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治る身体の異世界ライダー  作者: ツナサキ
二章 死の蔓延する国
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二章15 魔導具

 俺たちは王都へと戻って来ていた。

 鋼鉄の国であるゴルウズの王都は相変わらず錆色の鉄の壁が王都を覆い、『敵』の侵入を防いでいる。ファンタジーの生物であれば破壊、跳躍、飛行、潜行と様々な破り方がありそうだが。


 それらを未然に防ぐためか壁の周りを軽鎧に身を包んだ兵士たちが目を光らせている。

 彼らもただ立ち尽くす程暇ではないようで、書類や指令書を持った兵士が胃を痛めているような表情で通ったかと思えば後に続く武器を持った兵士など、少なくとも平和とはいえないような少しキナ臭い雰囲気を外側からでも確認できた。


 「何かあったのか?」


 「おおかたどっかの村が『従者』に襲われたとか、壁のどこかが殴られたとかそんなだろ」


 俺の呟きとも取れる問いに答えたのはモンキーウルフの爪が詰められた袋を背負うロロだった。


 「いつもこんなか?」


 「こんなもんさ」


 担いだ袋を揺らしながら落ち着いた態度を崩すことなくロロは言った。

 すると胃が破裂しそうな程ストレスに満ちている如何にも事務職そうな人が数人通りかかり、お互いに不満を言っているのが聞こえてくる。


 「聞いたか? 西の森の一件」

 「あ? 半分近く吹き飛んだって話か?」

 「稀に目撃情報の出る『黒竜』だと思うか?」

 「わからねぇけど迷惑だからやめて欲しい」


 森ってのがどれくらい大きいのか俺は知らないけど、まあ森って大体デカいし。半分吹き飛んだってなると大問題なのかもしれないな。

 原因不明となればなおの事だが。


 「なんでも快晴だってのに竜巻やら雷やら観測されたらしいしな」

 「知ってるよ。つーか何でまたその話? 結構前の話だろ」

 「『セセラギ卿』がご帰還なさっているからな。耳に入ったら調べに行こうとして無理やり動き出すかもしれないだろ。そしたら止めないといけないからだよ」

 「あぁ……」


 セセラギ卿。

 そう聞いた途端に兵士の片割れは苦虫を噛み潰したように顔を歪ませる。その名前が持つ意味たるや兵士にとっては相当嫌なものらしいが。


 「ロロ。セセラギ卿って誰だ?」


 「誰それ?」


 「お、ルーリアも興味ある?」


 俺がロロにそう聞くとそこにルーリアも興味ありといった風に会話を遮ってきた。

 相変わらずハティはマイペースであまり興味が無いらしい。視線を合わせると満面の笑みを返してくるだけ。可愛い。


 「セセラギ外務卿。つまるところセセラギ卿は他国との取引や交渉とか、そーいう、こう……外務的な事をする人だ!」


 「お前説明下手な」

 

 「うるへ! ちなみにセセラギ卿は国の偉い人第二位だ。時期国王と呼ばれている。知りたがりのパッパラパーだが多分国王より有能だったりする」


 「パッパラパーって……頭悪いのか」


 「いんや? ただ奔放な奴だな。出向した他国でしょっちゅう抜け出すらしい。おかげさまで傍付きの口癖は必ず『セセラギ卿を探せ』になるらしいぜ」


 つまるところはた迷惑な政府要人って事か。

 そりゃ出向した先の国でよく姿を消すんじゃ困りもんだな。


 「ま、取りあえずカルトに会いに行くか。お楽しみの採点発表ターイムってな」


 「そだな」


 そして俺たちはそんな慌ただしい門を抜けて中へと入った。

 ベルウィング邸は武装が禁止されている地区にあるため、一旦解散し、各自それぞれ武装解除をしてから向かう事になった。ルーリアは何処から剣持ってきたんだろうな。おおかたカルトの根回しで兵士から借りたりしたんだろう。


