屋敷案内
トウコさんとリンさんが話ながら廊下に向かって歩いて行く。
私もそれに随行する形で一歩下がって、数歩歩く。
するとトウコさんがそれを見て少しムッとした表情をしてこちらに口を開く。
「トッコ、あなたは私達と対等ですわ。
一歩後ろではなくて、私達と同じ、隣を歩くべきですわ。」
驚いた。
どちらかというと先導して歩いてもらったほうが楽だから、会話に巻き込まれない方が楽だから、という意味合いだったのだけど、まさか注意されるとは思ってもいなかった。
意図が読めない、というかこの人は表情からしてクソ真面目に「隣を歩け」と言っている。
隣を歩くことに一体何の意味が・・・・?
それを察してかリンさんがフォローしてくれる。
「ごめんねトッコちゃん、トウコちゃんはたまに変なこと言い出すから・・・」
変、というか何言ってるんだコイツ、と言った所だけど・・・。
そのフォローを無碍にするようにトウコが反論する。
「いいえリン、変ではありませんわ。
トッコ、あなたは私の隣を歩きなさい。そして喋りなさい。
あなたにはその権利があるし、それを行使するのは当然ですわ。」
・・・もしかしてこれは、トウコさんなりに気を遣っているのだろうか?
だとしたら不器用が過ぎる。
「気を遣って、くれてるの?」
「いいえ、違いますわよ。
私が納得いかないだけですわ。」
これを聞いたリンさんが「それは苦しいだろう」と言った感じの苦笑いを浮かべている。
どうやら本当に気を遣ってくれているようだ。
その好意に報いるようにトウコさんの隣に並ぶ。
リンさんがそれを少し笑って、私をトウコさんで挟む形で並び直す。
「ふふ、トッコちゃん、リンって呼んでね。よろしくね!」
とても嬉しそうだ。
「あら、わたくしも好きに呼んでもらって構いませんわよ。」
負けじとトウコも張り合う。
「じゃあ・・・リンちゃん、トウコ、さん?」
「なんでわたくしはさん付けですの・・・ダメですわ。
呼び捨て以外は禁止としますわ。」
禁止されてしまった・・・。
その様子を楽しそうにリンちゃんが笑っている。
あまりにも平和すぎる光景に気が緩む。
もしかしてこれはなにか、変な夢でも見ているのではないかと疑ってしまう。
しかしそれを掻き壊すようにトウコが腕を組んでくる。
「あ!私も!」と言うとリンちゃんが手を繋いでくる。
「ほら、行きますわよ。」
「はい!行きましょう!」
2人が両腕を引っ張り、それに引っ張られるように、今の自分に笑ってしまう。
「やっと笑いましたわね」と、トウコも笑顔を見せる。
これが、平和・・・。
圧倒的な、あまりにも有り余るような平和に幻聴の一つでも聞こえてくる。
「・・て。」
いやいくらなんでも平和だからといって幻聴が聞こえるだろうか?
頭を振って幻聴を掻き消す。
「・・・、おきて。」
幻聴が、ハッキリ幻聴なのだと分かる。
だってこの声は、あの時の・・・。
3人で談笑しながら廊下を歩く。
幻聴のことは忘れることにした。
「トッコちゃんは何歳なの?」
藪から棒に年齢を聞かれるが、騙そうという気にはならない。
ここまできて、リンちゃんのことを好意的に感じているようだ。
「14歳だよ。」
「あら、私と同じですわね?」
「じゃあ私達は低年齢組だね!」
低年齢、という程なのだろうか?
「低年齢?
カセッタさんの方が低年齢に見えますわね・・・」
当然のようにトウコが疑問を口にする。
「いえ、カセッタさんはああ見えて100歳は超えているらしいですよ。
リコリスさんも見た目は若いですが、そこそこ歳いってるそうですよ?」
「そうでしたの?カセッタさんなんて見た目はまだ子供ですのにね。」
亜人は年齢が見た目に反映されるのが人間よりも遅いから、容姿の割に歳をとっているのは珍しくはないらしい。
特にドラゴン種となると、数百年生きるも珍しくないという。
もしかしたらカセッタさんも、数百年生きている気高い存在なのかもしれない。
「それですとメイド長はどうですの?
