奴隷・・・?
まだメイドっぽいメイドは出てきません。
外は涼しいというよりは少し肌寒い。
太陽の位置を見るにちょうどお昼頃だろうか。
ご主人となる男、ミントスに連れられて馬車に乗るように指示される。
いかにも貴族が乗りそうなそこそこ豪華な馬車だ。
中に入り座るように促され、男の横に座る。
対面には黒いドレスの女性が座っている。
「ご主人様、仮面はもうよろしいですか?」
「ああ、良いよ」
そういうとミントスは仮面を取り、女性は顔にかかっていたヴェールを取る。
仮面ばかり見ていて気づかなかったが、ミントスは黒髪で長髪を後ろで縛っている男性だ。
長髪の男性というのは初めて見る。
顔はどちらかというと整っている方だが、別段ものすごくかっこよいというほどではない。
それに比べて女の方はとても美人だ。
長い銀髪に、すらりと伸びた白い腕。
まさに白銀の月のような女性だった。
しかし女性はまた何かを被り直す・・・あれは修道士の帽子だろうか?
女性を興味深く見ているとミントスがこちらを向いて話しかけてくる。
「さて・・・僕の名前は覚えてくれたかい?まあ、どっちでもいいや。
改めて自己紹介させてもらおう。僕の名前はミントス・イーデル・ディーヴァ。
しがない貴族をやっている。本業は商人だ。君のご主人様だ、よろしくな。」
そういって手を差し出して握手を求めてくる。
今言ったことに嘘はない。
私は人の表情から嘘をついているのか、そうでないのかを見分けることに自信がある。
特殊能力、というには少々大げさだが村の風習で嘘のつき方と嘘の見抜き方を教えられていた。
相手が人間であれば表情から感情まで判断することができるのだが、今までは仮面を被っていて分からなかったので、仮面を取ってくれたのは好都合だった。
ここからこのご主人について聞いていけば危険な人かどうかわかるかもしれない。
とりあえず握手を受け取る。
それに満足したのかミントスが笑顔を見せて続ける。
「そっちに居るのがメイド長のティスア君。
分からないことがあったらなんでも彼女に聞いてくれ、助けてくれるだろう。」
そういうと紹介されたティスアという女性はこちらに微笑みかけて「よろしくね。」と言った。
思わず赤面してしまいそうな美しい笑顔だった。
しかしどうやら彼女は普段はあまり表情を見せないらしく、すぐに笑顔が顔から消える。
「・・・ティスア君は美人なんだが少々愛想に欠けていてな。
すまないが機嫌が悪いとかそうゆうわけではないのだ。仲良くしてやってくれ。」
その発言を聞いてティスアという女性が少しムッとしている。
そんなやり取りを少し微笑ましく思いながらも、情報収集を優先させる。
「あの・・・なぜ私を選んだんですか?えっと・・・ミントス、さん?」
「ふむ。まあまずはご主人様と呼んでくれたまえ。私の趣味でね。」
真っ直ぐな瞳で大真面目な顔で応えられる。
「えっとじゃあ、ご主人様。」
「ひじょ~~~~~~~~~によろしい!うむうむ。
君を選んだ理由かい?色々有るが、可愛かったから、というのが一番かな。」
それを言う表情に嘘はないが、明らかにまだ他の理由があるのが伺い知れる。
さらに追撃を入れる。
「あの、300金貨も出した理由は、聞いてもいい?あ、ですか?」
「ふふその初々しさ良いね。リン君がとても気に入りそうだ。
300金貨を出した理由かい、それは他の人に取られたくなかったというのがひとつ。
もうひとつは君のことをそれくらい評価しているということだよ。
期待しているよ?えっと・・・そういえば名前がまだだったね。」
一体何を評価されたのだろうか。
それに期待しているというのは半分程嘘の顔だ。
何を考えているのか分からない・・・というよりも情報が足りなさ過ぎる。
それよりも名前だ。真名はよくない。
せっかく生まれ変わった気分だし、ここは・・・
「・・・トッコ。トッコって言います。」
「トッコ君か、これまた珍しい名前だね?