 「ねぇヨル。私の魔法どうだった?」


 ベルウィング邸への道中、一旦パーティを解散したためハティと二人になったのだが、そのハティがおもむろに俺の歩く前方に出て話しかけてきた。


 「ん? あああれは凄かったな。修行の成果出てるって感じだったよ」


 「えへへっ」


 単純に褒められたのが相当嬉しかったのかハティは足取りを軽やかに気分を弾ませる。髪が白黒のツートンであるからかちょっとした妖精に見えなくもない。


 「エルさん凄いよ~。魔法の事なら何でも知ってるんじゃないかってくらいだもん!」


 「凄いな……あ、そういえば回復魔法ってあるのか?」


 回復魔法。

 いわゆる傷を治す魔法。

 俺の中では魔法といえば攻撃魔法、回復魔法って二分されるぐらいメジャーなんだけど。俺がパーシヴァルに腹部を刺された時に聞いた気もするがあの時はハティは答えてくれなかったからな。


 「エルさんはあるって言ってた。でも効率が悪いんだって」


 「効率?」


 「うん。習得するのがすごく難しくって、それでいて魔力を大量に使うのに治せるのは小さい切り傷くらいだって。だから『そんな魔法覚えるよりすぐ傷を治せるような魔法薬の錬金を覚えた方がいいですよ』って言ってた」


 「そっか」


 魔法薬という単語に興味は尽きないところだが、生憎もうベルウィング邸の前まで来ているのでそれは後回しにしよう。


 「そーいやハティ。話は変わるがロロと一緒に何でも屋みたいなのやろうぜって誘われてるんだけど。やってみる?」


 「何でも屋? 今日みたいな?」


 「まあそうだな」


 俺がそう話を振るとハティは少しの間考え込む。

 何を考え込んでいたか俺に知る由は無いのだが、そう時間をかけずにハティは答えを出した。


 「うん。やってみよう!」


 ハティは楽しそうにそう答え、可愛らしい笑顔を見て思わず俺も笑みが零れた。

 ふと前を見ると、ベルウィング邸の正門前には律儀に俺たちを待っていたロロとルーリアが見えた。


 「おう二人共どうした? 入らないのか?」


 するとベルウィング邸を訝しむように見ていたルーリアが視線をこちらに向け、


 「私たちも今来たんだけど、あれなんだと思う?」


 少し声を低く下げながら屋敷の庭を指差した。


 その指の先、地面が固い土になっている修練場付近に見慣れない鉄の塊が置かれていた。


 大きさにして全長一メートルはあるだろうか。そのボディは光り輝く白でコーティングされており清潔さを感じる。だがこの鋼鉄の国にも似合わないようなメカメカしい部分も白の隙間から見受けられる。地面とそれの間には支えとなっている黒い輪が二つ縦に並んでおり、スペースを取らないその細長い形はとても流線的だ。

 白いボディの中心辺りに人が乗れそうな鞍のような物が付いており、その塊が『乗り物』だという事が見受けられる。


 そう俺はこの乗り物を知っている。『バイク』だ。


 といっても確かに今まで見てきたようなバイクとは明らかに形が違うし、よく見ると風を思わせるようなひらひらした感じ。重厚感を隠すようにひらひらした装飾が付いているといった感じだ。


 「ありゃきっとあれだぜ……! 魔法帝国の『魔導具』だぁ!」


 白いバイクを凝視しながらロロは気分を弾ませて軽く叫んだ。


 魔導具。

 というからにはやっぱり魔力を使った道具という事なのだろうが。

 この世界では回復魔法はあまり発展していないらしい。それに加えハティの言っていた『魔法薬の錬金』や厳ついバイク、これらから連想されるのは技術的な世界だ。無論魔法帝国とかロロが言っていたし魔法が発展している国もありそうではある。

 

 「見たところ乗り物くせぇな……おいちょっと近寄ってみようぜ!」


 「いいけどよ。それよりロロ、キズガラス見かけてない?」


 「いや見てねぇな。まあ門通る時はいたから心配はいらねぇだろ」


 「まあそうか」


 「それより今はあの鉄の馬だぜ!」


 そしてロロはベルウィング邸の正門を豪快に開け放ちながら無邪気に『魔導具』と呼んだバイクに走っていった。そして俺たちはそれを追いかけていくわけだが、それと同時に屋敷の大きい扉が開いた。


 「それでなぁ! ぜひ私に貰って欲しいと『アレ』を貰ったんだよ!」


 「なるほど。それをここに持ってくる意味は理解しかねますが」


 「見せたいんだよ! この感動を! 分かち合いたい!」


 屋敷の中から出てきたのはカルト。その後ろに控えるようにエル。そしてカルトの横に一人の男が立っていた。


 カルト程では無いが長髪を揺らし、その淡い青色の髪が風になびいている。軽装ではあるがとても身なりの良い恰好であり、身に纏う気配は高貴な貴族といった雰囲気を醸し出している。歳としてはおっさん、初老のおっさんといったところか。髭はないが理知的であり、どこか渇望的な目つきをしている。