なんというか、年齢不詳と言ったような貫禄がありますわよね。」
「メイド長の年齢は私も知らないんですよね。
ご主人様は「永遠の18歳だよ」なんて言ってましたが・・・・」
「なんですのそれ・・・」
本当になんなんだそれは・・・。
年齢不詳となると、ティスアさんの人外説が高まってくる。
話ついでにご主人様の年齢も聞いてみる。
「ご主人様は、いくつなんですか?」
「確か26、とかおっしゃってましたね~。
でもご主人様は「自分でも年齢は曖昧だから分からん」と言ってました。
自分の年齢を忘れるってどうなんでしょうね?20代なのは確かみたいですが。」
「さすがに20代で数え間違いは無いんじゃないですの?」
ご主人様は自分の年齢すら数えられないような可哀想な人なのだろうか・・・。
ここでふと思いついたことを口にする。
「知られたく、ないとか?」
「あーそれかもしれませんわね。」
「なるほど~それは思いませんでしたね。」
なんとなく思った事に賛同意見が集まる。
「そもそもご主人様は何をやっている人なのかよくわかりませんわ。
貴族という割に貴族っぽくありませんし、商人という割に商人っぽくありませんもの。」
「うーん、そこら辺は私はわからないなぁ。
私には貴族にも商人にも見えるし・・・」
ご主人様と話したのは少しだが、確かによくわからない人だった。
貴族と言われれば貴族にも、商人と言われれば商人にも見えるような、どっちつかずな人間というか。
なんというかどちらにも精通しているようで、どちらにも素人のような振る舞いに見えるのだ。
でもこれはあくまで素人目の憶測に過ぎず、実際の商人も貴族も、分かりやすく職業を果たしている場面しかみたことがないので普通の商人も貴族もこんなものなのかもしれない。
「あ、ここが資料室です!」
そういってリンちゃんが唐突に立ち止まる。
ドアには資料室とプレートが貼り付けられていて、その下には白い紙に「本は大切に。読んだら返すこと。」と書かれている。
「リンは本当に本が好きですのね。私、本は重いからあんまり好きじゃありませんわ。」
「トウコちゃんも読んでみればハマる本もありますよきっと!ささ、中へ!」
そういって急かすように中へと催促する。
資料室の中でトウコが右の方に手をやり、魔力を込めると部屋全体が次第に明るくなる。
1つの魔道具に連動して他の魔道具にも光が灯る。
そこには大量の本棚があった。
「すごいでしょ?こんなに大量の本、私はここに来るまで見たことなかったですよ!」
リンが嬉しそうにはしゃいでいる。
本というのは1冊が安くはない。
買えない程の値段というわけではないが、娯楽としては少々高めで中流階級の者たちがよく愛読しているイメージがある。
実際、これだけ大量の本を集めるのに相当な金額を使っているだろう。
「これくらいの量でしたら、私の前の家の方が有りましたわよ?」
トウコが少し得意気に語る。
「でもでも!私にはこれだけでも十分すごいです!!
しかもこれを私たちは好きなだけ読んでいいんですよ!
それに見てくださいよこの照明!」
そう言うとリンは部屋にいくつも配置されている発光している石を指差す。
「これ、すごいんですの?光ってる石にしか見えませんわ。」
「これ光魔法ですよ光魔法!失われたっていうあの!」
・・・これにはさすがに驚きを隠せない。
光魔法はロスト・マジック、失われた魔法だ。
明かり、というと普通は天井や壁際に置かれた魔石に火を灯すものだ。
これが図書室となると、そのままでは燃えてしまう可能性があるので、魔石の周りを透明な素材で保護する。
しかしここの明かりは光魔法が込められた魔道具だ。
光魔法が込められた魔道具というのは過去に大量に作られたらしく、大量に残っているらしいのだけど、光魔法を使える者が残ってない無い以上、生産することができない。
つまり光魔法が込められた魔道具は数に限りがあり、日を重ねる毎に値が上がっていく。
今では光魔法の魔道具1つ買うのに奴隷1人は余裕で買える。
そんな高価なモノを買わなくても普通に火が燃え移らないように保護してやればいいのに、なぜ高い方を選ぶのか理解に苦しむ。
極稀に火が原因で本が焼けてしまう事があるのでそれを恐れているのだろうか?
