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治る身体の異世界ライダー  作者: ツナサキ
二章 死の蔓延する国
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二章07 大きな屋敷の木の下で

 「という事はカルトさん七歳、エル三歳まではカルトさんの家は騎士の家柄だったわけですか?」


 「大体はそうだね。その頃には両親は死んでいたけど」


 俺たちはベルウィング邸の修練場の隣にある芝生へと入っていた。中心にある木に背中を預け、心地よい昼のひと時を満喫していた。


 「そのまま騎士になろうとは思わなかったんですか?」


 「……ま、思うところ沢山あってね。それより今は君らの話をしよう。ガルディアは良い住処を紹介したかい?」


 カルトは少し間を置いた後で話題を切り替えた。いつものにこやかな笑みを少しだけ崩しており、あまり聞かれたくないらしい。


 「はい。昔住んでたっていう廃屋を紹介してくれました。ってなるとあそこにエルも住んでたことになるのか?」


 「いえ。私は物心つく前からこのお屋敷にいたので兄さんと一緒に住んでいたことはありません」


 俺の正面に座っているエルが言う。

 陣形としては俺、カルトが木に背中を預けており、ハティ、エルが俺たちの正面に座っており円のような物を形成している。ルーリアはその円に混ざらずに少し離れた場所でボーッとしている。

 あれは何か悪い事を考えている。無表情だが雰囲気がそう伝えてくる感じだった。


 「へぇ……色々理由がありそうだから聞かないでおこうかな」


 「そうしてください。しかしカルト君から二人は山奥で暮らしていたと聞いています。となると街で暮らすのは勝手が違うんじゃないですか? 例えばお金とか」


 確かに。当然これだけ高度な街であるならば金も使われている。

 朝食を食った時にガルディアが懐から財布のような袋を取り出して支払っていたが、パッと見てもよくわからんかった。


 目についたのは金色の硬貨、銀色の硬貨、銅色の硬貨の三つだった。テンプレかな。金貨、銀貨、銅貨だろ。ありがちだな。思ってたより太陽の光を反射してて綺麗だったけど。


 「金、か。ハティは見た事あーる?」


 とぼけた感じでハティに話を振る。まぁ? ハティも山奥で暮らしてたわけだし? 使う機会もなかったわけだし? 知っているわけがないんだけd


 「あるよ」


 「アルェ!?」


 思わず変な声が出た。


 「え、お金ですよおかーね」


 「薄い金属のやつでしょ? お爺さんが持ってたの見せてもらったことあるから。確か『陽金貨、陽銀貨、陽銅貨』って聞いたよ」


 「ほー。陽、か。確かにあれは綺麗だったな。てか知らないの俺だけかーい」


 「ヨル君とハティちゃんは一緒に住んでたんじゃないんですか?」


 「ヨルは少し前に湖に落ちてきたの。見せてもらった時にはまだヨルはいなかったから」


 「湖に落ちてきたっていう言葉の神秘さよ。実は俺湖の妖精とかなんじゃね?」


 「落ちてきた? 空から?」


 「まぁまぁまぁ。話すと長いんで割愛」

 

 まるでどっかの映画みたいな展開を話すのも面倒臭いし、何よりその時俺意識なかった。従って話すほど俺自身も詳しくないしな。

 

 「人は何処から来て何処へ向かうのか。哲学だね……ハハッ、『人』か」


 話に食いついてくるエルをいさめていると隣のカルトが呟いた。相変らずのにこやかな笑みがその整った顔に張り付いてはいたが、何やら思うところがあるようで青く光る空を眺めながらそう言った。


 「んで、陽とは?」


 「この世界にとって太陽とは平和の象徴であり、シンボルとするに相応しいものだから貨幣にも太陽が彫られているのさ。ま、それを踏まえると日食の狼は平和な世の中が嫌いだったのかもね」


 「カルト君。あんまり憶測で余計なこと言わないで下さい。ヨル君達が怖がったらどうするつもりですか」


 「ああゴメンゴメン。他意は無いんだ。僕はボーっとそういう事考えるのが好きでね。とにかく、『太陽』の陽から来てるのさ。そういうものだと知っていれば問題ないさ」


 「なるほど」


 確かに太陽らしき模様が彫られていたような気がする。

 俺がガルディアの出した金を思い出すべく記憶を遡っていると、隣に座るカルトが、


 「エル。教養と魔法は頼んだよ。僕は剣術教えるから。と言っても僕も忙しい時の方が多いけどさ」


 「お任せあれ。私たちは力と知恵を与えて、ヨル君たちは労働力をくれる。そういう取引ですからね。あ、ヨル君こちらをどうぞ」


 するとエルは俺の方を向き直し、自分の隣に置いていたいくつかの衣服をこちらへと差し出した。エルが先程買ってきてくれた衣服だ。一番下に見えないようにかつてのエルの私服であるスカート付きの衣服があるのがちらりと見えた。雑巾にでもしてやろうか?


