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治る身体の異世界ライダー  作者: ツナサキ
二章 死の蔓延する国
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二章02 これからどうするのお話

 「それでは、始めようか」


 俺達は詰所の中のある一室に通された。だが想像していたものとはいささか雰囲気が違う。


 詰め所で事情聴取だから通される部屋は窓が無く、あったとしても柵が付いている部屋なのかなと思っていたが、見た感じただの会議室みたいだ。机があり、椅子があれば窓もある。それだけ。異世界にいるのかわからなくなるくらいの風景である。


 俺の隣にはハティが座っており、俺を挟んで反対側に赤髪の少女が座っている。テーブルの向かいにはカルトが座っている。部屋の雰囲気が違うだけで向かいのカルトは緊迫感のある表情をしようとしていたが、


 「カルトーお茶持ってこいお茶ー」


 「断る」


 部屋の窓の外にガルディアが確認できる。どうやってここを探り当てたのかは不明だが相変わらず雰囲気と言うか、ムードをぶち壊す人だ。ムードブレイカーとでも名付けるか。


 「何故お前がここにいる、ガル!」


 「え? 警備がザルだったから潜入しました☆」


 「……ハァ、兵舎がザルなわけないだろ。ひっ捕らえるぞ」


 「鎧着てるお前に捕まるわけねーよ。アヒャヒャヒャヒャ」


 うん。『ムードブレイカー』というより『ムード無礼カー』といった方が正しいかも。カルトだけにかもしれないが態度が悪い。


 「まあこのアホは気にしないで、進めよう。では改めて。僕はカルト・ベルウィング。このゴルウズで兵士をしています」


 「俺はガルディア。真面目な人間をおちょくる事を生き甲斐としています」


 「お前はぁ、黙ってろ!」


 「うぉぉぉおお!? ペンを投げるなペンを! 見ろアレ木に刺さってんだろ!」


 「ちっ、かなり精密に狙ったのに避けやがった」


 本当に、仲悪いんだな……


 「あの村、グリノ村であったことに関してはこちらも多少は感知していたんだけど、ぜひ君達から詳しい出来事を教えてもらいたいんだ」


 グリノ村? あ、あの、『従者』とかいう人の屍が闊歩していた村の名前か?

 

 「あの、俺とハティは多分事後に訪れたみたいで、この国の状況とかもろくにわからなくて……」


 「ふむ。そうだよねぇ……君はどうだい。何か知ってるよね? えーと」


 カルトはそう言いながら手元の紙のようなものにインクをつけたペン先でガリガリと何かを書いており、ふと顔を上げ赤髪の少女の方を見やる。

 どうやら名前がわからないらしい。


 そういえば俺もわからない。それというのもこのゴルウズに着くまで同じ馬に乗っていたわけではなかったから、必然的に話もしていない。

 というか親を殺した俺から話しかけるもの気まずいものがあるし、ハティは全く関係ないといった風に目を輝かせて辺りを見渡している。


 「私は、ルーリア・オートヴィルといいます」


 赤髪の少女はそう名乗った。

 ルーリア・オートヴィル。何となくだけど、わかる。多分オートヴィルが苗字なんだろう。苗字が男の子みたいだから、せめて名前は可愛らしいものに。そういう思いが込められているように感じた。


 すると何か思うところがあるのか窓の外に立っていたガルディアが顎に手を付きながら、


 「オートヴィル……はて、どっかで聞いたような」


 「酒だろ?」


 そう答えたのはカルトだった。


 「あぁそうだそうだ。ここにも入って来てる酒の名前だ、何酒だっけ?」


 「そういうのはお前の方が詳しいと思っていたんだがな」


 「ほっとけ」


 「僕もそれしか知らないけど……もしかして関係あったり?」


 やっぱり仲悪いのか良いのかわからないカルトとガルディアであったが、カルトがルーリアに振り返ってそう言う。すると、


 「私の……家で作っていた物です。小さかったけど酒場を経営していました」


 「なるほど酒場か。それは、人が沢山いて賑やかだったんだろうね……」


 やめろぉ無自覚に俺の心を抉るんじゃない! 何かこう、空気が重いから!