ということはご主人はそれだけ本を大切に、失いたくないものとして重宝しているのだろうか。
ご主人にとって、それだけ価値のある本、というものが読めるということに俄然興味が湧いてくる。
「ここの本、触ってもいい?」
「もちろんいいですよ~!トッコちゃんは本に興味ありますか?
あ、文字は読めますか?読めないなら読んであげますよ!」
文字を読むことができることを伝えて、リンの申し出を断る。
「私はあまり本には興味ありませんわね・・・。
読んでたら疲れますもの。」
トウコがすこしむくれているのを無視して本のタイトルを読んでいく。
「花の乙女」「幻の真理の書」「バルムンクの叫び」「真理に辿りついた男」「空が落ちる」「魔王」「魔力の泉~10年戦争~」「女神出現録」・・・
なんというか、有象無象を集めたと言ったような顔ぶれだ・・・。
「そうですね~その花の乙女なんて読みやすいですよ?
子供の頃聞いたことないですか?花の乙女って。童話のやつをもうちょっと詳しくしたやつですね~」
リンが提案してくれるが
「聞いたことないですわね・・・」
「聞いたことない・・・」
トウコと2人して元ネタを知らなかった。
「あらら・・・。」
リンが申し訳無さそうな顔をしている。
気を使ってくれたのにハズレてしまって申し訳ない気持ちになり、援護してあげる。
「もしかしたらそっちだけに伝わる話なのかも、ね。」
「あ~そうかもしれないですね。
でも興味あったら読んでみてくださいね。
ここにある本なら部屋に持ち帰って読んでもいいですよ!」
そういってリンは何冊か本を選びだす。
トウコは小難しい顔でタイトルを眺めているが、本を取ろうとはしない。
自分も色々本は眺めるが、疲れも相まってあまり読もうという気にはならない。
そこにリンが2冊程本を手に持って、戻ってくる。
「お二人はいいんですか?」
「私、まだ難しい文字は読めませんもの。
リン、今度簡単な本を教えてくださる?」
「あ・・・そうでした、トウコさんは文字がまだ読めないんでしたね。
ごめんなさい。なんなら今度一緒に読みましょう!楽しいですよ!」
「そうですわね、今度お茶でも淹れて読みましょう。」
「トッコちゃんはあんまり興味引かれるのなかった?」
無かったわけではないが、今日はあまり気分が乗らないだけなのだけど、どう表現したものか。
「あ~・・・うん、後でじっくり見ようかなって。」
「1人で選びたいタイプですね!それもわかりますよ!
それに本はこれだけじゃないんですよね。
もう1つ魔導書室っていうのがあって、メイド長に言えばそっちも見れますよ!」
まだ本があるのか、それも魔導書。
魔導書というと、中には読む者の命を吸い取るものもあり、危険で高価なものから普通に売られているものまで様々だ。
魔導書には不用意に近づくな、というのが母からの教えだ。
あの変なご主人様が蔵書している魔導書というのは些か気になる。
「まあそれはまた今度ですね~次いきましょうか!」
「そうですわね、まだまだ回る部屋は多いですわ。」
そう言って2人と廊下へ出る。
2人が先導して廊下を戻ろうとする。
なにか、気配がする。
「・・、・っちよ」
?
後ろを振り返るも、誰も居ない。
「・・・・・・、・・・いす・・」
また微かに声が聞こえて辺りを見回す。
「どうしたの?スライムでも居た?」
足を止めていた私に気づいたリンちゃんが声をかけてくる。
今のは・・・?
「いや、なんでもないよ。いこっか」
空耳なのか、幻聴なのか・・・。
自分には判断が付かない。
それを正直に話しても解決できるとも思えず、余計に話がこじれそうなので適当に誤魔化してその場を乗り切る。
「次はご主人様の部屋かな~」
怪しむ様子もなくリンちゃんは廊下を歩きだし、それについていく。
その頃にはもう気配は消えていた。
きっと気の所為なのだろう、今日はもうだいぶ疲れた・・・。
リアルで幻聴が聞こえるときは楽しまずに病院に行ったほうがいいですよ。




