二章14 実戦訓練②
「そろそろ目撃地点も近いから戦い方を確認しておくぞ」
俺たちはしばらく歩き、背中側に見えていた大きな王都も見えなくなるくらいまで離れたところでロロが切り出した。
「今回はあくまで実践訓練。だからあえてチームとしての連携はしない」
「しないのか?」
「即席じゃそこまでうまくも行かねぇしな。だからまず俺とルーリアが先行する。ルーリアは敵と戦い、危ないところがあったら俺がフォロー。終わったらルーリアと夜が交代。同じく夜が敵と戦い、今度はハティの番。ここまでは良いか?」
ロロは両手の人差し指を俺たちに見立てながら交代の際の動きを説明する。
「つまり一人ずづ採点していく」
「って事は他二人は待機って事か」
「だが警戒は怠るなよ。もし不測の事態があった場合はすぐに合流して背中合わせで死角を減らす事にする。でだ、再確認。ルーリアは近接剣士、ハティは遠距離魔導士、夜は近接騎兵で文句ないな?」
「「「ない」」」
俺らが顔を見合わせた後に口を揃えてそう言うと、ロロはニッと笑いながら、
「良し。ルーリアの場合は俺が常に後ろでフォローする。ハティの場合は敵が近づいてこないように俺が前に出る。夜の場合は常に夜の左側面に付くようにして動く。いいな、間違っても俺を攻撃したりするんじゃねぇぞ」
「おう」
「了解」
「うん」
「良い返事だ。そら見えてきたぞ」
ロロは前の街道を指差す。
その街道は比較的森に近いところに整備されていた。
王都に近いからだろうか。道は堅い石で舗装されており、その両脇に草が生い茂っている。恐らくモンキーウルフはこの森が生息地なのだろう。そしてここを通る馬車などを襲う。現時刻はお昼を回っており、狩りに来たのかはたまた腹を空かせたのか森と道の境目にモンキーウルフの影が見えた。
確かに、二本足で歩く様はさながら人の様な姿をしている。だが顔はまさしく狼といった鼻が高く毛深い顔面であり、だらんと垂らしている長い腕は類人猿の様。そして腕の先には動物の切り裂いた際に付いたであろう赤黒い染みがこびり付いていた。
「四体か、丁度いい。一人一体倒したら交代だ。いいな?」
「わかった」
「じゃあルーリア、自分のタイミングで突撃しろ。一番奥を狙え、そしたら後ろの三匹は俺が抑える」
そうしてルーリアとロロは腰に提げていた剣をそれぞれ抜刀する。
ロロは使い込んでいる様な色合いの鋼色であったが、対してルーリアの剣は綺麗そのものだ。成人が使うくらいに大きい直剣であるが、それを難なく片手で振り回すあたり筋力パナイ。
「ふぅ」
ルーリアは剣を抜き、いざあの変な体型をした狼に斬りかかるべく気を整えるような仕草を取る。
そして一瞬静寂が辺りに訪れた瞬間、
「シッ!」
「うおっ!?」
ルーリアは雷撃が如く地面を唸らせ剣を片手に標的の群れへと走り出した。
あまりに踏み込みが鋭かったため、足元の草を散らせながら動き出したルーリアに面食らったというリアクションをしながらもロロは後ろに付いていく。
当然モンキーウルフ達も走り込んでくる二人に気づいており、戦いの合図とでもいうように大きく遠吠えを上げてここに戦闘が勃発した。
「殺す……!」
誰も確認することは叶わなかったが、その瞬間ルーリアの目に殺意が灯った。
ただし怒りではなく、憎しみでも恨みでもなく、ただ純粋な殺意のみの光が。
そしてルーリアは才能の片鱗を見せ付ける。
モンキーウルフの群れの陣形はひし形。一匹を先頭に二匹が左右に散り、後ろの狼を守る様な陣形を取っている。一番後ろがこの群れのボス。ロロの指示はそう判断してのものだった。
しかし、ルーリアの斬り込みは一瞬にしてその陣形を瓦解させる。
一番前を相手にせず、間からひし形の真ん中にお得意のジグザグ走法で強引に自身を捻じ込み、ウルフが迎撃のために振るった爪を難なく避けて一番後ろの狼を一刀両断。
その剣筋には一片の迷いもなく、スピード+パワーの薙ぎ一閃で胴体から真っ二つに斬り殺して見せた。
「マジかよ。初戦闘で打ち合いにすらならずに一撃離脱かよ」
ルーリアは走り出した勢いのまま俺たちのいる反対側まで走り抜けており、それを追っていこうとしたモンキーウルフ達をロロが牽制し止めている。
「夜!」
すぐさまロロは俺の名を呼び、戦いに入って来いと声を出す。
従って俺が今度は突撃するわけだが、キズガラスには騎乗せずに薄紅色の剣を抜刀し突撃した。
――む、もしやあっちで何かあったか?