でも東の国では似たような名前の人は居たからそっちではそんなに珍しくもないのかな。
どちらにしろ、いい名前だ。よろしくな、トッコ君」
そう言ってミントスは立ち上がる。
「さて。すまないが私はもう一件用事があるんだ。
先にこのティスア君と家に帰っていてくれないか?
屋敷についてはティスア君が教えてくれるだろう。
ティスア君、頼めるかい?」
「ご命令とあらば。」
「うむ。よろしい。
ではあとはよろしく頼む。
トッコ君、みんなと仲良くしてやってくれ。」
そう言ってミントス、ご主人様は馬車から降りる。
その後少しして少し話声が聞こえ、違う馬車が動き出す音が聞こえる。
別の馬車で移動したのだろう。
それを受けてティスアさんが口を開く。
「では、私達も行きましょうか。」
ティスアさんは御者側の壁を3度叩き、一呼吸置いて1度叩き合図を送る。
ゆっくりと馬車が動き出し、馬車が揺れ始める。
「さて。私も、改めて一度自己紹介させていただきますね。
ディーヴァ家のメイド長をしております、ティスア、と申します。
トッコさん、あなたにはディーヴァ家でメイドをして頂きます。」
突然言われたことに少し驚く。
「メイド・・・」
「そうです。メイドです。
現在ディーヴァ家には私を含むメイドが5人居ます。
ところでトッコさん・・・亜人は大丈夫ですか?」
亜人、デミヒューマン。
亜人とは人間の形はしているものの、生物としての性能が違う種族の者たちだ。
あるものは耳が大きかったり、あるものは固く鋭い爪を持っていたりと人間とは異なる箇所を持つ。
基本的に亜人は人間と仲が悪く、お互い忌み嫌う者も少なくない。
人間が亜人もお互い奴隷として扱うからだ。
私の村には亜人どころかそもそも奴隷というものが居なかった為、亜人が大丈夫かと聞かれても亜人というものを見たことがない。
どう答えれば良いかわからず、返答に詰まってしまう。
「メイドの中には亜人も居まして・・・大丈夫ですよ、皆優しいヒト達ですから。」
気を遣ってくれたのか続けて声をかけてくれる。
「あの、ごめんなさい、亜人というのは見たこと無くて。
たぶん大丈夫だと思う・・・ます。」
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。ちょっと心配な面もありますが・・・。
最初は仕事を覚えるのが大変かもしれませんが、皆さん優しいのでわからないことは聞けば教えてくれると思います。」
ここで先に疑問を口にする。
「メイドって、なにをするんですか?」
「そうですね・・・トッコさんにやってもらうの書庫の整理や掃除などの雑務でしょうか?
もしお料理が得意、興味があるなら炊事の方を担当してもらうかもしれませんね。
それと、お勉強でしょうか。」
「お勉強・・・ですか?」
「そうです。教育、というのが正しいですね。
メイドはその屋敷の品性を表すものでもあります。
ですのでご主人様に失礼の無いように、またご来客があったときのお客様に失礼のないようにお勉強していただきます。」
なんだかややこしいことになってきた。
「あとは魔法の鍛錬や武術の鍛錬なども希望があれば行います。
まあ、何かしら希望があると言ってみるといいですよ、大体なんでもできますので。」
大体なんでも出来るって、私は奴隷じゃなかったのだろうか。
聞いている限り、明らかに待遇がおかしい。
終身奴隷と言えば馬のように使われてただ朽ち果てゆくのみ・・・というのを想像していたのだけど・・・
「ふふ、そんな風になりたいのならば、それは本人の希望として受け取りますよ。」
!?
口には出してないはずなのに・・・?思考を読まれた?
