第三話 『The Regeneration』
地球編が終わります。
『The Regeneration』。
それは10年前から5年前までの間、絶大な人気を誇ったVRMMORPGのタイトルだ。
『The Regeneration』、通称リジェネの舞台は、中世程度の文化レベルを持ち、魔法や魔物が存在する典型的なファンタジー世界アルディアである。
そのアルディアのどこかの国に生まれついた主人公が、ある時は冒険者、ある時は兵士、ある時は商人という風に自由に暮らしながら、人類の生存圏確保や、珍しい食べ物、お金などのために冒険する、というストーリーだ。
魔法使いや剣士、海賊などの職業が豊富で自由度が高く、中毒者が続出して社会現象になるほどの人気で、閃もその中毒者の一人だった。
閃はサービス開始直後から遊び始め、サービス終了までの間ほぼ毎日遊んでいた。
そのお陰か閃は数少ないトッププレイヤーの一人であったし、所属していたクランはゲーム内のランキングで5位より下になった事が無い。
5年前のサービス終了の時には当時のアクティブプレイヤー総勢300万人が最初の町に集まって万雷の拍手と感謝の言葉を贈り、アルディアの終わりを惜しみ、祝福した。
訳あって他の町に居た閃にさえ聞こえる程の大騒ぎだった、と言えばどれ程の歓声が上がっていたか分かるだろう。
サービス終了から一年程はふとした時に強い寂寥を覚えたものだが、今では意識することも少なくなった。
それでも、思い出を振り返れば閃の胸中に郷愁にも似た感情が湧き上がる。
それほどあのゲームの存在は閃の中で大きな割合を占めていたのだ。
「....先に中身を確かめないと」
閃は込み上げる気持ちを抑えながら、丁寧に梱包を解いていった。
ゆっくりと蓋を開け、中を覗きこむ。
箱の中に入っていたのは、一つの細長い黒い箱。
「何だ...これ....?」
◇◇◇◇
閃は箱から目を離すことが出来なかった。
その箱は、とにかく美しいのだ。
吸い込まれるような錯覚さえ覚えさせる黒曜石の本体に、見慣れない文字のような模様を描きながら箱を覆う銀装飾。
そして箱の中央に輝くのは親指の先端程のホワイトオパールのような宝石。
各部分が美しいだけでなくそれぞれのパーツがお互いを飾り合う様に作られており、一つの作品として完成されている。
芸術品の類いに明るくない閃にも、この箱に計り知れない価値があると理解できた。
数分その箱を見つめて呆けてから何かの間違いかと宛名を見るが、確かに伝票には暮葉閃と記名してある。
(開けてみようかな)
このまま呆けて居ても時間がもったいないし、宛名も確かに自分の名前だ。開けても誰からも文句は言われないだろう。
そう考えた閃は箱を手に取ろうとして...手を止める。
そして再び伸ばされた閃の手の先にあったものは...宅配便の伝票だった。
(何か言われたら怖いから伝票は取っておこう)
肝心なところで小市民的な閃である。
◇◇◇◇
「よし.....開けるか」
伝票を真空パックに入れて戸棚に仕舞った閃は、黒い箱の蓋に手をかけた。
目を瞑り、思い切って蓋を開ける。
恐る恐る目を開いた彼の目に入ったのは、白い羽飾りだった。
「......んん?」
閃は首をかしげる。
この羽飾り...どこかで見覚えが....。
「...あ」
そして閃は思い当たる。
確か、『The Regeneration』で自分が装備していた「光神の羽飾り」がこんな形をしていた。
5年ぶりに、また過去とは違って現実で見た為にすぐにはピンと来なかったが、確かにこれは光神の羽飾りに違いない。
だがしかし、何故これが現実に...?
運営が一部のプレイヤーに記念として各々の象徴となるアイテムを配っているのだろうか。
この光神の羽飾りはトッププレイヤーの一人だった閃のアバター、トゥーレ・マールスティンの象徴とも言えるアイテムだ。
この羽飾りと従魔である白鷲「セイル」はトゥーレの代名詞と言えるほど有名であったし、羽飾りがトゥーレの象徴として贈られたと考えるのはおかしくない。
だが、それにしては時期が中途半端だ。
わざわざサービス終了から5年後に現実でアイテムを贈ったりするだろうか。
謎だ。
いや、もしかしたら...違うか。いや、でも...やっぱり違うな。
しばらくの間ああでもないこうでもないと考えた閃は一つの結論に至る。
「うん、分かんない」
考えることを諦めた。
俗に言う思考停止である。
元来閃は小難しいことは好きではない。
あれこれ考えるよりも先に取り敢えず羽飾りを調べてみる。
タグか説明書か何かが有ったらラッキー。
それが閃の出した結論であった。
そうと決まれば話は早い。
閃は光神の羽飾りを手に取り、しげしげと眺めた。
光神の羽飾りの外観は単純である。
20センチほどの純白の羽根を基本として、付け根の髪に留める部分に大粒のエメラルドがあしらわれている。
そして羽根の外側の弧には銀の装飾が美しい金色のカバーが付いていた。
閃はその金属カバーの部分を手にとって羽飾りを調べる。
(これ、本物じゃないよね....)
閃は一般人であり、金属の目利きなど出来よう筈もない。
よって、彼は自分の一般常識に従って判断を下す。
これ、ニセモノ。イミテーション。
そう思うと多少気が楽になったのか、閃の手付きが軽くなる。
それが彼にとって最大の不幸、或いは幸運であった。
軽くなった閃の手は羽飾りの上を滑り、やがて付け根のエメラルドに触れる。
そして次の瞬間....閃の部屋が光に包まれた。
閃は叫ぶ。
「何!? 何ぃぃぃぃぃ!?」
閃の情けない叫び声は家賃月7万円のマンションの壁に反響して消え....後に残ったのは隣室の壁から響く殴打音だけだった。