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治る身体の異世界ライダー  作者: ツナサキ
二章 死の蔓延する国
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二章01 ゴルウズという国

 それからの事はあまり覚えていなかった。

 村が何とか見える位置まで離れたところで俺を助けてくれた鎧の騎士と同じ鎧を身に纏った人たちと合流。何かを話し合った後その人たちと別れ、俺たちは馬に乗せられて何処かへ連れていかれていた。俺たちを助けてくれた騎士は俺とハティを。こちらについてきた騎士一人は赤髪の少女を馬に乗せていた。


 「――い」


 「――おーい」


 二頭の馬は並走しているが、隣に見える赤髪の少女は泣き止んでいた。気持ちの整理がついたのだろうか。それにしてはいささか早いと思ったが、その小さな拳は堅く握られている。

 俺の視線に気づき、少女はこちらに目を向ける。憎悪の一つでも向けられるのではと思ったが、少女はただ俺から視線を外しただけで実にあっさりしていた。


 「ヨルー。聞こえるかい?」


 「っは、はい。すみません、考え事をしてました」


 「そっか。まあ無理も無いか」


 俺の名前を呼んだのは明るいブラウン色の髪を後ろで纏めた俺の前に座る騎士だった。助けてくれた、あの騎士。


 「あの村から生存できたのが少女三人だけだなんて、それに『従者』とはいえ人型を斬ったんだ。思う事もたくさんあるだろう」


 そう思うならそっとしておいてくれればいいのに。そう思うがこれは絶対に口に出さない。失礼過ぎる。実際のところ話す気力も湧いてこないが、こちらから聞きたい事もある。言っておくか。


 「俺は男ですよ」


 「おっと……失礼。どっちかわからなくて、その、服装から女の子かと」


 まだ女に見えるのか。一応スカートではなくズボンを履いているのだが、それでもそう見えるのか。


 「『従者』と言いましたが、あの人型の屍の事ですか?」


 「そうか、森にいたんだっけ。じゃあ簡潔にだけど話す必要があるね」


 騎士は軽く咳ばらいをし、自分の名を名乗る。


 「僕の名前は『カルト・ベルウィング』。ゴルウズ王国の兵士・・だ。今この国は『ロード』という存在から攻撃を受けている。ロードとは、日喰時に夜の大陸からこちらへと現れる魔物の中で恐ろしいほどの力を持つ者の事さ」


 夜の大陸。攻撃。なるほどハティから聞いていたこの世界については間違っていないようだ。


 そしてヨルは密かに臨戦態勢に入る。狼の眷属が嫌われていた場合、自身に敵意を向けられた場合に即座に前の兵士を斬り殺せるように。

 だがヨルには、目の前の兵士が自身が臨戦態勢に入ったのをあえて気づいていないふりをしているように見えた。


 「攻撃を仕掛けてきているのはロードの中でも亡骸を眠りから呼び覚まし、それを自身の従者として使役する腐敗の王。人はそれを『レイル・ロード』と呼んでいる」


 「攻撃されて、いるんですか」


 正直に言うのであれば、そんなことはどうだっていい。

 俺たちはそんな事に関わるためにここまで来たのではない。

 狼の眷属がどう思われてるかを聞きに来ただけだ。


 そう思えたらどれだけ楽だったのだろうか。家を飛び出し、たまたま遭遇した魔物を倒した。ただ、それだけだったはずなのに。


 「ああ。だが僕らは負けない。奴が死を弄ぶ外道である以上人として、国を守る兵士として屈するわけにはいかない」


 そう言ったカルトの背中はとても大きく感じた。

 が同時に疑問も湧いてくる。


 「ですが、剣術さえロクに知らなく僕でも『従者』を倒すことが出来ました。兵士であれば、負けることは無いんじゃないんですか?」


 そう、倒せてしまった。戦った結果、強すぎて倒せずにハティと共に撤退。そっちの方がどれだけよかったか。倒せてしまったからこそ、拭いきれない罪悪感に押しつぶされそうになっているのだから。