「いえ、大体皆さん似たような顔をされるのですよ。
終身奴隷となったからにはもう人生がおしまいだと。自由はないのだと。
それは違う・・・とはいい切れませんが、少なくともディーヴァ家では違います。
そこら辺は実際メイドとして生活してみればわかりますよ。」
とりあえずあの主人がとても変人なことはよくわかった。
話の限りでは生活は保障してくれるのだろう。あとは・・・
「あの、一ついいですか」
「ええ、なんでも聞いてください。」
「ご主人様は・・・少女性愛なんですか?」
「それは・・・・ごめんなさい、お答えしかねます。」
よくわからないといったような表情をしている。
これは貞操の覚悟をしておくべきなのだろうか・・・。
しかし私のこの14歳の体に興奮するなんてことはあるのだろうか?
奴隷仲介人の紳士もそうだったし・・・・可能性はなくはないのだろうか。
その時は・・・どうしよう。いや、どうしようもないのか?
「あ、そうでした。
一応、ですが他のメイド達には暗い過去を背負っているものも居ます。
あまりそこらへんを掘り下げないようにしてあげるのが暗黙の了解です。」
つまるところワケ有りの人がいるからあまり詮索をするな、ということなのだろうか。
これについては自身にも思い当たる節が有り、ありがたく感じる。
あまり過去の事は・・・もう新しい人生を歩きだしたのだから。
「それと・・・あなたは神を信じていますか?」
・・・
この質問は嫌いだ。
神というのは沢山居るが、どうも気に入らない神ばかりだ。
見た所、ティスアさんは修道士の帽子を被っている為、敬虔な神の信徒である可能性が高い。
そして信心深い、神に酔い狂ったような信徒共は私のような無宗教者には断罪を強いる。
しかし詳しくは知らないが、神を信じていると嘯く者を断罪する宗教もあるという。
ティスアさんの修道士帽子の模様を見てもどこの宗教のモノか全く検討がつかない。
さて、ここはどう答えたものかと悩むが答えが出ないことを知っている。
答えない、というのが正解ではないにしろ、ハズレではないのだろう。
「・・・・・・・」
顔伏せて黙る。
「あ・・・いえ、大丈夫ですよ、他宗教の方でも。
すいません、私は争いを起こすつもりはありません。
言い方が悪かったですね、現在信仰している宗教はありますか?
これは他の方と接する際に宗教的にぶつかることが無いか知りたいだけなのでご安心ください。」
嘘を言っている顔ではなさそうなので一先安心する。
これならば無宗教と答えても大丈夫だろう。
「無宗教、です。すいません、信仰というものは私の村ではあまり・・・」
「あら、そうなのですか。
天空神教とかもありませんでしたか?」
天空神教はすがるモノの無い農民が実態の無い空想の神に頼る便利な宗教だ。
私の村にはそんな軟弱な人は1人も居なかった。
だが宗教に興味の無い自分でも知識としてはあるくらいには一般的に普及しているらしい。
口ぶりから察するに、天空神教の人なのかもしれない。
過激的な人ではないにしろ、ここは嘯いておいたほうが無難かもしれない。
「私の家は無宗教でしたが、村に天空神教はありました。」
それを聞いて少し嬉しそうに
「そうですか、そちらの国でもあるのですね。」
と言って微笑んでいる。
どうやら嘯いて正解だったようだ。
「無宗教の方なら大丈夫ですね。
今のメイドの方々はあまり信心深い方がいらっしゃらないので大丈夫だと思います。
私はあまり他のかたの信仰は気にしていないのでお気になさらず。
信仰は自由ですからね。」
奴隷に信仰の自由を語るというのは些か滑稽だな、と思う。
普通は主人の信仰を強要されるものなのだろうがここでは違うようだ。
自由がどんどん確立していくことに安心するような、違和感があるような、変な感覚に陥る。
ティスアさんは基本的に真顔でなんでも言ってくるのでなんだかやりづらい。
そのやり辛さをやり過ごす為に外を見るといつの間にか森を抜けて平地を走っていた。
神の話は後々詳しくでてきます。




