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魔法使いの知らないソラ   作者: IKA
第一章 日常と非日常編
2/27

第一話 

<AM06:30>


―――ピピピッ!!ピピピッ!!!


「ん‥‥‥っ」


 ベットの脇に置いてある黒いスマートフォンから、聞き覚えのあるアラーム音が聞こえる。


 この音が聞こえたということは、目覚めのときなのだろうと気づいて意識を覚醒させていく。


「‥‥‥ふぁぁぁ~」


 季節は冬。


 朝は氷点下近くまで気温が下がるため、三重にも重ねた毛布の温もりから離れるのはとても名残惜しい。


 冬の布団は魔性のアイテムとも言え、少し油断すれば再び夢の世界に墜ちる。


「ぅ‥‥‥ぁ」


 喉の奥から鈍い声を出しながら、温もりから離れる。


 白のジャージを着ているが、寒さの前では無力にも感じる。


「っ‥‥‥」


 そして彼はジャージを脱ぎ、昨日受け取ったばかりのダンボールを一つ開けると、中から出てきた学生服を手に持って着替える。


 黒をベースにしたブレザー。


 白と黒の細かいストライプ柄のズボン。


 そして赤一色のネクタイを首に巻いて結ぶと、彼はスマートフォンのカメラ機能を使って自分の服装がちゃんとしているかを確認する。


 ネクタイはしっかり結べているのか、ボタンは締め忘れていないのかなど、細かい部分まで確認する。


 冬にも関わらず、不慣れに制服を着ているのは、彼がこの制服を着るのはこの日が初めてだからだ。


 そう。


 彼――――――相良翔はこの日、この町にある高校『私立灯火高等学校』‥‥‥通称『灯校ともこう』に転校生として入学することになる。


 理由は後々語るとして、主には家庭の事情と言うのが多い。


 そのこともあり、一人暮らしでこの町にやってきて、これからは一人で生活していくことになった。


 月に一度の仕送りがあるが、それだけでは心もとないので近いうちにアルバイトをと計画もしている。


「さて、行くか‥‥‥」


 説明をしている間に彼は着替えを終え、新品の鞄を手にして玄関に向かう。


 教科書類はこれから通うことになる灯校で直接受け取ることになっており、中身のない、本当の意味で新品な状態で出かけることになる。


「‥‥‥行ってきます」


 誰かにいう訳ではない。


 だが、今までの癖みたいなものがあったため、つい言ってしまった。


 まぁ別に悪いことではないだろうかと思った翔は、このことを保留にして家を出て、鍵をかけたのだった――――――。


                  ***


「寒‥‥‥」


 翔が歩いているのは、通学路となっている長い一本道。


 横幅20m。一本道の距離1kmにも及ぶ長く広い一本道を歩く。


 冬の寒さのせいで地面は軽く凍結しており、油断すれば滑って怪我をするだろう。


 この長い一本道は、別の高校の学生たちも利用しており、途中にあるいくつもの分かれ道を通ることで各々の学校に向かうことができる。


 相良 翔の向かう灯校は、この長い道をまっすぐ一直線に進めばいいだけであるため、道を覚えるのは簡単だ。


 それよりも問題は、この寒さである。


 冬真っ只中。


 特に今日はスマートフォンで確認したのだが、どうやら今季一番の冷え込みと言うことらしい。


 そのため、翔は制服の上に白のトレンチコートを羽織り、さらに白と黒のストライプ柄のマフラー、白い手袋を着用と、完全防寒装備にした。


 だが、それをもってしても手は裂けるかのような冷たさと痛み、頬を掠める冬風は全身を細かく震わせる。


 できれば学校には暖房があって欲しいと心底願うばかりだった。


「(‥‥‥にしても、やっぱり転校初日って言うのは緊張するな)」


 寒さを紛らわせようと、何か話題を自分の中に出してみた。


 思いつくのはやはり、今日が転校初日と言うこと。


 どんな理由にせよ、始めと言うものはどうしても緊張してしまうものだ。


 人付き合いの苦手な彼は、緊張とともに不安と言うのもある。


 人付き合いが苦手、と言うよりは人と会話をするきっかけなどを上手くつかめないのだ。


 そのため、タイミングを何度も逃し、結果的には孤立してしまう。


 中学生のころは、上手く人に声をかけられず、友達と呼べるものはできなかった。


 今回も同じになってしまわないように、なるべく人と話せるようになりたいと思っている。


「(転校生って言うこともあるし、『転校生』って話題をきっかけに、色んな人が話しかけてくれると嬉しいけどな)」


 そんなことを考えながら歩いていると、視線の先に自分と同じ学生服を着て歩く学生たちがちらほらと見え出した。


 知らない人ばかりが歩くため、そわそわとした緊張感を隠せない。


 翔はそんな緊張を無理やり抑えながらしばらく歩き続けると、学校の校門に辿りついた。


「ここが‥‥‥」


 資料では何度も見たことのある光景だが、やはり実際の目で確認するとまた凄いの一言だった。


 校門を真っ直ぐ30m程先に全生徒が入る下駄箱があり、校門入って右手を数mに教師や関係者などが入る玄関が配置されている。


 そして学校の形状だが、レンガ色が目立つ校舎。


 校舎は屋上も含めると5階建てとでかい。


