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それから、しばらく歩き。
リセアに方角を問われたので、もうしばらく南と誘導もして。
思ったよりも大きな遺跡に、ぼくらはたどり着いた。
入り口に悪魔の像の置かれた、古い廃墟の遺跡。
だが、その遺跡からは間違いなく―――
「見張り、二人。
一瞬で、気づかれずに倒せる?」
「ごめんなさい。」
「……まあいいわ。どうせ一人でやるつもりだったんだし。」
あきれ顔で、ため息をつきそうな表情で。
けれど怒りもせず、リセアはそっと槍を構えた。
そして像によりかかりもせず、抜き身の武器を構えて直立している二人の男の頭を見据
えて―――
「戦帝は槍を持て魔を滅ぼさん
冥帝は杖を持て闇を打ち倒さん
我が神と我が名の下
我が力は槍と杖を持ちて敵を討つ風へと姿を変えん」
―――ほう。
家からくすねただけかと思ったが、この年で正式に高位魔導槍を授かってるのか。
「我が言霊を聞け 我が意志を知れ
我が決意を持ちて在れ 集え月風珠!」
槍に巻き付くように、力を帯びた銀の風が渦を巻き集う。見張りは気づかない。
やがて限界まで圧縮された風の珠が、銀の光を放ち―――
「撃!」
リセアの発する唱言に解き放たれ、二条の光と化した力が見張りの後頭部を直撃した。
音も声もなく、撃たれて倒れる見張り達。
「殺してないわ。さ、行きましょ。」
リセアは簡潔に結果だけを述べると、槍の先に銀の光を宿したまま立ち上がって入り口に
向かって歩き出した。
魔導武器。魔法を扱う触媒でありながら、高い威力を秘める接近戦用の武器でもある。
魔導槍は、月と風の神シルディレーンの神官によって与えられる武器だ。リセアの持つ
ものは、恐らく接近戦よりも魔法の触媒としての機能に重点が置かれたもの。
神々の魔導武器は、本来、一定以上の戦力と、信者あるいは神官としての勤めを果たし
た者だけが授かる(買うんだけどね。連中は商売と呼びたがらないよ)ことを許される。
「少しは退屈しないで済みそうだね、これなら。」
ぼくは口笛でも吹く勢いで、鞘におさめた剣の柄を握ったまま、リセアの後をついていっ
た。
ざっと見だが、確かに見張り二人はまだ息があるようだった。
遺跡―――と一口に言っても、形や種類は結構ある。
ここは、地上部分は華美な入り口としてのみで、大半が地下にあるいわゆる洞窟型の遺
跡だった。
もっとも、燭台があるから暗さに困ることはなかったけどね。
「遺跡に行く。盗賊を殲滅。魔物を出なくする。」
「そうよ。
この際役に立てとは言わないけど、自分の身ぐらいは自分で守ってよね。」
「まぁ、いざとなったら逃げるし。
足だけは引っ張らないように頑張るよ。」
「そうしてくれると助かるわ。
―――もとい、そうしてくれないなら、ここで置いて行くんだけどね。」
「あはは、怖いこわい。」
当然、互いに声を潜めたまま。
ぼくらは、真っ直ぐ地下を目指して降りて行く。
途中扉はあったが、どれも人の気配はなかった。
二箇所ほど室内を見たりもしたが、室内には何も―――人の住む痕跡も、利用している
気配もなかった。
「……おかしいわね。」
地下へ進みながら―――あるいはようやく、リセアの口からそのセリフが出た。
「でも、進むしかないんだよね。」
苦笑するように、ぼくは答えた。それが答えだったから。
「ま、そうね。
待ち伏せっぽいわけじゃないし。」
人の気配のない遺跡を進むこと、しばし。
やがて、通路の先に、人の気配のある大きな部屋があった。
「扉もなく中は丸見え。
室内に人影は見えず、ただ人の気配だけ。どうするの?」
「部屋の上か、入り口脇か、まぁどこかにいるんでしょうね。