 「そうであれば良かったんだがね、そう上手くはいかないものさ。詳しくはまた別の機会に話そう。それで、もっと違う事を聞きたい。君はそう思っているようだけど?」


 「っ!」


 罪悪感で一杯になっている心の隙を突かれたのか、聞きたいことはもっと別にあるといったヨルの思いは見透かされていた。


 「ヨル……」


 カルトが駆る馬の一番後ろに乗っているハティが俺の胴体に回している腕に力を込める。旅立つ前は俺がそう言ったはずだったのに、『私がついてる』。そう言われた気がした。


 「僕たちは、日喰の狼と同じ髪を持っています」


 「……知ってる」


 「え、あの。その、だから、狼が持っていた異能も持っています」


 「それで?」


 何なんだコイツは。言っても言っても相槌を打つだけ。何も言ってくれない。


 「だから、俺たちは狼の眷属なんです! それを助けて――」


 「悪いわけないさ」


 黙らざるを得なかった。

 それほどに静か、かつその声は怒り、慈愛、悲しみ、憂い。様々な感情が混ざり合った複雑な声だった。


 「理解したよ。なるほどどうやら君達は狼に縁ある者たちのようだ。けど、それは悪い事かい?」


 「――――」


 「嫌われてなんかいないと思うよ、少なくとも僕はね。まあ世界の中には色んな人がいるから、君達を怖がり、排斥しようとする人がいないとも限らないだろう」


 「じゃあなんで――」


 「だがそれが助けないという理由にはならない、それだけの話さ。まあ僕はそんなに気にすることじゃないと思うよ。昔話に祖先が出演してるぐらいに捉えればいいさ」


 俺は臨戦態勢を解いた。

 いや戦ったところで勝てる気もしないのだが、カルトのその言葉が真実であったから。眩しいほどに、輝いていたから。


 「ハティ、どうやら嫌われてないみたいだぞ」


 「うん。とても、嬉しい……」


 「でも大体さぁ、君ら間違ってるよ。嫌われてるから人里に居れない? 中にはめっちゃ嫌われてるけど街に居座っている奴だっているんだぞ? 僕の知り合いにも一人いる。ちょーウザい奴」


カルトは先程までの凛とした態度を崩し、俺たちを想ってくれているのか親しみやすい感じでそう言う。


 「誰しもそんな事出来たら苦労しないよな」


 「そうだよ! 私だってヨルが来るまで山を下りるか悩んでたんだから!」


 苦笑は出る。だが、笑顔にはなれない。


 「それであの、俺は、罪人なんですか……?」


 「『従者』となってしまった人間は魔物として処理される。だからお礼こそ出れど罪に問われることは無いよ。でも、わかるよ。その気持ち」


 「……」


 勇気を出した。

 ハティを守るために勇気を出した。

 だがその結果がこれだ。


 どうすればよかった。逃げればよかったのか? 俺はベストを尽くしたはずなのに。

 右腕の時だってそうだ。パーシヴァルの時だってそうだ。どうしてこうも、やることが裏目に出るんだ。俺はただ、


 「勇気を出した、だけだったのに……!」


 「ヨル……私は、ヨルは正しい事をしたんだと思うよ」


 「……」


 「……これから、行く当てはあるかい?」


 「ありま、せん」


 「そっか」


 カルトは軽くうなずいた後、体を捻ってこちらを振り向き、


 「じゃあゴルウズの王都に来るかい? まあ来るも何も今向かってるんだけどね。まあいい所とは言えないかもだけど、この国で一番安全だよ」


 「王都! ねぇ王都だってヨル!」


 「ああ……行ってみるか?」


 「うん!」


 恐らくはカルトの馬であろうこの軽そうな鎧を付けた軍馬に跨った俺たちは、そのまままっすぐに大地を駆け抜けていく。進路は死者を操る腐敗の王『レイルロード』という悩みの種を持つ、ゴルウズという国の王都に向かって。




______



 

 大きな街の中に俺たちはいた。大きさで比べるのであればそれは、最初に訪れた村とはくらべものにもならない様な大きな街だった。


 建てられている家々も資材や技術からして違うと見て取れるそれは、街を装飾しておりとても綺麗である。

 その綺麗は機能的、効率的を思わせる綺麗であったが。


 「これは凄いな……!」


 「うわぁー、人が沢山!」


 街は一言で例えるのであれば、『鋼鉄の街』だった。

 街を囲うように高さ二十メートル程の分厚い鉄の壁で囲われており、更にその周りや、どこからか上に上れるのか壁の上を兵隊のような人たちが警備していて、街へ入る門からは絶え間なく馬車や商人のような人たちが通過していた。


