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魔法使いの知らないソラ   作者: IKA
第一章 日常と非日常編
3/27

第二話

<PM22:00>


満月が雲一つないソラで一際目立つ夜。


外は街灯の僅かな光で照らされる。


人一人歩いておらず、皆家で徹夜で勉強か、疲れを取るように眠りについている時間。


そんな時間に相良翔は、灯火町を歩き回っていた。


学校に行く時に着ていた白いコートを着て、黒いズボンを履いた姿の彼は両手をポケットの中に突っ込んだ状態だった。



「‥‥‥しまった、もうこんな時間か」



いつもの黒いスマートフォンを起動させて、時刻を確認すると既に夜の10時。


かなり歩きこんでいた。


それもそのはず、相良翔が外出したのは夜8時。


つまり4時間は軽く歩き込んでいるのだ。


彼をそうさせる原因、それは彼の放浪癖にあった。


相良翔は孤児院と言う狭い空間しか知らなかったため、外に出て自由になって以降、放浪癖が身についてしまった。


そのせいもあり、退屈を感じると外に出てのんびりと散歩をしてしまう。


気づけば数時間も歩き込んでいる。


そして今日も、引っ越してきたばかりの町に対しての好奇心と、家にいる退屈さが相まって町を散歩してしまっているということになる。


だが、流石に夜の寒さと僅かながらの睡魔もあるため、そろそろ家に戻ろうと提案する。



「明日も学校だし‥‥‥さっさと帰るか」



そう言うと翔はスマートフォンの画面を右親指でスライドさせて画面を変える。


変わった画面にあるアプリ『マップ』をスライドさせていた親指で軽くタッチすると、アプリは起動して現在地を地図にして表した。


そして登録してある、自分の自宅を探すと自分の自宅から現在地までのルートを翔は確認する。



「結構歩いたな‥‥‥」



そうぼやきながら、翔は帰り道に足をすすめる。


早く家に戻り、暖房の恩恵に縋りたい気持ちを抱えつつ足を運ぶ。


そして明日の授業はなんだったのだろうと思い出そうとしていた‥‥‥その時――――――!!


 ギィィィンッッ!!


不意にどこからとなく、金属が擦れ合うかのような音が夜の町を木霊する。


黒板を爪で引っ掻いた時のような、背筋が疼いて鳥肌が立つ。



「な‥‥‥なんだ!?」



灯りの少ない真夜中、ということもあり恐怖感を隠しきれない翔はキョロキョロと辺りを見渡す。


だが、翔の視界の中には特に音の原因となるものがなく、恐らくここから遠くなく、なおかつ翔から近い距離からのものなのだろうと考える。



「‥‥‥」



このまま家まで走って帰ろう‥‥‥普通ならそう考えるはずだ。


翔自身、最初はそう考えて歩きだそうとした。


だが、その考えを揺るがす程の強烈な胸騒ぎが翔を襲っていた。


 ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!


はっきりと聞こえる、心臓の鼓動。


緊張感、不安感、恐怖感、それらが相まって心臓の鼓動はいつもの倍以上に速い。


その感覚はきっと今、家に帰っても消えることはないだろう。


つまり、翔がしなければいけないことはただ一つ。


――――――この音の真相を、明らかにすること。



「‥‥‥行くか!」



自分自身に呆れるかのように苦笑いすると、翔はその脚を今までよりも力強くして駆け出す。


この胸騒ぎが、何かの間違いであることを願いながら、真冬の夜の世界を走る。




                  ***




 ギィィィンッ!!ギィィィンッ!!