俺の予定と違う行動を見てそんな事を思ったのだろうロロの表情が見える。
よし、落ち着いているぞ俺。
「あぁ!? 夜お前キズガラスに乗ってくるんじゃなかったのか!?」
「いや俺もそう思ったんだけどよく考えたらキズガラスの奴『鞍』付けてないんだよ! そんなんじゃ武器振れねぇから俺一人で来た!」
馬上戦闘に置いて『鞍』というものはなくてはならないものだ。
そも、当然なのだが基本的に動物の骨格というものは乗りやすいように出来てはいない。多少作りは異なれどそれぞれの骨格とはある『行動』に適しているものだ。
走りやすい骨格、飛びやすい骨格、二本足で立てる骨格など。
無論それは馬ですら例外ではなく、だからこそ滑り落ちないように、動きやすいように鞍がある。それが無いという事は、しがみつくが限界であることは明白。
「ああなるほどなぁ! じゃあ自力で一匹倒せ、他は俺が何とかすっからよ!」
ロロはウルフを二頭引き連れながら器用に俺から離れていく。そういう術なのかは知る由も無いが、俺の方に一匹だけ仕向け、ロロは他を引き連れている。
兎にも角にも俺は自身の身の丈よりもさらに大きいモンキーウルフと正面から対峙していた。
「思い出せ、思い出せ……心得その一。『どんな時も敵から目を逸らず』」
この半年間でカルトより教わった、剣術の極意。
ウルフは口からヨダレを垂らしながら一気に俺との間合いを縮め、爪の生えた長い腕を強引に振り回した。この時点で片時も敵から目を離さなずに見ていたために理解する。
――腕を振る攻撃が多い。爪に自信があるみたいだ。
その予測は概ね正しく、モンキーウルフの強さとはその牙ではなく、長い腕から繰り出される鞭のような爪による攻撃みたいだ。そのしなり具合は中々凄まじく、剣で受けようものなら剣ごと腕が吹き飛びかねない威力。
故に俺は爪撃を受けずに身をひるがえして躱す。
反射神経、動体視力なら秀でているって言えそうだ。
「心得その二。『長所は弱点と同じ』」
俺の目は捉える。
どうやら腕が長すぎるため一回腕を振るのに、溜め、振った後の手を引き戻す動作。
この二つに隙があるのを発見する。
腕が長いというのは射程があるという事だが、それ以上に弱点も多い。
「心得その三。『躊躇う事無く一撃で』」
戦闘に於いて攻撃とは隙の生まれる一瞬である。
攻撃することで身体から剣が離れ、それによって油断が生じる。そこを耐えた敵の思わぬ追撃により致命的な傷を受けてもらっては元も子もない。
故に殺す。だから殺す。それがカルトの教えだった。
その点では敵を真っ二つに出来る力を持つルーリアは胴体を適当に狙っても勝てるだろう。
だけど俺にはそんな力は無い。
なればこそ狙う所は定まってくる。
「またしても首だオルァ!!」
爪撃をかいくぐった俺は薄紅色のグラディウスを突きの構えに持ち替え、ウルフの首に向けて刺突。薄紅色の刀身が血に濡れた。
そしてそのまま手を縮められる程に肉薄し、体毛の多い胴体を足蹴に一気に剣を引き抜いてその勢いで距離を取る。
「―――――」
二足歩行の狼は背から地面に倒れ、苦しそうに長い腕を振り回しながら声にならない声を上げて暴れ回っていたのだが、
――あれ、おかしいな。
俺はそんな首から血を流し苦しむ狼を見て、自身の内に芽生えたある感情に気づく。
これは戦い。
命を懸けた戦いであり、その末に俺は傷一つ受けずに勝つことが出来、生き残ることが出来た。確率は低かったのだろうが命を懸けたことに変わりはない。
それなのに俺は再度確認するように既に息絶えた狼を見て、
――ああ、楽しい。
剣に付いた血を振り払い、鞘に納めて俺は後退した。
一度半年ほど前に切った髪も元の長さまで戻って来ていた前髪が、俯きながら後退した俺の顔を隠す。