 その壁を関所の様な門から抜けて中に入った俺たちは交易の足掛かりとなっているであろう石で舗装された道路を馬で進んでいた。


 「ここが、王都でいいんですか?」


 「そうだね、でも厳密には違う。言うなればここは『王都の傍に作られた違う街』だよ」


 「どういう事ですか!?」


 「イデデッ……」


 後ろのハティがすごい興奮している。さっきから辺りをずっと見回していたかと思えば、俺の腹に回している腕をギリギリと締めながら前にいるカルトに尋ねる。痛い。


 「王都には『城下町』っていうのがあるだろ?」


 「そうなんですか?」


 「そうなんです。でもここは王都の城下町の更に下に当たる城下町なんだ。要は王都に隣接してる街って事さ。まあ今ではそれも含めて王都になっている。だから他の国よりも二倍近く街の領域が多いことでも有名さ」


 俺はカルトがそう説明した後でこの国を見回す。確かに大きくはあるが、実際のところ思っていた王都とは見れる風景がいささか違った。


 俺が思い描いていた王都とは、古めかしい家々が立ち並び、煌びやかな噴水などに少年少女たちが群がり、綺麗な屋敷やお城にだかに王様とかが住んでいる。貧民街などもあれど色で例えるなら金色といったところだったのだが、全然違った。


 先程の鋼鉄の街よろしく、内部もそれ相応のものであった。

 

 立ち並ぶ家々には金属が使用されており、この国の技術がファンタジード定番の木造に通づるものではないのがわかった。

 大きな街には必ずあるようなゴロツキが溜まりそうな印象のある路地裏には、何かを通しているパイプが多々見受けられ近代的といった印象を受ける。


 歩道を歩く人々や道路を往く人々でごったがえした街並みは活気ある異世界といった印象が見受けられるものの、やはり異質。綺麗な衣服に身を包んだ人物や剣などを持った冒険者的な姿などは全く見えず、煙突掃除でもしたのか全体的に黒ずんでいる人たちばかりだった。


 「あれは……工場か?」


 「え!? ヨル、どこどこ!?」


 「右斜め前方」


 街を囲んでいる鉄壁の中に一段と大きい施設がある。やはり金属で作られているのか灰色の施設だ。施設から様々な方向にパイプが伸びており、お世辞にも幻想的とは言えないその開発された風景はさながら機械的な工業都市。少なくともパーシヴァルには似合わない場所である。


 「さ、ここを左に曲がって、うん。チャンスとしてはここだね」


 俺たちの乗る馬が丁字路を左に曲がる。するとカルトは馬を前に進ませたまま体を捻じってこちらを向き、


 「うわぁ……!」


 「ぉ、お……!」


 「ようこそゴルウズの王都へ。この国は君たち『小さな狼たち』を歓迎しよう。なんてね」


 そう言いながら俺たちを慰めるかのように優しく笑ったカルトの背後に、この国を国足らしめると形容してもいいほどの二つの城下町が合体した大きな街並みと、それらの統括するようにそびえ立つ、工場とはまた異質な雰囲気を持つ洗練された大きい屋敷群が目に飛び込んできた。


 「それでは先に行く。三人では馬も速くは走れまい」


 「ああ、後から追いつくよ」


 「では」


 そう追い越し様にカルトとそう言葉を交わし走り去っていったのは、赤髪の少女を後ろに乗せた兵士の駆る馬であった。

 少女は追い越し様に俺を見やり、何やら複雑な横顔を見せて走り去っていった。


 「何処かへ向かってるんですか?」


 ハティが言う。


 「ああちょっとね。事情とかを聞いたりとか君たちを引き取ってくれる施設とかと折り合いをつけるための建物に向かってるのさ」


 「?」


 「ま、今君たちが考えるべきはこれからの身の振り方だね。大まかに三つほどあると思う。一つはこのままこの国に滞在し、自分達でお金を稼いで生きていく。二つ目は施設に入るかして後に何処かの家に引き取られる。そして三つ目は、あまりお勧めしないけどこの国を出て違う何処かへ行く。かな」