 ガルディアさんお願いします!


 「おい傷を抉るんじゃねぇよ。泣いちまうだろうが」


 ありがとーございます! 優しい、カッコいい、強面だけどカッコいい! 兄貴と呼ばせてください!


 「辛いとは思うだろうけど何があったか、聞かせてもらえるかな?」


 隣のルーリアの膝に乗せられていた拳が、グッと握られる。

 俺も、俺も知りたい。あの村で何があったのかを、何故俺は彼女の母親を斬らねばならなかったのかを。

 知りたい。


 「あれは、一日か二日前でした」


 そしてルーリアは話し出した。といっても言葉自体は実に短い物であり、俺とハティにはわからないものであったのだが。


 「スキル持ちの『従者』が村を襲いました」


 「っ!」


 その言葉にガルディアとカルトはピクリと身体を震わせ反応する。ガルディアの顔からはニヤつきが消え、カルトの表情が険しくなった。


 「事件が起こる前に王都の兵士が村に四人行った報告があるけど……」


 「多分、全員殺されました」


 「―――――!」


 把握は出来ないが理解は出来る。殺されたのだ、兵士ごとあの村が。

 手に汗を感じる、冷や汗だ。後数日俺達の出発が早かったら、巻き込まれていた。それに辿り着いたあの村が安全とはかけ離れた場所であったこと。下手すれば死んでいたかもしれない。

 いくらパーシヴァルの一件で死を体感したとはいえ、いや、したからこそ覚えるおぞましい寒気を感じていた。


 「ハティ。スキルって何……?」


 手の汗をツギハギだらけのズボンで拭いながら隣のハティに小声で話しかける。だがハティも知らないといった風に首をかしげながら、


 「私達の異能と同じものかな?」


 と小声で言った。人が死んでいるというのに中々気丈であるのかハティはケロリとしている。


 「ハティ。何か明るいけど辛いとか、怖いとかないの?」


 「ん? 怖いとは思うけど辛くは無いよ。だってヨルは生きてるもん」


 「あ、そう」


 ちょっとゾッとした。頭のネジが飛んでいる、というのは正しくないな。流石森育ちといったところか他人の命にあまり関心がないのだろうか。まあ三つ目の狼もハティが止め刺してたし弱肉強食上等といったところかな。俺のことは過剰に心配する傾向があるけど。


 「四人全員やられたのか。スキル持ちの数はわかるか? どんな奴だ? その後何処へ行った?」


 カルトはガリガリと髪の字を書き込みながら気を揉むように質問を投げかける。その仕草を見て事の大きさは少なくとも小さくは無いということが伺える。


 「私も直接見たわけではなくて……」


 「そうか……ガル!」


 「りょーかい」


 「すまないすぐ戻る!」


 そう言ってカルトは部屋の扉を開け放ったまま焦りを感じさせる動きで廊下へと飛び出していった。それと同時に窓からガルディアが室内に侵入、カルトの座っていた椅子に腰を下ろした。


 「説明は……いるな特にお前らには」


 そう言いながらガルディアは鮮やかな色合いの髪をかき上げながら俺達を指差す。髪が邪魔だからかき上げる、そんな感じの仕草だった。


 「『従者』は知ってるか? あと、『レイル・ロード』は?」


 「カルトさんから聞きました、簡単にですけど。攻撃されているって」


 「そう。『レイル・ロード』は死体を操る。死んだ者を自らの兵として利用、それを『従者』と呼ぶんだが、そうやって戦力を確保しているクソッタレだ。人型、獣型とか色々種類があるんだが、一番ヤバイのはそうやって動き出した『従者』の中には生前のスキル・・・を使う奴がたまにいるんだ」