多分酷く楽しそうな、それでいて狂気じみた表情をしているのだろう。
俺に生き物を殺す趣味なんて無かったはずだが、とにかく楽しかった。何がと聞かれると分からないけれど、楽しかった。
だがそんな俺の事を見ている物は誰もいなかった。
誰も、誰も――
「よしやるじゃねぇかヨル! 次はハティ! 狙うのはどっちでも――」
「火力はダメ。なら鋭く……燃え盛る炎の槍」
俺が後退するのを見てロロは最後にハティに指示を送る。
ハティとの連携はロロが前で引き付け、ハティが狙うといったものだ。
しかしながらハティは辺り一帯を吹き飛ばすような魔法を使えない。ロロがいるからだ。だからこそハティは炎を槍の形に形成し、それをモンキーウルフ目がけて射出した。
ただし、この燃え盛る炎の槍は前にルーリアに投げつけていたものより更に洗練されていた。
そも、槍と表現するには少し語弊がある。
槍のような形はしているが、突き刺すであろう刃の部分の反対側。石突の部分からスピードを上げるための炎が噴出している。更によく見ると持ち手や太刀打ち、刃が時折小規模な爆発を起こしており、飛びながら当たる様に調節を行っているのだ。
言うなれば『槍のようなロケット』に近い。
だが生憎とモンキーウルフに当たっても爆裂を起こしたりはしなかった。
ただし、積もった雪に熱した棒を突き刺すように狼の身体を貫通し、炎の槍は霧散する。胸を槍に貫かれたのにも関わらず、傷口が焼け付いて血が溢れることも無くその長い手から力が抜け、モンキーウルフは二頭共倒れた。
「ふぅ。ヨルー見てたー? すごいでしょー!」
「率直に言うと恐ろしい」
「えへん!」
一人一殺。
恐らくはロロが最後に残った一匹を倒して終わりというシナリオだったのだろうが、これにて四匹全てが命を落とした。
俺は視線をハティからロロへと移す。
するとロロもまたこちらに苦笑いを向けながら両手を広げ、「俺の殺る分無くなった」というような仕草をしていた。
その奥にはルーリアも見え、剣を鞘に納めて高まった剣気を抑えている。
誰もが戦闘終了と思った。
しかしそんな考えを打ち消すように狼の遠吠えが上がった。
ウオォォォォオオン
「っ! まだいるのか!」
緩ませていた気を引き締め、遠吠えの聞こえてきた森の中へと目をやる。かなり近い。すぐ近くまで迫ってきているという事がわかるが。
増援といってもモンキーウルフ程度ならこのチームなら余裕だ。
そう思った俺の考えは次の瞬間に脳裏から消え去ってしまうのだが。
ウオォォォォオオン
「まあ連戦でも――」
ウオォォォォオオン
ウオォォォォオオン
ウオォォォォオオン
「問題は――」
ウオォォォォオオン
ウオォォォォオオン
ウオォォォォオオン
ウオォォォォオオン
ウオォォォォオオン
ウオォォォォオオン
ウオォォォォオオン
ウオォォォォオオン
ウオォォォォオオン
「うそ、だろ」
まるで最初の遠吠えに呼応するように遠吠えが響き、更にそれに呼応するように遠吠えが響く。
仲間を殺された怒りを感じさせるような叫びが共鳴し、十、二十以上いるのではないかと思わせるほどに森の中より響いてくる。
「全員集まれぇ!!」
「っ!」
まさにロロが言った『不測の事態』。
だからこそロロは叫んだ。
増援の懸念はあったものの、明らかに数が多い。
「どうする逃げるか!?」
「既に追いつかれる距離だ。ここで迎撃する。背中合わせで死角を減らせ」
そして俺たちは四方が見えるように背中を合わせ、小さな円を形作った。キズガラスも俺の近くで周囲を警戒している。
背中合わせの円陣を組んだのもつかの間、森から飛び出してきたモンキーウルフの群れがそれぞれ唸り声を上げながら円陣を更に大きな円陣で取り囲んだ。
「ひーふーみ……」
「ルーリア。何匹見える?」
