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極道とんち

作者: 初壱 始

極道とんち


〝極道〟と一言で言うと世間一般では暴力団やヤクザといった者達を連想されることだろう。

極道という言葉はそもそも仏教用語で仏の道を極めた高僧に使われていた言葉であるのだが、弱きを助け強きを挫く人物を〝極道者〟という言葉を使って称えていた事から高僧よりも仁侠人を極道と呼ぶことが一般化していったのだ。

そんな極道者が現れだした江戸時代。

とある城下町の旅籠の一室の中で2人の極道者が座布団に座りながらも互いに睨みを利かせていた。

「よぉカイト。俺の組を抜けたいってのは一体全体どういうことだい?」

 目の覚めるような紫色の着物に黄色の羽織を身に纏った白髪の年配、右近ハテナの険しい顔を室内の行灯がぼんやりと照らす。

「ハテナの親分。あっしが組にいたのはこの謎賭組がずっと弱い者の味方をしてきた真の極道組だったからだ。けれど親分がこれからやろうとしていることは金を払ったものだけを守るただの用心棒や悪質な金貸し業だ!」

 右近ハテナとは対照的に落ち着いた抹茶色の着物をきた全剃り頭の中年、左近カイトが声を荒げた。

「金を儲けて何が悪い? 信念だけじゃ組員食わせていけねぇんだよ!」

「信念を貫くために建ち上げた謎賭組がその信念に背いてしまったら、俺達ゃもう極道とは名乗れねぇじゃねぇですかい!」

 互いが畳に拳を打ち付けながら互いの怒号を応酬させる。

「ウチを抜けてそれからどうするつもりでい!?」

 声を張り上げるハテナの質問にカイトはしばらく沈黙し、しばらくして意を決したように口を開いた。

「この組を抜けたら……俺と志を同じくしている者達と新しい組を作ります」

「それを俺が許すと思うか?」

「思いません」

 互いに視線を逸らすことなく明かりが一つだけ灯った一室で会話はなおも続く。

「ならどうする?」

「親分。謎賭組員同士の喧嘩はご法度だと決めたのは親分自身です」

「だからどうするか聞いてるんじゃねぇか」

「意見が別れた時にどうするか決めたのも親分ですぜ」

 その言葉を聞いたハテナの口端がいやらしくつり上がった。

「カイト……おめぇ頓知問答でこの俺と勝負しようってか?」

「一つ。謎賭組員同士で意見が分かれた時はより賢い頭を持つ者に従う事。俺ぁただこの組の流儀を最後まで通してこの組を抜けるまでです」

 右近ハテナが作ったこの決まり事は内輪揉めで組の力を減少させる事を恐れて対抗策として考案されたものであり、幼い頃から頭の回転が速く頓知問答が得意だったハテナにとって都合のいい決め事でもあった。

「上等、受けて立とうじゃねぇか。俺が出題役だ」

 謎賭組の頓知問答勝負は挑まれた側の人間が出題役か回答役の好きな方を選べる。

「ではあっしは回答役で」

 互いに姿勢を正して座布団に座りなおす。

腕を組んでしばらく考え込むハテナ。

「俺が勝てばお前は一生謎賭組で下っ端として働いてもらう。それでも考え直す気は無いんだな?」

「構いません。俺は自分の生き方に嘘はつきたくねーですから」

「そうか……ではいくぞ三問勝負!」

 組んだ腕を解き、両拳を膝に置いたハテナが大きく息を吸い込む。

「一問目、そもさんっ!!」

「せっぱ!!」

 カイトも気合の入った返事を返しハテナの出題を待った。


「顔も性格も悪い女に結婚してくれという者が2人もいる。誰と誰の事か答えてみぃ!」 

さぁ解いてみろと言わんばかりに自信満々に問題を出題するハテナを恨むように睨み付けるカイト。

「顔も性格も悪い女に結婚を申し込む者ですか……」

 カイトは両目を瞑り腕を組んで考え込むとハテナは意地悪な笑みを浮かべた。

「どうしたカイト? もしや一問目から根をあげとるのか?」

「いえ……この問題何か引っかかるんでさぁ」

「無理をせんでもええぞ。うわっはっは!」

 一問目から苦戦する相手を見て勝利を確信したハテナが部屋中に響くほど声高々に笑い飛ばす。

「女に結婚を申し込む者……申し込む者……者……」

 その時、何かに気付いたカイトがかっと目を開いた。

「……なぜ男ではないんだ?」

「なんじゃと?」

 ぼそりと発された一言にそれまで有頂天に笑っていたハテナは水を差された様に眉間に皺を寄せた。

「そうだ。普通なら『女に結婚をしてくれという男が2人』というのが自然だ。なのになぜこの問題には男という単語が出てこないのか」

 頭にかかっていた靄が晴れたようにすっきりした顔でカイトは組んでいた腕を解き、両手を膝の上に乗せた。

「それは2人のうち1人に女が交じっているからだ」

「御託はいいんだよ。答えを言いやがれ答えを!」   「普通なら誰も貰わない女の幸せを願う者なんて2人しかいない」

 右手の人差し指でハテナを差したカイトは自信満々に答えを口にした。

「結婚してくれといったのは……女の父と母だ」

「むぅ……正解じゃ」

ハテナが悔しそうに言うとカイトは安堵したように深くため息をつき、張り詰めていた自分の空気を少しだけ緩めた。

「一問目を解いたくれぇでいい気になるんじゃねぇぞ小僧! まだ終わってんぇんだよ」「解っとります」

場の空気が緩んだのも束の間、2人の間に再び重苦しい空気が流れる。

「二問目。ソモサン!」

「セッパ!」

「カイト、今貴様の前には3匹の動物がおる。ゾウとカエルとライオンじゃ」

 問題の説明を聞きながらカイトは頭の中で言われた3匹の動物をイメージする。


「ゾウは言った『私は年寄りだゾウ』、カエルは言った『僕は子供ピョコ』、ライオンが言った『俺は大人だガオ』と。さてこの中に一匹うそつきがおるんじゃがお前に解るかのう?」


