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治る身体の異世界ライダー  作者: ツナサキ
二章 死の蔓延する国
15/55

二章05 彼女はヨルのどストライク

 ヨルが死んだ。


 ヨルが死んだ。


 ヨルが死んだヨルが死んだヨルが死んだヨルが死んだヨルが死んだヨルが死んだヨルが死んだヨルが死んだヨルが死んだヨルが死んだヨルが死んだヨルが死んだヨルが死んだヨルが死んだヨルが死んだヨルが死んだ。


 黒い空間で血を吐き、グッタリと倒れこんでいるヨルだけが見える。

 まるで打ち捨てられたゴミの様に傷つき、ピクリとも動かない。

 何故、どうして。そんな感情が浮かんではくるが、私は知っている。


 これは夢だ。比喩でもなんでもなく、本当に夢だ。本当の私とヨルはきっと寝ている。そんなことはわかっているのに、わかっているのに、


 辛い。

 何が辛いって、これが正夢になるのではないかという事がだ。


 ヨルは私の世界を広げてくれた。

 私の、大切な『家族』。

 本当に素敵な、『弟』。


 ヨルがいなくなってしまうのは悲しい。とても悲しい。


 だからこそ、そう思うとどこからか力が湧いてくる。

 私はヨルに助けられた。助けられたんだ。


 この光景は、恐れるもの。私が恐れるもの。

 なら抗おう。こうならない様に努力しよう。

 強くなろう。


 今度は私がヨルを助ける。



______




 目覚めた時に最初に目に入ったのは、ハティのそれはそれは可愛らしい寝顔だった。寒かったのかはわからないが、ハティが毛布を自身の体に巻き取ってグルグル巻きで眠っていたため俺は石床に直で寝ていた。

 ひどい。


 俺は家から外に出た。頭上にはすでに太陽が昇っている。

 そして地面に正円を描き、魔力を微量放出し、例のアレを唱える。


 「時刻を示せクロノ


 正円は光を帯び、俺の手元へと上がってくる。もう随分慣れたものだ。

 

 「え、っと。時刻は、4刻か」


 確認した後でその光を払うように手を振ってクロノを霧散させる。そして始まる一日に気合が入るように大きく伸びをした。地べたで寝たからか少しだけ体が痛かった。


 「んぁぁあ……腹減ったな」


 そういえば、いつから食っていないっけ?