「十三」
「ハティは?」
「十一匹かな」
「ロロは?」
「九匹」
少なく見積もっても三十匹はいるか。
「ハティ。ここら一帯を覆えるような『闇魔法』は使えないか?」
「炎だったら出来るけど……」
ロロの問いにサラッと恐ろしい答えをハティは返す。
「何だロロ。策があるのか?」
「ああ。この辺りを暗く出来りゃ」
「つってもハティが出来ないんじゃ俺たちにも出来ないぞ」
しかし長居もしていられない。
いつ周りを取り囲んでいる二足歩行の狼たちが腕をしならせて攻撃してきてもおかしくない。出来れば今すぐにでも行動を起こすべきな状況である。
――これだけ数がいてデタラメに突っ込んでこないという事はそれなりに警戒しているのだろうが。
俺は自身に委ねられた円の四分の一に目をやりながら思考を巡らす。
強行突破。やるならば囲いの薄い部分をルーリア先頭で強引に突き崩すのが望ましい。
そんな事を考えていると視界にあるものが映った。
視界の端から映り込んでくる黒い影、キズガラス。
狼に囲まれてる。
にも関わらずキズガラスは視線を狼から外し、俺のすぐ傍で何かを伝えたそうに、訴えかけるような目をしていた。
「なん、だ?」
俺は考える。
この世界に来て多くの時間を共に過ごしたのは間違いなくハティ。
では二番目は?
それはキズガラスに他ならなかった。
他の馬と楽しそうに水を飲んでいるのを見た。身体の傷で苦しんでいる姿を見た。徐々に回復していく姿を見た。懐いてくれる姿を見た。
だからこそ俺はキズガラスの言いたいことが具体的には分からずとも、おおそよどんな気分なのかを把握することが出来るようになっていた。
まあ自己解釈なんで当たってるかどうかは確証無いんだけど。
キズガラスには知性がある。そしてロロよりも黒いその顔は、
「……自分の出番?」
キズガラスは自信に満ち溢れた鼻息を低く鳴らす。
これは肯定、もしくは賛同、感謝の合図。
「この状況をどう突破する、キズガラス……!」
キズガラスはパーシヴァルのようには話せない。従ってスムーズにはコミュニケーションを取る事が出来ないのだが、キズガラスは黒く長い鼻先でロロの方を指差し、いや鼻差した。
それに必ず意味がある。
その意味を導き出すためさらに思考の渦に落ちていく。
そしてちょうどその頃、俺の反対側で一匹のモンキーウルフが剣を抜いて構えたルーリアに攻撃を仕掛けた。
痺れを切らしたという訳ではなく、いわば威力偵察。どれほどの数でかかればいいのかを見極めているようだった。
「シッ!」
案の定下っ端狼一匹程度ではルーリアに適う事無く、前進し持った剣で首を的確に切り裂き、ルーリアはまた円陣に戻ってきた。
「ちょっともうそろそろヤバい! どうする、一点突破で突っ込む!?」
鋭く殺意の灯った眼で狼群を威嚇しながらルーリアが言った。
多少傷は負う事になるだろうが、背に腹は代えられない。そんな感情が言葉に含まれている。
「どうするのロロ?」
「ああ、それでいくしか――」
「マジかよキズガラス!」
俺はみんなの声を遮って叫んだ。
「何だヨル!? どうした!」
「出来る、出来るぞ! 辺り一面闇で覆える」
「!」
ロロは知らないだろう。
聞いていたとしてもでは俺は魔法はてんで使えないとの事を聞いていたはず。だからこそ俺に魔法を期待してはいなかったのだろうが、
「やれ!!」
ロロは即座に叫んだ。
刹那、それを合図のようにして周りを取り囲んだ狼群が動き、俺はキズガラスの傷だらけの身体に手を置いた。
キズガラスがロロに鼻先を向けたのは、ロロの要望に応えることが出来るから。キズガラスの態度からそう結論付ける。
――キズガラスはパーシヴァルの眷属。力はパーシヴァルに及ばないのだろうが、知能は同等あるらしい。パーシヴァルと同じ知能があるという事は、あれが使える。
