだのはベルウィング邸使用人、エルの顔だった。


 「犯人アイツだぁ!!」


 わずか10歳の子供に何という事を教えるのだろうか。

 いくら知識だけだとしてもそんな事を教えた罪は重いぞエル。ちなみに教えたのがエルという推測はもう疑う余地が無い。周囲の人間でそんな事を教える変態はあの人以外に居ないから。


 魔法の勉強中はほとんどエルとハティの二人で勉強をしていたからな。その時良からぬことまで吹き込まれたに違いない。


 「んふふふふふ」


 段々と意識が朦朧としてきたのか体をグラグラと揺すりながら可愛らしくハティは笑っている。いやー笑ってくれるのは大変良い事なのですが近寄ったら喰われそう。色んな意味で。いやマジで。


 「なあ夜。お前の家族だろ? 早く止めて来いよ」


 息を切らしながら壁にもたれかかっているロロが俺に向かってそう言った。


 「いや無理だろ。今出てったら喰われるだろ。性的に。てか別に家族では無いんだが」


 「え? そうなのか? ハティは自分の大切な弟だって夜のこと言ってたぞ」


 「あーハティがそう言ってるだけだ」


 「そか。でも、例え違くてもよぉ、そう言ってくれるんだ。家族みたいに大切にしてやれよ?」


 「あ、あぁ?」


 ロロは少し声の音量を下げてしみじみとそう言った。後ろから聞こえてくるロロの声が明らかに変化していたため後ろを振り向くと、ロロは少し悲しそうな顔をしていた。


 「もしかして、家族いないのか?」


 「……」


 俺がそう言うと、ロロはさらに悲しそうな表情を浮かべる。酒が多少入っているためだろうか、感情の制御がうまくできていないような、そんな感じだった。

 子供が酒飲んだらそりゃ乱心もするだろうが。


 「それより今はハティをどうやって止めるかだったな。どうする?」


 ロロは少しだけテンションを上げ、無理やり話題を切り替える。

 詮索してほしくない事は詮索しない。俺が一番気をつけている事だ。ロロだって聞かれたくないことくらいあるだろう。人間だからな。


 「それなら問題はなさそうだ。ほら」


 俺が室内に向けて指を差すとロロも俺の後ろから覗き込むようにして室内を覗く。

 軽く焦げた石床の先にはハティが睡魔に負けて倒れ込むようにして眠っており、その表情はエルまでとはいかないが嬉しそうに、楽しそうにニヤケていた。


 「ハティに酒はダメだな」


 呆れたように軽く息を吐きながらロロはそう言い、俺たちもまた軽く荒れた室内へと戻っていく。


 でも、俺はこの日を忘れることは無いだろう。


 そんな確信を心の中に秘めつつも、チーム結成の宴は幕を下ろした。

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