第十話 伝説の再臨
訓練場の中央で向かい合うザレアとトゥーレ。
ザレアは先程までの軽い雰囲気を消し、鋭い目でトゥーレを睨んでいる。
(何でこんなに睨まれてるんだろう)
特に気に障るようなことはしていないはずだ。
仕事である模擬戦は真剣にやるということなのだろうか。
トゥーレはそこまで考えて推察を止めた。
どちらにせよすることは変わらないのだ、と。
手に持った砂時計を床に置くザレアを見ながら、トゥーレはインベントリを開く。
取り出した物は...『神楽器 オルフェウスの竪琴』。
ゲーム時代のトゥーレがメイン武装として愛用していたものであり、吟遊詩人の特殊能力にプラス補正をかけてくれる優秀な装備である。
トゥーレはオルフェウスの竪琴を構え、戦闘体制をとる。
「始めるぞ」
ザレアの声が静かな訓練場に響いた。
その言葉を聞くと同時に能力を発動させ、竪琴を弾くトゥーレ。
そして、自身が持つ切り札を発動させる起句を呟く。
「『伝説の再臨』」
『The Regeneration』における吟遊詩人という職業はかなり特殊な能力を持っている。
支援魔法、魅了魔法、治癒魔法などその能力は多岐に渡るが、その最たる物が『伝説の再臨』と呼ばれる能力だ。
各地に散らばる「伝説」を集めることによって過去の英雄を再現し、その力を振るう事が出来る『伝説の再臨』は、汎用性の高い能力であると同時に、英雄の八割の力しか再現できない為にトゥーレ以外が戦闘の最前線で使用することは無かった。
しかし、今はその力で十分な筈である。
独自の手法を使うことによって英雄の力の再現率を完全以上にまで引き上げる事が出来るトゥーレであるが、それも必要無いだろう。
能力を発動させ、竪琴を引き続けるトゥーレの身体を眩い光が包む。
よし、大丈夫だ。
問題無い。
ゲーム時代に能力を使用したときと全く同じエフェクトである。
トゥーレは光の中で自らの身体に鎧や剣のようなものが装着されるのを感じながら、そう安堵した。
トゥーレが今再成しようとしている英雄はグリアス・レイギント。
かつて『蒼海の騎士』と呼ばれた人物だ。
幾度もの危機から故郷の海洋国家を守った救国の英雄である彼は、青い軽鎧を身に付け、柄に青い宝玉がはめられた宝剣を携えていたという。
トゥーレを包む光が少しずつ消えていく。
そして光の中からトゥーレの青い髪と、身に纏う青い軽鎧が現れた。
トゥーレはちらりと覗く己の前髪と、胴を覆う青い|ブレスト・プレート(胸板鎧)を見て、満足気に微笑んだ。
『英雄の再臨』は英雄を再成する力。
その再成の力は英雄の能力だけでなく、姿形にまで及ぶのだ。
対峙するザレアはこちらを見て唖然としていた。
この隙に一撃叩き込むべきだろう。
「行きますよ」
そう考えたトゥーレは一応の礼儀として声を掛け、『蒼海の騎士』の能力を発動させた。
身体能力の上昇と自動防御の効果を持った水が、トゥーレの身体の表面近くを漂う。
そしてそれを一瞥し、ザレアに向けて踏み込む。
五歩の距離を瞬きの間に埋め、腰の長剣を抜き放ち様に一閃。
ザレアの胴を両断するかのように見えた一撃は、しかし防がれる。
他ならぬザレアの木剣によって。
(へえ)
これを受けられるとは思わなかった。
そんな顔をするトゥーレ。
それも仕方の無いことだろう。
ザレアを殺さないように剣の腹を向けていたものの、その一撃は角度、速さ共に中々のものだった。
『The Regeneration』の中級プレイヤーの半分は受けられないだろう程のものだ。
それを受けて見せたザレアはやはり、下位とはいえAランクの熟練冒険者なのであろう。
しかし、トゥーレの攻撃もこれで終わりではない。
『伝説の再臨』を多用するトゥーレは、この能力の都合上剣術にも習熟している。
初撃から戦闘の流れを組み立てる程度のことは当然しているのだ。
弾かれた反動を利用して剣を引き戻し、三度突きを放つ。
さすがというべきか、ザレアはトゥーレの剣の腹に自らの木剣を当てることで狙いを逸らし、突きを避けた。
だが、ザレアの握力にも限界が近いのか、木剣を震わせている。
「...ッ!」
その震えによって生じる僅かな隙を見逃すトゥーレではない。
左足を踏み込みながら姿勢を這うように低く落とす。
そして再度、ザレアの胴を目掛けて横薙ぎの一撃。
いなすことも出来ずまともに一撃を食らった木剣は折れ、ザレアは吹き飛び...
ガァン!
壁にめり込んだ。
「あ」
意識を失ったらしいザレアを見て、いつのまにか元の姿に戻ったトゥーレは額に手を当てた。
自分が少々やり過ぎたらしいことを知って。