 体育館と校庭もそれなりに広く設備されているらしい。


 そんなこの学校は、全校生徒3000人以上といるマンモス校で、理由は小中高一貫となっているからだ。


 つまりこの学校には、俺たちのような高校生以外には、小学生や中学生も普通に通っているのだ。


 だが、そうと分かっていてもこの人数には流石に圧倒されてしまう。


 そう考えつつも、翔は取り敢えず職員室に用があるので下駄箱の方には向かわず、教師用玄関に向かって歩きだした。


「そこの君、そこは教師用玄関です。一般生徒が無断で入るのは校則違反ですよ」


「ッ!?」


 すると背後から女性の声が聞こえ、翔は不意を突かれたようにビクッと体を震わせて後ろを振り向く。


 声に含まれる威圧感、そして背後からでも十分に伝わる存在感に一瞬、思考が停止してしまった。


 そんな一瞬が過ぎ、ゆっくりと振り返るとそこには、仁王立ちして腕を組み、いかにも年上と言う雰囲気漂わせる女性がいた。


 腰まで垂れ下がり、冬風に靡く黒髪は彼女の凛々しさを強く印象付ける。


 目は細く、モデルのようなすらっとした脚。


 美しく、凛とした姿はまさに大人の女性と言ったところだろう。


 教師かと一瞬だけ思ったが、学生の制服を着ているため、どうやら先輩だろうと理解した。


「あれ?見ない顔ですね?」


 次に出た言葉からは、先ほどまで威圧感は抜け、柔和な雰囲気が混じった言葉が放たれた。


 あまりの変化に戸惑いながらも、なるべく平静を装いながら対応する。


「あ、今日からこの学校に転入する一年の相良翔って言います」


 少し慌ててしまい早口での挨拶になってしまったが、ちゃんと聞き取ってくれた彼女は『なるほど‥‥‥』としばらく考えると軽く頭を下げて言った。


「それは申し訳ない事を言いました。私は三年一組の『井上いのうえ 静香しずか』です。 この学校の生徒会長を務めているものです」


 優しく透き通った声が、彼の耳の中を通る。


 凛とした雰囲気とは相反して、優しい姉を思わせるような声に翔は最初の緊張感が少し和らぐのを感じた。


「ここの学校の校長から―――『学校に来たら先に校長室に足を運んで欲しい』と言われていたので、ここから行こうと思ったんですけど?」


「そうでしたか、それは引き留めてしまって申し訳ございません」


 ゆっくりと下げた


「校長室は、職員室の隣にあります。 それでは、これからよろしくお願いします」


「はい。 よろしくお願いします」



彼女に一礼した翔は、職員玄関から学校に入り、校長室へ向かったのだった。




                  ***



この学校の校長は、女性だった。


容姿からして60~70代といったところだろう。


祖母のような優しい雰囲気を醸し出す校長は、相良翔の転入を歓迎してくれた。


しばらく、校長からこの学校での説明を受けた。


とは言え、校則系に関しては校長からもらった生徒手帳に記されていたので主に話されたのは部活動やこの学校そのものの説明や歴史だった。


校長と言えば面倒に長い話と言うイメージがあったが、この校長は少し違い、長く話さず要点だけをまとめて話していた。


説明を終えた校長は、翔のクラスと担任の教師の説明をすると、『これから卒業まで頑張ってください』と一言言って話しは終わった。



そして翔は今、担任の女教師『柚姫ゆずき かなで』と共に教室に向かって廊下を歩いていた。


既にHRホームルームが始まっているため、廊下は人一人おらず、静まり返っていた。


翔は柚姫先生のあとを追うように後ろを歩きながら会話をしていた。



「私のクラス、1-1組は55人いるの。多いから不安も多いと思うけど、すぐに慣れるわよ」


「はい‥‥‥」



流石はマンモス校、ひとクラスの人数もそれなりに多い。


しかも、廊下を歩き始めてすでに1分は経過している。


ペースは少し速歩にも関わらず、未だに『1-1』と書かれたプレートが見つからない。


 

「(というか1-6組って‥‥‥多いな)」



どこの学校も基本的には一学年4クラスか3クラス編成だ。


翔の通っていた中学校も4クラス編成になっていた。


その上、今は少子高齢化と言われている。


そのため、6クラスある学校は珍しい。



「さて、ここよ」


「‥‥‥」



そんなことを考えていると、1-1と言うプレートの真下に辿りついた。


ドアを開ければ、きっとこのクラスの全生徒が自分を見るだろう。


そのプレッシャーとも言える空気に、彼はどう言う挨拶をすればいいのかと不安に思った。



「それじゃ、入りましょう」


「‥‥‥」



翔の耳は、柚姫先生の声を聞き入れてはいなかった。


決してあがり症というわけではないが、冬の寒さと言葉にできない程の緊張感から、全身が氷のように冷え、脚がガクガク震える。


そして吐き気や過呼吸になりそうなのを無理やり押さえ込むと、柚姫先生と共に教室の中に入っていくのだった。



「はい皆、HRの前に今日は転校生と紹介します」



柚姫がそう言うと、翔は生徒達の視線から逃れるかのように、背を向けて黒板を見る。


そして白いチョークを右親指と中指でつまみ、人差し指を指差すように支えて安定させるように持つと黒板に自分の名前を一番後ろの生徒にも見えるであろうとも言えるような大きさの文字で書く。