 とカルトは自身の指を一つずつ丁寧に折りながら説明してくれる。とても丁寧だ。とても心配してくれている。何なら自分の所で引き取ろうか? 的な雰囲気を醸し出している。

 が、頭の上のそれ・・が全てを台無しにしていた。


 カルトの頭の上に、『人』が立っていた。


 男、青年だ。身長はとても大きい。一80、いやもしかしたらそれ以上あるかもしれない長身を丸めてカルトの頭を上に両足の裏で立っている。目はとても鋭く、見ているだけでどこかを刺されたかのように感じ、ニコリと笑っている感じの表情ではあるがその鋭い目からは感情が読み取れない。

 カラスを思わせるケープマントを着ており、カルトに見えないようにたくし上げながら鮮やかな緑の短髪を揺らしてクックックッ、と低く呟き笑っている様だった。


 「ん? どうかしたかい――ああ!? ガルディアお前! なんか重いと思ったら頭に乗ってるんじゃないこの馬鹿!!」


 するとガルディアと呼ばれた青年はカルトの頭から笑いながら飛び降り、石で舗装された道端へと降りる。その際空中で二回ほど軌道を変えたのだが、俺の目には空中を『蹴った』様に見えた。


 「ハハハハハ! カルトおめぇ頭に乗っかられて気づかない方が馬鹿だと俺は思うぞぉ!? 首鍛え過ぎではぁー!?」


 「黙れこのコソ泥風情が! 今すぐお前を捕まえてもいいんだぞ!」


 「おいおい幼馴染みの親友に向けて言う言葉じゃねぇよなぁそれ。悲しいぞ☆」


 「……はぁ、なんか用か。社会のゴミ」


 なんかもう、そのやり取りだけで大体の関係性が伝わってくる内容であったが、カルトはガルディアとかいう青年に近づくようにして道路の脇に馬を止めた。


 「いやぁお前が可愛い子供二人を誘拐しようとしているのが見えたから現場を押さえようと」


 「ケンカ売ってんのかお前」


 「おおう!? 兵士が一般市民相手に抜刀していいと思ってんのか!?」


 「兵士が人攫いするか普通。チッ、人目につかないところなら斬って捨ててやるのに」


 とお互いに悪態をつきながら睨み付けて罵り合っていた。


 「ところでカルトよ、この子たちどうしたんだ?……孤児か?」


 そう口に出したガルディアの目は笑っていなかった。真剣そのものである。


 「そんなところかな、危ないところを保護したんだ」


 「そうか。いい仕事したじゃねぇか……髪色から察するに、狼の眷属ってとこか」


 「は、はい」


 ガルディアは俺の方を向きそう口に出す。傍から見れば子供を威圧しているヤンキーといった感じに取られるような感じではあったが不思議と恐怖は感じない。むしろカルト以上の優しさを内に秘めている。そんな印象だった。


 「カルト、この前狼の眷属の頭髪が高く売れるっていう情報流れてたろ? あれクソ野郎が面白半分で広めたガセだったからよ、広めたやつ牢屋に送ったから死刑にしろ」


 「頭髪……!?」


 「イデデッ。みぞおち絞めないでハティ!」


 「おい! この子たちの前でそんな……」


 「すでに噂の方は鎮火した。てかさせた。力づくで。だからお前は公的な方頼むわ……安心しな、おめぇらみたいなガキは守る。そう決めてっからよ、何なら二人とも引き取ってやるぜ?」