 「スキル」


 「ああそうさ。本来スキルは生きる者に許された力。動く屍が使えるはずはねぇ。だが、どうしてか『従者』の中にスキルを使う奴がいるんだ。それを『スキル持ち』という」


 スキル。才能とかの意味があるはずだが、正直よくわからない。

 魔法はわかる。魔力を消費してその魔力を『現象』へと変える力であることは明白だ。だが俺の身体やハティの牙。これらはどういう原理で使えるのかはわからない。魔力を使っているわけでもないのだ。


 「スキルについて詳しく聞いてもいいですか?」


 「あ? あー、俺も頭良い訳じゃねぇからなぁ。簡潔にで良いなら」


 「お願いします」


 「スキルってのはなぁ、一般的には『命の表現』だと言われてるな」


 「表現?」


 「ああ。何でも命と言うのにはそれぞれに違いがあるらしくてよ。その違い、命が持つ個性を世界に表現することがスキルだと言われてる。知らなかったか?」


 「表現ですか」


 チラッとハティを見やる。フムフムと勉学に励むように話を聞いている。

 つい勢い余って反対側も見てしまう。赤髪の少女、ルーリアが目に入る。「そんな事もしらねぇのかマヌケ!」みたいな目で俺を睨んでいる。


 「だからこそ死体が使えるのはおかしいわけだ。恐らく『レイル・ロード』の力だろうが……ちなみに俺のスキルは『活きる足裏』ってんだ」


 「活きる? 足裏?」


 するとガルディアはその場に立ち上がり、ジャンプする。そして空中でさらにジャンプする・・・・・・・・・。まるで足裏が地面を蹴るように何も無い空中を踏みしめ、さらに上へと上がった。


 二回。片足ずつ空中を蹴って四、五秒ほど滞空した後でクルリと一回転して再び椅子の上に尻から着地した。明らかにありえない現象、口を開けて驚くほかになかった。カルトの頭の上から降りた時の空中を蹴り飛ばしたような動きはこれだったのか。


 「これが俺のスキル、『活きる足裏』だ。ちなみにネーミングセンスはカルト、昔あいつにつけてもらった。アホみたいな名前だけどよ」


 「すげぇ! 見たかハティ空中を蹴ってたぞ!」


 「すごいね。お爺さんみたい」


 「いやーあれを見てゴート爺さんみたいって言うあたりお爺さんも化け物だった感凄いけど」


 「まあお世辞にも人が出来るような動きをする人ではなかったよ?」

 

 「やはりか……」

 

 などと小声でゴート爺さんを化け物呼ばわりしていると、カルトが扉から勢いよく入ってくる。そしてユーリアと目を合わせながら少し息を切らして、


 「ちょっと聞きたいことあるからこっち来てくれる?」


 「私、ですか?……わかりました」


 そしてカルトとルーリアはまたしても扉から出て行ってしまった。何か確認することがあるのだろうか。まあ俺たちよりは事情に詳しいだろうから確認ってことなのかな。

 するとガルディアは二人が出て行った後、ここぞと思ったようで、


 「で、ここに来るまでにお前たちの身に起きたことは軽く聞いたが、ヨル。お前に一つ言っておくことがある」


 「俺、ですか。何でしょう」


 「……お前、俺に話したこと。あれで全てか?」


 全て、とはどういう事だろう。

 確かにこのゴルウズに来てガルディアと出会い、彼に俺たちがここに来る経緯を話した。簡素だったにせよ、少なくとも要点はまとめたが、


 「例えば、ルーリアとの会話とか」


 「全て、話した通りですが……」


 ルーリアとの会話?

 そもそもルーリアとは出会いが最悪だったし、剣を突き立てられた時から全く話していない。従って喋ることもほとんど無いはずだが。


 「じゃあお前ちゃんと謝ってねーだろ」


 「!!」


 「確かに『従者』になった人間は魔物扱いだ。殺しても罪には問われないし、そもそも死んでるから殺すも何もねー。けどよ、だけどよ……謝ってやれよ」


 俺は、馬鹿野郎か?