 確か、昨日の朝。山小屋を出たときから何も食っていない。腹も減るわけだ。


 「いや、パーシヴァルの背中で食ったか」


 肉とキノコの串焼きを食ったな。でも俺は育ち盛りの少年なわけで、実質二食食っていないのを同じようなもんだ。


 この家には山小屋にも最低限あった調理器具が無い。まずは食糧問題から解決していかなくてはいけなさそうだな。

 幸い水魔法の水は飲めるし炎魔法は調理に使えるのでその辺は心配なさそうだが。


 「……ん?」


 俺は廃屋から少し離れている、人が住んでそうな綺麗な家々を見ていたのだが、何やらその家々の屋根をピョンピョンと跳ねながら伝ってくる人影を目撃する。

 人影はこちらを向くと、俺が見ているのに気づいたようで手を振りながら近づいてきて屋根から降りて来た。


 「ようヨル。どうだ住めそうか?」


 「ガル兄」


 昨日もだいぶお世話になった、ガルディアであった。


 「ハティはどうした?」


 「まだ寝てる」


 「そうか。いやーすまんな昨日は。食い物とか寝床とか大丈夫だったか?」


 「いや、まぁ、何とかなったんで大丈夫」


 むしろ謝らなければいけないくらいお世話になってるのはこっちの方だしな。


 「そうか。で、どうよ、飯食い行かねーか? もちろん金は俺が払うぜ。お前らが稼げるようになったら返してもらうがな」


 「飯! 食べる!」


 その単語が会話に出てしまい、結局ますます腹が空いてきた。


 「よーしじゃあハティを起こして来な。食い終わったらカルトん所行ってみるか」


 即座に俺は毛布グルグル巻きになっているハティを起こし、いざ飯食いへと街へ繰り出した。



 しばらく後


 酒場の様な雑多な飲食店で朝食を終えた俺たち三人は、カルトの元に向かうため商業地区を歩いていた。

 すると隣を歩いているハティが目を輝かせながら、


 「美味しかったねー」


 と満足げに言った。


 「ああ。けど俺は魚が食いたかった、魚が」


 「お? 何だヨルは魚が好きなのか?」


 勿論。と答えようとしたのだが、その前にハティがガルディアの方を向いて、


 「そうそうしかもその食べ方が凄いの!」


 「凄いってどういう事だ?」


 「焼いたりしないで生で食べちゃうんだよヨルは」


 まあ、あったな。

 時はだいぶ遡るが、ハティの気を引こうとして湖で釣りをしていた時の事だ。釣った魚が美味そうだったので出来る範囲で解体し、刺身にして食ったのだが、物凄いハティが気持ち悪がっていたのを覚えている。食べないか? と聞いたが全力で否定された。


 「生ぁ? お前そんなもの食って腹壊さないのか?」


 「いやだから美味いんだって。二人共食ってみればわかるから、マジ美味い。ただ新鮮なやつによるけどね」


 「つっても生だろ? あのビチビチしてる生き物を、生だろぉ?」


 ガルディアとハティの反応を見るに、どうやらこの国では魚を生で食べるという文化は無いようだった。

 美味いんだけどな、本当に。


 「じゃあガル兄は何が好物なのさ?」


 「俺か。俺はシンプルに肉だな。圧倒的肉汁感、たまらん。ハティはどうだ?」


 「私は……何でも大好き。あ、でもよく食べてたから山菜とかキノコとか好きかな」


 「なるほどな。ま、食いもんの好みをとやかく言うつもりはねぇが、この国は海に面してねぇから生の魚とかは結構高価だな」


 と何気なく重要な事をガルディアが適当に言う。


 「海に面してないの?」


 「ん、おおそうだ。一番海に近い所だと……アイオーン地方だろうな」


 「どこですかそれ」


 「このゴルウズがあるのがマクス地方ってのは知ってるか?」


 「全然」


 「そうか。ま、そのマクス地方に隣接してる地方だな。んでアイオーン地方ってのは国土の実に6割が海って国だ。海の上に王都とか街とかある国だぜ? ヨルが好きそうだな」


 ガルム大陸には朝の大陸と夜の大陸があるのは知っていたが、地方とかそこまで細かくは知らなかった。地球だってユーラシア大陸といってもその中には無数の国があるもんな。当然と言えば当然か。


 「海上都市か、行ってみたいなぁ!」


 「でも、6割が海ってどういう地形なの?」


 と俺がウキウキしていると、ハティがガルディアに的確な質問を入れる。


 「えーと、三日月あるだろ? あんな感じで大まかに言うと欠けてる部分が海になってんだよアイオーン地方は」


 「へー。私もいつか行ってみたいな」


 「ハハ! じゃあまずは行けるように強くならないとな。当然長旅になるし、魔物も出ればこの国にはレイル・ロードの脅威もある。いつになるかはわからねぇが、行けると良いな。その時は俺も誘ってくれよ?」


 「ああ。真っ先に誘いに行くよ」


 「楽しみにしてんぜ、っと着いたぞ」


 とガルディアが足を止める。

 無論俺たちも足を止めるのだが、どこに着いたのだろうか。


 すでに冒険者地区は抜け、俺たちは比較的小奇麗な場所にいる。

 周りには比較的裕福そうな家々が建ち並んでおり、道も石なのか煉瓦なのかわからない物で舗装されている。品物を売っている店は少なく、言うなれば住宅街なのだが、ガルディアが向いている家は『家』ではなかった。


 『屋敷』だった。


 敷地内は柵で覆われており、大きめの庭がある。

 この時点で最早普通の家とは言い難いのだが、畳み掛けるようにその建造物は『屋敷』を主張している。外から見える窓は正面からでも十ほど存在し、玄関まで行く道が舗装されている。


 屋敷自体は白と黒のツートンでありきたりではあるが重厚感があり、玄関の大きな扉の両横には白い柱が屋敷を支えている。


 貴族が使用人を何十人も抱えて暮らしているような豪邸でもないが、少なくとも家と呼べる代物ではないことは明白だった。一人に一部屋与えたとしても、十五、十六人は余裕を持って住めそうではあるのだから。


