幕間 日喰の狼、探求の具現
むかしむかしあるところに、『闇のように黒い体毛と雪のように白い体毛』が混ざり合った狼がおりました。
狼は『太陽』が嫌いでした。いつも森の中で太陽を睨んでは、何度も何度も吠えていました。
ある日森の近くに住んでいた猟師はうるさい狼の声を聞きつけ、斧を持って森に入ると、白と黒の体毛が混ざり合った狼が天を向いて吠えているのを見つけました。
「やい、狼めが。その遠吠えを二度と出来んようにしてやる」
猟師はそう言い斧を振りかぶりましたが、それよりもはやく、狼は猟師の喉元に噛みつき、猟師を絶命させ、食べてしまいました。
しばらくするとその場所には猟師の姿は無く、大量の血痕と、何も衣服を纏わない『白と黒の髪が混ざり合った』人間が立っておりました。
その人間は言いました。
「太陽よ。待っていろ。今私がそちらへ行って、貴様を喰ってやる」
そうして人間になった狼は太陽に近づいていくためにとても大きな山へと登りました。
しかしそれでも太陽には届きません。
そこで狼は考えました。
「ではこの高い山から空を飛ぶ獣に乗り、行ける所まで行った後に跳躍して太陽を喰らおう」
狼はそこに住む鳥達へ自身の思いを伝えました。しかし鳥は、
「私たちでは辿り着く前に羽が燃えて落ちてしまいます」
と言います。そこを何とかと狼が頼むと、
「ではこうしたら如何ですか、人を模した狼さん。この山にはここらを支配する凶悪な『竜』がおります。竜はとても強く好き勝手に暴れまわっていますが、熱さにとても強いですから彼を従えて乗って行けばきっと太陽まで行けますよ」
狼は考えました。人間を食べたら人間になった。であれば竜を喰えば竜になれるのではないかと。
「もし凶悪な竜を倒して、従えて連れて行ってくださるのでしたら私たちも協力しましょう」
そして鳥達の協力を得た狼は死闘の果てに竜の片翼を喰いちぎることに成功します。そして狼は背中に竜の翼を生やし、太陽を喰らうべく空へと昇りました。
高く高く飛びました。星を喰らいに昇るため、翼を生やした狼は飛びます。
その途中で星の神『ステラ』と狼は出会いました。ステラは何故そこまでして太陽を憎むのかを狼に問います。すると狼は、
「明るいものが嫌いだからだ。故に空で一番輝くあの星が嫌いだ。だから喰う」
それ以上ステラは何も言いませんでした。意志があるのであればその意思を尊重する、それがステラの神としての考え方だったからです。
そしてついに、狼は太陽へと近づきました。近くにいるだけで身体を焼き焦がす灼熱の嵐にさらされましたが、熱に強い竜の翼は熱を弾くように背中に輝いていました。
狼は太陽を睨みます。光を遮る目は熱風を緩和しますが、それでも身体を焦がします。
狼は耳を澄まします。脆い部分を探るため。
狼は鼻を使います。次の二撃に、全てを賭けるため。
狼は爪を突き立てます。脆い部分を開くため。
狼は牙を最後に突き立てます。その全てを喰らうため。
勝ったのは、狼でした。体中火傷がひどい姿でしたが、狼はついに太陽を喰らいました。
狼はとても上機嫌でしたが、太陽から受けた傷を泉に浸して癒しているといつの間にか太陽が復活していたのです。狼はとても怒りました。
そして受けた火傷を癒した後、また狼は太陽を喰らい、太陽が復活してはまた喰らうを繰り返しました。
そして狼に太陽が喰われ、ある周期ごとに地上が真っ暗になる日が来るようになりました。何回も何回もそれは繰り返され、いつの日か人はそれを、『日喰』と呼ぶようになりました。
『日喰の狼』 著:不明
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男は室内で本を読んでいた。無音。時折席を立つ小さい音や本をめくる音が周りから聞こえてくるものの、マナーが行き届いている室内だった。配置されたテーブルに向かい、その男の背後には沢山の本が収納されている本棚が所狭しと並べられている。
「何をお読みに?」
男に女性が話しかけてくる。すると男は本を置き、小さな声でそう言った。
「ただの、くだらない童話だよ」
「くだらない?」
「だってそうだろう? 狼が竜と戦い、太陽を喰らうまではいい。だがそれを見てた奴がいる訳がない。その時点で大部分が創作のくだらない内容さ」
「事実だけが面白いわけじゃないわ。でなければこの世界の半分は価値が無くなってしまうもの」
男は数秒口を閉じる。その後で溜息を吐くようなか細い声で、
「そうだけどさ……」
「もう、行くの?」
「ああ、君には色々とお世話になった。ありがとう」
「ずっと私の所にいればいいのに」
そう言い男は立ち上がり、椅子に掛けていた上着を羽織る。何のことは無い、普通の光景だ。貴族風の女性が、豪華な書庫で、男と二人話している。ただそれだけ。
「僕は生粋の旅人でね、定点はしない。真実を好み、真実を愛し、真実を求める。それが僕の生きる理由だから」
「どこへ行くかは、決まってるの?」
「鋼鉄の国まで。なに、『日喰』までには着くさ」
「そう……元気でね」
男は女性にそう言われ、大きく豪華な扉から書庫を後にした。
男は屋敷の中を歩いている。大きな窓から差し込む光が一定の間隔で目を刺す。綺麗に管理が行き届いた屋敷の廊下にはゴミ一つ無い。そして誰ともすれ違わない、故に男の表情を知る者もいない。
「……聞こえる。『ロード』が、落ちる。上手くいけば、俺は誰も知りえない真実を……」
恐らくはこの屋敷の出口であろう大きな扉を景気よく開け放つ。すると外にいた兵士らしき人物が男を捉える。そしてその兵士らしき人物がとった態度は客人を送り出すようなものではなく、
「き、貴様!? な、どうやって中に!」
「警備緩いよ。そんなんでよく兵士勤まるね」
「な、何!? 一体何者だ!?」
「俺? 俺は『ベルモンド』。真実を求める旅人だ」
ベルモンドと名乗った男の口は吊り上がり、まるでこれから見世物を見るかのような笑みを携えている。
身長は大きくも無ければ小さくもない。金持ちが住む屋敷には似合わない流れ者といった服装をしており、年齢は青年、あるいは男性いった風で特筆するほどに若くも老いてもいない。
しかしながら頭上で輝く白黒の髪と交じり合い、探求心を押さえられない動物といった雰囲気であり、
「真実、だと? 一体貴様中で何を――グッ、ァァァアア!?」
「ま、少し寝てなよ」
その笑顔のまま兵士の前にベルモンドは手をかざす。すると兵士は両耳を塞いでうずくまってしまう。悲鳴を上げるその姿はまるで何かを拒むようであった。
「楽しみだなぁ、楽しみだなぁ! アッハハハハハハ!!」
そして笑いながら彼はその場を後にした。そしてそのままベルモンドは向かう。鋼鉄の国に、真実を求めて。
彼は、『探求心』の具現。白黒混じるその髪は狼の証。