 彼女に、ルーリアに何を言った?

 俺は悪くない。仕方なかった。襲ってきたから。全部、自分の行いを正当化するための言葉だ。


 確かにガルディアやカルトの言う通り罪には問われないのかもしれない。だが傷つけてしまったのは事実であり、謝る必要があったはずだ。


 くっそ、大事なのは思いをどう伝えるか。それを俺は学んだはずだったのに。

 

 「謝り方がわからない? それならこっちにこい。良いやり方を教えてやる」


 恐らく俺は図星という顔をしていたのだろう。ガルディアはフッと鼻息を鳴らし俺に優しく語りかける。


 おい優し過ぎだろ。今日会ったばかりの子供にここまでしてくれるか普通。本当に子供が好きなんだろうなぁ。


 「で、どうやるんです。ぜひ教えてください!」


 「敬語はいらねぇよ。ガルでいい。ガルにぃでも構わんぞ」


 「ではガル兄。良い案があるのでしたら教えてください」


 何か密約を交わしているならず者みたいな話をしているが内容は極めて健全。ゴメンナサイを言う方法である。

 何か俺、結構ガルディアのこと好きだ。いや好きってそういう好きじゃないよ? ガルディアの兄貴分的なキャラが良いってだけ。


 「いいかまず、大きな声でごめんなさいと謝る。謝るのが遅れたことも、しっかり理由もつけてな」


 「うっす」


 「その後で凄い気にしていて自分も辛かったことを伝える。同情を誘うわけだ」


 「策士ですね兄貴」


 何だこの会話。


 「そして止めに顔を上げながら自分に出来る事があれば何でも言ってくれという。これはイケメン補正が必要だが中性的なお前ならきっと補正がかかる。なるべく泣きそうな顔で言うんだ」


 「最後は顔かよ!?」


 「大丈夫だ。イケメン補正はかからないかもしれんが『可愛いもの』補正がかかるはずだ」


 「はぁ……」


 「何で謝るの?」


 俺とガルディアの会話に横から混ざってきたのは、ハティであった。不満そうで顔をしかめている。


 「え、ほら、あの子のお母さんをを斬っちゃったし……」


 「でももう死んでたんでしょ。ヨルが謝ることないじゃん」


 「おいおいハティ、だったか? 謝るってのは悪い事したときだけするんじゃねぇぞ。傷つけちまった時だって謝るんだ」


 「むぅ……」


 何だろうか。ハティは俺が他人に謝る事に抵抗があるのだろうか。よくわからないが心配されているってことなのか?


 「ハ、ハティ?」


 「……何でも言ってくれは、ダメ」


 「え?」


 するとハティがお得意の黒いオーラをあたりに充満させる。

 目は光を失い、言葉一つ一つに殺意レベルの重みが感じられる口調で、


 「もしヨルが出来る事があれば何でも言ってくれなんて言ってあの赤髪がヨルに聞けないような命令をするかもしれないしそもそもヨルが謝るにしても何でも言う事聞くなんて言う必要ない。しかもあいつだってヨルを殺そうとしたんだしあいつも謝らないと納得できないそれにヨルが何でも言うこと聞くとかそんなのうらやま」