 「紹介しよう。ベルウィング邸だ」


 「ぐあぁぁぁぁ!!」


 突如叫び声を上げて俺は崩れ去る。そうだろう、当たり前だろう。だって、


 「ど、どうしたのヨル?」


 俺は即座に立ち上がり、ハティの肩を掴んで、


 「やっぱ引き取られよう! こんな所で住めるんなら絶対そっちの方がいいと思います!」


 「え、え?」


 「だって見ろよこの豪邸! 兵士になればこんな豪邸住めるの!? だったら俺兵士になりますよ!? 廃屋とこの屋敷比べてどっち住みたいなんて言われたら絶対こっちだろ!!」


 「まあヨルの言わんとしてる事はわからなくもないが……」


 「でしょう!? てかガル兄知ってたんなら言ってよね! カルトさんの家は凄い屋敷ですよって!」


 怒涛の勢いでガルディアとハティにまくし立てていたが、そんな暴走気味な俺を落ち着かせるように後ろから声が響いた。


 「ごめんよ。でも流石に三人増えると困るんだよね。一人がギリギリだったから」


 後ろを振り向くと、そこには三人の男女が立っていた。


 真ん中にはブラウン色のロングヘアーを纏めずにラフに流しているカルト。鎧は着ていなくラフな服装をしている。その右には昨日もあった少女、ルーリアが黒を貴重とした執事服を着て立っていた。ぱっと見た感じ誰だかわからないほどに雰囲気が違う。俺の視線に気づいた様で表情を変えずに手を軽く上げて合図した。どちらかと言うと『恥ずかしいから見んな』と言う仕草であったが。


 そして左には、ハティや俺よりも三、四歳程上だろうか。そんな少女がいた。

 目が少し細く、言うなれば『ジト目』のような目をしている。服装はルーリアと同じく黒を貴重とした女性物の執事服を着ているが、サイズが少し合っていなく年季を感じる。全体的に可愛いというよりは綺麗という雰囲気であり、きっちりとした服装も相まってつまるところ『麗人』だ。