書き終えた翔は意を決したように再び生徒達の方を向くと、軽く挨拶をする。



「相良翔です。今日からこのクラスでお世話になりますのでよろしくお願いします」



軽く会釈をし、挨拶をすると生徒たちは歓迎するかのように笑顔で拍手をしてくれた。


その光景に、翔は『ふぅ~』と、安心したように溜まった息を吐き出す。


もしも真面目な人たちが集まって、暗い空気になっていたらどうしようかなと不安だったが、どうやら明るいクラスのようだ。


そのことに安堵すると、柚姫先生が書類に書かれていた程度の情報で相良翔の説明をする。



「相良君は昨日、灯火町ここに引っ越してきたばかりだから何も知らない。だから皆さん、相良君に色々と教えてあげてくださいね」



先生の話に、生徒は『は~い!』と快く受け入れた。


そんな明るい光景を眺めていると、翔は教室の隅っこ‥‥‥窓側一番後ろの席に座って窓の外を眺めている一人の女子生徒がいることに気づいた。



「(あの人‥‥‥綺麗だな‥‥‥)」



女子の中では少し背が高く、穢れなき黒く艶やかな髪を腰まで垂れ流し、蒼い瞳はまるでソラの色そのものに見える。


清楚で、ポーカーフェイスの彼女の姿は、どこか翔の中で気になるところだった。


‥‥‥そんな彼女に目が行っていると、クラスの女子生徒が一人手を挙げて、翔に転校生に対して恒例とも言える質問をする。



「相良君の好きなタイプはどんな子ですか!?」


「え‥‥‥っと」



恒例といえど、されたことのない質問に対してはどう答えればいいのか分からない。


実際、恋愛には価値はあるだろうが興味がないため、好きなタイプと聞かれると答えに迷う。


翔は少し唸ると、取り敢えず妥当と言えるような答えをする。



「優しくて、積極的な人かな‥‥‥?」



そう答えると次の女子生徒が手を挙げて別の質問をする。



「相良君の趣味って何ですか!?」


「う~ん‥‥‥趣味って程かどうかは分からないけど、散歩かな?知らないところを見つけに散歩に出たりすることが多いかな」



本人曰く、趣味と言うよりは癖のようなものだ。


親から聞いた話では、小学生の頃から放浪癖が強く、少し時間があれば勉強・ゲームよりは散歩をしていたらしい。


それで帰りが深夜になったときはこっぴどく叱られたのを、未だに彼は覚えている。



「相良くんは――――――!」


「(まだ続くんかい!?)」



それから数分間、彼は女子生徒中心に際どい質問からぶっちゃけた質問まで、まるでデータを取るかのような勢いで質問を続けたのだった――――――。




                  ***



翔の席は、先ほど窓の外を眺めていた女子生徒の右隣になった。


視力は平均並みなので、別に一番後ろでも特に困ることはない。


朝のHRで質問が終わっているため、特に生徒に囲まれることはなかったは彼にとっては救いとも言えるだろう。


そして今、翔の周りに3名の男女が話しかけてきた。


どうやら3人とも、友人同士らしい。



「俺は『三賀苗みつがなえ たける』。こっちは『桜乃さくらの 春人はると。そんでこいつが『七瀬ななせ 紗智さち』」


「よろしく、相良!」


「よろしくね」


「あ、ああ。よろしく」



武が一人で二人の名前を代表して言ったところを見ると、どうやら3人組のリーダー的存在なのだろう。


黒く、所々逆だっている髪がある武と、黒く少し髪の長い春人はフレンドリーなかんじを出すが、少し青みがかかったポニーテールの少女、紗智はどうやら内気なようで、初対面の翔に対して少し距離を置いたかんじの挨拶をする。


そんな彼らはどうやら彼と友達になりたいようで‥‥‥



「という訳で相良!俺たちと友達になろうぜ!」


「どういう訳だ!?」



どこかの少年漫画で登場する主人公のようなセリフを臆面もなく翔に言った武に、反射的にツッコミを入れてしまった。


取り敢えず友達になりたいと言うのは理解した翔は、別に断る理由もない上にむしろこちらからお願いしたい程のため、快く了承した。



「と、取り敢えず、友達になろうって話だけど、こちらこそよろしく」


「おう!よろしく!」


「よろしく、相良」


「よろしくね、相良君」



転入初日から友達が3人もできたのは、翔にとってはとても大きな結果と言える。


この面々となら、きっと楽しい日々になるだろうと期待に胸をふくらませたのだった。


‥‥‥だが、不意に隣の席の女子生徒‥‥‥彼女がいないことに気づいた。


そろそろ授業が始まるが、どこにいるのだろうか?