 「ストップ。ガル兄が若干引いてるからストップ」


 なんか最後のほうが私欲が混ざっていたような気がするが、息継ぎもろくにしないで言葉を繋ぎまくっているので若干ガルディアが引いていた。


 「この人だって妙に馴れ馴れしいしヨルに自分の事をガル兄なんて呼ばせてズルイし私だって」


 「へーい、戻ってこーい」


 「ふにゅ!?」


 俺はハティのほっぺを両方つねってやる。喋りにくそうにフガフガしている、そしてこのほっぺモッチモチである。気持ちいい。


 「中々に、いい性格してんな……」


 「手を出さないだけまだマシですね。下手したら大暴れしてますよ今頃」


 「おぅ……」


 「らりるるのヨウゥ(なにするのヨル!)」


 まあ案の定この状態では喋りにくいようで言っていることがイマイチわからないが、何をする的なことを言っているのだろう。


 「可愛い」


 「~っ!?」


 「ともかく謝ろうとは思います。許してもらえるかはわからないけど、そうしなきゃいけないと思うんです」


 「お、おう。そうだな」


 若干俺たちの一連のやり取りに引いているガルディアであったが、彼が教えてくれたやり方は有用そうだ。使わせてもらおう。


 「まあそれはそれとして、お前らこれからどう身を振るか決まったか?」


 「ハティはどうしたい?」


 「ここに住みたい!」


 「決まりましたここで暮らします」


 「はえぇなおい即決かよ」


 ハティの返答を受け即座にそう言うと、隣でほっぺをさすっているハティが満面の笑みとなるのを横目で捉えたが、反対に正面のガルディアは考え入るような晴れない表情をしていた。


 「なぁその、なんだ。別に無理すること無いんだぞ? 引き取ってもらうにしても二人一緒に引き取ってくれるところを探せばいいんだし、施設に入っても離れちまうわけじゃない」


 「でも俺たちは元々子供だけで暮らしてたわけだし、こんな人の多い街中で暮らせるかは別として二人だけでも大丈夫です」


 「そう! いざとなったら森に帰ればいいもんね!」


 どうせならデッカイ街で俺は暮らしたいけどね。


 「そうか……まぁ困ったことがあれば今の内に俺かカルトにでも言っておけよ?」


 「それはありがたいですけど、どうしてそこまでしてくれるんです? 俺ら、今日会ったばかりなのに」


 「それは……」


 とても協力的なのか嬉しい事なのだが、ちょっと不自然だと思った。

 カルトが助けてくれるのは何となくわかる。兵士だと言ってたしそれが仕事なのかもしれない。けどガルディアはこの詰所に潜入したと言っていた。つまりは兵士ではない、従って俺らを助けてくれる理由がわからない。


 子供好き、といっても限度があるだろう。引き取ってやるとも言ってたし家まで紹介してやるとも言っていた。どうしてそこまで俺たちに関わってくれるのだろうか。


 「俺は、親に捨てられて知ってる血縁者は妹くらいでよ。だからだな、力になってやりてぇんだよ。ヨル、ハティ。それにルーリアのな」


 俺はこの世界に来て、まだ悪人と出会ったことが無い。


 といっても出会った人間とか四人くらいしかいないんだけど。それでもそれは幸運なことなのだろう。一番初めに出会ったのが人攫いとか裏社会に潜むような悪人である可能性だってあったのだから。そういう意味では森に落ちてきたのは利点もあったのかもしれない。


 「すみません勘ぐる様な事言って」


 「いいんだ、気にするな。あと俺の優しい優しい心意気がありがたいと思うなら敬語はやめとけ。仲良く行こうや」


 「じゃ敬語はやめます。ありがとう、ガル兄」


 「ヨルヨル。私もお姉ちゃんって呼んでー」


 「え、どっちかって言うと俺の方が兄では?」


 するとハティはお気に召さなかったようで、


 「違うのー! 私の方がお姉ちゃんなのー!」


 「いでっ! ちょ、殴らないで。てか別に俺ら姉弟ってわけでは――」


 「違いますー遠い祖先で血が繋がってるから家族ですー!」


 とハティはポカポカと俺を叩きながら反論してくる。

 まあ、『種族は家族』みたいな風潮って異世界ではありそうではあるが。


 「でもいいのかお前ら?」

 