 「ありがとう! さっそく来てみてもいい!?」


 「い、いいですけど……」


 貰った服は全部で三着。一つはいかにもファンタジー世界の市民が着ていそうな平均的な服だ。青いシャツに黒いズボン。しかし結構良い素材で出来ているのか肌触りは素晴らしい。二つ目は柔軟性のある服だった。装飾などは一切無いがおそらく動きやすい訓練用の服のようだ。三つ目はエルの私服。少しデカい。


 「いやぁずっと俺こういうカッコいい服装に憧れてたんだよ。ハティには悪いけど」


 そう言いながら上着を脱ぎ、貰った青いシャツを着る。ツギハギだらけのズボンも脱いで黒いズボンをは履いた。

 着心地は非常に満足。買った場所を聞いてもっと種類買おうかなと思うくらいだ。だが周りの反応がイマイチである。なんというか、お茶の間がベッドシーンで凍りついたような。そこまで酷くは無かったがそんな気まずさを感じた。


 「あの、何?」


 もしかして俺ヤバイ事した?

 この国。というかこの世界では人前で着替えとかしちゃダメなのか? いやでも一回腹の紋様見せる時に上半身は脱いだしな。だとしたら何故そんな気まずいのか。


 「ヨル。女の子が人前で裸になるのはやめた方がいいよ」


 「笑えないジョークでたよ」


 「見た感じヨル君髪長いですね。だから女の子に見えるんだと思いますよ」


 「やっぱそうかぁ。バッサリ切るかな」


 「その時はこのエルにお任せください。綺麗に切って見せますよ!」


 「切った髪保存しそうなんでパス」


 「酷い!!」


 正面のハティがギクッとしたのを俺は見逃さなかった。このヤンデレめぇ、可愛いから許す。


 「ともあれあの家で生活するにも色々必要だよな。山の家に戻って必要な物持ってくるか? 金もかからないし」


 「ダメだ」


 「えっ?」


 急に声のトーンを落としてカルトが言った。あまりにも唐突だったのでカルトの方を向いて驚く他なかったのだが、


 「ああ違う誤解しないでくれ。今はダメだ。『日喰』が近い。それまでに帰ってこれるかはわからないし、何より『従者』が活発になってきていて危険だ。だから行くなら『日喰』が終わってからにしてくれ」


 何かしら、それこそ『従者』の動き方などを見て『日喰』がいつ起こるとかわかるのだろうか。それとも太陽の動きでも見ているのか。どちらにせよ『日喰』が近いらしい。そうなると今はパーシヴァルも近くにいないし、行って帰ってくるのは厳しいか……


 「そうですね。『日喰』が終われば比較的安全になりますから、その後でよければ私もお手伝いしますよっ」


 「でも寝るところが無いんだよね……あと調理器具とかその辺はどうしようヨル?」


 ハティが自分の長い髪を弄りながら困った風に言う。

 ハティとはそれなりに一緒に暮らした。数えてはいないが一、二か月程か。そこからわかった事なのだが、どうやらハティは自分の料理に自信があるらしい。見ず知らずの俺にご馳走してくれたくらいだしな。だから結構食べ物を気にしたり、料理を率先してやる傾向がある。


