プロローグ
炎―――
最後に見た故郷の景色は、あまりにも赤く、涙が出るほどキレイな景色だった
夢を見た。
小さな女の子と、大人の男性。
きれいな庭に、女中が数人と奴隷が数人。
小さな女の子が言う。
「あなたはだあれ?」
私は―――
大きな揺れに目が覚める。
ガタゴトと社内が揺れる。
馬車の中は薄暗く鬱屈としており、とても息苦しく感じる。
中を見回すと、自分と似たような年齢の少女達が一様に粗雑な服を着せられている。
あまり気色のいい顔とは言い難い顔をしている・・・きっと自分もそうなのだろう・・・
ここに居るものは皆、身寄りのない子ども達だ。
自分の置かれている状況を再認識する。
どこへ向かっているのか、ここはどのあたりなのか・・・
ずっと移動ばかりだ。
途中で船に乗せられたことから、もう故郷からは随分遠いところに来たのだということだけがわかる。
「主人となる人間が酷い人間で無ければ良いけども・・・」
隣からそんな声が聞こえてくる。
ここに居るものは皆、奴隷となった者たちだ。
一般的に奴隷とは、契約奴隷と呼ばれ、主人の選択の自由があり、主人と契約を結び一定期間、主人の元で働く。
労働には賃金が発生し、結婚や土地などの財産も認められる。
一生誰かの元で所有物として働くことになるが多くを望まなければ普通の生活を送れる。
しかしここに居る私たちはそうではない。
「ああ神よ、私の身心に報い給え・・・我が身をお救いください・・・」
またしても隣から聞こえてくる。
余程都合のいい神でも信仰しているのだろう、と嫌悪してしまう。
それでも祈る気持ちは分かってしまう。
私達は終身奴隷として売られる。
終身奴隷は身寄りの無い、路上生活を強いられる者や戦利品として強奪された者など、行くアテが無くなった者たちだ。
そんなもの達への救済措置としての制度が終身奴隷だ。
一生を買われた主人の元を過ごし、主人に逆らうことは許されないが、主人は生活を保障する必要がある。
しかし、そんなものは書面上のことで、実態はズサンなものだ・・・。
実際は生殺与奪が主人に握られ、生活の保障を訴えようなものなら事故として処理される。
稀に良い主人に見初められれば、契約奴隷と同等の生活が送れるという。
それを知っているからこそ彼女達はそれぞれの神に祈るのだ。
外の世界はどこも格差に満ちている・・・だからこそ、私は外の世界には出たくはなかった。
しかし、それを思うにはもう遅い。
これなら捕まる前に逃げてしまえばよかった・・・。
そんなことを思っていると、外から馬の駆ける足音と怒号が近づいてくる。
「止まれぇー!止まれぇー!!着いたぞぉー!!」
伝令の怒号とともに馬車がスピードを落とし、停車する。
外からは馬の鼻の音や人の話声が聞こえてくる。
好奇心から聞き耳を立てていると突然車内に光が射し込む。
「降りろ。全員だ。」
大柄の男が馬車の扉を開けてこちらを睨んでいる。
少しの動揺の後、誰も逆らわずに降りていく。
馬車の外に出ると、そこは鬱蒼とした森の中に開かれた、大きなテントと小さなテントの集落だった。
「久しぶりに外の景色を見た気分だ・・・」「ここはどこ・・・?」「パパとママは・・・」
馬車を降りた少女達が辺りを見回して口々に言う。
「いいから黙って歩け。前よりはマシな寝床だぞ。」
大柄の男性に促され、少女たちは皆、小さい方のテント小屋に入っていく。
テントの中には大きな檻があり、少女たちはそこへ通されて行く。
「(これはまずいぞ・・・隙を見て逃げるつもりだったけど・・・)」
まずここがどこか、というのを知るのは逃げ出した後でも良い。
しかし、ここで逃げ出しても周りが森ではどこへ逃げても魔物の餌食になるだろう。
森は魔物の領域で、無闇に森に入れば間違いなく魔物に遭遇する。
そうなるとさすがに1人では生き延びる自信はない。
結局自分も檻に入って良い主人に会えることを祈るしかないか・・・
他の少女達と同じように、諦めて檻の中へと入る。
「私、私たちはこれからどうなるんですか?」
檻に入れられた少女達の1人が男に向かって発言する。
「いい質問だな。だが質問の答えは後だ。先に紹介させてもらおう」
そう男が言うと、背の高い優しそうな紳士が1人出て来る。
「この人がここの支配人だ。お前たちはこの人を通して売られる。」
「ようこそ少女達。名は名乗らないよ?そこらへんに居る紳士だとでも思ってくれたまえ」
「それじゃあ受け渡しはこれで完了です。まいどありがとうございます。」
「ああ、いつも助かるよ。帰りも気をつけてな。」
そういうと男は出口へ向かっていく。
「さて、先程の質問だが」
紳士が口を開く。
「君たちはこの奴隷オークションで商品として扱われる。商品として居る間は丁重に扱うので心配しなくていい。」
その言葉を聞いて少女は一先安堵するように息を吐く。
「しかし君たちのご主人様が決まった後は別だ。その時は自身の運命に委ねるがいい。」
続いた言葉に少女たちは一様に悲劇に塗れたような顔する。
間違いなくこの状況自体悲劇なのだけど・・・。
「それと、その檻は魔法を使えば意外な程簡単に壊れる。が、逃げようという考えは捨てた方がいい。
見たかと思うがここの周りは森だ。逃げても魔物に食われるだけだ。
それでも逃げたい者は今のうちに申し出てくれ、檻を壊されるとめんどくさい。」
しかしそれに反応するものは1人も居ない。
「よろしい。まあそう身構えなくとも流れに身を委ねるといい。
君たちは幸運な方だ、ウチは粗暴な客は居ないからな。」
今の言葉を真に受けたのだろうか、少し安心したような表情を見せる者が居る。
私が見た限り、この紳士の言葉に嘘は無い。しかし嘘が無い故に疑わしい。
粗暴なんてものは人によって程度が違いすぎる。
「さて、君たちのご主人様の到着は明日の朝だ。
大人しく待っていてくれたまえ。」
そういって紳士は出ていく。
ああ、私はこれからどうなるのだろうか―――
これよりAutumn maid lifeが始まります。
トッコが奴隷になった時のお話。
奴隷なる前の話はそのうち。