最初に聞いた金属が擦れるかのような音が、連続して、さらに大きな音量で聞こえてくる。


工場や工業学校が金属を使って何かをしているのであれば納得が行く。


だが、この町にはそんなものは一つもない。


工事作業にしては、五月蝿すぎる。


この胸騒ぎの理由の一つなのだろう。


だが、それを超える程の不安があった。


それは‥‥‥何かを失ってしまうのではないかと言う、そんな不安。


まるで余命わずかの大切な人が側にいるかのような不安。


心臓の鼓動は抑制されることを知らないかのように、さらに激しくなる。



「はぁっ、はぁ、はぁ‥‥‥」



走り出してから約5分‥‥‥辿りついたのは、真夜中の廃墟地だった。


古びて崩壊寸前のマンションがたくさんあり、そこに人一人いるはずはなかった。


灯火町からも少し離れていたため、恐らくここは跡地か何かなのだろう。



「‥‥‥ッ!?」



辺りを見回すと、奥から黒い人影が現れる。


月明かりだけが頼りのこの場所で、その存在を目視するのに苦労した。


こちらに向かってゆっくりと歩いてきているのがわかる。



「ッ‥‥‥ぁ‥‥‥」



その時、翔は全身が動かないことに気がついた。


まるで金縛りにあったかのように、全身が指先すらも動かせない。


蛇に睨まれた蛙のようなものだろう。


呼吸すらもままならない。


なぜかはわからない。


とにかく、今の無防備な状態ではあの人影が危険な人物だった時に対応できない。


逃げることも、戦うことも、交渉することも‥‥‥何もできない。


まさに絶体絶命と言えるだろう。


‥‥‥そして人影は月明かりに照らされ、徐々にその姿を明らかにさせる。



「―――あなた、ここで何してるの?」


「ッ!?」



声が聞こえたと同時に、その人影もはっきりとした姿を見せた。


 黒く腰まで垂れ、夜風に靡かせた髪。


 黒一色で冬用のカシミヤコートとデニムを着ている。


 細く、スラッとした長い脚はまるでモデルのよう。


 その細く、滑らかで綺麗な肌は、金縛りのように動けない彼が見惚れる程だった。


知らない人‥‥‥と思いきや、その少女には見覚えがあった。


翔は金縛り状態であるにもかかわらず、無理やり声を張り、その少女の名を言った。



「‥‥‥ルチア=ダルク――――――」


「‥‥‥」



合っていると答えるかのように、彼女――――――ルチア=ダルクは無言で縦に首を動かした。


それを聞いた途端、翔にかかった金縛りはなくなり、全身が動くようになった。


話せるようになった翔は、聞きたいことを聞いた。



「お前は、どうしてここにいるんだ?」


「それはこっちのセリフ。どうしてあなたがここに?」



翔の質問には答えず、逆に質問をされた。


そのことに不満を持ちながらも、とりあえず翔が質問に答えることにした。



「ここで、何かがあったみたいなんだ。変な音が聞こえて、胸騒ぎがしたからここに来た」


「――――――音?」


「ああ。でも、なんでお前もここに?」



今度こそは、ルチアも翔の質問に答えた。



「私はこの場所で、“ある人”を探しているの」


「ある人?」



こんな時間に人探し、それは普通の事情ではない。


ただの人探しではないのだと、翔はすぐに察した。


一体それはどんな人物なのか‥‥‥と、考えていたその時――――――


 ワォォオオオオンッッ!!!!



