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治る身体の異世界ライダー  作者: ツナサキ
一章 世界を知る
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01 ヨル

 雨宮あまみや つばさは現代日本に生きる青年である。


 彼の年齢は18歳。日本人標準の黒髪黒目、身長そこそこの青年。もうすぐ長かった学生生活を終え、就職し社会へと出ていく時期。そんな年頃の彼は最近、ある楽しみがあった。


 何のことは無い。ゲームである。ツバサが小さい頃生まれて初めてやったゲーム、その最新作が発売されたのである。既に翼の通う学校は自由登校に入っており、ゲームに浸る毎日であった。


 今まで数多のゲームをやって来たツバサにとっても、そのゲームは新鮮というべき物であったため、ついつい夜も寝ずにプレイしてしまっていた。


 だからこその風邪である。


 ツバサは古いアパートに1人で住んでいるため誰も咎める者はいなく、誰もツバサを看護する者はいなかった。


 だが、不思議と不快な気分はしなかった。ボロアパートのある一室の冷蔵庫の前で倒れたはず。しかしながらツバサの肌が感じるのは沁みこむ寒さではなく、暖かい春の風の様な居心地のいいものであった。


 


 意識が覚醒し始め、倒れてからどのくらい時間がたったのだろうか。そんな事をふと思い目を開けた。


 「ん……うっ」


 目を開けるとそこは知らない天井だった。俺の住んでいたボロアパートよりも見方によってはボロく感じる、木造の天井だった。


 そのまま周りに目をやる。


 どうやら俺はこの木造小屋のベットに寝かせられていたらしい。ベッドは粗末なものであったが、敷かれている毛布的なものがよく干されているようで結構モフモフだった。


 その隣には椅子が1つだけ置いてあり、その後ろの戸棚には本が数冊置かれていた。後は俺が寝ていたベッド1つが前面木張りの部屋に置かれている。部屋の全容は以上である。


 「どこ、だここ……?」


 確か、冷蔵庫の前で倒れたはずだが……


 そんな事を思っていると後ろからチュンチュンと鳥の鳴く音がする。

 腰をねじり、ベッドから立たない体勢で後ろを振り向くとそこには窓があった。


 窓の外は緑という他なかった。簡潔に言おう、森の中である。頬をつねってみたが痛い、現実である。


 ガチャ


 「フンフフンフーン♪」


 突然部屋に1つだけあった木製のドアが開く音がした。それに続き、可愛らしい鼻歌が。


 二人はバッチリと目が合う。

 ドアから入ってきたのは可憐という言葉が似あう少女であった。可愛らしくクルクルとしているロングヘアー。白いワンピースを着て、手には木製の桶を持っている。身長はとても小さく、黒と白が混ざり合った髪色は、この少女の動物的な可愛さを引き出していた。


 「きゃ!」


 最早ピャア、と正した方がいいぐらいの小さい悲鳴を上げ、少女は近くにあった戸棚の陰に身を隠す。その際に戸棚の角に頭をぶつけて痛そうだ。


 どう声をかけたものだろうか。ここはどこ? あなたは誰? 聞きたいことは沢山あるが、


 「ぐ、具合、良くなった……?」


 一体何を質問したものかと考えていると、不意に少女が口を開いた。見た目道理の可愛らしい声であった。


 そう言えば倒れる前にあったけだるさや熱、頭痛などが感じられない。

 今の少女の言葉から察するに、看病されたという事だろうか。いや、しかし、こんな少女とは面識が無いし、ていうかそもそもここがどこなのかも不明。


 「あの、ここはどこ?」


 まずはここから聞いてみる。


 「わ、私の家よ」


 俺の家ですらなかった。いや知ってたけどね? こんな全面木造の家じゃないし俺のアパートは。


 「……何で俺は君の家にいるのかな?」


 「覚えてないの?」


 そう言うと少女は手に持っていた桶を椅子の上に置き、自身が入ってきたドアの先を指差してこう言った。


 「あそこに落ちてきたから引き上げてここまで連れてきたの」


 ドアの先には別の部屋があり、その部屋の窓から見える景色には、山々という緑に囲まれた、大きな湖畔が見えていた。




______




 どうやら異世界転生したらしい。

 情報を整理した結果、そういう結論に達したのだった。


 あの後、ここに来るまでの記憶が無い事にして、少女に色々と聞いてみた。少女の名前は『ハティ』。訳あってこの山々に囲まれた湖畔の近くで1人で暮らしているらしい。年齢はなんと10歳。