 テンションが上がっている様で目を輝かせながらカルトへと話しかけていた。


 そして俺はそんな男とバッチリ目が合った。


 「カルト君。あの子供たちはさっき話していた?」


 「ええ。赤いのがルーリア。あっちの双子みたいなのがヨルとハティ。黒いのは……知ってますね」


 「やぁやぁ君たち! こいつが気になるかい? なってるよね?」


 するとバイクもとい魔導具に群がっている俺たちへ初老の男はフレンドリーに話しかけてきた。


 「誰?」


 「いやルーリア、俺に聞かれても」


 「それもそうか」


 「ああ先に自己紹介だね!」


 男は年齢を読ませないような気さくな口調でそう言いながら自身の胸に手を置き、強引に自己紹介を始めた。


 「私は『セセラギ・シン・バルナーク』。シンの方が呼びやすいが周りからは何故かセセラギと呼ばれている。よろしく!」


 「セセラギ……さっきそんな名前聞いた気がする!」


 隣にいたハティが少し頭を悩ませたような仕草を取った後に俺に向けてそう言ってきた。そのため俺も自身の記憶を引っ張り出す。


――えーと確か。兵士連中が噂にしてたような……セセラギ、セセラギ、


 「……ん? セセラギ? セセラギ外務卿?」


 俺がそう言うとルーリアが俺の言いたい事を理解したようにピクリと反応し赤い髪を小さく揺らす。


 「あれ、この人もしかして……滅茶苦茶偉い人?」


 「俺の記憶をたぐると……ルーリアの言う通り。この国で、二番目に偉い人?」


 「「えええええ!?」」


 俺とルーリアの悲鳴ともとれる叫び声が重なった。

 ロロは知っていたらしく叫ぶ俺たちを一瞬見てまた魔導具の方へ視線を向ける。


 ハティはどうでもいいらしく平然としている。流石。


 「な、何でこんな場所にそんな偉い人が」


 「そうだよスパルタ当主と変態使用人の二人しかいないこんな屋敷に!」


 「ヨル。後でお仕置き」


 「ごめんなさいカルトさん言い過ぎましたお願いしますからお屋敷登りはやめて下さい」


 ちなみにお屋敷登りとは読んで字の如くこのベルウィング邸を素手素足で登る訓練の事を指す。辛い。そんな事を平然とさせる辺り俺の言ったことは的を射ているのだが、あれはもう嫌なので謝っておこう。


 「ヨル君酷いですよ。私にそんなこと言うなんて」


 「ちくしょう! 暴言ぶつけられたはずなのに満面の笑みだあの使用人!」


 エルはエルでご褒美でも貰ったかのようにその綺麗な顔に笑みを携えている。


 「ハハハ! エル君は相変わらずだ。えーとそれでなぜ私がここにいるのかという話だったね」


 セセラギ卿はエルを君付けで呼びながらも両手を広げながら俺のほうを向き、口を開く。


 「私は長い間他国へと出向していてね、つい最近戻ったんだ。その時『コイツ』を頂いてね。しかし私一人で『カッコいいねぇ』なんて自己満足に浸るものつまらない。だからここに持ってきたんだ!」


 両手を広げながら自信満々、高らかに話すその仕草は見るからに『話し好き』。見てもらいたい、聞いてもらいたい。そんなポジティブさが目視できるほどだ。

 とても偉そうには見えない、そんな雰囲気を醸し出している人だった。


 「なあセセラギ卿! ってことはアンタ魔法帝国まで行ったのか!?」


 ずっと魔導具を凝視しながら沈黙を保っていたロロが目を輝かせて興奮しながら言った。もう少し血が上ったら鼻血が出そう。


 「やあロロ久しぶりだね。確かに君の言うとおり、これは魔法帝国の『魔導具』だ」


 「うおー! 本物だー!」


 とロロはまるで子供のようにはしゃぎだす。

 てか子供だった。


 そしてそんなロロを不思議そうに見つめる俺やハティが気になったのか、エルがこちらに近づいてきて、


 「何でロロ君があんなに騒いでいるのかわからない。そんな顔してますねヨル君」


 「うん。珍しいの?」


 「はい。基本的に魔導具は『人造』と『天然』があるんですけど、あ、ちなみに魔法帝国の魔導具は人造が多いですね。で、基本的に魔導具は他国への譲渡、販売をしていないんです。だから非常に珍しいんですけども……」