問題を聞き終えたカイトは不敵のに笑って答えた。

「……それはもちろんカエルでしょう」

「むぅ……理由は?」

「カエルが本当に子供ならばそいつは『おたまじゃくし』ですぜ」

 無言で両目を閉じるハテナ。

「正解のようですな」

「なぁカイトよ。俺は今までこの組に尽力してくれたお前には素直に感謝している。だからオメェには俺の後釜を任せようとまで思ってたんだ」

 先程までの険悪な雰囲気とはどこか違う、張り詰めてはいても穏やかな不思議な空気を纏いながらハテナは続けた。

「だからオメェには出て行ってもらいたくもねーし、下っ端で働かせたくもねぇ。どうしても考えなおす気は無いんだな?」

「……男に二言はありやせん。親分」

「そうか……」

 真っ直ぐな返答に無言で頷くとハテナは姿勢を正した。

「なら最後の問題、解いてみぃっ!!」

「こいやぁっ!!」

 互いの気合がぶつかり合い、室内が最高潮の緊張に包まれる。

「作麼生!」

「説破!」


「ある金持ちの家の主婦が町へ買い物に出かけた。財布にはたんまりと金が入っていたはずなのに帰ってきた主婦の財布にはほとんど金が残っていなかった。この主婦は一体何を買ってきたか答えてみぃ」


 問題を聞いたカイトは口を結んで考え込む。

「財布の中身をほとんど……これはまた難解な」

「わしの考えた最高の問題じゃ。自分の信念を通したいのならお前はこの問題を解かねばならん」

「解っておりやす」

「いいや解っておらん!」

 ハテナは声を荒げて畳を叩いた。

「お前は自分の組を立ち上げて、それでどうするつもりだ!? お前についていく者達をどう養っていく!? お前を頼る者達をどう守っていく!?」

「親分……」

 考えるのを一度止めてカイトは話に耳を傾ける。

ハテナが大事な話をしているのだと感じたからだ。

「なぜ謎賭組でいざこざが発生したとき頓知問答の勝負をするか解るか?」

「それは、より知力の高い柔軟な対応が出来る者に従ったほうがいい結果になる確率が高くなるから」

「そうだ。だがそれだけじゃない」

「というと?」

「極道ってのは難儀な生き方だ。いつだって何かしらの問題と正面から戦わなければならない」

 カイトは黙って話を聞き続ける。

「さじを投げちまったらその時点で俺達は生きていけなくなる。仏さんに頼っても答えなんかくれやしねぇ。だから自分達で考える力ってのを常に養っていかなきゃならねぇんだよ」

「だから頓知問答を……」

「そうだ。仮におめぇがうちの組を出て行ったとしてもその後には山ほどの問題がお前の前に立ちはだかるだろう」

 自分が経験してきたことを話すようにハテナは言った。

「お前にも問題と逃げずに戦う知恵と勇気があるのならここで見せてみろカイト」

 カイトは何も言えずただ考えるしかなかった。

何故今になってハテナがこんな話をしだしたかのか?

そして問題の答えは何なのか?

「だめだ。わからねぇ!」

 頭の中を絞ってもカイトは答えを出せず潔く敗北を認めて参りましたと頭を下げようとした時だった。

「これから頭になろうって男が簡単に頭下げんじゃねぇ馬鹿野郎っ!!」

 情けない息子を叱るようにハテナが一喝する。

「男なら何もしないうちに諦めたりするんじゃねーよ。当てずっぽうでもいいからあがいて見せろや!!」

「当てずっぽう……」

 それこそ仏様に頼るのと同議なのではと思った直後。

(……仏……待てよ……そうか!)

 カイトの頭の中で電流が走る。

「ハテナ親分」

「なんじゃい?」

「答えは……大仏ですね」

 回答を聞いたハテナはどこか諦めたように薄っすらと笑いながら「理由は?」と再度カイトに問いかける。

「何故主婦の財布の中には少しのお金が残っていたのか。これがずっと気になっていやした」

 カイトは笑って続ける。

「大仏を買った。だいぶつかった。大分使った。主婦は財布の中身を大分使ってしまったのですよ」

「どうやらワシの負けかのう」

 ゆっくりと頭を下げてハテナは立ち上がった。

「今日限りでお前は破門だ。どこへなりと好きなところに行くがいい」  

「親分! どうしてわざわざ俺にヒントなんかを!?」

 足早に部屋を出ようとするハテナの背中に疑問を投げかけるカイト。

「何のことだか解らねぇよ。せいぜい新しい組で頑張るんだな」

 ハテナはそれだけ言い残して部屋を去った。

「親分……今までお世話になりやしたっ!!」

 

その後、カイトは志を同じくする同士と仁義を通す為の組、回答組を組織し世の力を持たない弱い人たちの為に尽力した。

そんな回答組にはある変わった掟がある。

団員同士で揉めた場合は頓知問答で勝った方の意見に従う事、と。


皆様お初にお目にかかります。初壱始と申します。

この度は極道とんちを読んで頂きありがとうございました。

いつも私にお題をくれる方が今回は「極道物が読みたい」などとまた困った要望を出してくれたもので眉間に皺を寄せつつ原稿を書いておりました。(何でもいいと言ったのは私ですがまさか極道の話が読みたいと言われるとは、、、)

皆様に楽しんで頂けたのなら幸いに思います。

次は恋愛物が読みたいとのリクエストを受けましたので近いうちにアップしたいと思っております。

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