幕間 ルーリア・オートヴィルの独白
グリノ村はいつも通り平和だった。小さい村ではあったけど、私が暮らすその家は酒場であり、大人から子供まで様々な人たちが集う騒がしくも賑やかな家だった。
母は村では珍しい赤い髪をしており、いつもその長く綺麗な赤い髪を揺らしながら酒場を切り盛りしていた。
「私はね、誇る事があるとすればあんたを産んだことだよ」
それが母の口癖。私に言うまでならいいのだけれどお客さんにまで言うんだからたまったもんじゃない。恥ずかしくないのかな。
お父さんは普通の人だ。二人とも同じこの村で生まれたらしいんだけど、正直長所を探すのが困難である。特殊な力を持っているわけでもないし、少なくとも強いわけではない。十一年とちょっとしか生きていない娘に剣で負けるほどだから。
ただ、昔何かを調合する仕事をしていたらしく、酒場で出すお酒は全てお父さんが作っていた。
そういう私は、友達が少なかった。
付き合いが嫌いなわけではない。もちろんいなかったわけでもないのだけれど……
理由はガキ大将みたいな悪ガキを剣術で圧倒したことが原因であった。村にいる兵士さんとか酒場に訪れる冒険者さんとかに剣の振り方を教えてもらっている内に何か私の中の才能が目覚めたらしい。
五人の悪ガキに囲まれても、棒一切れさえあれば砂埃一つ着けずに圧倒することが出来た。お父さんとお母さんには無い才能だったらしい。
そんな事もあってか村の子供たちからは『赤鬼』と呼ばれていた。もちろん優しい子なんかは嫌ったりしないで遊んでくれた。
将来は騎士になって人々を守るためにこの力を生かしてもいいかもしれない。
はたまた旅人になって世界を旅して色々な物を見るのもいいかもしれない。
家の酒場は継がなくてもいいと両親は言ってくれた。
あれは、そんないつも通りの日を過ごしているときだった。
『従者』が村を襲ったのだ。
『従者』。腐敗の王、レイル・ロードの力。死体を動かし、生きるものを襲う怪物へと変化させるものだ。一度『従者』になってしまった者を元に戻す術は無いという。出来る事は最早動けなくなるまで攻撃を加える他ないと兵士の人が言っていた。そうなった者は魔物として処理されるとも。
両親の行動は早かった。
私を家の地下にあるお酒の保管室に私を閉じ込め、父は私に魔法をかけた。それから私の意識は飛んでいる。気絶させる、そんな魔法だったのだろう。薄れゆく意識の中で上から大きな物音がするのを感じた。
気が付くと私は、血だらけの父に抱かれていた。
「あぁ……起きたかい。すまない、ルリア。君に頼みたい事がある」
父は喋るのも辛そうだった。ルリアとは、父が呼んでいた私の名前の愛称。
「もう、魔力が無くてね……腕もうまく動かない……これで僕を、殺して欲しい」
渡されたのは小さな短剣だった。
確かこれは、父が自慢気に話していたことがある。これで殺された者は『従者化』しないのだと。まるで自分が作ったかのように自慢していた。
出来ない。嫌だ。死なないで。
何度も何度もそう言った。
けれど、父は辛そうに血を吐きながら言った。
「……ルリアの行く末に、祝福が、ありま、すように……」
そして父は力尽き、私に渡した短剣へと倒れ込み、刃は父の喉へと深く突き刺さった。
泣いた。泣いて泣いて、どれだけの時間が経ったかわからなくなった後でふと気づく。
お母さんは?
フラフラと私は店を出る。店の中はおびただしい量の死体で溢れ返っていた。壁に見えるのは魔力による攻撃痕。父は強かったのだ。魔力が無いのは、体が動かなかったのは、ここで戦ったから。
見慣れた村のあぜ道を歩く。見慣れないのは何処までも広がる血しぶきと、見慣れた人たちの倒れる風景だった。鎧を着こんだ兵士たちも倒れているのが見える。『従者』として動くものと動かないものの違いは何なのだろうか。わからない。動かないんだと、そう思う以外になかった。
母を見つけた。
首に一撃。絶命していた。
けれど、母の綺麗だった顔を見てわかった。母は『従者』となり、何者かに終わらされたのだと。わかっていた、わかっていたとも。『アイツ』が来る前から。
それは白黒の髪で男か女かわからないような見慣れない風貌をした子供だった。私の前まで来て、何かを言った。
「お母さん」
そう言った時、そいつの表情は一気に青ざめた。
頭を抱え、崩れ落ち、何かをブツブツと話していた。この異常な状況に、異常にも慣れ始めていた私の耳はその声を捉える。
「俺、は。だって、もう生きていなかったから……怪物になってたから、仕方なかったんだ、殺すしかなかったんだ……」
私はそいつに飛びかかった。抑えられなかった。
何度か家族が『従者化』し、それを終わらせたという人たちと会ったことがある。そうするのが正しいと。そんな事を聞いていたから、私自身そうだと思っていた。けれど止められなかった。
だが私の凶刃は現れたもう一人の人物に止められた。そいつは誰も悪くないという。誰も? じゃあこの白黒の子供も悪くないというのか? そんな風には思えなかった。殺したいと、切に思った。
国の王都に連れていかれた。大きな建物の中に連れていかれた。白黒の頭をしたあいつと同じ部屋で話を聞かされた。飛びかかって殺そうとも考えたが、あの『騎士』みたいな奴の前では無理だろう。そう思っているとその騎士から外へと呼び出された。
「ヨルを殺したいかい?」
ヨル。あの白黒のやつだろうか。殺したい。そう言う。
「でも悪いのはロードであってヨルではないだろう」
そんな事は関係ない。殺したい。そう言う。
「僕も両親をロードに殺されたよ。だからどうっていう訳じゃないんだけど、どうだい? 僕はロードを殺すために動いているんだけど、君も乗るかい? 求める条件は一つ。『ヨル』を殺さない」
目の前の青年は不敵に笑う。そして私に復讐という名の糸を垂らす。
思えば私は彼に『洗脳』されたのかもしれない。利用されたのかもしれない。ヨルを殺さないようにセーフティをかけられただけなのかもしれない。
「――ぁ」
そう思える程に私の心は書き換えられていく。怒りが、ロードへと向かっていく。まるでそんな『魔法』をかけられたかのように。いずれ私は知るだろう。カルトは『悪魔』であると。
「――ぁあ」
あれは、人を模した悪魔であると。
「グルアアアァァァァァア!!!」
「死ね……ヨル!!」
私の稲妻を纏った剣は異形と化したヨルの体を貫く。ヨルの背中から生えた白い翼を貫き、浮力を失った船の如く私とヨルは地上へと堕ちて行った。
地上では家々が燃え、従者が徘徊し、阿鼻叫喚の地獄絵図。自我を取り戻した私はただその景色を目に映して。
これはヨルと私の物語。いずれ対峙する『鋼鉄の騎士』へと至る物語のプロローグ。