 そして何より目立つのは、頭のてっぺんからピンッと立つ『緑色』のアホ毛であった。その色合いは、まさにガルディアと全く同じものである。


 「元々軍で引き取るって話だったけど、それでも住む場所は必要だろう? だから僕の家に住まわせることになってね」


 「カルトさん。おはようございます。でもって一人で限界ってどういうことですか、めっちゃ部屋あるじゃないですか!」


 「あーうん。そのー」


 と言いにくそうに言葉を濁すカルトであったが、隣のジト目アホ毛の少女が代わりに答える。


 「使用人が私しかいないの。それなのに屋敷は広い、庭の手入れもある、肝心の当主は生活力ゼロ。新たに雇うのも色々難しいので受け入れるとしても一人が限界ってわけね」


 「アハハ……返す言葉もありません」


 「君がヨル君だね? そして貴女がハティちゃん」


 と少女はカルトを少し困らせた後、こちらへ一歩近づき俺たちに向けて話しかけてきた。


 「はい。そういうお姉さんは何者ですか?」


 俺よりも頭一個半くらい大きかったのでそう言ったのだが、隣でハティがムッと顔をしかめた。


 「私はこの屋敷で使用人を務めております『エリアル』と申します。エルとお呼びください」


 自身をエルと名乗った少女は恭しくそう言いながら深く一礼する。

 突然雰囲気を変えてそう言うエルに吊られて俺も慌てて一礼する。するとエルはそんな礼節ある雰囲気を崩しながら、


 「そしてそっちにいるガルディアの妹でもあります」


 「はぁ妹……はぁ!? 妹!?」


 ガルディアを見る。

 エルを見る。

 ガルディアを見る。

 エルを見る。


 「馬鹿な……美人、だと!?」


 「あら、ありがとう」


 「遠回しに俺が馬鹿にされたのはわかるぞヨル」


 「フハハハハハ! きっとヨルならそういう反応をすると思っていたぞ僕は!」


 後ろであからさまにガルディアを挑発しているカルトだったが、ガルディアはそれに食いつかない。ふとガルディアを見ると最早そんな事は言われ慣れたといった顔をしていた。


 そしてハティは不機嫌そうにこちらを見ている。


 「どしたの?」


 「別に」


 これは嫉妬してますね。


 「……ハティも、可愛いぜ?」


 左頬を殴打された。痛い。流石に安直過ぎたか。

 照れるとか冷たい目で見られるとかじゃなくほぼ無表情で殴られた。


 「わぁ本当に髪が白黒だー。可愛いぃ」


 「きゃ!」


 「んーモフモフ~」


 エルはハティの長髪に顔を埋めるように近づき、そして抱きついた。

 初対面だというのに。そのくらいハティは可愛く親しみやすい雰囲気を持っていることは確かではあるが。


 当のハティは滅茶苦茶嫌がっているのだが。


 「で、どうしてここに? 落ち着いたら遊びに来てとは言ったけど、流石に速すぎだろ」


 「ああそれは――」


 「使用人として雇ってください」


 「いや違うだろ」


 ガルディアが答えようとしたところに割り込む。俺としては半分冗談半分真面目にそう言ったのだが、

 その一言は図らずとも更なる論議の幕開けとなってしまい、


 「今の言葉本当?」


 「はい?」


 ハティを抱きしめていたはずのエルがいつの間にか近くに立っており、俺の両上腕をガシリと掴み、


 「使用人として、来てくれるの?」


 「いやその、半分冗談イデッ、あの、イダダッ」


 「カルト君。雇いましょう、滅多にありませんよ雇ってくださいなんて言ってくれる人」


 「いやー残念だけど雇うお金が無いし、何よりここ住むの市民権が必要だし、それにもお金が掛かるし……」


 これだけ大きな屋敷に住んでいながら金に余裕は無いベルウィング家らしかった。


 「けど雇えれば私の仕事が大幅に減ります」


 「けど雇えば僕の仕事が大幅に増えるからね。却下で」


 「くっ、何て人使いの粗い……!」


 「ならいい考えがあるぜ二人共」


 口を挟んだのはガルディアだった。


 「兄さん。何? 考えって」


 「立ち話もなんだ。中に入ろうぜ」


 そう言ってガルディアはベルウィング邸の庭に入るための門をスキルを使った三段ジャンプで飛び越え中に入った。不法侵入である。


 だがカルトとエルはガルディアの不法侵入などいつもの事と言わんばかりに無視して門を通っていく。俺たちはカルトに、


 「今日は僕も非番だし、寄っていきなよ」


 と言われたので彼らと一緒にベルウィング邸へと入って行った。

 庭の右側には大きな木があり、その下には綺麗な花が少し植えられている。まるで山奥のある風景を切り取ったような風景だった。

 左側は逆に全くと言っていいほど植物が生えていなく茶色い地面が見えているのだが、案山子のような物が沢山立っており、恐らく修練場といった運用をしているのだろう。当主は兵士だからな。


 その途中、屋敷の玄関まで伸びている庭の道を歩いていると、


 「結局何しに来たの?」


 とルーリアが歩きながらこちらを見ずに話しかけて来る。


 「え、と。その、ルーリアって兵士になる為に特訓するんだよな?」


 「そうだよ」


 「だから俺たちも一緒に鍛えてもらえないかなと思って……迷惑かな?」


 「別に」


 良かった。ルーリアは気にしていないようだ。いくら鍛えてもらうと言ってもルーリアが嫌だと言ったら退かざるを得ないからな。

 だが思った通りにルーリアが答えてくれたわけでもなく、近くを歩いているハティにも聞こえないように俺の耳元で、


 「だって合法的にヨルを虐められるからね」


 と囁いた。

 寒気を感じた俺は一歩下がりルーリアの横顔を確認するが、その顔は加虐的な冷笑を張り付けている。


――コイツ、ドSか――!


 ゾクリと体を震わせながらもヨルは屋敷への道を歩く。

 気圧されたこの時点で完全にヨルが立ち位置的に受けへと回ってしまっていたのだが、そんな事をヨルは知らず先を歩くルーリアの後ろを付いて行った。



 ベルウィング邸一階 応接室らしき場所


 外見も中々に豪華だったが、中も相当だった。

 床には絨毯的な代物が敷かれているし、何か鎧とか絵とか飾られてるし、椅子はフッカフカで一般家庭にあるものとは到底思えない。

 更に今いるこの部屋の天井には照明まである。シャンデリアという奴だ。流石に電気で動いているというわけではないらしいが、どうやら俺が知っている既存の照明ではないようで、光るであろう部分には何か、石のようなものがはめ込まれている。