 ガルディアが言う。


 「何? 馴れ馴れしいお兄さん」


 ハティもガルディアの雰囲気にだいぶ慣れてきたのか、辛辣な言葉で応じる。


 「なれ……コホン、いくらこの王都がデカくて住む場所も多いとはいえ一番安全な王都だ。ここで住みたいという人は沢山いる。仕事だってお前らに出来るものくらいあるだろうが、住む場所があるかはわからないぞ」


 「その時は大人しく施設に入ろうかな」


 そう言いハティに振るがハティは何か引っ掛かっているような表情を浮かべている。


 「施設って何?」


 「うーん、孤児院とか教会とか?」


 「まあそんなところだ。何らかの理由で親を亡くした子供達がいるとこになるだろうな」


 「……何か、嫌。別にそんなところ行かなくても生きて行けるもん」


 まあ元々森で暮らしてたわけだし生きていけるのはそうだが、安全面とかその辺を取るのであれば入った方が良いのは言うまでもないことではある。


 「じゃあ取りあえずは二人で住めそうな場所探す?」


 「うん。私はそっちの方がいい。どっかそんなところ知らないガルディアさん?」


 「ハハ! そうだな……ちょっと考えてみるよ。つってもその位逞しけりゃどこでも生きていけそうだな」


 「あ、そういえば聞きたいことがあったんだ」


 「?」


 そして俺はその場で上着を脱いだ。

 脱いだ時に右腕の傷が見え、ハティが少し目を細めたのだが聞きたいことはそれではない。


 「この腹の部分、魔法陣、なのか刻印なのか紋様なのかわからないんだけど。これが何なのか知りたいんだ」


 「ほう……誰につけられたんだ?」


 「誰。えーっと、頭に角が生えた白い馬?」


 「ふむ、よくわからん」


 ガルディアは近くまで来て俺の腹にある紋様だか刻印だかを見た後、お手上げといった風に両手を広げた。


 「もしくはこれが何なのかわかる人を教えて欲しいんだけど」


 「あー了解、心当たりがある。にしてもよくわからないけど……文字に見えなくも無いな」


 「確かに」


 刻印の形は魔法陣の様な丸形である。

 丸の中に四角やら三角を思わせる図形が多々あり、所々に読めない文字の様な物が羅列している。全ての線が黒であり、触っても肌の感覚しかない。しかしながらなんらかの理由で光ることを既に知っており、ただの模様ではないことも知っていた。


 「お待たせ。ここまで来てもらっているのに待たせてごめん……ってガル。何をしてるんだお前」


 部屋に一つだけある扉からカルトとルーリアが入ってきた。

 気のせいだろうか。先程部屋から出て言った時のルーリアとは雰囲気が違っている。何かを、決意したような雰囲気だった。


 「え? いや違ぇよ。俺が脱がせたんじゃねぇよ。ほら、これについて聞きたいってヨルが言ってきたんだよ」


 「へぇ、妙な紋様だね。とても意味がありそうな形してるけど」


 「だからわかりそうな奴に見せてみようかと思ってな」


 「……ああ、なるほど」


 わかりそうな奴、というのにカルトも心当たりがありそうな返事をする。


 「そういえば君達はこれからどうするか決まったかい?」


 そう言いカルトはこちらに向き直しそう言う。俺が答えようと口を開こうとすると、


 「うん、二人で住めるところ探すことにしたの」


 ハティが制するように答えた。


 「見つかれば、だけど」


 と補足しておく。もちろん許可されるのであればだが。法律とかでそれは出来ないって言われたら仕方ないけど、でも今までの話を聞く限りそれは無いだろう。


 「なるほど」


 「何だよ、文句あんのか?」


 「突っかかるなガルディア。問題は色々あるだろう。『市民権』とか住む場所とか」


 「そのくらい軍で何とか出来ねぇの?」


 「無理言うなよ……『ロード』のせいで王都に来る人も多いし大変なんだよこっちも」


 別に王都に住めないわけではないようだが問題はあるようだ。そりゃこれだけ大きいなら市民権とかあってもおかしくはないな。市民権がどういった物かはよく知らないが、要はこれが無いと王都に住めませんよってやつかな?