 「十歳!? しかも一人で暮らしてるの!?」


 と聞いたときは凄い驚いたが、


 「私もあんまり他の子のことは知らないけど、普通だと思うよ」


 と返された。


 まあ、それが普通なのかどうかはさて置いて、むしろもっとびっくりしたのはこっちの方だ。


 「……何と表現すればいいのやら」


 簡潔に言うと俺の体が十、十一歳といったハティと同じ位の『少年』になっていたのだった。しかも俺の記憶にあるこの頃の俺と比べても、似ても似つかない別人。さらには髪色がハティと同じ、黒と白が混ざり合った色の髪が肩までかかっていた。


 しかし、誰かに乗り移ったというわけでもないらしい。ハティ曰く、


 「湖に落ちてきた時は裸で何も着ていなかったの」


 「ファ!?」


 「……」

 「……見た?」

 「……ゴメン」


 との事らしい。少し顔が赤くなっていたので間違いないだろう。

 初対面で無意識のままに可愛らしい少女に痴態を見られるという、最悪の始まり方をした異世界生活であった。現在はハティのフリルのついたエプロンドレス的な何かを着せられている。鏡を見るに違和感があまり無いのが悲しいよ僕は。


 え? パンツ? 余ってた布を縫ってハティが作ってくれたのを履いています。


 まあともかく気を取り直して、全裸で少年が空から降ってくるというのも恐ろしい話だが、逆に考えるとこういう公式が成り立つ。


 全裸で落ちてくる少年→皆無。ならば乗り移ったのではなく、神やらなんやらに与えられた、この世界用の俺の体である。

 という公式だ。成り立つ、はず……多分。嘘です、ほとんど憶測です。勘弁してくだされ。



 あとはこの世界の事だ。 


 ここは朝と夜がぶつかり合う大地、『ガルム大陸』というらしい。


 朝と夜がぶつかり合うとは、この世界を形容する謳い文句である。この大地は地球と同じく太陽が昇り、月が昇るのだが、ある地域が何かに阻まれているかのように太陽光が通らなく、暗くなっている大地があるらしい。


 この世界に住む人々は便宜上太陽が照らす『朝の大陸』、太陽が照らせない地域を『夜の大陸』と名付けることにした。


 朝の大陸は比較的安全であり、ゲームに出てくるような魔物は少ないらしい。それでもいるにはいるらしいが。

 しかし夜の大陸はほとんど人間が存在せず、凶悪な魔物がいるという。

 魔物は朝と夜の大陸の『境界線』と呼ばれる場所から朝の方へ入ってくる事はほとんど無いが、しかし、定期的に起きる太陽消失現象、『日喰にっしょく』の時には朝側に魔物がなだれ込んでくるらしい。


 ちなみに朝の大陸が夜になっても魔物は何故かなだれ込んでこないらしい。来るのは日喰の日だけだそうだ。


 まあ、よくありそうな世界観ではある。忘れたけどそんな感じのゲームを昔にやったことがあるような気がするが。


 ちなみに俺がいるのは太陽が照らす朝の大陸である。


 とまあ、これらの事から導き出した答えが異世界転生という訳だ。最早転生したという他に言葉が見つからない。

 俺は生前は、いや、死んでこの世界に転生したのかは不明だが。とにかく日本の俺はゲーマーであった。当然異世界ものには理解があるし、小さい頃には異世界に行って戦うなんて事を夢見たこともあった。


 いわばこの状況はそんな願いが叶った状況とも言えるし、そも、元の世界に未練は無い。精々やりかけのゲームの続きが出来なくなるぐらいだ。もうすぐで就職の歳でもあったし、またこれくらいの少年から異世界で生活するってのも悪くないと思う。まあ、


 「魔王になるとか勇者になるでもなければ、モンスターになるような変化球でもない。野球に例えるなら内角低めのボール球みたいなパッとしない感じの異世界転生だけど。最初はこんなもんか?」


