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「……落ち着いた。」
「ん。なら良かったよ、はい。」
ひとしきり泣いたリセアは、自分から落ち着いたと宣言した。
そんな姿を、らしいのかななんて思いながら。ハンカチを差し出し。
「ごめんね、聞いたりして。
もういいから、だから、そんなに自分を責めないで……」
「……」
違う、とか。
そんなことない、とか。
そういう言葉は出なかった。
「一週間程度だったけど。
まあ、可愛い妹、だったかな? 口やかましかったけどね。」
ぼくの口から出たのは、意味と形を為さない、そんな呟きだけだった―――
「まあ、ともあれ、ぼくは色んな代償を払って、アナザールールに呪われたってとこかな。
年を取らず、本来は食事も何も必要とせず。ただただ、魔族を吸収し続ける存在になっ
たよ、この剣を取ったあの日から。」
「ん……」
「この剣は、けして手から離れない、手から放せないかわりに。
目となり耳となり、朧気ながら他人の考えさえ聞くことができる。人にはありえないほ
どの力と能力を、魔族を吸うたびに、際限なく与え続けてくれるんだ。」
「……そんな剣だったら、確かに呪いかもしれないね。
それを捨てるとか、投げ出すってのは?」
「したいとは思わないし、手から離れないし。
それにこの剣、もしぼくの手から離れたら、魔族の器としての役割を失うんだよね。」
「……それって、どういう……?」
「多分、これまで吸った魔族が、あふれ出す。」
「……
参考までに、何匹くらい入ってるの……?」
「237匹。今日のをあわせて238匹か。」
「……」
リセアが、無言で少し距離を開けた。
「あはは、もし解き放たれたら、そんなもんじゃどうしようもないよ。」
「う、いや、わかるんだけど……なんか、うう。
もう、いいじゃないのよー!」
「はは、まぁね。」
リセアの声に、久しぶりにぼくは笑った気がした。
そうか、まだぼくにも、笑うとかそういう感性は残ってるんだな。
そんなことに驚き、あるいは安堵しつつ。
「さて、と。
それじゃぁ、山賊と、ついでに魔族の撃破分。
報酬村中からせびり取りに行きますかー!」
「あは、それくらいは罰当たらないわよね。
あたしもついでに、戴くとしようかしらね。散々騙されたんだし!」
ぼくたちは、笑いながら立ち上がると。
ついさっきまで魔族に支配されていた檻を出て、地上を目指して歩き出した―――
一つの戦いの終わりは。
いつだって、複雑なものだった。
小さい村ほど、魔族と戦うことを選ばず、旅人を騙し村人を指名し生け贄を差し出す。
なまじ「ぼくが倒します」などと口にするわけにはいかない。取り押さえられ、邪魔で
きないようにされるのだから。
だからぼくは、何も知らぬフリをして、生け贄にされて―――そうして初めて、魔族と
会い戦うことが出来た。
倒したら倒したで―――今度は生け贄が逃げたと取り押さえられ、殴られ縛り上げられ。
一番ひどかったのは、魔族を知る人が村人の中にいて、こいつが魔族の乗り移った人間
だ、こいつを殺せば魔族は滅ぶと叫ばれた時……かな。
まあ、たまには、魔族を倒したと言う言葉を信じてもらえて感謝やお礼される時もある
んだけどな。
今回のパターンは……微妙だった。
マスターは、魔族を知っていた。けれど、魔族を倒したという言葉に、異を唱えなかっ
た。
まあ冷静に見れば、魔族か人間かなんてわかるしねぇ……冷静になれないのもわかるん
だけどさ。
ともあれ―――
「色々あったけど、いい仕事だったわね。」
「ともあれ、なんで?」
「ん、何がよ?」
いつかのように―――けれど今度は、偽りの山賊などいない街道を歩くぼくたち。
そう、ぼくとリセア、2人。
「いや、なんで一緒なのかなぁ……って。」
「あなたが言ったんでしょ、知ったら殺すって。
あたし、殺されたくないけど、逃げようとしたら秘密を知ってるから口封じされるから。
だから仕方なくあなたについて行ってるのよ。
OK?」
「いや、おーけー?じゃなくって……」
ぼくは苦笑した。
「……まー。」
悪くない、と思える自分がいるから。
だから、いいかなと。ぼくは苦笑した。
「確かに、言いふらされたくないことは事実だしな。」
「まああたしも、今はとりあえず目的地とかないしね。
あなたと一緒に行けば、かなりお金になりそうだし!」
「うわ、金目当てかよ……」
「そうよ、当たり前じゃない?
冒険者なんてやくざな商売、一攫千金を狙わないでどうするのよ!」
「滅茶苦茶だ……確かに一利あるんだろうが……」
「あは、まあ心配しないで。
ちゃんと手伝いもするし、価格交渉とか計画とか色々ばっちりサポートしてあげるから。」
「ああ……まあ、期待しないで期待しとくよ。」
「おっけーい!」
初めて会った時……と言っても、まだ一昨日なんだけれど。
ぼくもリセアも、初めて会った時とはかなり違う雰囲気、態度。
それは、ぼくが思っていたよりも心地よい、ぼくが忘れていたもので―――
失うのが怖いからこそ、ぼくが今まで遠ざけていたものだった。
「……そんなに心配しないでいいわよ。
あたし死にたくないし、何かあったらちゃんと逃げるわ。」
「ん。」
顔に出てた……かな。
「ただ、1人じゃなく、今度は2人で逃げるって選択肢の方がいいんだけどね。」
「……」
恥ずかしい、なんて突っ込む気にはならなかった。
少しだけ―――嬉しかったから。
「今頃きっと、あの村は不安と喜びの実感が沸いてる頃だろうな。」
「そうね。
見て行かなくて良かったの?」
「多分、ぼくがそこにいる限り、喜びに沸くことはできないだろうから。
どうしても、生け贄に仕立て上げた、その負い目が……ね。」
「……そんなの、償っても償いきれない罪だと思うけど……」
「そうかもしれないけど。
でもまあいいよ、今まで魔族に苦しんでいたことは確かなんだし。
これからはもう、旅人を騙して生け贄にする必要もないんだし、ね。」
「……優しいんだ?」
「まっさか。大金せしめたから、ちょっと仏心出してるだけだよ。」
「あははは、それもそうかもね。」
2人でまた、声を上げて笑って。
そうしてぼくらは、またこの道を歩いて行く。
あるいは、初めてぼくらは、この道を歩いて行く。
それは、けして求めてはならぬもの。
けして願ってはならぬもの。
けれど、何よりも求め、願っていたものなのか。
この道は、初めて通る、まだ見ぬどこかへと続く道。
この道の先には、何があるのだろう。
どんな人が待ち、何が待ち、どんな日々が待つのだろう。
道は続く。後ろより、先へと。
過去より未来へと、ぼくらの道は続いて行く。
だから。
ぼくたちは、この道を、歩いて行く―――
最後までお付き合いくださり、どうもありがとうございました。
「どこまでも続く道を」 いかがでしたでしょうか。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
それではまた、別の作品のあとがきなり、いずこかで。
良き日々、良い旅をお過ごしくださいませ。
岸野 遙