 「市民権が無いと王都に住めないんですか?」


 と聞いてみる。見た感じだと他の国から来た商人とか居そうだしそんなこともないはずだけど。


 「え? ああ、いやそんな事は無いんだけど、市民権が無いと利用できない施設とかもあるし、なにより住む場所が限定されるんだよね」


 「あー、スラム街にしか住めないみたいな?」


 「そう。よくわかるね。厳密的にはスラムじゃなくて外来冒険者が住めるように作られた区域にしか住めなくなるんだよ」


 あ、そういう事か。

 やたら王都に入っても武装してる人が兵士以外にいないと思ったらそういう政策になってるのか。

 もしかしたら王都ではある区域を除いて武装とか出来ない法律があるのかもしれない。


 「とは言っても住める場所が限定されるだけで他の地区に行けねぇわけじゃねぇけどな」


 「まあそうだね。武装を全解除すれば他の場所に行けるけど」


 「ヨル、すらむって何?」


 「ん? えーと、貧乏な人とか犯罪者がいる場所?」


 俺だってそこまで詳しくないから精々このくらいしか知らんよ。


 「いやそこまでじゃないよ? 言った通り冒険者が集まる区域であって貧しいって訳ではないんだ。ただ、お世辞にも治安が良いとは言えないけど……」


 「そっか。でも仕方ないよな、俺ら金も何も持ってない子供だし」


 「施設に引き取られる形なら比較的良い所に住めると思うけど……」


 「ハティがお気に召さないそうです」


 俺の隣でハティが首をブンブンと振っていた。するとガルディアが、


 「心配すんなカルト。教えなきゃいけない事とかもあるだろうし、慣れるまで俺が訪ねてやっからよ」


 「助かる。僕もこの所忙しくてね。『日喰』に備えないといけないし……終わったら僕も手伝うよ」


 話を聞く限りカルトは忙しいらしい。この国は『ロード』とやらに襲撃されているようだし、となるとやはり『日喰』は戦いの合図みたいなものなのかも。


 「ありがとうカルトさん。貴方がいなかったらここまでも来れなかったかもだし、ありがとう」


 「いいんだ。気にしないで」


 そうは言っても実際俺の命の恩人でもあるし、何かお礼でも出来ればいいんだけど、今の俺たちでは恩を返す事すらできない。もっと学ばなくてはこの国の事を、世界の事を。


 「後はルーリアだが、彼女は軍で引き取ることになったよ」


 そう言ったカルトの隣で、ルーリアが軽くうなずくのが見えた。


 「軍、だと?」


 「私は、兵士になります。だから強くなるために、カルトさんにお世話になることになりました」


 ガルディアのほうを向いて言ったはずのその宣言は、まるで俺に向けての宣言のように聞こえた。

 私は、戦う道を選ぶと。そんな風に。


 「そうか、まあ止めねぇよ。無理に大人しくしろなんて言わん。そもそも止める権利は俺にはねぇ」


 そしてガルディアはちらりとこちらに視線を送る。言いたいことはわかる、今が謝るチャンスだと言いたいのだろう。

 俺は心の中で気合を入れ、ルーリアに謝るべく彼女の前まで進み出た。


 「な、何よ」


 俺がどんな顔をしていたのかは不明だが、ルーリアは少し警戒してしまう。だが言っておかなくては。こんなドロドロした雰囲気のまま別れるのは、なんか嫌だから。


 「ルーリア。ゴメン!!」


 顔を見ながら言うのも恥ずかしいのでそう言いながら頭を下げ床を見ながら話す。


 「俺、この世界の事もこの国の事も何にも知らなくて、君に酷いことしたのに謝ることもできなくて……ゴメン!」


 「……」


 ルーリアは何も喋らず聞いている。俺の目は床しか映していないが、それでも続ける。


 「俺も、辛かったんだ。君を傷つけて、それなのに何も出来なくて、苦しくて……君の方がもっと苦しかったはずなのに!」