 「何で? 強みとして売り出せばいいじゃん」


 「そういうわけにも行かないんです。うーんわかりやすく説明するとなるとぉ……」


 頭に指を立てて悩むエルの代わりに答えるように、お話大好きのセセラギ卿が代わりに声を響かせた。


 「魔導具とは整備するのが大変なんだ! 作ったところと同じマナが流れているところでないといけないんだ! つまり作ったところでないと直せない! 面倒くさいね!」


 「規格が違うってことか」


 「うむ。その歳で面白い表現をするな君!」


 日本の関西と関東では電流の規格が違うため電化製品を持ち込んでも使えない時期があったというのを小耳に挟んだことがあったのを思い出し、つい呟いてしまった。


 「だが的を射ている。君の表現を借りるのであれば『マナの規格が違うところでは整備ができない』と表現できるな!」


 「そう、ですか」


 「少年。もうカルト君から聞いてはいるが、君の名を聞こう」


 セセラギ卿は自身の顎を擦りながら『君の口から名前を聞きたい』といった風に俺の正面へと立っている。


 「ヨルといいます」


 「うむ。その名に呑まれるなよ」


 「え?」


 「ヨルは夜にあらず。夜に輝く『星』に成ることを目指すといい」


 「は、はぁ」


 なるべく失礼のないように自己紹介をした俺であったが、無論俺の名前を知っているような態度を崩さずにセセラギ卿は俺の言葉の後に続けた。


 エルから一般教養を教えてもらった際に教えて貰ったっけ。この世界では夜は確か『悪』とかそんな意味合いがあるんだっけ。悪人にならず、光り輝く人になれという意味だろうか。


 「で、セセラギ卿これどうやって動かんすんだ?」


 「ちょっとロロ君一応その魔導具私の私物なんだから勝手に乗らないでくれるかな! あ、ここをこう動かして座席を提げて足が付くようにしてだね……」


 最初こそ否定的な態度を取ったセセラギ卿であったが、結局跨ってノリノリで動かそうとしているロロと子供のように魔導具を弄っている。


 「待て待てーい! 俺も、俺も混ぜろー!」


 そして俺も魔導具とやらを動かすために近づき、ワイワイと談笑を始めた。


 「でだ、ここを掴んでこの機構を機能させると……どうだ?」


 セセラギ卿が魔導具を動かすために色々な部分を弄っていると、ロロが座っている座席の斜め下前方が青白く光り出し、爆発的な機械音を鳴らした後にドッドッドッとまるで脈を打つかのように振動を鳴らし始めた。