 服装にしても俺の服はツギハギだらけだし。何だか場違いな気もするが、ガルディアがいてくれるお陰で部屋の貴族指数が幾分か下がっていたので比較的居心地は悪くなかった。


 「兵士ってこんな良いとこ住めんの?」


 素朴な疑問だった。

 そもそも兵士って寮とかで暮らすんじゃないの? 知らないけどさ。

 仮に自前の家に住めるとしても何故ここまで豪華なのかは更に知る由も無い。


 「ちなみにベルウィング家は没落した『騎士』の家系だったりする」


 「騎士」


 そう言ったのは椅子をギシギシと揺らして座っているガルディアだった。

 それに答えるようにカルトも口を開く。


 「十年以上前の話だけどね」


 「意外と最近だった。てっきり五十年前とかそんなだと」


 そう言い辺りを見回すが、かつて騎士が住んでいた家と言われればそう思えなくも無い。

 あと近くに座っているルーリアが視線を向けてくる。なんとなく辛い


 「騎士と兵士は何か違うんですか?」


 「うーん、簡単に言うと国を守るのが兵士で、王や主を守るのが騎士ってところかな。だから騎士は『近衛兵』なんて呼ばれたりもするね」


 「ふーん……」


 なるほど。どうして没落したんですか、とは聞かないで置こう。いろいろ理由があるんだろう。


 「でもカルトさんは見た目騎士ですよね」


 「そうかい? ありがとうと言っておこうかな」


 「ヨル、ちょっとこっち来て」


 「はい?」


 そう俺を呼んだのはルーリアだった。何を思っているのか訝しげな表情を浮かべている。


 「な、何?」


 俺は少しルーリアが苦手だった。理由は二つある。


 一つはもちろん彼女の母親を斬ってしまっていたから。気まずいなんてもんじゃない。

 そして二つ目は、彼女が加虐的、つまりSであることが発覚したから。攻められるのは苦手である。


 以上の事からルーリアが苦手なのだが、今の執事服バージョンのルーリアは可愛いと思う。

 いや、カッコいい。女性×スーツって、良いよね。


 などと考えているとルーリアは思わぬ行動に出る。


 俺の上着をがっしり掴み、脱がしにかかろうとしてくる。

 俺は咄嗟に脱がされないように抵抗するが、信じられるか? 異性の服を脱がそうとして来ている。


 「……何をする?」


 必死に抵抗するのだが、思っている以上にルーリアの力が強い。あれ、もしかして俺より力強い? 嘘だろ?


 「本当なのかなぁって」


 「な、何がですかねっ!」


 「あんた、ホントに男?」


 お前もかルーリア。


 「ええっ、まあ、わけあって着る物が無くてハティの服を改造してもらってたんでこんな格好ですけどねっ! てか一回詰所で俺の上半身見たろ!?」


 するとルーリアは少し顔を赤らめながら表情を浮かべながら更に力を込める。人の服を剥ぎ取ろうとしているこの状況で何を照れているのだろうか。

 しかしその目はカ加虐的な光を帯びており、気にくわない奴に攻撃を加えんとする様子が見て取れた。


 「で、何で服を捲り上げようとするんですかね!?」


 「もっかい確認しようかと」


 「確認って何ですか!?」


 「うるさい、私に負い目を感じてるなら抵抗するな!」


 「それは暴論では!? ってか確認することに何の意味が!」


 「意味なんか無い! ヨルが嫌がりそうなことをしてるだけだ!」


 「いや最低だな!?」


 ルーリアは力が強い。本気で抵抗しないと押し倒されそうなレベルで力が強い。

 というか最早ソファみたいなフカフカの椅子に半分押し倒されそうになっているのだが、相変わらずルーリアは嫌がらせと称して服を脱がしにかかる。彼女はわかっているのだろうか、少年を押し倒して服を脱げと強要しているこの状況を。


 「ガル兄ー! カルトさん! 助けてー!?」


 「女子に負けんなよヨル」


 「程ほどにしなよルーリア」


 と言いながら年長者二人は全く力を貸してくれない。

 別にいいのだ。うん、脱がされても良いとは思っている。

 だが問題は、この状況をハティに見られたらどうなるかわからないわけで、ハティがエルと共に台所からお茶を持って帰ってくるのも時間の問題である。


 見られたら、死ぬ。多分、ルーリアと俺が。

 