 「……」


 「許してくれとは言わない。でも、でもせめて何でもいい。償いをさせて欲しい。君の、力になりたいんだ!」


 思いつくままにガルディアの作戦どうりに言ってみた。だいぶ拙い言葉ではあったが、言いたいことは全部言えた、と思う。

 後はルーリアがどう返してくるかだが、


 「ウデバッ!?」


 突如後頭部に堅いものが叩きつけられる衝撃が走る。

 倒れ込むのを何とか堪えたヨルが顔を上げるとそこには、ヨルの頭を打ったであろうルーリアの拳が握られていた。


 「―――え?」


 よくわからないといった風にヨルは辺りを見回す。

 腕を組み、にこやかな笑みを浮かべているカルトが見える。

 マジギレ一歩手前といったハティが見える。

 そのハティの口と体を抑えてこちらを見ているガルディアが見えた。


 「何で殴ったの?」


 「謝るの遅かったから」


 「ゴメン」


 「いいわ、許す」


 あっさりと許された。え、こんな軽くて良いのか?

 そう思ったヨルであったがそんなはずもなく、むしろガルディアの考えたごめんなさい大作戦は最悪と言ってもいい結末を迎えるのであった。


 「今面白いこと言ったよね」


 「え、その」


 「何でもいいから、力になりたいって」


 「う、うん」


 「『レイル・ロード』」


 「え?」


 「『レイル・ロード』倒すの、手伝ってよ」


 ルーリアは、笑った。

 ヨルには微笑みに見えたが、ハティを除く二人の目には悪魔の冷笑に見えていた。

 ガルディアとカルトは知っている。形容するのであればその誘いは、ヨルを地獄へと引きずり込む一言であったことを。死神の鎌であったことを。


 無論ルーリアも知っていた。知っていてこの少女は笑いながらそう言ったのだ。


 『私は地獄を見た。だからお前も見てよ』


 無意識ではあったが、そういう思いがあったのだろうか。そうでなかったとしても自身の親を斬りつけたヨルに対する嫌味でもある。

 ヨルがそんな事を知る由も無いのだが。


 「手伝う?」


 「どう? 私の盾になって道半ばでくたばってくれるとくれると嬉しいなぁ」


 「いやひでぇな!?」


 「親を斬った人の方が酷いと思うのは私だけでしょうか?」


 「フ、フフフ。中々辛辣ですね。ぼ、僕も結構気にしてるんですからそういう悪意ある言動は控えていただきたいんですが」


 多分俺の顔は引きつって額に青筋が立っている。

 ルーリアは初遭遇の頃より大分落ち着いており、冷笑を顔に張り付けてこちらを見ているだけで襲いかかってくるようなそぶりは見せない。


 何か、外に出て行ったときにあったのは間違いないだろう。


 「……わかった、俺に出来ることであれば……やるよ。手伝う」


 そんなルーリアの小さな黒い気持ちを感じることも出来ず、ヨルはまたしても謎の『勇気』に背中を押されて笑いながら言ってしまった。


 少女は一瞬目を見開かせた後、更に笑う。

 この人間の愚かさを、無知を、行き過ぎた決断力を。


 だがルーリアは知らない。

 その笑いには、自身を想ってくれる少年の優しさが嬉しかったという感情が含まれているという事を。


 「あんた……名前は?」


 「ヨル。ヨルだよルーリア」


 「そう。じゃあ、よろしくヨル」


 そしてヨルはルーリアと約束を交わした。とても歪で不穏な約束ではあるが、二人の距離は確かに近づいていた。

 

 レイル・ロードという黒い渦に引き寄せられる形での接近ではあったのだが、

 その渦の中で確かに二人はお互いの姿を視認していた。

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