「そういえばさ」


「なんだ?」


「俺の左隣の席‥‥‥女子だったと思うけど、どんな人なんだ?」



翔は3人にそう聞くと、意外にも紗智が答えた。



「隣にいるのは『ルチア=ダルク』って言う子なの。フランス出身で、今は一人暮らし」


「知ってるのか?」



翔の質問に、紗智は小さく頷いて答える。



「小学生の頃から、クラスが同じであんまり話しはしないんだけど、知ってるよ」


「へぇ‥‥‥」



翔が納得すると、紗智は少し振り返ったようにルチアと言う女子のことを話す。



「ルチアちゃん、小学生の頃から人と接してないの。いつも人と話さないでソラを眺めてるから、人も寄ってこなくなってて」


「‥‥‥」



少しだけ、ルチアと言うあの人がどう言う人なのかなんとなく見えてきた気がした。


誰かと接するよりは、ソラを眺めている方がずっと自由に感じる‥‥‥そんな感じは、わかる気がした。



「そうなんだ。ありがとう、七瀬」


「う、うん。私で役に立てたならよかった」



照れくさそうにはにかむ紗智を見たときに、丁度チャイムが鳴り、皆は席に戻って授業が始まった。


そのときには、気づかぬうちにルチアも席に戻って、再びソラを眺めていたのだった――――――。



                  ***



お昼休みに入り、翔は武達を連れて購買に向かっていた。


マンモス校と言う理由もあり、購買はよくある購買戦争勃発状態になる。


そのため4人は現在、廊下を全力疾走している。



「今日はカツサンドとコロッケパンが半額だ!絶対にゲットするぞ!」


「当然だ!」


「わ、私はチョココロネで‥‥‥」


「(弁当、作ってくればよかったかな‥‥‥)」



後の祭り、ということわざを翔は思い出していた。


今の自分の考えたことはまさにそれだろうなと後悔する。


財布はあるし、金はある。


だが、購買戦争で体力を浪費するよりは弁当を作った方が経済的にも体力的にもいいのではないかと思ったのだ。


もっと計画的に行けばよかったと後悔しつつも、取り敢えずこの空腹を満たすがために廊下を駆け抜ける。



「相良!購買はあそこだ!そんじゃ俺が行く!」


「武!死ぬなよ!」


「「(購買なのに‥‥‥)」」



4人の中で武が先陣を切ろうとすると、春人が武に敬礼をする。


その光景に翔と紗智はついつい心の中でツッコミを入れてしまう。



「行くぜ‥‥‥うおぉぉぉぉぉ!!!!!」



今一度言おう。ここは購買である。



「ぬぅぉぉぉおおおおおおお!!!!」



もう一度言おう。ここは購買である。



「ぎゃあああああああああ!!!」



最後に言おう。ここは購買である。



「武ぅぅぅ!!!」


「あ、あはは‥‥‥」


「死亡フラグ、いつ建てたんだ?」



結果から言うと、武はぎゅうぎゅうになっている購買に単身切り込んだが、まるでゴムの力のように跳ね返されてこちらにヘッドスライディングのように倒れてきた。


それを春人が抱きかかえて、武の意識を確かめる。



「おい、しっかりしろ!?」


「っく‥‥‥流石、購買だぜ‥‥‥へっ、手も足も出やしない」


「吹っ飛んだしな」


「カウンターだよね」



なぜそんなにカッコつけるのかは不明だが、とりあえず購買の恐ろしさを理解した翔はさてどうするべきかと少し思考を巡らす。



「‥‥‥(人が多すぎて、隙間がない。まるで通勤ラッシュの満員電車。そこに飛び込むのは無謀だよな。人をどかそうにも、運動部の人が多いから、俺たちの体じゃ太刀打ちできない。となると―――)」