 「よしわかったこうしようルーリア!!」


 「?」


 仕方なく俺は妥協案を提案する。


 「脱がすんじゃなくて、まさぐるだけなら良いゼブァ!?」


 言った瞬間ルーリアの全体重をかけたエルボーが俺のみぞおちに炸裂。悶絶せざるを得なく、そんな俺を横目で流しながらルーリアは、


 「まさぐった(肘打ち)」


 と言い放ち違う椅子へと腰をかけた。

 涙が出てきそうだった。あまりにも仕打ちが酷い、やっぱり嫌われているんだろうな。あれ、少し涙でてる。


 「不条、理……」


 椅子の上で腹を抱えて悶絶しながら力無くそう言い、涙目でルーリアを睨むことぐらいしか出来なかった。



 「お待たせ」


 その少し後、部屋の扉をノックする音の後にエルとハティが入ってくる。片手でお盆を持ち、その上に人数分のカップを持っており、雰囲気がどことなく執事らしく惚れそうになった。


 一緒に入ってきたエルの隣で、ハティもベルウィング邸の探検に満足しているようでニコニコしているのが確認できる。


 「はいヨルはこれ!」


 そう言ってハティが両手で持っていた白いティーカップを俺に渡してくる。俺は「ありがとう」とお礼を言い、カップを受け取る。中の液体は赤く、紅茶のような見た目ではあるが温かくは無く、香りもまた果物のような香りだった。多分お茶じゃなくて果汁ジュースらしい。


 「で、結局何しに来たわけさ?」


 全員が揃ったところでカルトがそう声を上げた。


 「ルーリアを軍に入れるんだろ? 鍛えるんだろ? こいつらも一緒に鍛えてやれよ。以上」


 エルが持ってきた飲み物の入ったカップを持ちながらガルディアが適当に流す感じで言った。流石にこれでは失礼ではないかと思ったので俺も頼もうと口を開こうとすると、


 「いいよ」


 あっけないほど軽くカルトは承諾した。

 あまりに軽く力のない返事だったため、危うく彼がハティの『牙』を両断出来るほどの力量を持っている事を忘れそうになる程だった。


 「ルーリアもライバルがいれば励みになるだろう?」


 そう付け加えながらカルトはルーリアの方を向くのだが、ルーリアは赤い自分の短髪を軽く揺らしながら、


 「望むところです」


 と言った。

 ただの言葉のあやかもしれないのだが、『望むところです』という返しはおかしくないか?


 『いいですよ』とか『わかりました』ならなんとなくわかる。だが望むところですって違くない? 対立してない? 俺虐められるんじゃない?


 「ルーリア怖い……」


 「あぁ?」


 やっべ口滑った。


 「ナンデモナイデス」


 「今私に何か言ったよねヨル?」


 「ナンデモナイデス」


 「いーや聞こえたよ」


 とルーリアは席から立ちあがり、こちらを睨みながら近づいてくる。怖い怖い、威圧感ぱない。

 だが案の定そのルーリアの前に、ハティが立ち塞がった。ルーリアの方を向いているので顔は見えないが次の台詞から大体は読み取れる。


 「あんまりヨルに寄らないでよ。ヨルの頭まで赤くなったらどうするの?」


 「っこの……チビ!」


 ハティの挑発的な言動に怒りを露わにするルーリアであり、殴りかかろうと拳を上げたその時だった。


 「ルーリア」


 「っ!」


 横から口を出したのはカルト。

 名前を呼んだだけ。それも優しい口調で覇気など見えもしない。だがそれなのに、ルーリアは怯えるように目を見開き、即座にハティとカルトから遠ざかる様に一歩後退しその拳を下ろした。


 覇気も無ければ殺気も無い。

 だがルーリアはあの一瞬、間違いなく恐怖に怯えていた。

 相変わらずにこやかな笑みを浮かべているカルトだったが、その笑みには気味の悪いものまで感じるような、そんな笑みだ。


 「さて。しかしだね、君らもまずは生活できるようになるまで強くなるための訓練はしない方が良いんじゃないのかな? まずはお金を稼いで、それからでもいいんじゃないのかい?」