 「おお動いたぞロロ!」


 俺はロロの左側からロロに話しかけたのだが、その動き始めた魔導具の座席に座っている当人であるロロは不可思議な表情をしている。


 「これ、使う人の魔力を吸うのか?」


 「え、魔力吸われてるのか?」


 「ああ、そんな感じ」


 言われてみれば魔導具の下で光っている青白い光はロロがモンキーウルフを倒すために使った『闇の奔流』の眼光に似ている。

 ん? あれは魔法じゃなくてスキルだっけ。じゃあ偶然色が似てるだけか。


 「そうだ。この魔導具、種類としては『バエル』というんだが。その中でもこいつは使用者の魔力を吸って動力とする魔導具なんだ」


 「へぇー。バエルっていうのか」


 「興味あるかねヨル少年」


 「めっちゃカッコいい!」


 「私もそう思う!」


 俺が目を輝かせてそう言うとセセラギ卿は親指を立てて俺の言葉に賛同する。その仕草はどう見ても子供と遊ぶその辺のおっさんだが。偉いんだぞ、忘れるな、俺。


 「ちなみにバエルは一般的に使われてはいないそうだ」


 「どうしてですか?」


 「制作費用が尋常じゃないらしい。だから基本は贈答、観賞用。稀に早馬の代わりとして使われることもあるそうだが……とにかくあんまり実用的では無いらしい」


 「使えない物に金を掛ける……」


 「まあ金持ちのすることはよくわからないね。あんまり関心はしないが……それでもカッコいいなぁ」


 そう言いながらバエルを見るセセラギ卿の目は輝いている。自己顕示とか、そういう類ではない。純粋な子供のような、憧れのような物を感じた。


 「でだロロ君。君の魔力とバエルを同期させたから……」


 「魔力制御で動かせるんだな!」


 「ものわかりが早くてよろしい。この部分で進む先を決めるんだ」


 セセラギ卿はバイクでいうハンドル部分を触りながらロロに説明している。

 よく見たらこの、バエルだっけ。こいつブレーキとかアクセルとか見当たらない。なんかすっきりしてると思っていたがそういう『操作する機構』が全く見当たらないんだ。


 ハンドルは回らないしブレーキもない。足をかけるペダル部分には動きそうなものはなく、ただでっぱっているだけ。

 魔力制御で動かす。だからこそ何もないのかもしれない。


 「てかロロ座席下げても足届かないじゃん」


 バエルの座席は伸び縮みするように出来ているのだが、一番下まで下げても地面に足が届いていない。


 「でも乗ってみたいじゃーん! カッコいいじゃーん!」


 「バカ揺らすな倒れるだろ!」


 「後は後ろの止め具を外せは動くぞ」


 セセラギ卿が軽くそう言うと、ロロの両眼がギラリと光った。ついに動かせる。そんな意味合いが含まれていたのだろうがそも、偉い人の私物に乗っていいのか? 失礼じゃねぇ?

 そう思ったけどやはりカッコ良さには逆らえない。セセラギ卿も他人を乗せるのにまんざらではないように楽しそうだ。


 「しゃ! 行くぜー!」


 「あ、俺も乗る!」


 セセラギ卿のフレンドリーさにあやかって、ロロがバエルを動かす直前に後部座席に滑り込むように飛び乗った。


 そしてバエルは俺とロロを乗せて動き始める。


 燃料を今まさに消費しているような軽い騒音を響かせ、バエルは正面へと動き出した。ロロはあまりスピードを出さないように調節しているようで、今出ているスピードは走るより少し早いくらい。


 調節とはつまるところ、燃料となるための魔力供給だ。


 「ロロ。具合はどうだ?」


 俺はバエルのハンドルを握るロロへと背中からしがみついて話しかける。


 「かっけぇなぁ!」


 そう言うロロの声はとても明るく、表情は見えないが未知なる機械に騎乗するのが楽しくて仕方がないといった顔をしているのだろう。


 「なるほどな。魔力を燃料に下にある車輪を動かしてるのか! 魔力出力を小さくすると車輪が動かなくなって、出力をゼロにすると車輪が固定されてブレーキがかかるのか!」


 「理解を深めてるところ悪いんだが初めて乗るにしては慣れてるなロロ!」


 俺はロロにしがみついており、ロロはバエルを上手いこと操作している。足が届かないからコケたら終わりなのだが、転びそうになるとスピードを上げて対応している。車体を倒しての旋回も恐怖無しと言わんばかりにお手の物。天性の運動神経がそうさせるのだろうか。


 「まあお偉いさんの機嫌を取るような代物だから大抵の人には乗れるように作られてるのさ」


 俺の問いに答えたのはセセラギ卿だった。


 「って事は高値をかけて無駄に高い技術が使われてるってのに、他国に出すと直せもしないのに贈答してるって事か。意味わかんねぇな!」


 「ハハ! それを言っちゃお終いだが確かに使い勝手は悪いな。魔力を吸収する機構は凄いが燃費としては悪そうだ」


 俺が嘲るようにそう言うと、前のロロが笑い飛ばすようにそう言う。相変らずその声は楽しそうである。


 「ま、うちではこんなものを作れますよって宣伝にはなるな。魔力を吸収する魔導具ってのはスゲェ珍しいって聞くからな」


 「そうなのかロロ?」


 「ああ。聞くところによると魔導具のほとんどは魔力資源で動いてるって話だしな」


 俺とロロはそんな事をバエルの上で話しているのだが、ロロはバエルの操作に随分と馴れてきたようでスピードを上げ始めている。体勢を崩したらクラッシュ確定なのだが、確かに全身で風を切る独特の感覚は凄い気持ちがいい。まさか異世界に来て単車に乗る事になるとか思いもしなかったが。

