5
「ぅ……ん?」
「目が覚めた?」
「ん? あれ、えっと……?」
握りしめた剣と一緒に、太い丸太に縛り付けられたぼく。
すぐ前には、十字架に貼り付けにされたシャツ一枚のリセアがいる。
ようやく意識を取り戻したばかりでぼんやりしたまま、辺りを、自分を見下ろし。
「え、ぁ、きっ、きゃあああっ!」
「うっわ、すごい悲鳴……」
「やっ、ばかばか、みないでよっ!」
「あーはいはい、見ませんよ。
と言うか、ぼくの顔見て欲しいんだけど……」
「え?
それって、あれ、そう言えば―――」
ぼくは両腕を丸太の後ろに回し、鞘に入れた剣ごと縛り付けられている。
そして目には目隠し。さるぐつわはなぜか噛まされてなかった。
「連中に捕まったんだよね。
リセアは落とし穴、ぼくは―――眠り草で。」
「あ、あー!
そうよ、そう言えば部屋に突入して、ああ……
あ、あなた、残ったんだから一人でなんとかしなさいよね!」
「無茶言わないでよ、一体何人いたと思って。
みんなして弓構えてるし、魔物もいたし、相打ち覚悟で眠り草使われたし。」
「……めちゃくちゃやる山賊ね。
明らかに、準備されてたわけよね……」
「そりゃそうだよね。知られてたんだし。」
「―――どういうこと?」
「村の中、酒場でそんな話してたんだし。
それ以前に―――」
「誰か来るわ。」
リセアの言う通り、すぐに数人の男が部屋に入ってきた。
「……え?」
「こんにちは。ご飯?」
「―――すまんが、連れて行くだけだ。」
男―――予想通りか、酒場のマスターはそう言うと十字架と丸太を倒した。
やってきた男達が、ぼくらを担いで部屋から出て行く。
「ちょ、どういうことよ、やっ、さわんないで!」
「やっぱ、生け贄のためにバカな冒険者募集してた、ってこと?」
「……気づいていたのか?」
「そ、それって……!」
「リセア、まだ気づいてなかったの……?」
「だ、だって、気が付いたら裸にされてて、きゃっ、信じらんない、もう!」
「……女の子は元気だねぇ……
んで、生け贄を要求している魔物退治じゃなくて、騙して生け贄を用意する方を選んだ
んだ、村は?」
「……」
「宿屋で眠り薬や毒を料理に入れなかったのは―――んー。
マスターは乗り気じゃないから?」
「……どういうことよ、あなた何を知ってるの?」
「知ってるのはマスターでしょ?」
「……」
結局マスターは、何も言わなかったけれど。
それは言うまでもなく沈黙がぼくに答を伝えると知っていたからだろう。
―――まあ、ここまでは、概ね全て予想の範囲内かな。
ぼくは小さく笑うと、運ばれるに任せて少しだけ休んだ。
「……槍さえあれば。」
リセアは小さくそれだけ呟くと、待った。
ぼくら二人の他には、誰もいない。ぼくらを運んだ男達は、ぼくらを縛られたまま置き
去りにして、牢屋のような扉を閉ざした。
そう言えば、マスターが、おそらくぼくにだけ言った言葉があった。
『あれは魔物ではない、魔族だ』と―――
一般人にとって、一番簡単な分け方をすると。
魔物を超強くして、めちゃめちゃ数を減らすと魔族になる。すごい単純だけど、これが
世間一般的な認識だね。
実際の魔族に会って命がある=魔族を倒したことのある冒険者以外は、ほぼ全ての者が
こういう認識をしていると言ってもいい。
そういう意味では、魔物と魔族の境など無きに等しいのだ。
だが、本当の区別は、そんな簡単で不明瞭なものではない。
「リセア、怖くない?」
「……
ちょっとは、怖いわよ。悪い?」
少しだけ震えた―――多分それが女の子らしいってことなんだろう、そういう声でリセア
が答えた。
「大変だよね。女で冒険者ってだけで、各地で生け贄にされるんだ。」
「……そんな、各地でしょっちゅう起きてるわけじゃないでしょ。」
「まあ、ね。頻度は多くはないよね。
ただ、必ずどこかで、どこででも、起きている。」
「……どういうこと?」
「そのまんまの意味さ。
リセアは、あの槍、どうやって手に入れたの?」
「また、話が飛ぶわね。」
「まぁまぁ。聞きたいんだから、いいじゃん。」
「私、これでもシルディレーンに仕える神官騎士だったのよ。」
「……でも、魔騎士って言ったよね?」
「昔の話だから、ね。
くだらない話よ。私、実力よりも、親が払うお金を歓迎されてたのよね。教団に。」
「ふむ……」
「だからちやほやされてたの。
実力も、確かに平均よりはあったけど。それでも大したことなかったわ。」
「それで?」
「自分の実力、過信してたのよね。教団内外に、敵が多かったわ。
だから、家に強盗が押し入った時、両親を殺され、私も襲われて殺されかけて、全てを
失った後には―――」
「……」
「もう、何も残らなかったわ。
明らかに態度の変わる人達。あからさまな嫌がらせや悪意。無力さと自分の弱さ、愚か
さを教わって―――私、教団を後にした。」
「じゃあ、あの槍はやめる前からもらってたの?」
「ううん、違うわ。あの槍は、やめる時に私の先生がくれたの。
いつか、この槍を授かるに相応しい実力がつくまで他の武器を使ってはいけません、そ
れが最後の課題ですって。」
「そっかぁ。
先生の、名前は?」
「ん、変なことまで聞くのね?
先生は―――」