考え事をし、ある答えを導き出した翔は右手で前髪をたくし上げる仕草をする。


これは翔の癖の一つで、推理モノで探偵役が顎に手を当てたり、髪を触ったりするように、翔も髪をたくし上げる行為をする。



「‥‥‥七瀬。ちょっと失礼」


「へ?」



翔は七瀬の横に立つと、膝の裏と背中の裏に腕を回し、彼女を持ち上げる。



「キャッ!?」


「「おお~」」



驚きのあまり、高く短い悲鳴をあげた七瀬。


その光景を見て唸る二人。


なぜ翔がそういう事‥‥‥お姫様抱っこをしたのか、理由は今からする彼の行動にあった。



「三賀苗、頼みがある」


「なんだ?」


「あの人ごみに向かって走ってくれ。ただし、中に突入する必要はない」


「‥‥‥よく分からないけど、とりあえず走ればいいんだな?」


「ああ。頼む」


「分かった。行っくぜ!!!」



そう言うと武は再びドドドドっと音を立てながら走り出す。



「よし、桜乃。俺のあとに続いてくれ」


「分かった(何する気だ?)」



腕に包まれて顔を紅潮させる紗智を無視して、翔は走り出す。


その背後を追いかけるように春人も走る。



「ぬぅぉぉおおおおおお!!!!」



先ほど同様、全力で突っ込む武。


それに追いついた翔はそのまま武の背中に飛ぶ。



「よっ!」



タンッ!と音を立てて飛んだ翔はそのまま武の背中‥‥‥を飛び越して、武の頭に右足を置いた。



「ぐあっ!?」


「俺も行くぜ!」


「ぎゃっ!!」



さらに春人も同じように武の頭に飛び乗り、それを踏み台にもう一度飛ぶ。


飛んだ二人はそのまま大量の生徒を飛び越えて購買の一番先頭に着地する。


これが翔の狙い。


隙間がないのなら、空いてる場所‥‥‥ソラを飛べば良い。


丁度、武と言う踏みだ‥‥‥もとい、友達がいたので苦労はない。



「さて、おばちゃん、チョココロネ2つ、コロッケパン3つ、焼きそばパン3つください!」



七瀬を下ろし、春人と二人でパンを確保させ、翔はお会計を済ませておいた。


購買には出口が存在し、購入した人はそこから出る。


これは戦争から離脱させるためである。



「さて、飲み物は自販機のでいいから、とりあえず教室に戻ろう」


「ああ。そうだな」



翔の言葉に春人は頷く。



「うぅ////」



そして未だに顔を紅潮し、頭から湯気を出す紗智を連れて翔と春人は教室に戻るのだった。


‥‥‥武を忘れたと気づいたのは、お昼を終えたあと、なぜかコロッケパンと焼きそばパンがひとつずつ余っていることに気づいてからだったのは余談である――――――。




                  ***




午後の授業も終え、放課後になった。


武と春人は部活動があるため、ここで別れることとなる。


翔は紗智を連れて、共に教室を出る。



「七瀬、帰るぞ」


「う、うん」



先に教室へ出た翔を小走りで追いかける紗智。


翔と紗智は肩を並べて、夕暮れの廊下を歩く。


男女が二人きりで歩くことに不慣れな翔は少しだけ違和感を持つ。


それは七瀬も同じようで、普段は一人で帰るはずが、転校してきた翔の存在によって変わった。


出会ったばかりで、さらに大胆にもお姫様抱っこまでされたこともあり、武や春人とは違う意味で翔を意識してしまう。



「‥‥‥七瀬」


「はい!?」



ビクッと不意を突かれたかのように驚いて返事をする紗智に、翔は頭に『?』を浮かべながら質問をする。