魔法。
「一定以上の魔力譲渡だったな……!」
俺は身体から全ての力を送り出すイメージで魔力をキズガラスへと送り出す。パーシヴァルとやった時はどういう理由か上手くいかなかった魔力譲渡だが、キズガラスが協力的だからだろうか。
手からキズガラスへと何の突っかかりも無く、魔力はスムーズに譲渡されていく。
そして俺の腹部の『契約印』の辺りが衣服の布越しに黒く光ったその刹那、
「うおおお!?」
「きゃ!?」
「っ!?」
辺り一面から光が消失した。
黒煙がばら撒かれたわけでは無い。ある一定の範囲、キズガラスを中心としたドーム状の空間からまるで光という概念が消え去ったかのようにその場の色が消え去った。
外から見ればそこは真っ黒なテントが張られている様。
「な、何だどうなった!?」
「暗いよヨル!?」
「な、何をしたヨル!? 何も見えない!」
俺、ハティ、ルーリアは一瞬で五感の一つが機能しなくなりパニックに陥る。直前まで彼らに襲おうとしていた狼すらも動きを止め、パニックになっている様で遠吠えを上げている。
そして誰かが闇の中を駆け出す気配を捉えた。
「発動」
小さく響いたのはロロの声。
そしてこの暗闇の中に二つの青白い電球が灯る。まるで糸を引くようにその光は動き出すのだが、その動きはさながら人の動きではない。追いつけない程左右に揺れ、時折奇妙に上昇してはそのたびに狼の呻き声と血の匂いが俺たちに届く。
「な、何が起こってんだ……」
「ロロだ」
「え、ルーリア見えるのか?」
「見えないけど、あそこで動いてる奴はロロの気配みたいに感じる」
そう言ってルーリアは暗闇で青白く輝き、尋常ではない動きをしている光を指差す。当然辺りは暗闇であるためルーリアの指は俺には見えなく、手を挙げて指を差した気配を感じ取る。
まるで暗闇を駆り、獲物を狩る四足獣の眼のようだった。
その光は暗闇の中俺たちを中心に円を描くように動いていき、ちょうど一周したところで狼の悲鳴と肉が裂ける音が止まる。
するとタイミングを見計らったかのようにキズガラスが低く唸り、暗闇のドームを解除した。
「う」
徐々に辺りを取り囲んでいた闇が消えて行き、太陽の明るい光が大地に差し込む。そしてその光が映し出したものは、辺り一面に散らばるモンキーウルフの無残な死体だった。
三十は下らない数の狼が全て死滅しており、それらの全てがほぼ一撃で葬られているのが分かる。それも大多数が心臓への一突き。無駄のない攻撃だ。
そしてその屍の上に、鮮血に染まった短剣のような物を持つロロが立っていた。
「ロロ」
「増援殲滅、戦闘終了。お疲れさん」
「これ全部お前が!?」
「そうだ。青白い光が見えたろ? あれ俺の目だ」
ロロはどんなもんだと自信満々に俺に言う。
実際ホントに凄いけどな。
あの暗闇の中、三十以上はいたはずのモンキーウルフをあの短剣一本で掃討したって言うなら、それはマジで凄い。
「何だお前実はめっちゃ強かったのか!? つーかどうなってんのさあの暗闇でこんな動けるわけ……あ、もしかしてスキルか!?」
「まあな。暗闇でしか使えないんだが、その代わり暗視+身体強化の複合スキルだな」
「なるほど、暗闇に出来るかってハティに聞いたのはそれが理由だったのか」
「すごーい! ロロ君すごーい!」
敵が完全にいなくなり、周囲への警戒を必要無くなるとハティとルーリアもこちらへ近づいて来て、ハティはロロの刹那的な殺戮に目を輝かせて賞賛していた。
「名前は? スキルの名前は!?」
「名付けて! 闇に輝く封印されし暗黒の瞳!」
「ダッサ」
「いたたたた」
ルーリアと俺の反応が被った。
正直黒歴史になりかねない程痛いスキル名なのだが。本当にこんな名前なのか?