 「そこで俺様が考えた案が活きてくるわけだ」


 「ほう。言ってみなよガル」


 「ヨルたちは強くなりたい。使用人のエルは労働力が欲しい。しかしベルウィング邸に住まわせるには市民権が必要。これらの事から導き出される答えは……こうだ」


 ガルディアは指を折りながら問題点を挙げていく。

 そして答えを導き出す。最適な答えを。


 「ベルウィング邸でヨル達を使用人として雇う。その対価として力と教養、少しの金を与える。そしてベルウィング邸に住まわせないで自活してもらう。どーよ?」


 ドヤ顔で頷いているガルディアだったが、その発言に一番最初に反応したのはエルだった。


 「賛成賛成大賛成! それだよ兄さんマジ天才! 偉い!」


 「お前……いつもはバカだのマヌケだの言うくせに……」


 「やだなぁもうそんなの間に受けないでよもう。兄さんは昔から頭良いって思ってたぞ♡」


 小悪魔的にウィンクをしながら笑うエルであったが、ガルディアに効果は無いようだ。もう慣れっこらしい。むしろ俺の方が落とされそうになった。やばい可愛い。

 くっ、エル×執事服×ウィンクの破壊力ヤバい。惚れちゃいそう。


 「どうしたのヨル?」


 隣に座るハティが話しかけてくる。その目は幾ばくか不機嫌そうであり、俺がエルに見とれているのをなんとなく察しているらしい。


 「い、いやなんでも。それよりこのジュース美味いね。果物かな」


 「うん。初めて飲んだ。美味しいね」


 「なー」


 「エルさん可愛いね」


 「それなーマジ惚れちゃいそう」


 あ。


 こやつ、いつの間に誘導尋問なんて覚えたのだ。ガルディアを中心に騒いでいる年上三人には聞こえていない様だったが、隣にいたハティと近くに座っているルーリアには完全に聞こえている声量だった。


 というかマジ俺の口滑りまくる。昔から隠し事のできない奴だとは散々言われてきたが、この世界に来て一段と磨きがかかったような気がする。嬉しくない。


 

 恐る恐る隣のハティを見やる。

 いや悪い事など一つもしていない。むしろ俺が誰に惚れようが俺の勝手なのだが、昨日の様に同じ毛布でグルグル巻きになるのを自分から進言してくるくらいに好かれているのは知っているし、そしてハティが暴走するとどれだけ危険かも知っているし、


 そんな思念が渦巻きながらもハティを見やるが、いたって穏やかな表情をしている。暴走するそぶりは、


 「殺そうかな……」


 誰を?

 極小さな声であったため聞き取れたのは俺だけの様だったが、極めて物騒な事をハティは口走る。怖すぎて正面からハティを見ることが出来なかったため横目でハティを見やるが、目が死んでいる。コワイ。


 「そっかーよるはああいうおんなのこがすきなんだねー」


 完全に棒読みである。

 その死んだ目は穴をあけるようにエルに向いており、ただただ怖い。襲いかかったりはしないようだが、俺はハティの殺気に飲まれて動くことが出来なく、その様子をおかしいと思いながらもルーリアは俺たちを傍観していた。


 「きれいだもんねーかっこいいもんねーせもたかいもんねー」


 「ぁの」


 「なにー?」


 「ぁ、何でも、ないです」


 これ以上言うと俺に飛びかかってきそうだったため止む無く言葉を止める。飛びかかってくる(意味深)である。やはり山を下りてくるのは良くも悪くもハティにとって刺激的であったらしい。ハティのヤンデレレベルが急上昇していくのを感じた。 


 俺とハティを受け入れるか入れないかでもめているガルディア、エリアル、カルトの三人は未だに論争を続けている。聞いたところエリアル、つまりエルは雇いたいらしい。労働力が欲しいだのなんだの言っている。カルトは渋々納得する形でその会話に相槌を入れている。ガルディアの言った条件ならば問題となっていた金についての問題も解消できるらしいのでそれが効いているのだろう。