 そう言ってガルディアは軽く微笑みながらその大きな両手で俺とハティを頭をガシガシと撫でる。

 頭髪がどうのという話には少し驚いたが、このガルディアもまた俺たち、というか子供を心配してくれている様だった。

 子供好きのヤンキーとかテンプレかよ。


 「お兄さん見た目よりいい人?」


 ハティが少し怖がりながらも気さくに話すガルディアに向けて、思ったことをそのままストレートに口に出す。確かに、ガルディアはどちらかというと強面だから……


 「アハハハハ! 見た目からして完全に犯罪者だもんなぁガルは!!」

 「あぁ!? 見た目女の長髪君に言われたくねぇなぁ!!」

 「ワハハハハ!」

 「アハハハハ!」


 「何で二人とも笑ってるの?」


 「ん? ああ、あれはお互いを蔑んでる笑いだよ。見ててごらん、もうすぐケンカになるから」


 「何笑ってんだテメェ!!」

 「何笑ってんだお前!!」


 そして馬を下りたカルトと突如現れたガルディアとの殴り合いが勃発するのだった。鎧を着ている分カルトが優勢だったが。

 俺らの事忘れてませんかね。



 二人の殴り合いは痛み分けという結果に終わった。というか殴り合ってたら行き交う人々から冷たい注目を貰っていたので渋々やめたという感じではあったが、どうやら二人は壊滅的に仲が悪いらしい。

 

 「なるほどなぁ。そんな事があったのか……お前らも山降りて早々大変だったな」


 「頭撫でるのはいいですけど痛いです」


 「お、それは悪い。毛並みが気持ちよくてつい」


 「俺は犬ですか」


 「狼だろ?」


 「……まぁ」


 俺たちは道路の隅を四人で歩いていた。

 一番道路側に鎧を着たカルト。先程まで乗っていた馬を引きながら歩くため必然的に道路側を歩いている。その隣にハティ。俺、一番歩道側に緑髪のガルディアという並びだった。


 「カルトさんカルトさん。あれは何ですか?」


 「ああ、あれは『時刻塔』さ。クロノで時刻を確認するのって手間もかかるし少しだけど魔力も使うだろ? だからああやって時刻を示す塔が建てられてるんだ。この王都には十個あるよ」


 「へぇー大きいですねぇ、便利ですねぇ」


 ハティは興味深々といった風に周りの建物を見ては隣のカルトに疑問をぶつけている。どうやら怖いとかはもうあまり感じなくなっているようで、好奇心が抑えられないといった風だ。


 「で、ガル。僕に会いに来たってことは何か用があるんだろ?」


 「ああ、ほら頼まれてた情報。行くときは俺に声かけろよ」


 「助かる」


 ガルディアは俺たちの頭を上を越してカルトに薄い紙のようなものを渡す。話から聞けば何かの情報だろうが、それが何なのか聞こうとすると、


 「で、ヨル。お前怖くなかったのか?」


 「え?」


 仕切り直しといった感じでガルディアが軽い口調で話し込んでくる。歩いているときにガルディアに俺たちがここにいる経緯を話しておいたのでそのことだろう。


 「年齢もわからないとの事だったが目測で十歳。剣術も使えねぇ。魔法も使えねぇ。記憶もねぇ。それなのに右も左もわからねぇ村で人型の『従者』相手に剣持って特攻。流石に無理があると思うぞ?」


 「文面でみると俺サイキョーですね」


 軽く皮肉らしく言ってみる。

 だがガルディアの声はいたって真面目そのものだ。


 「茶化すなよ。俺なら嬢ちゃん引っ張って一目散に逃げるぜ? 戦おうなんて思わねぇ」


 「ガルディアはクズだからな」


 「おめぇならどうすんだよカルト」


 「……牽制しつつ逃げる」


 「ほれ見ろ。俺と同じだ。ともかく、何で戦おうと思ったんだ?」


 「それは……」


 戦おうと思った理由。

 無論、ハティを守るためだ。だが、『守る』というのであれば、逃げることも『守る』と言える。戦わずして勝つ。そういう選択肢もあったのは確かだ。だが、俺は戦う事を選んだ。何故、だろう。


