四
うるさい。うるさい。うっるさいっつうの!
人が寝てるってのに誰だ、枕もとでぎゃあぎゃあと。
「しょーちゃん、見損なったよ。欲求不満なの? 異種族のしかもこんなに幼い子を襲うなんて。まさかとは思ってたけどきみ、ロリコンなの?」
「ロっ……、健太、言っていいことと悪いことがあるぞ。俺はお前とは違うんだよ」
「ちょっと待った、僕は幼児性愛者じゃないよ? 運命の人がまだ幼いだけだ」
「かーっ、いってろロリコンが! 俺のどこが幼児性愛者だってんだ。どストレートだろうがよ、俺は」
「だってしょーちゃんモテないし。この子、まだつるつるでぽわぽわじゃないか!」
「だーかーらー、襲ってないっつうの!」
駄目だ我慢できん。
「――やかましいわ!」
「あ、起きた」
がばっ、と身体を起こし怒鳴りつけ睨みつけようとしてまたくらっときた。
「バリー、大丈夫か! 目か、目が痛いのか?」
「少し……」
「目を閉じろすぐ閉じろ! 待ってろ、灯りすぐ消すからな」
昭三さんの声の主、黒くて巨大な火喰い鳥っぽい何かがどたどたと駆け去った。今、目の前にいるのは健太さんなんだろう。黒く長いくちばし。黄色い目。後ろに向かってすうっと伸びた飾り羽。白く途轍もなく巨大な……鷺なんだろうか?
相手も布を握った手を宙に浮かせたまま首をかしげている。
手。そうなのだ、手!
顔は白鷺なのに人間みたいに手がある。でもその黒い指は四本だ。
幼児番組キャラクターの大きな鳥、あれの着ぐるみ……のわけはない。目の前の巨大な何かは鳥人間なのだろうか。
巨大白鷺人間が私の視線をたどり、ああ、とうなずいた。
「手が珍しいのか。バリーちゃん、間違いなくマレビトだね」
「あっ、あっ、目を開けちゃ駄目っていっただろっ」
どたばたと枕もとに戻ってきた黒い鳥人間が喚いた。
「もう暗くしてあるから大丈夫なんじゃないの? しょーちゃんうるさいよ」
「うるさいって……悪かったよ。バリー、大丈夫か?」
「――はい。たぶん。叫んじゃってごめんなさい」
巨大白鷺人間は鷺族の白井健太さん。黒い鳥人間が鵜族の黒木昭三さん。ふたりは幼馴染で、「うさぎ屋」常盤潟店を経営している。「うさぎ屋」の「うさぎ」は耳が長いもふもふの兎ではなく鳥の鵜と鷺を指す。鵜族と鷺族がサービス業に乗り出し、軌道に乗せた外食産業が食堂チェーン「うさぎ屋」なのだという。
「世の中にはよ、火喰い鳥族ってのもいるんだよ。てっきり俺がマッチョでタフな火喰い鳥さんに見えちゃったのかと思ったぜ」
昭三さんがふふん、とにやける。
「そんなわけないでしょ。しょーちゃん、ポジティブ拗らせ過ぎ。その無根拠な自信がどこから来るのか僕、全然分かんない」
「なんだとこら」
講義を終え教室を出て大学の近くを歩いていたはずなのになんでこうなってしまったのか、分からない。でも、確かなのは私が元とは違う世界に放り出されたことだ。ここは鳥人間の世界で、鳥の名前を名乗るのとフライドチキンはNG。はっきりしているのはそれぐらいだ。
「バリーはマレビトみたいだな」
「マレビトって何ですか?」
ふたりがかわるがわる説明するところによると、昔々、異世界から迷い込んできたとしか思えない人間がいたそうだ。歴史上の人物というよりもう伝説とか神話レベルの昔話であるらしい。
「迷いこんだことに動揺して火を噴いたり、嘆き悲しんで国ひとつまるっと滅ぼしたり、マレビトを刺激するととにかく大変なことになる、と俺らは学校の歴史の授業で習った」
「古代史ね。そのマレビトを刺激したのがこの世界の光と色だという説が有力なの。この世界に転移して身体は作り替わっているけどいきなり慣れない鮮やか過ぎる視覚に曝されるから混乱する、ということらしいんだよね」
そのわりに私を見ても姿の違いにあまり動揺してなかったような。
「ああ、バリーちゃんに似た姿の種族も数は少ないんだけどいるんだよ。世の中には」
「他の星だけどな。だから旅行者の迷子かと最初は思った。でも有翼人種しかいないこの星に来て鳥を食べる話をする非常識な命知らずがいるはずもないからマレビトだと思ったわけだ」
「いやあ、驚いた。名前が鳥族なのに鳥を食べる習慣があるなんて、マレビトはすごいね」
「おいしいんですよ?」
「ば、バリーちゃん、やめてええええ」
健太さんは胸や背中の繊細な飾り羽をふるふる震わせた。
「僕らの『うさぎ屋』チェーン本部経由で政府に問い合わせしてる。宇宙港建設の話がぽしゃっちゃってこの辺りはめったに人が来ないんだ。とりあえずしばらくここで暮らすことになると思うんだけど……しょーちゃ、じゃなくて僕らと一緒で平気?」
「おいこら待て。俺は襲ってないつうの」
「そうなんです。健太さん、誤解です。昭三さん、すみませんでした」
「バリーが謝るこたぁねえよ」
私は頭を下げた。
「お願いします。ご迷惑でしょうけれどしばらくの間だけでいいんです、おふたりにお世話になりたいです。お願いします」
ぽんぽん、と頭にあたたかい手が載った。
「バリー、気にするこたぁねえよ。俺らはもとよりそのつもりだ」
「そうだよ。迷惑なんてことはないんだから。この怖いおじさんが襲ってきたらすぐ僕にいうんだよ」
「襲わねえっつうの」
昭三さんの青い目が私をじっと見つめた。
「バリーが俺らの作った飯をうまそうに食う姿を見て確信した。同じものを同じようにうまいって思えるんだからよ、バリーは悪いやつじゃねえし、危なくもねえ」
「バリーちゃんはまるで雛のようだからね、僕らも放ってはおけないよ。気にすることはない。しばらく一緒に暮らそう」
健太さんが黄色い目を細めた。
「それに、突然現れたここで暮していれば元の場所に帰る手立てが見つかるかもしれないでしょ?」
「何から何まですみません」
えぐえぐと泣く私を大きな鳥人間がふたりがかりでおろおろと慰めた。甘いものがいいか、おもちゃが欲しいか、とまるで子ども扱いだ。
うさぎ屋さんのふたりに出会えた私は幸運だ。いつか東京に、自分の世界に帰ることができるとしても、万が一帰ることがかなわず独り立ちするとしてもまず、この気のいいふたりに恩返ししてからでなくては。
ある日突然、私は鳥人間の世界に放りこまれた。
家族や幼馴染、友人、大学の先生やバイト先でお世話になった人々、ご近所さんといつかまた会うことがあるだろうか。これまでの人生で関わった人々と同じく、この世界では口にすることのない大好物も私は懐かしく思い出す。多くの人々が行き交うにぎやかな駅前商店街、赤白看板に眼鏡をかけた福々しいおじさん人形が店先に立つあそこのフライドチキンを。
(了)
三年ほど前のある日、フライドチキンを食べたらばとてもおいしかったのでその衝動に駆られるまま書いた小説です。昭三さんと健太さんはアレです、海鵜と白鷺のビッ☆バードみたいなイメージです。
お読みくださいましてありがとうございました。