 こちらとしては非常に気まずいので早く終わらせてほしいのだが。そう思っていると三人の論争は幕を閉じ、


 「議論の結果、受け入れることにしました」


 と疲れたような顔でカルトが言った。


 「すみません無理言って」


 「ああいいんだ別に、気にしないで。確かにこの国で生きるなら強いに越したことは無いからね」


 カルトは手を振ってそう言う。

 後ろに立っているエルはそれはもう笑顔になっており、機嫌があからさまに良くなっているのが一目でわかる程だ。よほど仕事が減るのが嬉しいのだろう。


 「それじゃあまずは服を買っておきますね! ヨル君服が欲しそうですから!」


 「え、いやそこまでしてくれなくても自分で……」


 「ヨル君物価とかお金の使い方とかわかるんですか?」


 「う、わからないです……」


 「ですから私が用意しておきます。ハティちゃんはどうしますか?」


 にこやかにハティ笑みを向けるエルであったが、やべぇよめっちゃ嫌悪感丸出しの表情するんじゃねぇかなって思ってたけど、


 「私は今はいらないです」


 思いのほかハティは普通に受け答えをする。

 多分、多分だけど結構ハティもエルの事を気に入っているのかもしれない。


 「わかりました! ではエリアル買い出しに行って参ります!」


 「あの、サイズとか大丈夫なんですか?」


 心配になったので質問する。この世界にS、M、Lサイズとかあるかは知らないが、少なくとも大きいとか小さいとかあるだろうし合わないものを買って来られても困るのだが、


 「大丈夫です。私の目測は正確ですから!」


 と言い放ち部屋を出て行った。

 何だろうか目測って。目測で俺の身長とか体のサイズとかを計ったって事なんだろうか。どういう力ですかそれ。

 けどウキウキしてるジト目のエル可愛い。


 「それじゃあまあ、さっそくなんだけど」


 「え? 何ですか?」


 カルトが仕切り直しといった風に言う。


 「選んで欲しいんだ、君たちが『どう』戦うのかをね。一つは武器を使って戦う近接タイプ。もう一つは武器、スキルもしくは魔法で遠距離から戦うタイプ。まず最初はどちらかを選んで欲しい」


 ふむ。やっぱりどっちもっていう選択肢は無いんだろうな。

 俺としては魔法とかで遠距離から戦いたいが、スキルの関係上ハティは後方からの攻撃に向いてるし、俺は前で戦う方が向いてるのは確かだからな。俺は近接にするか? この身体なら鍛える余地もありそうだしな。


 「じゃあ俺は近接で」


 「私は遠距離!」


 「了解。ヨルは近接、ハティちゃんは遠距離だね。魔法がいいのかな?」


 「はい。沢山魔法を覚えたいです」


 「なるほど。魔法はエルが得意だから彼女に教えてもらう事になると思うからよろしくね」


 ハティはちょっと嫌そうな顔をしたがすぐにその表情を消して頷いた。


 「ヨルとルーリアは僕が担当するから。近接と言っても色々な武器があるからね、自分に合った武器も見つけて行こう」


 「はい。師匠とか呼んだ方がいいですか?」


 「ははは! いや別に必要ないよ」


 「そうですか」


 「それじゃさっそくどのくらい動けるか見せてもらおっかな?」


 カルトが軽くそう言った瞬間、ガルディアとルーリアがピクリと眉を動かす。ガルディアは腕を組みながら軽く息を吐き、ルーリアは寒気でも覚えたのか自身の腕を軽く体に引き寄せた。何だ? カルトは実ににこやかで鎧を着ていない分より砕けたイメージであるのにも関わらず、その体から発せられるオーラのような物の切れ味が半端じゃない。


 『優しい街の人』から『手練れの兵士』へとスイッチしたような、そんなイメージを感じた。

 

 「今から、ですか?」


 「そんなに緊張しなくてもいいよ。どの辺りから教えるかの目安にするだけだから」


 そうは言うもののルーリアとガルディアの目線が憐れみを帯びている。

 まるで『今から拷問される囚人を見る別の囚人』のような目をしており、軽く背中に冷や汗を感じる。ルーリアに至っては憐れみと同量の愉悦感が目の中で光っている。このドSめ。

 一体何なのかと思っていると、


 「ヨル……死ぬなよ」


 「は? 何ですかガル兄死ぬなよって?」


 「ヨル。お前は今から地獄を見ることになる」


 「ルーリアまで何言ってんの!?」


 非常に不穏な雰囲気が流れる室内であったがその原因となったガルディアが、その理由を口にする。今まで自分も何度も経験してきたその事実を、まるでこれがカルトだと言わんばかりに顔をしかめて、


 「カルトは、手加減を知らない男だ」


 修行という名の戦いが幕を開ける。

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