「「――――――ッ!?」」



天を貫かん程に響き渡る、狼の遠吠え。


夜天に輝く満月があるため、翔は古くから言い伝えられている『狼男』を思い出す。


そして遠吠えを放った狼を探すために翔とルチアは周囲を見渡す。


お互いの背を守るように背を向け合い、襲われないように意識を集中させる。


夜闇により、狭まる視界の中で翔は、五感全てを集中させる。


たった一つの見落としが命取りになると悟った翔は、散歩の疲れ、ここまでの移動での疲れ、金縛りなどの疲労を無理やり押し殺した。



「――――――相良君」


「なんだ?」



そんな翔に、背後にいるルチアは声をかけた。


翔は反射的にルチアの方をに顔を向けると、ルチアは何かを見つけたようにただ一点を見つめる。


そして左人差し指を真っ直ぐ伸ばして、翔に伝える。



「あそこに‥‥‥10匹」


「――――――ッ!?」



翔は、彼女の言葉を疑った。


なぜなら、翔には何も見えないからだ。


ルチアが指差す方向は、翔から見れば先の見えない闇だ。


だが、ルチアが視る世界は翔とは別次元のものだった。


ルチアが視る世界に、闇は存在しない。


‥‥‥いや、闇すらも光のように世界を照らすものと同等になっている。


つまり、今の彼女が視ている世界は昼間と何一つ変わらない。


ただ一つ違うものがあるとすればそれは、ソラだけだろう。


そしてルチアの視界に写ったのは、10匹もの狼の姿。


 血のように紅い瞳、青白く鋭い毛並みに、鋭く光る爪と牙。


 こちらに向かって息を荒げながら威嚇してくる姿はまさに、獲物を狙った野獣そのもの。


 野生の本能が相良翔とルチア=ダルクを捕食するものと判断したのだろう。



「‥‥‥なら、逃げるぞ!」



狼に狙われたとなれば、ここにいれば即襲われて終わるだろう。


目に見えない恐怖に囚われた翔はルチアの右手首を自身の右手で握ると、ルチアが指差した方向とは逆の方向に背を向けて走り出そうとする。



「ダメ」


「え‥‥‥」



だが、ルチアはその場から動こうとしない。


一歩も‥‥‥狼から、逃げようともしない。



「ごめん。私は逃げない」


「何言ってるんだ!?相手は野生の狼だぞ!?いくら夜目が利くからってどうにかなるわけじゃない!俺たちじゃあの爪にやられて、最後は食われて終了だ!」



‥‥‥相手の数が多すぎる。


戦う武器も持たない無力な人間である二人に、出来ることなんてない。


ならば無様でも、逃げるしかない。


逃げて、助けを求めるしかない。


翔はそう思っていた。


いや、翔のみならず普通の人なら誰でもそう思うことだろう。



「‥‥‥」



だが、この絶望的な状況下で尚、立ち向かうこと‥‥‥抗うことを諦めない少女がいた。


 逃げる、助けを求めると言う選択肢なんて最初から存在しないかのような真っ直ぐな瞳。


 その瞳が見据える先にあるのは、彼らを喰らわんとする10もの野獣。


 たった一人の彼女は、月明かりに煌く黒い髪を靡かせながら‥‥‥その獣の先へ一歩ずつ歩き出す。



「待てッ!無茶だ!!」



翔は必死に制止を呼びかける。


一度掴んだ右手首からも、握力を込めて離さないようにする。


‥‥‥だが彼女は、翔を引きずるかのような力で前に強引に進もうとする。



「死にたいのか!?」


「‥‥‥」



翔の言葉に、ルチアは視線を変えずに答える。



「死ぬことなんて、怖くない。だけど今逃げたら、死ぬよりもずっと辛いから逃げない」


「どうして‥‥‥」



――――――どうしてそこまで命を賭けられる?


翔がそう聞くのをわかっていたかのように、ルチアは言った。



「あの狼は、私達の学校の生徒を何人も襲ってる。私達の日常を壊そうとしてるの。私は、それが許せない」


「お前‥‥‥」



ルチアが立ち向かう理由、それは傷つく人がいるから。


自分の知らない誰かが傷ついて、苦しんでいるのを見ているだけなのが嫌だったから。


そして、消えて欲しくないから。


その想いが、彼女を前に進ませていた。



「あなたは別に逃げても構わない。逃げても、あなたを責める人なんていないから‥‥‥」



そう言うと彼女は、こちらに向かって威嚇する狼に向かって走り出した。


翔の手を、振り払って。



「待てッ!!」



翔は必死に手を伸ばす。


だが、その手をルチアは握り返そうとしない。


そのまま翔からルチアは遠ざかっていく。


そして翔はただ一人、逃げずに立ち向かう少女の勇姿を眺めていることしかできなかった。




                  ***




駆け出した少女は、先ほどの少年‥‥‥相良翔の言葉を思い返していた。


無茶だ‥‥‥確かに、今の自分がしていることは無茶・無謀なんて言葉がお似合いだ。


普通だったら逃げるべきだ。


助けを呼べばいい。


‥‥‥だけど、逃げる気なんてなかった。


逃げるなんてことは、絶対にしたくなかった。


なぜなら彼女は、守りたい日々があるから。


たった一人で過ごす学生生活だけど、クラスメイトの名前は全員知っている。


もちろん、全学年の生徒一人一人の顔と名前も、しっかり覚えている。


それでも接していないのは、単にきっかけが掴めないだけ。


別にみんなから距離を置いているわけでも、嫌っているわけでもない。


むしろ、みんなのことが大好きだ。


個性的で、優しくて、笑顔でいるあの学校のみんなが大好きだ。


その中の誰かが傷つけられた。


それを知って、何もしないわけにはいかない。



「だって私は‥‥‥私は――――――ッ!!」



ルチアは狼に近づくと、足を止め、全神経を集中させる。


胸の奥に存在する、人間が持たない‥‥‥異能の力を――――――発現させるために。



「私は――――――“魔法使い”だからッ!!!」



天に向かって叫んだ。


その声を高らかに、はっきりと出す。


すると、彼女の全身を闇が包み込む。


まるで竜巻を生み出すかのように、闇が彼女に集結していく。


――――――闇が消えると、ルチアの服装が変わる。


 一枚の黒い羽衣が彼女の全身をウェディングドレスのように包み込み、キメの細かい肌が月明かりに照らされて神秘的な姿を見せる。


 そしてその美しさとは対照的に、左手には自身の身長の倍近くある長さの黒き鎌があった。


 死神を連想させるその鋭く鋭利な鎌は、無力な人間だった彼女を一転、戦に身を投じる戦姫にする。


 彼女のその姿を一言で表すのならそう――――――『戦乙女』。


そして彼女は、自らの持つその姿の名を言った。



「――――――戦女神の戦慄(ワルキューレ)



