三
人の気配がする。もぞもぞと身動ぎすると、声がかかった。
「――起しちまったか、すまねえな」
「昭三さん?」
ぶっきらぼうで短絡的な感じがするけど悪い人じゃなさそうなのが昭三さん、人あたりがよさそうでフライドチキンを食べたくなるお名前なのが健太さんだ。
「そうだ。覚えがいいな、バリー」
その名前嫌なんだけど。昭三さんって思いこんだら一直線という感じがする。きっと何度訂正しても駄目だと思う。まあいいや、仕方ない。
そっと頭を撫でられた。
「ついていてやれなくて悪いな、客が来なくても仕事がないわけじゃないんでな」
「いいえ、そんな」
「そうそう、起きてるようだったら包帯と当て布を換えようと思ってよ。いいか?」
お願いします、と応じると敷布団にぐぐ、と私のものでない体重がかかり、首の下にそっと手が差しこまれた。思いのほか硬い手が肌に擦れてびくり、と身体が震える。
「すまん、痛いか?」
「いいえ、平気です」
「そうか。……起こすぞ。貧血を起こすといけないからゆっくり、な」
「はい」
ずっと横になっていたからか、立ちくらみのように頭の中にずぞぞぞ、と不快な痛みが走る。昭三さんがゆっくりと身体を起こしてくれるのでなんとかやり過ごすことができた。
頬にあたたかくてやわらかく軽いふわふわしたものが触れる。その先に筋肉があるのが感じられる。昭三さんの腕だ。ということは、このふわふわはお洋服の袖なんだろうか。毛足が長く、とても繊細な糸でできているようだ。袖がこんなに毛足の長い繊維でふわふわになった服、と言うのは想像しにくい。なんとなく年末恒例歌合戦に出てくるモビルスーツ演歌歌手のど派手装束が脳裏をよぎったがそんなわけない。定食屋さんで仕事中なんだし。それにしても変わった服だな、と思ったがあまりに心地よいのでそのふわふわに頬ずりした。
「こらこらバリー、くすぐったいぞ」
「すみません?」
首をかしげると、昭三さんがくすくす笑う。
「バリー、お前かわいいなあ」
「ありがとうございます?」
「なんだか子育てしてる気分だ。悪くないもんだな」
「そうですか? 私、大人ですよ?」
「ずいぶんちっこいな! まあ、子育て気分にひたらせてくれよ」
昭三さんは子ども好きなんだろうか。確かに私は小柄だから大学生なのにちょくちょく中学生に間違われたりするけども。
「よし、包帯を換えるぞ。その前に確認だ。俺が『目を開けていい』というまでまぶたを閉じたままにしておくこと。いいな?」
「はい」
口を引き結び、しっかりと答えると、昭三さんが包帯を解いた。包帯の下の当て布を軽く押さえたまま、
「夜だから辺りはもう暗いし、照明も落としてある。それでもマレビトにとっては鮮やか過ぎるかもしれない。これから布を外すが、まだまぶたを開けるんじゃない。いいな?」
「はい」
昭三さんがゆっくりと布を目から外した。確かに辺りは暗いようだ。昼間のようにまぶたを閉じていても痛いほどまぶしいということはない。
「どうだ? まぶたを閉じていても明るくて辛い、ということはないか」
「だいじょうぶ、みたいです」
「よし、ゆっくりとまぶたを開けてみろ。念のためはじめは下を向いておくといい」
「はい」
言われたとおりに俯いてゆっくりと目を開けた。ずっとまぶたを閉じていたので視界が霞んでいる。それでも徐々に慣れてきた。まぶしくはない。痛くもない。黒っぽい掛け布団のカバーが視界に広がっている。
「どうだ、大丈夫そうか」
「はい」
「じゃあ、少しずつ視線を上に。痛かったりまぶしかったりしたらすぐにいうんだ。いいな?」
「はい」
少しずつ、視線をずらす。辺りは暗い。目は痛くない。大丈夫だ。ゆっくりと視線の向きを変え、昭三さんを見る。黒っぽい毛足の長いセーターを着ている。ちょっと変わった服だけど、やっぱりモビルスーツ演歌歌手っぽくはない。当たり前か。しかし、違和感がある。そろそろ首とかあごとか、そのあたりまで目を上げていると思うんだけどまだセーターなのかな? タートルネックなの? セーター終わりないよ? んん? 眉が寄る。
「バリー、どうした? 目が痛いか?」
「いえ、目は今のところ大丈夫なんですが……」
黒いふわふわの終着点、そこにはくちばしがあった。くちばしの下は白く、ふわふわがない。そしてその横の肌が鮮やかに黄色い。目が合った。青い。
誰? っていうか何?
「ぎゃああああああっ!」
「どうした、バリー、どうした?」
「モ」
「も?」
「……モノトーンの火喰い鳥!」
「……え?」
く、喰われる、巨大火喰い鳥に喰われる……!
どたどたどた、と人が駆けつける気配、「なんだ、何があった!」と叫ぶ健太さんの声が遠のく。私の意識は再び暗黒に呑まれた。