第六話 最初の街
「あぁ....疲れたなぁ....」
地平線の先へと続く街道の上。
全身白の衣装を纏った男は、そんな情けない声を漏らす。
男の肩には純白の大鷲が留まり、彼を叱咤するかのような鳴き声をあげている。
彼こそ我らが吟遊詩人、トゥーレである。
「どうしてこんなに遠いんだよ.....」
異なる体で目を覚ました森を抜け、白鷲セイルの示す方角へ歩き続けてはや一時間。
一向に見えてこない街に、トゥーレの気力は尽きかけていた。
休みたい。
そう呟くトゥーレが立ち止まらずに歩き続けるのは、肩の上のセイルが原因である。
トゥーレが休もうと歩調を緩める度にセイルが一鳴きし、時には頭をつついてまで進ませようとするのだ。
別にセイルはトゥーレを苛めている訳では無い。
仮にも主なのだ。
そんなことはしないだろう。きっと。
セイルはただ単に、疲れていない癖に休もうとするトゥーレを急かしているだけなのだ。
そう。
トゥーレは肉体的に見て、全く疲れていない。
未舗装の街道を一時間歩いたくらいで「トゥーレ・マールスティン」に影響が有ろう筈も無いのだ。
それをトゥーレは一般人だった頃の物差しで計り、疲れた気になっている。
しかし、彼の身体能力を知っているセイルからすれば、困ったことに目的地間近で主が寄り道をしようとしているように見える。
互いの認識の齟齬が生んでしまった悲しい事故であった。
そんな調子で歩き続けて十分ほどが経ち、一つの丘を越えた時。
遂に、この世界で初めての街が姿を現した。
「.....ちょっと大きすぎないかな」
高さ20メートル程の黒光りした外壁が数キロ先まで続く。
壁の内部には通路のようなものがあるのか、矢を放つための狭間がいくつもならび、壁の上を兵士らしき人影が歩いている。
そしてここから見えるだけで二つある門は相当な厚さを持ち、外壁よりも強い光沢がかかっていた。
最後に止めとばかりに外壁を取り囲む差し渡し5メートル程の堀。
あとはバリスタか何かさえあれば完璧な城塞の完成である。
「昔も、こんな街あったっけ....? 」
否、断じてこんな街は無かった筈である。
こんな、いかにも「戦いに備えてますよ」というような街は無かった!
心の中でそう叫んだトゥーレは、心なしか先程よりも重い足を動かし、げんなりとした様子で街へ歩いていった。
◇◇◇◇◇
街--最早都市と呼ぶべきであろうか--の門の前には、数人の列ができていた。
トゥーレは取り敢えず、その列の後ろに並ぶ。
そのまま少しずつ列は進み、数分後にトゥーレの番が来た。
後ろから見ていた限りでは門番のような人物の幾つかの質問に答え、硬貨を渡すかカードのようなものを見せれば都市に入れるようであった。
「次!」
門番の男が声をあげる。
トゥーレは少し緊張しながらも前に進んだ。
結果的に、トゥーレは無事に街に入ることが出来、更に大きな収穫もあった。
門番はトゥーレの名前と職業、やって来た目的などを尋ね、通門料を求めた。
そこでトゥーレが駄目元で『The Regeneration』の銀貨を出すと、その銀貨が普通に使えたのだ。
銅貨五枚の通門料に銀貨を支払い、戻ってきたのは大銅貨九枚と銅貨五枚。
どうやら通貨の単位もアルディアと同じようだ。
アルディアでは銅貨と呼ばれる硬貨一枚が十円程の価値を持っていた。
そして銅貨から十枚ごとに大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、聖金貨と一枚ごとの価値が上がっていく。
仮にもトッププレイヤーの一人であったトゥーレの『インベントリ』の中には莫大な硬貨が入っており、その価値は日本円にしておよそ200億円。
トゥーレが一生遊んで暮らせる額である。
その事に気付いたトゥーレはほくそ笑みながら門をくぐる。
そうして彼はこの都市『アルギス』に足を踏み入れたのだった。
アルギスは領主の居館を中心として四本の大通りが交錯し、それぞれの大通りに大小様々な脇道が分岐して広がる正方形の街であった。
トゥーレはその大通りの一つを、周辺を観察しながら歩いている。
道の左右に建ち並ぶ屋台や露天。
大通りを往く人々のなかに一定の割合で紛れている、武具を身に付けた男女。
木材や石材、レンガで作られた統一性のない街並み。
未だ昼間であるにも関わらずどんちゃん騒ぎを繰り広げる酒場の酔っ払い達。
総じてアルギスという街は、賑やかで雑多な雰囲気を持った街だった。
トゥーレはその一つ一つに眼を向けながら足を進める。
アルギスの街にある全てのものが、彼には新鮮であったためだ。
確かに、ゲーム時代にも街はあった。
しかし、今と違って人々の活気というものが足りなかったのだ。
ゲームでの人々は全て「NPC」であり、意思を持っていなかった。
それがこの世界では一人一人が違った考え方、違った価値観を持ち、それぞれの人生を生きている。
そしてその事が、トゥーレにはとても素晴らしい事に思えた。
ここがアルディアかどうかはまだわからない。
けれどこの世界はきっと、あの時のアルディアに負けないくらいの感動を見せてくれる。
そう独白したトゥーレは胸いっぱいに空気を吸い込み、また一歩、踏み出した。