第十二話 金糸雀亭
「ここが金糸雀亭...かな? 」
宿屋、金糸雀亭を目指して数分。
手に握る地図が示す建物の前でトゥーレは立ち止まった。
2.5メートル程の高さを持つ分厚い木の塀に、開け放たれた木製の門。
内に目を向ければ、十分な広さの中庭と頑丈な造りをした明るい木製の建物が見える。
建物の入口上には小さな看板が掛けられており、そこには『金糸雀亭』の文字があった。
「よし、見つけた」
小さくガッツポーズを作り喜ぶトゥーレ。
エリィに貰った紙は、地図といってもかなり簡略的なものだった。
無料で配布する程度の物なので仕方ないのだが、きちんと宿に着けるか心配だったのである。
ふぅ、と一度息を吐いたトゥーレは、意気揚々と金糸雀亭へ入っていった。
扉を開け、まず目に飛び込んだものは食堂。
数ヶ所に設置された円卓の周囲に腰掛ける人々と、その間を料理や酒を持って歩くウェイターらしき少女と女性の姿であった。
「いらっしゃいませー! 」
そうして見ているとウェイターの少女から声を掛けられた。
彼女は、何やら名簿のようなものを携えてトゥーレの方へ歩いてくる。
「こんにちは、ご宿泊ですか? 御食事ですか? 」
首を傾げ、栗色のショートカットを揺らす少女。
どうやら受付とウェイターを兼任しているようだ。
トゥーレは、少女の言葉に返答する。
「宿泊でお願いします」
「お名前は? 」
「トゥーレです」
「何日お泊まりになります? 」
何日、か。
正直、トゥーレはこの街で何をするかも決めておらず、滞在日数など考えても見なかったことである。
だが何をするにせよ、まずは準備する時間が必要だ。
その事を考えると....
「取り敢えず、七日で」
七日が妥当なところだろう。
そう思い、少女に希望日数を告げたトゥーレ。
幸い部屋は確保できるようで、少女は元気良く頷いた。
「はいっ。七日間ですね」
帳簿に名前と宿泊日数を書いた少女は、再びトゥーレに向き直る。
「大銀貨一枚と銀貨四枚になります」
両手を出して代金を求める少女。
それに対し、トゥーレは
(一日2000円位か。安いなぁ)
などと考えながらインベントリを開き、中空に開いた穴のなかをゴソゴソと漁る。
目の前の少女が口をぽっかりと開けていることにも気付かないようだ。
「.........」
「えっと...これでいいかな。はい」
「.........」
「ん? お~い? 」
「はうっ!? 」
独特の声をあげて現実に戻ってきた少女。
流石に宿屋の受付を任されているだけあってしっかりしているらしく、彼女は両手を出して代金を受け取る。
「....確かにお受け取りしました」
一度深呼吸をする少女。
どうやら完全に再起動したようで、少女はにっこりと笑い、口を開いた。
「金糸雀亭へようこそ、トゥーレさん。あなたの旅路に幸福があらんことを」
そしてトゥーレも少女を真似してにへらっと笑い、言う。
「ありがとう」
◇◇◇◇◇
ぽふん。
腰掛けたベッドがそんな音を立てた。
「あぁ....」
天井を仰ぎながら爺むさい声を出すトゥーレ。
自分で思っていたよりも精神的に疲れているようだ。
「これからどうしようかな....」
落ち着くと色々なことを考えてしまう。
この世界で、何がしたいのか。何をするべきなのか。
そんなことが頭のなかを巡る。
しかし、この世界に来て直ぐの時と同様に、答えは出ない。
情報が少なすぎるのだ。
やがて、思考の堂々巡りに陥ったトゥーレは思う。
いっそ、情報を集めがてらこの世界のあちこちを見て回ろうかな。
「ん....」
トゥーレは小さく声を漏らした。
浮かんだ考えが、存外に良いものに思えたからだ。
今はあの頃から三百年後。
昔とは大きく違っているはずである。
各地を旅して思い入れがある場所や過去のダンジョンを探索してみるのは、情報を得るという点から考えても悪くない。
「...暫くはこの付近で冒険者でもしながら、かな」
過去の冒険者は人類を脅かす魔物との戦線の最前線に立つ戦士達だった。
だが、今は魔物の脅威も薄れ、魔物の狩猟者、或いは未知の探索者となっているらしい。
その身分は各地を巡るのに好都合なものだろう。
「ランク、上げないと....」
冒険者ギルドの話では、冒険者には階級がある。
その階級を上げると実力の証明になるだけでなく、国や様々な組織からの待遇が良くなるらしいのだ。
最高位のSランク上位ともなれば、その権威は一国の侯爵に匹敵する。
Sとまではいかずとも、Aまでいけばそれなりの信用を得られるだろう。
その信用がトゥーレにとって有利に働くことは間違いない。
この周辺は比較的魔物が強い地域のようだし、Aランク下位のザレアを下したのだから、そこを狩り場にするくらいの実力はある。
この周辺で数を狩れば直ぐにランクが上がる。
「明日から仕事かぁ...頑張らないとな」
明日になったらギルドに行って、仕事の話をしよう。
Dランクからは町の外での仕事が受けられるそうだから、出来れば討伐の依頼が良いな。
色々と考えながら楽な姿勢をとる内に、背中からベッドに倒れこんで上を見ていたトゥーレ。
その瞳は少しずつ閉じられていき...。
数分後には、穏やかな寝息をたてるトゥーレと、彼を窓の縁からいとおしげに見守るセイルの姿があった。
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