表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

6

全ての言葉を飲み込み。

 全ての心を震わせて。

 空間を走り抜ける―――気配。


「……き、きた……」


凍てつくような、焼け付くような―――殺意では、ない。

 殺気でもない。これは、いわば、欲望。

 欲望と言う名の、飢えと言う名の狂気が空間を震わせる。


「―――ねぇ、リセア?」

「な、なによ?」

「まだ時間はあるし、もう少しおしゃべりする?」

「……え?」

「それとも、しない? どっちがいい?」

「……

 い、いいわ。付き合うわ。」


ぼくの言葉をどうとったか。震える声で頷くリセア。


「……うーん、でも何を話そうかねぇ。

 ぼくって、話し下手だからなぁ……」

「な、なにか言ってよね。あなたが言い出したんだから。」

「んー。

 あんまり面白くないけど、許してね。」


少しずつ、気配は近づいてくる。


「い、いいから話して。聞くから。」

「ありがと。

―――そうだね。むかしむかし、今からずーっと昔。ある所に、1人の少年がいました。

 少年は捨て子でしたが、強く優しい老いた冒険者に育てられ健やかに育ちました。

 もう、今から百年以上も昔の話、だね。」

「……それで?」


ほんの少しずつ、ゆっくりと。


「老いた冒険者は昔英雄と呼ばれた人で、その人に鍛えられた少年は強かった。

 強かったけれど―――やっぱり、本当の親の顔を見たかった。何をするでもないが、本

当の親に会ってみたかった。だから少年は、老いた冒険者にそう伝え、しばしの旅に出た。」


ぼくの目は、目を覆う髪ごと、目隠しをされている。ぼくは軽く髪を揺すると静かに続け

た。


「探すのは辛くなかった。なぜなら冒険者がどこで子供を拾ったかを教えてくれたから。

 だが、冒険者はこうも言っていた。わけあって捨てたなら、出逢わぬことも孝行かもし

れぬ、と。」

「……うん。」

「だが、少年は―――幼かったから。会ってみたかったから。探した。

 そして、一つの小さな村にたどり着き、そこで―――両親の墓に、出逢った。

 彼の両親を知り、また彼をも知ると言う村人達に強く迎えられ、少年はしばし村に住む

こととなった。初めて出会う、彼の妹とともに。」

「妹……?」

「うん。その子は、両親が死んだ後、他の村人の家で暮らしていたらしい。少年が村へ来

たために、少年と二人で元の家で暮らすことになったんだ。」

「ふぅん……」


音。

 否、声。哭き声。

 空気が震え、リセアが肩をすくめる。


「続きは―――いつか、できたらしようか。

 お客さんが来たからな。」

「う……ん……」

「リセア、逃げたい?」

「……?

 あ、あたりまえでしょ! 怖いもの、死にたくないもの!」


少し、取り乱したように叫ぶリセア。


「リセアは強いけど―――当然のごとく、弱いね。

 いいことだと思うよ。」

「だ、だからなによ!」

「一つ、問おう。

 二人でこいつと戦うのと、自分一人だけが逃げるの。リセアなら、どちらを選ぶ?」

「―――え?」


気配が、一段と濃くなる。リセアがまたびくりと身体を震わせる。


「ぼくと二人でこいつと戦うのと、ぼくを残して一人で逃げるの。

 どちらか片方だけが許されるとしたら、リセアはどちらを選ぶ?

 でもとかなんでとか、もしもとか無し。右か左か、一つ。素直に。」

「……少し迷うけれど。

 私は、一人で逃げることを選ぶわ。」


やや震える声で―――きっぱりと、リセア。

 ぼくはそれを聞いて、にっと笑った。


「ふふ、いい答だ。

―――選んだからには、実行してよね。」


ぼくはそれだけ言うと、右腕に少しだけ力を込めて詠う。


「炎雷は我が内より生じ 我が剣を経て我が敵へと到る

 万物を赤く彩り黒く焦がし 全ての壁を突き破る炎よきたれ!」


右の拳に力が集う。不思議そうに言葉もなく見つめるリセアの方を向き、目隠しのまま軽

く微笑み―――


「炎雷繚乱華!」


拳を起点に爆発的に暴れ出す炎が苦もなくロープを―――丸太と、縛り付けられたぼくの

肉体ごと焼く。

 戒めを解かれて地に降りたぼくは、右手の剣を鞘ごと振るって炎を払った。


「……ど、どうして剣が……?

 それに触媒抜きで魔法を、発動……?」

「特異体質なもんで、ね。

 剣は、寝てても絶対に離さないって特技があるから。まぁ今回は寝たふりだったんだけ

ど。」


気配は、もうそろそろ戦闘射程内まで入る。ぼくは鞘に納めたままの剣でロープを斬ると、

崩れるリセアを抱き留めた。


「……あ、ありがと……」

「よくわからないだろうけど、理解する必要はないよ。

 ここに来る途中、2つ目の部屋に見張り二人と魔導槍や持ち物があったから。それを回

収してここを出ること。いいね?」

「あ、えっと……」

「でもとかなんでとか無し。一人で逃げることを選んだんだから、行け。」


リセアを抱えたまま一気に牢の扉まで走り、空間に固定した鞘から剣を迸らせる。

 がらん、がらんと音を立て―――鉄の格子が地に落ちた。


「う、うそ……」

「ホント。第一、後ろのあいつだってその気になればこんな牢破れるよ。

 おそらくはバカ正直に生け贄が差し出されているから破らないだけ。この牢は生け贄の

人間用みたいだからね。」

「……

 なんでそんな、えっと、落ち着いて、それに―――」

「なんでは、ダメ。ほら行った行った、足手まといにだけはならないのが互いのルールで

しょ?」


一度だけ―――ぼくはどうしてそんなことをしたんだろう―――少し力を込めて抱き寄せ

てから。

 ぼくはリセアを地に下ろし、左手でぼくにだけ為された目隠しを取り去り。

 ぼくの顔を、髪の下の両目を、ごく短く押さえた。祈るように。


「あ、そ、そういえば今まで目隠しあったのに―――?」

「いいから行け。これ以上は足手まといだ。

 ここからが、オレの目的なんでな。」


地に落ちていた鞘を拾い、刀身を納めて宙に構える。


「正直、刺激して村や近隣が滅ぶくらいなら、生け贄を出した方がいい。その考えはわか

る。

 ただ、頭で理解できるだけで、受け入れられるわけじゃない。

―――オレは、強いからな。」


気配が―――戦闘射程に入った。

 あるいは、逃げないと思っているのか逃がさない自信があるのか。相手は離れたオレ達

を気にせず、ゆっくりと近づいてくる。


「あ、えっと―――」

「時間だ、行け!」

「―――わ、何がなんだかわかんない!

 あなた、私嫌いだったから、その説明しに来なさいよね、待ってるから!」


リセアはまくしたてると、牢をくぐって走り出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