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「おはよ、早いね?」
「……あなたが遅いのよ。食べ終わったら1人で行こうと思ってたわ。」
「なんだ、残念。
なら、もうちょっとゆっくり寝てれば良かったな。」
「……」
無言で振り回される、リセアの持つ得物。ぼくは素直にそれを後頭部で受け止めた。
「じゃ、のんびり食べていこっか。」
「さっさと、食べなさい……?」
「いいっていいって、こういうのは指定された時間を外した方がいいんだよ。」
「……?」
訝しげなリセアをおき、ぼくは朝食を頼んだ。
適当なことを言って煙に巻くと、静かになってくれていいよね。
「リセア=フェルブア。一応魔騎士ってところかしら。」
すでに食事を終えているリセア。暇だからか、唐突に呟いた。
「名も無き旅人。できることも無し、何も無し。
あ、生活するためのお金くらいはあるけどね。」
がんっ、と。
遠慮無く、魔導槍の柄が後頭部に直撃した。
「……ちょっと、痛い……」
「いっぱい痛くしてほしいわけ?」
「名前も何も、ぼくにはないんだけどなぁ……」
無表情で、用意してあったセリフを言うぼく。
思った通り、少し困ったような気まずそうな恥ずかしそうな。そんな顔を―――がんっ?
「うっ、また叩いた……」
「うるさい、先に言わないしとっとと食べないからよ。」
そんな顔をしながら、今度は軽く脳天を叩く槍。
普通記憶喪失って聞けば優しくなるもんなのに……はぁ。
「―――ま、かえっていいのかもな。」
「何が?」
「ん、気にしないでくれて。」
半分ホント、半分ウソ。
ま、そんな本当のことを表すわけでもなく。ぼくは淡々と食事を続けることにした。
リセア=フェルブアって言ったっけ。
細く長く、若干儀礼的な魔導槍を背負った……まぁ、そうだな。世間一般的には、こう
いうのを美少女って言うんだろうな。
年は、多分16ぐらいか。当然ぼくより背は低いし小柄だ。
スタイルは……ま、旅装束だから良く分からないけど。五分五分ってとこ?
とりあえず、戦闘力は高そうだね。表の依頼なら、1人で余裕だろうなぁ。
―――騎士って言ったっけ。
戦士じゃなく騎士を名乗るってことは、いいとこの嬢ちゃんなんだろうね、やっぱり。
束ねた長い金髪とか、随分と手入れしてるみたいだし。ご苦労なことで。
こういう人が消えたら、結構騒ぎになるのかなぁ。でも一人旅だし、どこで何があって
もおかしくないんだよなぁ。
結構、家出娘とかだったりね。
まあいいや、どうでも。どうせぼくには、関係も興味もないことだしな。
そんなことを考えながら、ぼくは顔や目を隠す長い前髪を軽く左手で掻き上げて。
カップに残っていたスープを飲み干し、軽く両手を合わせた。
「ごちそーさま。
じゃ、ぼちぼちのんびり向かおっか。」
そんなこんなで、二人、とりあえずは街道を北へ。
辺りは暖かく、野はどこまでも穏やかだった。
「んー、いい天気だねぇ。」
「のんきね。いつ魔物が出るかもわからないのに。」
「大丈夫、逃げ足はちゃんとあるから。」
「……戦うための腕は?」
「あはは、飾りの剣と飾りの腕に期待なんかしないでよー。」
後頭部に、遠慮無く直撃する槍。少し痛い。
「食えないやつ。」
「食えないって思うんなら、いちいちどつかなくても……」
「―――じゃ、訂正してあげる。
食えないうえに、むかつくやつ。」
「なるほど、うんうん。」
……またどつかれた。あんまりしゃべらない方がいいらしい……
「リセアは、どうしてあの村にいたの?」
「旅の途中よ。私は西の方から。」
「ふうん。ぼくは北から。」
それで途絶える会話。
まあ、ぼくとしては自分がしゃべらないで済むなら静かでも騒がしくてもいいんだけど
ね。
「何しに?」
「観光。」
「……」
「……」
んー、のどか。仕事なんか抜きで、のんびりおさんぽでも出来ればいいのになぁ……
まあ、仕事やお客さんがあっても、直面するまではのんびりでいいよね。
「……静かね。」
「うん。でも鳥や動物の声はちゃんとあるし、のんびり行こう。」
「……あなた、のんびりすぎない?」
「到着した時に元気いっぱいでないと、つまらないことで遅れを取るかもよ?」
「手抜き過ぎて、到着できないなんてことにならないようにね。」
「あはは、そだね。」
と―――リセアが、前方を睨んだ。
野の先、まだ距離のある森の方を。
「いるみたいね、森の入り口。」
「へえ。びっくり。」
まだ結構距離あるのにねぇ……
「山賊だっけ?
年中置いてる見張りかな。」
「どうかしら。」
歩調も態度も構えも変えず、声量のみを落としてリセアが歩き続ける。
「まぁ、立ち止まってもしょうがないし、ねぇ……」
歩調も態度も構えも変えず、声量すらも変えずに。ぼくも隣を歩く。
「どうするの? このまま街道を通り過ぎてもいいんだけど。」
「正面突入はしたくないけど、どうするかしらね。
街道をぎりぎりまで北に行って、真東かしら?」
「遺跡の詳しい位置は?」
「あの辺りの入り口から、どれくらいの時間歩いたら、って説明だったわ。
まぁ山賊の住処に距離測定なんて行けないものね。」
「なるほどぉ。
つまり、確実に着きたければ、入り口の盗賊の前を横切れと?」
「そういうことね。
あなた、こういう場合どうする?」
「……ん? ぼくに聞くの?」
「まあ、ね。
食えないやつでもむかつくやつでも、一応今は仲間なんだし。」
「ふむ……二人の場合、かぁ。」
まあ、ちゃんと聞かれたんだし。ちゃんと答えるかなぁ。
「自分の方向感覚や距離感覚に自信あるから。
北へ直進、少し通り過ぎたあとに南東に森へ入る。かな、ぼくだったら。」
「大した自信ね。」
「まあ。方角がわかった方が、逃げやすいでしょ?」
「―――なるほど。
あたしはそこまでは自信ないけど。それでも、北、東かな。」
「ぼくはどっちでもいいよ。任せる。」
「……そう。
じゃぁ北・東で行くけど。ずれてると思ったら遠慮無く言ってよね。」
「はいな、まあ適当に。なるようになるって。」
あとは簡単に、所要時間や方向を聞いて。
それからは特に何も話さずに。
やがてぼくらは森の入り口を通り過ぎ、街道をさらに北へ歩いた。
「見張りは、いないと思う。そろそろ入るわよ。」
「りょーかーい。」
すっと、身を消すように森に入るリセア。そのままのペースで方向だけ変えて歩くぼく。
茂みががさがさと音を立てたので、予想通り後頭部をどつかれた。