「あのさ、お昼休みの時だけど‥‥‥あの時はごめん、いきなりあんなことして」


「え‥‥‥あ、うん」



突然、謝ってきた翔に少し驚いて、フリーズした紗智。


理由はなんにせよ、罪悪感はあったのだなと紗智は少し安心した。


‥‥‥なんだかんだ言って、まんざらでもなかった自分がいたのも事実であったため、せめたりはしない。



「いいよ。相良君のおかげでパンも買えたんだから。相良君がいなかったら、お昼はあまった少ないパンだけになってたから‥‥‥」



むしろ、感謝するべきだと紗智は思った。



「――――――ありがとう、相良君」


「‥‥‥ああ」



翔は静かに頷いた。


それは、始めて見せた紗智の笑顔があまりにも綺麗だったから。


夕暮れの光に照らされ、芸術的な美しさを感じられる程に綺麗だったその笑顔に、翔は見惚れていたのだ。



「‥‥‥?」



再び歩きだした二人は、下駄箱で靴に履き替えると校門まで歩いていた。


校門まで歩くと、一人の女子生徒が3人の男子生徒に囲まれている光景を見つけた。


‥‥‥翔は、その女子生徒に見覚えがあった。



「あれは‥‥‥井上静香先輩か?」


「そうみたいだね‥‥‥なにかあったのかな?」



生徒会長、朝に翔に声をかけてきた最初の生徒だ。


その会長は、服装・頭髪ともにだらしない所謂『不良』と呼ばれる3人と負けない威圧を放ちながら、対立していた。


だが、どう見ても男子の方が数が多い。


もし暴力に発展したら、まず勝てないだろう。


そう思った翔は鞄を紗智に渡すと、会長のもとへ走り出す。



「あ、相良君!?」



紗智は翔の突然の行動に呆気を取られる。


翔のあとを追おうと思ったが、不良には勝てないと思った紗智はそこから動けなかった――――――。




                   ***



不良と言うのは、どこの学校にもいる。


どれだけ優秀な人が揃う学校でも、どんなに規律が厳しい学校でも、ルールが存在する場所には必ず違反者と言うのはいるものだ。


だからこそ、違反者には罰則と言うのが存在する。


罰則があるということは、違反者がいると言うことにつながる。


だが、それを一人でも減らすために生徒会や風紀委員と言うのが存在する。


彼女、井上静香もまた、その違反者を減らすために尽力を尽くしている。


そして今、その違反者を3名、取り締まっている。


とはいえ、綺麗ごとを言うつもりはさらさらなく、ただ間違っていることを指摘し続けていた。


‥‥‥そのはずなのだが、痺れを切らした男子生徒一人が彼女めがけて手を出そうとした。



「やめなさい。あなたたち、これ以上は停学、もしくは退学になるわよ?」



静香は男子生徒の出した手を掴んで制止をしようとするが、聞く耳持たず、むしろ怒りを増す結果を生んでしまった。


彼女を睨みつけ、一人の生徒が彼女に向かって右拳を振るった。



「――――――止めとけよ」


「ッ!?」



だが、不良ばかりではない。


ちゃんと常識を持つ生徒だっている。


そして優しさを失わない生徒もいる。


彼女のと不良男子の間に割って入ったのは、朝に出会った転校生だった。



「相良君‥‥‥?」


「今朝はどうも、助かりました、先輩」



男子生徒の拳を左手で正面から握りしめるように受け止める。


余裕な表情で翔は静香と会話をした。


そして不良の3人を見て言った。



「あなたがた、3人がかりで女一人を殴るなんて、男として終わってますね。あと、これ以上やりたいのなら、俺が相手をしますが‥‥‥どうしますか?」



