00 プロローグ
小さい頃に見た、夢を見た。
こことは違う世界、違う場所で誰かを助けるために戦う夢を。
助けられたことは一度もなかった。
いつも、もう少しの所で目が覚める。
助ける相手が死んでしまい目が覚める。
自身が殺されて目が覚める。
誰なのかはわからない。なぜ助けるのかもわからない。なのに、その夢を見ると、起きた時、必ず涙を流しているんだ。
友達に話したことがある。
助けようと思い、戦い、血みどろになっている夢を。
よく覚えてるなと言われた。
血みどろで死ぬんだよと言われた。
妄想加速しすぎと言われた。
寝てる時が一番楽しそうだと言われた。
皆笑って聞いてくれた。俺も笑った。他愛のない、少年の見る夢だと。
けど、どうしてだろう。本当に、涙が止まらないんだ。
「……夢、か」
そうして今日もまた、目から涙を流しつつ、目が覚める。またあの夢を見た。
彼、彼女……? もう思い出せないが、その人を助けようと戦った。
結果、右目を刺されて目が覚めた。夢なのにも関わらず、ズキズキと痛む右目を手で覆いながらダルそうな表情を浮かべて起き上がる。
どうやらかなり汗をかいていたらしい。部屋の寒さが湿っぽい肌に沁み込んで痛いぐらいだった。
「……10時」
午前10時を時計が指し示している。
特にやることは無い。
かといってやりたい事もない。
むしろ、やれる事がない。
彼はベッドから上半身を起こし、枕元に置いてあった体温計をわきの下にあてがう。
しばらくすると耳に突き刺さるような電子音と共にその液晶に数字が表示された。38度。
「やっぱり暖房無しの冬場にゲーム3徹は無理があった……」
ガラガラ声で低く呟き、彼はその喉を潤すためフラフラと体を揺さぶりながら冷蔵庫へ向けて歩き出す。今にも倒れそうな足取りで。
冷蔵庫を開け、ペットボトルに入ったスポーツ飲料を喉に流し込む。起きた直後の乾いた体に甘みが沁み渡る。
やる事も無いし頭も痛い。おとなしく寝ていよう。
そう思い、口からペットボトルを離した瞬間、彼の足から力が抜けた。
ドスン、ガラン。
「……あ、れ?」
力なく部屋の床へと倒れ込む。思うように体が動かない。一度だけ、子供の時に喘息で入院した時のような感覚が彼を襲う。
何とかベッドへ戻ろうとするが、彼の耳が何かを捉える。部屋どころかこの家には彼しかいない。彼はそれが幻聴だと知っていた。
――てよ
――なってよ
――友達になってよ
うるさい。俺は寝ていたいんだ。そんな暇はない。
――おねがい
――一人は寂しいの
彼は幻聴に耳を傾け、その声の感情を知った。
余りにも寂しそうだ。確かに一人というのは辛い。そう思う彼も体調がすぐれない。そんな時の自分一人だけというのは辛いものがある。
彼はそれを幻聴だと知っている。この部屋には自分以外いない。しかし、何故か聞こえてくる幻聴に同調していく。彼の脳は熱を持ち、複雑な判断が出来ていない様だった。
「……じゃあ、なろう。友達に」
彼は床に倒れたままそう言うと、全身の筋肉が弛緩し、意識が深い暗闇へと落ちて行った。
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とある場所のとあるお話
むかしむかしあるところに、『闇のように黒い体毛と雪のように白い体毛』が混ざり合った狼がおりました。
狼は『太陽』が嫌いでした。いつも森の中で太陽を睨んでは、何度も何度も吠えていました。
ある日森の近くに住んでいた猟師はうるさい狼の声を聞きつけ、斧を持って森に入ると、白と黒の体毛が混ざり合った狼が天を向いて吠えているのを見つけました。
「やい、狼めが。その遠吠えを二度と出来んようにしてやる」
猟師はそう言い斧を振りかぶりましたが、それよりもはやく、狼は猟師の喉元に噛みつき、猟師を絶命させ、食べてしまいました。
しばらくするとその場所には猟師の姿は無く、大量の血痕と、何も衣服を纏わない『白と黒の髪が混ざり合った』人間が立っておりました。
その人間は言いました。
「太陽よ。待っていろ。今私がそちらへ行って、貴様を喰ってやる」
そうして人間になった狼は太陽に近づき、その身を焦がしながらも太陽を喰らいました。
狼はとても上機嫌でしたが、太陽から受けた傷を癒しているといつの間にか太陽が復活していたのです。狼はとても怒りました。
そして受けた火傷を癒した後、また狼は太陽を喰らい、復活してはまた喰らうを繰り返しました。
そして狼に太陽が喰われ、ある周期ごとに地上が真っ暗になる日が来るようになりました。何回も何回もそれは繰り返され、いつの日か人はそれを、『日喰』と呼ぶようになりました。
パタン。
「何回読んでも変な話。狼さんは太陽を嫌う余りに自分も太陽のシステムになっちゃう話だもん」
少女は一人呟いた。耳を澄ませば木々の葉が擦れ合う音が聞こえてくる。鳥たちがチュンチュンとさえずりながら飛んでいる。窓が映し出す景色は都会のそれではなく、一面の緑。
「私は太陽、好きだけどなぁ」
家の窓から顔を出し、遥か上空にある太陽ににこやかな笑みを見せながら少女は呟く。
人目に付かない崖の下、そんな緑の森の中。不便な場所にある家の窓から外を眺める少女の、
『黒と白が混ざり合った』ロングヘアーを風が揺らした。