「冗談だバカヤロウそんな哀れそうな目で見るな。そもそも身体強化ついてんのに瞳っておかしいだろ。『闇の奔流』だよ名前は」
「それでもダサいくない?」
「何をぅ! そのダサいスキルのおかげで傷一つなく完勝できたんだぞ笑うんじゃねぇ!」
「ヨルがツボってるんですけど」
「おい夜俺の事馬鹿にしてんのか!? ケンカ売ってるんだな!? そうなんだな!?」
ゲラゲラ笑っているわけでは無いが俺は腹を抱えて膝を突きながら苦しそうに笑っている。
だって、全体的にスキルの名前がダサいんだもん。
ハティの『喰らう牙』はカッコいいけど、ロロのは正直笑うしかない。
「プッフッ……ガル兄よりダサい……」
「あーおいお前言ってはならない事を言ったな!! あんな『活きる足裏』より『闇の奔流』の方がカッコいいだろうが!!」
「やめ……その二つ名前出すの止めて……窒息する」
「よーし先にケンカ売ったのはお前だぞ夜」
指をバキバキと鳴らしながら青筋を立ててロロは俺に近づいてくるが、その間にハティが割って入った。拒絶するというよりはまぁまぁ落ち着いて的な優しい雰囲気であったが。
「ロロ、落ち着いて。ヨルも悪気はないから」
「いや我慢ならん! そこを退け――」
「ね?」
一瞬だけハティの殺気が膨れ上がるのを涙目で笑いながらも俺は確認した。だが恐らく顔は笑っているのだろう。だからこそロロは少し気圧されて、
「……ああ」
「ねぇ。騒いでないでは無くここから離れよう。また増援が来るかも」
「そう、だな。ルーリアの言うとおりだ。笑ってゴメンロロ」
「スキル名変えようかな……」
この場から離れるための撤収作業を開始し、黙々と討伐の証であるモンキーウルフの代名詞である爪を剥ぎ取りながらロロは真剣に言った。
「ハティ。炎魔法でモンキーウルフの死体を燃やせるか?」
剥ぎ取り作業が一通り終わった後、ロロはモンキーウルフの死骸を一ヶ所に積んでいた。そして手についた血を拭いながら、そう言う。
「出来るけど、燃やすの?」
「お、何だ燃やすのか?」
「ああ。他の国ならそんな義務は無いんだが、死体が動き出すこの国に置いて生物の死骸を放置するのは重罪だ。燃やすか砕くかする必要がある」
「そうなのか」
「その点に於いてはハティみたいな炎魔導士は引っ張りダコだぜ? 生物を砕くってのは骨が折れるからな」
そうしてハティは積まれた狼の山に炎魔法で火を付けた。
一応近くは山だから火を放置するわけにもいかず、俺たちはモンキーウルフが灰になっていく様を近くで見ていた。
ふと思う。
命を奪って、けどその死体は蘇って、だから燃やして。俺らも死んだら遺体を燃やして。
命を得るために命を懸けて命を殺して。
この世界に来る前には平然と行っていたはずの行為だったはず。それでもこうして命あった生物が肉塊になり、そして灰になっていくのを目の当たりにすると思ってしまう。
「命って何なんだろうな」
「何の哲学だ夜?」
「何でもね」
「そか」
「それより評価の方はどうだった?」
「ま、楽しみにしとけ」
そして俺たちはまたゴルウズの王都へと戻るべく、街道に沿って歩き出したのだった。