翔は自身の持つ握力で握っている拳に力を込めると、その生徒は激痛のあまりに悲鳴を上げる。


静香の耳には、メキメキと痛そうな音が聞こえる。



「相良君、そこまでにして」


「‥‥‥分かりました」



静香の制止に従い、翔は手を離すと3人は怯えて走り去っていった。



「ふぅ‥‥‥。先輩、怪我はないですか?」


「ええ。助けてくれてありがとう。けれど、無茶はしないでください」



いくら助けてくれたとは言え、一人で立ち向かうのは無謀だ。


それを指摘すると、彼は苦笑いして言い返す。



「先輩に言われたくはないですよ。無茶しないでください」


「む‥‥‥」



反論のしようがない。



「それじゃ俺は友人を待たせているので、これで失礼します。何かあったら、読んでください」



一礼して、翔は紗智のもとへ走っていった。



「‥‥‥始めて、でしたね」



残された静香は一人、この感覚をどう表現するべきかわからなかった。


静香は、先ほどのように助けられたのは初めてだった。


いつも全てを一人で解決させてきたからだ。


しかもそれを後輩に助けられるとは、思ってもみなかった。



「‥‥‥」



静香は右手で左胸を抑える。


なぜなら、緊張しているかのように心臓の鼓動が早いからだ。


胸が高鳴る、とでも言うのだろうか?


この表現のできない感覚が、最後まで残り続けるのだった――――――。




                  ***




不良とのいざこざを手短に解決させて、翔は再び紗智と共に下校する。


歩くのは、登校の時に通ったあの長い道。



「さっきは驚いたよ」


「ああ。でも、あの光景を見たら流石に助けたいと思うだろ」


「そ、そうだけど‥‥‥実際に助けようとは、思わないかも」


「‥‥‥そう、だな」


「?」



不意に、翔の表情が沈む。


まるで過去の辛いことを思い出すかのように。



「‥‥‥でも、あの時に俺が行かなかったら、怪我をしていたのは先輩のほうだ。それに――――――」



翔は立ち止まり、夕焼け空を眺めて言った。



「――――――誰かが傷つくくらいなら、俺が傷ついたほうがずっとマシだ」


「‥‥‥」



それは、自己犠牲だ。


自己満足で、自己犠牲。


彼自身、それは自覚しているのだろう。


だけど、なぜだろう。


彼が言った言葉にはなぜか重みがあった。


ずっしりと、離れようのないほどの重みが‥‥‥。



「‥‥‥さて、俺はこっちの道だからこの辺で」


「うん。また明日」



そう言って二人は別れて各々帰っていく。



「‥‥‥」



だが紗智は、一人で背を向けて帰っていく翔の姿を‥‥‥ただじっと眺めていた。


この、頭から離れない思いをどう表現すればいいのか、紗智にはまったくわからなかった。


こんなにも、彼のことを心配になってしまう気持ちは‥‥‥一体なんなのだろうか。


それが今日の夜、紗智が悩むことだった――――――。







そしてその夜、相良翔は事件に巻き込まれることとなるのであった――――――。

第一話をお読みいただいてありがとうございます。


この回は学園生活と言う日常の話し。


次回は夜の非日常の世界に入ります。


次回、彼の人生に大きな影響を与える少女が現れます。


では次回、またお会いしましょう。

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