 などと俺が考えているとバエルの進路、つまり前方によく見慣れた人間、カルトが映った。


 「おいロロ曲がらねぇとカルトさんにぶつかるぞ?」


 俺は後ろからロロにそう言うが何も反応が無い。

 もしかしてハンドルが曲がらなくなったのでは。そんな一抹の不安を抱えながらも何とかロロの顔を後ろから覗き込むと、ロロの口角は笑みで吊り上がっており、


 「オラオラ退けカルトー! 轢いちまうぞー!?」


 「何言ってんだコイツ!?」


 どうやら正面のカルトに照準を付けたらしいロロはあえてハンドルを切る事をせず、あろうことか魔力出力を上げて速度を大幅に上げる。後ろにしがみついている俺でさえ目が急激に乾燥してくる感覚を覚えた後、正面のカルトの比較的傍に居たエルが言葉を発するのをかろうじて捉える。


 「カルト君。このままカルト君が避けたら芝生に突入しちゃいますよ」


 と少々不満げに呟いた。

 その綺麗な声が俺の耳に入った瞬間、既にカルトと俺とロロが乗ったバエルは衝突しそうな程まで肉薄しており、俺は軽くカルトが吹き飛ばされる未来を想像したのだが、


 「はぁ。仕方ないなもう」


 「わぁー!! カルトさん避けてー!! てかロロ止めろー!!」


 俺が叫び声を上げた瞬間、カルトは小さく溜息を吐いてその場から一歩も動くことなく片腕を前に差し出した。

 そして俺たちの乗るバエルの前面ととカルトの手のひらが衝突し、


 


 俺たちが空へと舞った・・・・・・・・・


 時速にしてどのくらい出ていたのだろうか。

 少なくとも人一人なら軽く吹き飛ばせるほどのスピードが出ていたにも関わらず、カルトはバエルを片手で受け止めた。


 「ドゥアアアアア!!!!!」

 「バカ夜てめっ、手ェ離だぁぁああ!?」


 受け止められたバエルは慣性が付いており車体全体が上へと跳ね上がる。全面はカルトによって押さえ付けられているため後輪がさらに上へと跳ね上がり、まず先に俺の全身が空へと吸い込まれる。

 次いで俺のしがみついていたロロが浮き上がり、そのまま空中ブランコのように乱回転しながら俺たちは芝生エリアへと吹き飛ばされた。


 「「イデェ!!」」


 乱回転していたために盛大に芝生に体を打ち付けて俺たちはかなりの距離を転がる。芝生といっても土より少し柔らかい程度であるため全身に痛みが広がり、ぶつかるたびにギシギシと身体が悲鳴を上げた。


 「あ、ぐぁ。ロロお前……」


 ようやく身体に残っていた慣性が地面に吸収されて動きを止めた俺の視界は歪みながらもロロへと向けるのだが、同じく痛そうに倒れておるロロの奥に信じられない光景が広がっていた。