……まぁ料理の見た目とか酷いし暴走すると寸胴鍋を傷の治療に使おうとするのだけれども。

 後者はどうにもならないとして、料理の見た目は治るのだろうか。材料が原因ならば治るだろう。多分。技術が原因であれば多分治らない。旨いからいいけど。


 「うーん」


 「ハティちゃんは料理するんですか?」


 「うん! いつもヨルに作ってあげてる!」


 ハティはエヘンと胸を張りながら可愛らしく言う。一方エルは年の離れた妹を褒めるかの様に、


 「きゃー偉ーい! やだ可愛いー!」


 とハティの白の割合が高い白黒の頭をグリグリと撫でまわしている。しまいには抱きついてハティをブンブン振り回している所から見るに、可愛いものが好きなようだ。


 「いつもありがとーお姉ちゃん大好き―」


 「はぅ!?」


 ふざけたつもりで言ったのだが、思いのほか効いた様だった。

 棒読みの俺の台詞を聞いたハティは小さく声を上げる。エルで顔が隠れて見えないが照れているのだろう。そんな声だった。


 「これからヨル君達ここに来ますよね? だったら人数分作りますから一緒に食べましょうよ! ベッドはあげます!」


 ハティを抱きしめて恍惚の表情を浮かべているエルが力強く言う。

 血筋がそうさせるのか、エルも中々に子供好きというか、ロリコンだった。流石はガルディアの妹。


 「ちょっと、何言ってんの。勝手に約束しちゃダメだよエル」


 無論エルのその言葉にこう反応したのはこの屋敷の当主、カルトだった。

 しかしエルは雇ってくれているはずのカルトに不機嫌そうな表情を向け、


 「何か不満でも?」


 とふてぶてしく呟いた。何だこの使用人。


 「いや、不満じゃないんだけどね。仮にもこの屋敷は僕の屋敷なんだからあまり無茶苦茶やってもらうと困るんだけど」


 「私がいないと食事もできないくせに。私に反論できると?」


 「くっ」


 カルトの言う事はよくわかる。が、少なくともエルはそう思っていない様で不機嫌そうな顔を更に歪めて言う。というかエルがいないと食事もできないってヤバくないか? 不器用? 不器用なのかカルトは?


 「ほら、僕当主。君使用人」


 「別に解雇してもらっても構いませんが?」


 「ごめんなさいそれは困ります」


 「じゃあ先程の提案には肯定という事で構いませんね?」


 「うぐぐ……ベッドはダメだ! いざとなった時の財源だから!」


 相当金に困っているのかそんなことを言い出すカルトであった。

 だったら屋敷売ってそれなりの家に住めばいいのに。ま、これで食事問題は解決しただろう。『日喰』が終わった後で山小屋に必要な物を取りに行ければ料理も出来るし。ちなみに俺は料理とか出来ない。精々温めるとかが限度。


 「何か……すいませんカルトさん」


 「ああ……もうこの兄妹に無茶言われるのは慣れたよ」


 爽やかな雰囲気を一転、苦労人といった雰囲気へと変えてカルトが返答する。


 「しかし一気に三人増えるか……」


 エンゲル係数が急速に伸びていく予感のするベルウィング邸だった。


 「ヨルヨル。寝るとこどうする? また一緒にグルグル巻きで寝る?」


 まるでそうしたいと言わんばかりの笑顔を携えながら、ハティは言った。というか僕朝起きたら毛布の外に無残にも転がってたんですけど。ハティが全て巻き取ってたんですけど。


 それはさておき。いくつ考えはある。


 「家に比較的新しいベッドの骨組みはあったから、干し草を敷いてその上にシーツ的な何かを被せて寝るのはどうだ」


 まるで農家の寝具のようだが一番費用の掛からないものだと思う。必要なのは干し草とシーツだし。


 「干し草ですか? それならあそこに滅茶苦茶ありますから好きに持って行ってください」


 エルが指差したその先には干し草が沢山あった。

 庭の隅。芝生になっている方の庭の隅に置かれてある。その名の通り干されている様で黄金色だ。俺よりもデカい。庭の手入れをした際に生まれたものだろうか。


 「魔法で防虫加工してあるので虫は湧きませんよ」


 困った時の魔法ですよ。そんな魔法あるのか、防虫魔法? 想像すると笑っちゃうけど日常生活にはとても有用そうな魔法だなオイ。


 「ありがとう。使わせてもらいます」


 「ええ。木の葉とかも混じってるんでちょっと農家にある様なものとは違いますが」


 やっぱり庭の手入れで得たもののようだ。

 あとはシーツだが、これは金が手に入ったら適当に買っておこう。


 生きていくために必要な物を揃えようと考えていたせいなのか、頑張ろうと、頑張って生きていこうと。そんな風に思えた。

 わけもわからず此処まで来たが、後悔はしていない。確かにキツイ事もあったしこれからもあるだろう。けど、『楽しい』。こうやって生きるのが楽しい。そう思えたから。



 少し大きな木の下で、これからの事を談笑しながらヨルは思う。楽しいと。平和だ。のどかだ。微笑ましい。故に知らない。ヨルもまた歪んでいる・・・・・という事に。


 その存在が、その趣向が、その意思が。

 それを知るのは遠くない。もしかしたらそれを知った時、ヨルは思うのかもしれない。自身の名前、『ヨル』とはまさしく自身の表現するに相応しいものであるのだと。


 『ヨル』は『夜』であり、『夜』はこの世界において『警戒すべきもの、悪』という意味合いがあるのだから。

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