第四話 物語の始まり
異世界編スタートです!
目を開けると、そこは森の中の湖であった。
そんな下らないフレーズが閃の脳裏を過る。
「何、ここ...」
閃は小さく呟いた。
その声には疑問と戸惑いの感情が乗せられている。
それも仕方の無い事だろう。
先程まで自宅に居た自分が、今は森の中に居るのだから。
(何? 何があったんだ? ここ、どこ!? )
閃は心中で叫ぶ。
周囲を見渡し、暫しの間自問を繰り返した閃。
(....駄目だ。興奮してるな。まずは落ち着かないと。)
どうやら焦っていても仕方がない、とひとまず冷静になってから考えることにしたようだ。
閃は足元の芝に腰を下ろし、木に背中を預ける。
やけに体が軽く感じるな。
まぁ良い。
取り敢えず、状況を整理しなければ。
自分はついさっきまで自宅に居た筈だ。
そして届けられた羽飾りを手にとって、それから....。
「あ」
思い出した。
羽飾りの装飾であるエメラルドに触れた瞬間、光が閃を包み込んだのだ。
体が浮かび上がるような一瞬の感覚の後意識が遠くなって....。
目が覚めたらこの状況だ。
「結局何も分からないじゃないか...」
閃は溜め息を吐き、肩を落とす。
そして閃の目に入ったのは、芝生の緑と体を包む衣装の白。
(ん....?)
「白?」
おかしい。
閃が最後に来ていた服は動きやすい上下黒の部屋着だ。
断じて白い服では無かった。
また、大前提として閃は白い部屋着など持っていない。
理由は単純。
汚れが目立つからである。
一度白い服についた汚れは消えにくい。
染み抜きなどという高等技術は閃には使えないのだ。
では、今着ているこの衣装は何だ...?
閃は自分の姿を把握しようと立ち上がり、湖面に映る半身を覗きこんだ。
そして、自らの姿を捉えた閃は、絞り出すような呟きを漏らす。
「.....トゥーレ」
そう。
閃が見た自らの姿は、『The Regeneration』在りし日の彼のアバター、トゥーレ・マールスティンと全く同じ姿をしていたのだ。
所々跳ねた肩まで届く白い髪に、ぱっちりとした翡翠色の瞳。
白く透き通った肌は、非人間的で有りながらも確かな生気を宿す。
身に纏う衣装はそんな持ち主の肌色に合わせたかの様に白く、純白のインナーに、光沢のある白のウェストコート。
その上にはアイボリーの膝丈のコートを羽織っている。
下半身には細身でグレーのロングブーツを履き、インナーと同色のズボンを薄茶色のベルトで固定している。
そして最後に...閃の左耳の側で留められた光神の羽飾り。
羽飾りは閃の困惑を知らぬとばかりに、木漏れ日を反射して輝いていた。
「....何で、トゥーレが」
体が軽く感じる筈だ。
そもそもの体の性能が違うのだから。
「ふふ。フフフ」
失ったはずの半身。
失ったはずの体。
五年ぶりの感覚に、背筋が震えた。
「はは...。ハハハハ!」
閃は笑う。
込み上げる衝動に身を任せ、大声をあげて笑う。
これ程嬉しいことが他に有るだろうか。
戻って来た。
かつて自らの心血を注いだ半身が、懐かしの感覚と共に。
改めて意識してみると、やはり体が軽い。
何故今の今まで気が付かなかったのか不思議になる程に。
普段よりも、音が近くに聞こえた。
森の緑が鮮やかに見える。
頬を撫でる風がこそばゆい。
木々の香りが、土の香りが鼻腔をくすぐる。
そうだ。
この感覚が、この感動が、あの世界を彩っていた。
「ここは...五年前と同じ、あの世界なんだろうか」
閃の胸中に生じた一つの疑問。
その疑問の一部を解消する方法を、閃は知っている。
そして閃は、あの世界のとある起句を囁いた。
「....『インベントリ』 」
果たして世界は閃の期待通りの反応を返す。
閃の眼前には『The Regeneration』のインベントリウィンドウが開いていた。
『龍髭の修道服』、『盗鍵アルセーヌ』、『神楽器 オルフェウスの竪琴』....その他にも見覚えのあるアイテムの名称が大量に並んでいる。
「やっぱり....開いた」
閃は思わず頬を緩める。
あれ程笑ったというのに、嬉しさのあまり感情が抑えられなかったのだ。
これで、ほぼ決まりか。
閃の疑念は確信に変わりつつあった。
此処は、あの世界なのだ。
この五年間焦がれてやまなかった、あの懐かしき第二の故郷なのだ。
そして、閃はおもむろに右手を前に出す。
インベントリが開けるのならば、スキルも使える筈だ。
もしスキルが使えるのなら、最初にするべき事は一つ。
『相棒』が居なくては締まりがない。
そして微笑んだ閃は目を閉じ、謳い始める。
唯一無二の友を呼び覚ます詠唱を。
『双翼に天を乗せ、大空を統べし白き鷲。その金色の天眼は全てを見据え、その爪は何者をも貫く。』
『今此処にトゥーレ・マールスティンは希う。顕現せよ、聖獣ルクスアクィラ!』
閃を中心として、否、閃の差し出した右腕を中心として光が溢れる。
眼を開けていられないような光の奔流の中で、甲高い鳴き声が一度、響き渡る。
そして数秒後、光が収まると、閃の右腕の上には純白の大鷲の姿が有った。
白鷲はピィッと一鳴きすると、頬擦りするように頭を閃の肩に擦り付ける。
それを見た閃は一瞬驚きの表情を見せ、しかしすぐに微笑んでこう言った。
「ただいま。セイル」