 神話時代に存在した、戦死者を運ぶ女戦士。


 その名を持つ魔法使いこそ、ルチア=ダルク。



「‥‥‥!」



 ルチアは左手で鎌の半分程の一を両手で握ると、すっと重心を前に移動させながら右足を前に出す。


  刹那、ギィィィンッ!!と言う激しく金属が擦れ合う音が響き渡ると同時にルチアの姿が消えた。


 翔の瞳にはきっと、彼女の太刀筋は見えなかっただろう。


 腰を軸に左に捻り、それを戻す勢いと鎌の重みを合わせて一閃を放つ。


 その一閃で全ての狼を切り裂いた。



「‥‥‥出てきなさいよ。狼達の主さん」



狼を一撃に一掃した彼女は、その狼をこちらに仕向けた張本人を呼ぶ。


ルチア同様に、異能の力を持つ‥‥‥魔法使いの存在。


あの数を操るということは、この場所からそう離れていない場所に主はいる。


そう考えたルチアは主を探す。


‥‥‥そのルチアの行動をの手間を省くかのように、暗い影から一人の男性が姿を現す。


 髪がトゲのように立っていて、鋭い目つきをしている。


 黒いジャンバーと黒いジーパンの姿でこちらに向かって歩いてくる。



「まさか一撃で全滅とは思わなかったぜ。お見事」



賞賛しながら歩いてくる彼こそ、狼使いなのだろう。



「それで、俺に何の用かな?」


「あなた、私の学校の生徒を襲ったわよね?」


「さて、どうだろな?」



シラを切る彼の態度に、ルチアは苛立ちを覚えた。


鎌を握る左手に、力が込もる。


彼女にとって、その態度がどれほど許せないものなのか、言葉で説明することもできない。



「‥‥‥いいわ。どちらにしても、私はあなたを倒さなきゃいけない」



そう言うとルチアは、鎌を引きずるようにもって構える。


 重心を前に落とし、ダンッ!!と音を立てて走る。


一瞬にして狼使いの懐に飛び込むと、そのまま鎌を上に向けて振り上げる。



「はぁっ!!!」



気合一閃、刃は半月を描くように振り上げられる。


その一閃は先ほどの狼のように、切り裂かれる――――――はずだった。


 ガシッッ!!