 カルトが、あの『バエル』を木片のように片手で持ち上げて咄嗟の出来事に驚きを隠せないでいるセセラギ卿へと返却している光景が映った。


――あれ、バエルってそんなに軽かったっけ。


 そう思いながら芝生の上でのたうち回っていると、バエルを置いたカルトがこちらへと近づいてきているのが見え、


 「全く、あの魔導具が壊れでもしたらどうするつもりだったんだ。ロロ、ヨル。後でお仕置き」


 「え、俺も……? 理不尽……」


 俺は後ろに乗っていただけなんだけど。

 それなのに俺まで責任取らされるのかよ。酷い。


 「幸い壊れてはいないしセセラギ卿ももうお帰りだ。壊されないうちに早く持って帰ってもらおう」


 「やぁロロ君ヨル君無事かーい?」


 「二人とも無事です」


 「それは良かった! 怪我でもされたらどうしようと思ってたところだ!」


 「というかセセラギ卿。もうお帰り下さい」


 そう言うカルトは「貴方がいると問題が起こる」みたいな雰囲気を纏っており、それはセセラギ卿も感じ取っているようだった。


 「ま、まぁ私も忙しいし? 怪我がなかったのであれば帰ろうかな~?」


 「是非そうしてください」


 カルトが冷たくそう呟くとセセラギ卿は少し悲しそうな表情を浮かべた後に、


 「はい。帰ります」


 そうカルトに言い残し、バエルを引きながらベルウィング邸の正門からこの場を去って行く。その哀愁漂う後ろ姿はただのおっさんであった。


 そしてしばらく後、俺とロロが痛みから復帰する待った後、その芝生で実戦訓練の報告を行うのであった。

 もちろん俺とロロは反省の正座の状態。


 「それで? 実戦の結果はどうだったんだい?」


 そう言うカルトの声色は少し冷えている。さっきの件で怒っているのだろうか。


 「三人共問題なかったぜ。夜はまだ全力を出せなかったみたいだが、それでも十分やっていけると思うぞ」


 それを聞くとカルトが少し表情を緩ませる。

 隣のエルは何だか悲しそうだ。理由としては教えることが無くなったら金を稼ぐためにベルウィング邸から俺たちが去ってしまう。可愛い子ともっと一緒に生活したい。そんなところだろう。


 いくら何でもいつまでも世話になってばかりでは流石に悪いしな。「人手があって大助かりです」ってエルは言ってたけど、実際ほとんど俺たちが迷惑かけていただけだしな。


 自分たちで生きていけるくらいになったら、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。


 「ルーリア、ハティ。共に長所を磨いていけばかなりの猛者に化けるだろう。そういった意味では夜は猛者にはなれないかもしれないが……何といっても夜に従っているキズガラス、パーシヴァルはいざという時とても頼りになりそうだ。実際今回もとても役に立ってくれたしな」


 「そうか。ロロが言うんなら間違いはないだろう。それでヨルとハティ。二人はどう身を振るか決めたかい?」


 「はい。ロロと組んでギルドの仕事でも貰おうかなと思っています」


 俺がそう言うと隣のハティも首を縦に振って肯定の合図をする。そして俺を見たカルトの顔は、凶悪な笑みを携えており、ちょっと何でそんな顔してるんですかと聞こうとした瞬間、


 「それじゃ二人とも『卒業』おめでとう! 最後の餞別、あとお仕置きも含めて君らと僕の模擬戦を進呈しよう!」


 なんか物騒なこと言い始めたぞこの優男。

 え、聞き違いですかね。お仕置きも含めてとか聞こえたんですけど。だから俺無実なんですけど。全部ロロが悪いんですけど。


 「安心してくれ僕は女の子は傷つけないからね。例え彼女が見るに見かねて僕を殺しにかかって来ても手は出さないと約束しよう」


 カルトはハティを手で示しながらゆったりと優しく言う。


 「だが君ら二人はお仕置きの意味も含まれている。血反吐を吐くつもりでいたまえ」


 にこやかな笑みを絶やさずにえげつない事を言ってのけたカルトであったが、案の定俺たちは最後の餞別もといお仕置きタイムをモロに受ける事となり、圧倒的なカルトの謎筋力に力負けしボコボコにされた。


 「鬼ー! スパルター! 変態ー!」


 戦いの最中そんな事暴言を吐いたのだが、その数秒後に張り倒されてマジで血反吐を吐いた。気がする。


 それを見てキレたのかハティはマジでカルトを殺しにかかっており、結果的に三対一になったのだが負けた。


 カルトはとても人の力とは思えないくらいの膂力を誇っており、まともに正面から受ければ粉微塵になるんじゃないかというくらいの純粋な強さだった。


 ロロ=終始逃げ惑っており、一番最後に「お仕置きっ!」という掛け声の下殴りつけられ失神。


 俺=暴言をぶつけた数秒後木剣で腹を殴られ失神。


 ハティ=魔法の使い過ぎにより疲労困憊。


 エル=なんか混ざってきた。奮闘したものの攻撃がまるで当たらず途中で諦める。


 カルト・ベルウィング。ありゃ化け物だ。

 防御に回れば魔法は一切当たらず、剣による攻撃の一切を防いでしまう。

 攻撃に転じればあらゆる防御を貫通する槍となり、離脱することも許されずに純粋な力で張り倒される。


 スピードの出たバエルを片腕で止め、地面に刺さった木剣を軽く叩くだけでめり込ませることのできる腕力は伊達ではなかった。


 終始阿鼻叫喚の地獄であったが、『研鑽を怠るな』。そういう意図があったのだと思う。でなきゃただ殴られただけなんだけど。

 ずっと俺たちの戦闘を横で見ていたルーリアが「えぐい……」と呟いていたがかなり一方的だったらしい。


 そんなこんなで俺とハティはベルウィング邸での生活を終え、新しい生活へと足を踏み出す事となるのだった。

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