大丈夫よ、私がやるから。」
リセアは言うと、部屋の少し前で立ち止まり両手で槍を構えた。
「月風珠よ
秘されし力解き放て 汝が自由は汝がものなり!」
槍に集っていた風珠が、ほどけるように銀の風へと姿を変えて部屋へと流れて行き―――
「轟!」
一気に暴れるような強風が通路を駆け抜ける。
おそらく、室内のあちこちで瞬間的に生じた激しい気圧差が乱れ暴れる風を生み出した
のだろう。なんてことを考えてる間に、すでにリセアは室内に飛び込んでいた。
しかたなくぼくも後ろを歩いて行き―――と、リセアの姿が消えた。
「……落とし穴かよ……」
立ち止まり、左手で髪を掻き上げるぼく。
なるほど、あれなら飛び道具もガスも効かないとは思ったが―――こりゃまた、一番原
始的だねぇ。
さすがに、空でも飛べない限りは無理だしなぁ。なんてことを思いながら部屋の中へと
歩いて行く。
「……どうしよっかな。」
止んだ風。倒れる人達とまだ立っている人達。まだ立っている、魔物達。
「ぶっ、武器を捨てろ! 女がどうなってもいいのか!」
「……んー。
どうなってもいいや、武器捨てるよりは。」
「……」
ごくあっさりと言うぼくに、問いかけた男が固まった。
死なせたいわけじゃないけど、武器を捨てるくらいなら見殺しにする……しかないもん
ねぇ。
「それにぼく、死にたくないし。
二人で死ぬよりは、ぼく一人でも助かりたいし。」
「……え、えっと……」
こういう答えは予想してなかったらしい。
「うーん。急ごしらえのパーティなんて、見捨てるのが普通なんだよ?
ほとんど他人同然の相手を助けるために、命を賭けるとでも思ってた?」
「……くっ……」
「いや、くっじゃなくてさ。」
肩をすくめて、ぼくは左手を腰にあてた。
部屋をぐるりと覆う人間達。
大半が弓を構え、袋を手にした者もおり。まだ気絶しているらしいやつもいた。
うーん……まあ、なぁ。
全部一人で済ませてもいいんだけど……なんか、気分良くないしな。
「かかってきな。」
しょうがない。一芝居打ってやるとするかぁ。
ぼくは気怠げに、やる気無く飛来した矢を―――避けるまでもないなぁ。
一本だけ、ぼくに当たりそうだった矢だけを避けた。
「素人が弓矢なんか使って、目標に当てられると思ってたのかねぇ……
威嚇程度。威嚇に使えないなら、さっさと次の手段に移った方がいいよ。」
右腰の鞘の中にある剣を、抜きもせずに言うぼく。
連中はためらうように目配せした後、幾人かが手にしていた袋を地面に叩きつけた。
おそらくは、即効性の眠り草の粉末だろう。自分も眠るつもりで使えば、閉鎖空間でな
ら間違いなく強力な武器となる。
自爆覚悟の眠り草なら、確かにリセアみたいな魔導士でない限りは落とせるよね。普通
の人なら。
ぼくはそんなことを内心で笑いながら考えると、部屋中に満ちた眠り草の香りを目一杯
吸い込み―――倒れた。
「なんだこいつ、寝てるくせに剣を離しやがらねぇぞ!」
「なんだと、剣ごと縛っちまうか?」
「だ、だけどよ、もし振り回されたら……」
「な、なら、う、腕を、腕ごと、斬れば―――」
「あ、あああ……ああ、そ、それもいいか。
お前、頼むぜ。」
「え、お、あ、いや、俺はそういうの、苦手だし、力ねえし……お前やれよ、言い出した
んだしよ!」
「う、いや、やっぱ、えっと……
いや、ほらさ、この後を考えたら、そうまでひどいことしなくても、な、なぁ?」
「お、おうおう。
鞘にいれて、剣縛って固定して、まとめてロープかなんか巻けば大丈夫だろ。」
「まあ、そ、そうだよな。
どうせこいつは、女のおまけみたいなもんだしな。」
「ああ……にしても、まだどっちも若いのにな……」
「……言うな、それは。」
「そうだ、な……」