「ッ!?」



だが、刃の流れは途中で止まった。


そしてルチアは、その光景に目を疑った。


 狼使いの右手が、ルチアの鎌を握っている。


ただの素手じゃない。


異能の力を纏った手だった。


その姿に、ルチアは驚く。



「狼‥‥‥男」



 全身は青白い毛並みに包まれ、両手は鋭利な爪と強靭な肉体となっている。


 鋭い牙に、血のように紅い瞳。


 その姿は、まさしく『狼男』


 そしてその姿となり、強靭な肉体を得た彼はルチア/ワルキューレの刃を握り締めた。



「俺の魔法は肉体強化と召喚の二つだ。さぁ、始めようぜ?」


「くっ‥‥‥!」



ルチアは右足を軸に体を回転させ、狼男の顔面に回し蹴りをして怯ませると、その隙に鎌を握ってバックステップをとって後ろに下がり、彼と距離を取る。


そして距離を置き、武器を構えて隙を作らないように意識を集中させる。


油断なんてできない。


ここからは、本当の殺し合いが始まる。


刈るか、喰われるかのどちらか。



「‥‥‥!」



覚悟を決めたルチアは、再び走り出す。


そして彼の真上に飛ぶと、左に一回転して鎌を振り下ろす。


その鎌に、闇の力を込めて切り裂く。


 闇を纏わせた一閃――――――『漆黒を刈り取る者デス・シュトラーフェ


闇の一閃は真っ直ぐに狼男へと迫る。



「ぐあっ‥‥‥っ!」



狼男はその一撃を両手で受け止めようとしたが、うけきれずに切り裂かれる。


切り裂いたとはいえ、斬撃は直撃を避けて浅めに入った。



「‥‥‥ッ!?」



一撃を入れたルチアは、表情を歪める。


なぜなら、切り裂いた瞬間、ルチアの両腕を鋭い激痛が襲いかかったからだ。


両腕を見ると、先ほどの狼が二匹、ルチアの両腕に噛み付いていた。


背後から襲われているところを見ると、恐らく仕込んでいたのだろう。



「ぅ‥‥‥ぁ‥‥‥ッ」



噛み付いた狼たちは、振り払っても離れない。


無理に引き剥がせば、両腕を持っていかれるだろう。


だからこそ、無理な抵抗はできない。



「‥‥‥それなら!」



ルチアは瞳を閉じて、心を鎮める。


そして脳からPCの情報のように流れ出る『魔法文字ルーン』を組み合わせていく。


組み合わさったルーンを、一つの名とした詠唱する。



「夜天より降り注げ、闇の聖槍!!」



詠唱の瞬間、天から漆黒の太く鋭い槍が二本落下してきた。


その槍はルチアの腕を喰らう狼二匹を貫いて、消滅させた。


 ルチアの持つ魔法、天から降り注ぐ闇の聖槍――――――『夜天貫く闇の聖槍シュメルツ・ぺネトレイト



「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥っく」



両腕に力が入らない。


狼に噛み付かれたからだろう、出血して血が止まらない。


さらに麻痺したかのような痺れ。


これでは武器が持てない。



「さっきの狼には、麻痺毒の効果があってな?噛まれたら数時間は痺れるぜ?」


「なっ!?」



致死性はないといえど、それは武器を主体として戦うルチアにとって大きなダメージとなる。



「さて、トドメは俺の下僕達にでも任せようか?」



そう言うと狼男が右手を前に出すと、何もない空間から再び10匹もの狼が出現する。


状況は絶対絶命。


武器を持てない彼女にとって、魔法だけで応戦できる実力がない。



「くっ‥‥‥」



それでも彼女は、諦めない。


最後まで抗う。


それが、彼女のアイデンティティだからだ。


戦うのなら、死ぬまで諦めない。


だから彼女は、再び脳の情報にある魔法文字ルーンを組み合わせて、詠唱する。


それも、先ほどのような一体一体を倒すような魔法ではなく、一度に全体を倒す広域系の魔法。


それには先ほどよりも長い魔法文字を組み合わせなければならない。



「無駄だ!喰らえ!!」



狼男は勝利を確信して笑をこぼして狼たちに指示を出す。


その指示に答えるように、10匹の狼はルチアを喰らわんとして飛びかかる。


だが、ルチアは詠唱をやめなかった。


最後まで、抗う。


チャンスはあるはずだと信じて。



「ルチアッ!!!」



そんなルチアの耳には、非力な少年の声が響き渡るのだった――――――。




                  ***




「ルチアッ!!!」



非力な少年は、走っていた。


ルチアに向かって、走っていた。


先ほどまで、ただずっと眺めていた。


ルチア=ダルクという少女の勇姿を見ていた。


何もできず、無力に、ただ立ち尽くしているだけの自分とは別に、生きることに懸命な彼女の姿はとても美しく、輝いて見えた。


自分には、何もできないのだろうか?


そう考えていた時、ルチアに危機が訪れた。


だから翔は走り出した。


迷わず、ただ真っ直ぐに走っていた。


非力でも、何か出来ることがあると信じたからだ。


死にたくない。けれど、見捨てたくない。


翔はルチアのもとへ、全力で走る。


もう二度と、過ちを犯さないために――――――。



「ルチアッ!!!」



彼女の名を叫ぶ。


守りたい、助けたい。


だから、強く願う。


心の、魂の底から願う。


――――――この非力な俺に、力を――――――。


あのソラに願う。


どこまでも、どこまでも‥‥‥



「はぁぁぁぁッ!!!!」



翔は叫んだ。


天を貫かんとするほどの大きな声。


全身から溢れ出る力を抑えず、爆発させる。



「届けぇぇッ!!」



ルチアに迫る10の狼。


そこに彼は飛び込む。


そして溢れ出た力を今、具現化させる。


 ズバァァンッッ!!



「「ッ!?」」



その場にいた、誰もが驚愕した。


 白銀の軌跡が音を立て、ルチアを襲おうとした狼をことごとく薙ぎ払う。


 あざやかな手さばきで一瞬にして狼たちを退けた、あまりに印象的なその姿。


 白銀のレザーコートに、同色のズボンを履いた姿。


 黄金色に光る瞳はまるで、全てを視ているかのよう。


 白銀に包まれた少年の右手には、白く光る二尺ほどの長さを持つ一刀の刀があった。



「‥‥‥天叢雲」



彼――――――相良翔は、その刀の名を言うと、右手に持つその刀を地面に真っ直ぐ突き刺して狼男に言う。



「俺の名前は相良翔。ここから先は、俺が相手だ!」



そう言って彼は、ルチアを背に刀をもって、駆け出した。


真夜中のソラの下、白銀に光る刃は狼男を斬らんとして迫るのだった――――――。

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