 事実今俺は、聞きたいことを聞き終え、この木造の家のダイニングにあたる部屋で、


 「……お腹空いてない?」


 と何か凄い俺のことを気遣ってくれたハティの料理風景を眺めているのだが、こののんびりとした風景に異世界転生の要素など微塵も感じられない。

 最早髪色が同じなのも相まって、湖畔近くで暮らす双子的な雰囲気である。俺がエプロンドレスを着ていることを除けば。


 もっとカッコいい服を着たい……


 切に思った。


 「ねぇ、記憶、無いんだよね?」


 ふと頭を上げると料理の作業は終わったようで、薪を燃やして作った火を大きめの鍋に当てて中身を煮ているようだった。ハティは木製のテーブルの反対側にある椅子に座り、俺を見つめていた。


 「う、うん」


 俺の記憶がないという嘘を信じているようだ。騙しているようで少し心苦しく感じたが、ハティは「ふーん」と言うような表情をするとモジモジとしだし、何かを言いたげな表情でこちらを見てくる。


 「名前もわかんない?」


 「うん」


 あ、しまった。名前くらいは覚えている設定にしときゃよかった。

 このパターンはあれだ、


 「じゃあ私が名前付けてあげる!」


 ですよねー。いやぁ面倒なことになったぞ? 雨宮 翼という名前はここで捨てることになりそうだ。


 別に気に入っているわけではないが、ツバサというのは覚えやすくて良いと思っていたから。どうしよう、異常に長い芸術家みたいな名前付けられたら。

 ハティのネーミングセンスに祈るほか無い。


 「じゃあカッコいい奴で」


 「カッコいい……うーん」


 ハティは頭を抱えながら必死で考えている。その仕草は可愛らしいが、そこまで必死になる意味はあるのだろうか。そして鍋は大丈夫なのだろうか。


 「じゃあ、空から落ちてきたからナガレボシはどう?」


 「うーん。ダメ」


 「えーなんでー!?」


 この世界のことをハティから教えてもらっていたので、そこの会話で俺たちは少し仲良くなっていた。少なくとも笑いながら会話するぐらいには。別に俺はコミュ障ではなかったし、このくらいは当然である。


 「もっとカッコいいやつが良いな俺は」


 「じゃあホッシーは?」


 「ダメ」


 「じゃあステラ!」


 お、悪くないの出てきたよ。歯切れ良くてカッコいいやつだ。


 「でもダメ」


 「えーカッコいいと思ったのに。ちなみにステラっていうのは星の神様のことなの」


 「めっちゃ星を押してくるね!?」


 でもダメなんですよ。爆発四散したりしそうで恐ろしい名前ですから。


 「できればハティみたいな短くてカッコいいやつがいいな俺は」


 「うーんうーん」


 そういえばハティとの話の最中に気づいたのだが、言葉はちゃんと通じる様だ。よく考えたら日本語でハティが話していたことに途中で気づいたのである。


 まあ言葉に多少の差異はあるだろうし、ご都合主義臭いけど言葉が通じないよりはいい。ただ記憶が無いとハティには言っているから不用意な言葉を口に出さないように気をつけよう。


 「じゃあニッショクノヨルとかは?」


 「ニッショクノヨル?」


 名前ですらないようだが、


 「君を見つけたのは日喰の次の日だったの。それにね、夜を付け足して、『日喰の夜』!」


 「す、凄い名前だね……ちなみに普段の呼び方は?」


 「ヨル!」


 ヨルか。うん、短くて良いんじゃない? 日喰の、は外してもらおうかな。


 「ヨル、か。うんカッコいい。あ、日喰は無しがいいな」


 「じゃああなたの名前は『ヨル』ね。よろしくヨル!」


 「うん。こちらこそ助けてくれてありがとう、ハティ」


 こうして俺、雨宮 翼は異世界転生し、体、名前を『ヨル』という少年に変えて生活していくことになる。


 まだ女装している唯の非力な少年ではあるが、彼が様々なものを乗りこなす『ライダー』と呼ばれる日はそう遠くは無い。

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