 「ハティを、守りたかったから……」


 「ふむ。その結果赤髪の娘を泣かしちまったわけだよな?」


 「っ!」


 「ガル!!」


 「悪気はないんだ。ただ、な」


 何か言いたげだったガルディアだったが、これ以上は言えないといった風に口をつぐむ。

 辺りでは人が生み出す雑多な生活音が響いてはいるが、俺たちの間にはほんの少しだけ気まずい沈黙が続く。そしてその沈黙を破ったのはカルトであった。


 「あ、見えてきたよ。僕らの目的地、兵士の詰所さ」


 そう言い前を指差すカルトの指先には大きめで柵付きの建物が見えてきた。

 事情を聞くってつまるところ事情聴取ってことか。また話すのか、気が重くなるな。


 「なんだよカルト行き先って詰所かよ。俺が二人とも引き取るから別にこんなとこ行く必要ねぇよおい」


 「そうはいかないだろ、何があったのかをしっかり記録して。その後でどう生きるかはこの子たち次第だ」


 「な、もしどっかに引き取られたいってんなら俺の名前を出してもいいぞ? 二人とも引き取ったるからな」


 「は、はぁ」


 「それじゃあこの子たちをお願いします。僕は馬を置いてから向かいますので」


 「ご苦労様カルト君」


 カルトは詰所の前に立っていた槍を持ったテンプレの門番みたいな兵士に俺たちを預け、馬を置きに去って行った。先についた赤髪の少女を連れた兵士が話を通してあったのか、すんなりと建物に入るように誘導されるように俺とハティは入って行った。


 「ヨル。これからどうしよう?」


 ハティが少し不安な表情でこちらを見つめてくる。引き取られるならばハティと一緒がいい。自力で金を稼いで暮らすなら色々な事を覚える必要がある。どちらにせよ、ハティだけは守りたい。そう、思う。


 「ハティは、どうしたい?」


 「私は……ヨルと一緒なら何でもいいよ!」


 「なんでも、か」


 ありがとう、ハティ。赤髪の少女の母親を斬り殺して、正直心が苦しかったし、とても辛かったけど、


 「その笑顔で、少しだけ救われたよ……」


 「……ヨルは、さ。たまに思ってる事口に出ちゃうよね」


 「え、声に出てた?」


 「わかりやすくて、いいんじゃない?」


 そうニッコリと太陽みたいに笑って言ったハティの笑顔には赤髪の少女を気にかけているそぶりは全く見えなかったが、まあそれもハティらしいか。


 


______




 馬を引くカルトの隣を、ガルディアが歩いていた。

 ガルディアは何も喋らないで歩いている。無音に耐えられなくなったのか、切り出したのはカルトの方だった。


 「何故ヨルにあんなことを言った?」


 「ほ?」


 「ヨルを責めるようなことを言っただろう」


 「ああ、あれか。いやぁ事実だろ?」


 「だが――」


 声を荒げようとするカルトを制止するようにガルディアは言う。自身の推測、いや思った事という表現が一番正しい事を真剣な顔つきで。


 「子供なのにスゲェ勇気だよ。蛮勇かも知れねぇが、そんなことできる子供はいねぇよ。わかるか、普通できない・・・・


 「何が言いたい?」


 「だがそんな英雄寄りの勇気を持っているにも関わらず、ヨルは自身の行いに罪悪感を抱えている」


 「それは当たり前だろ! ヨルは森から来てこの国の人なら誰でも知ってる事すら知らないんだ。そんな子供なんだぞ!」


 「そこだよ。まあ森でハティを守るために戦ったとかぐらいはあるんだろうが、そんな子供がそこまでの勇気を持てるかって話だ。要はちぐはぐなんだよあいつは」


 そういうガルディアの顔は真剣なものだ。お得意の軽いジョークでカルトをからかうものではない。その顔を見たカルトは、少しムカついたように顔をしかめながらも黙った。


 「まるで、不格好っていうか……不相応っていうか……」


 「……言っていることがわからないが」


 「わからなくて結構。だがこれだけは覚えとけ、あのままヨルをハティと二人だけにしておいたら、ヨルは間違いなく死ぬ・・・・・・・・・・


 「それはお得意の『勘』か?」


 「ま、そんなとこだ」


 「……お前の勘はよく当たるからな」


 兵士であるカルトはガルディアの事を『コソ泥』呼ばわりして毛嫌いしていたが、真剣にそう話し合う二人の姿はまさしく親友のそれである。

 そしてその話の内容はヨルの命に関わる重大なことであり、それを本人の前で言わないという事が憶測の域を超えないと言うことを示していた。

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