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気の向くままに歩き続けてたどりついたのは、一つの小さな村だった。
ぼくは右手で握ったままの柄を軽く見下ろしたあと、村にある―――おそらく一軒しか
ないであろう、宿を兼ねた酒場へと入った。
昼間の酒場は寂れている。田舎の酒場は寂れている。
その条件が重なった上に、内外ともにぼろい酒場は……
ま、まぁ。まぁ静かなのはいいことだよね。うん。自分を納得させて。
店内に客は、それでもぼく以外に4人。思ったよりは多かったかな。
「さて、と。
マスター。適当にお腹にたまるものと……ん。そうだな、フェイクルビーでももらえる?」
「ん……まあいいか。座りな。」
やた、おとがめなしらしいね。
一応……というか、立派に未成年な外見をしているんだけど。さすがは田舎、そういう
のにこだわらないってありがたいよ。
会釈一つ。鞘にある剣の柄を握りしめたまま、ぼくはマスターの斜め前の席に腰を下ろ
した。
「ふぅ……」
「長旅かい。どっから?」
「北から。こっちはあったかくていいね。」
「そうか。まあ冬場は快適だろうよ。」
「はは、そうだね。夏にはちょっと、来たくないかな。」
とん、と目の前に軽い音を立ててグラスが置かれる。軽く頷くと、ぼくは左手に真っ赤な
カクテルを取り口をつけた。
「ん……へえ。おいしい、手を抜いてないね。」
「はっきり言う坊主だな。まずいと言ったら叩き出されるぞ?」
「まずかったら、何も言わずに出ていくよ。自分から。
ちゃんとルビーベリーの果実を搾ってるね、これ。感心感心。おかわり。」
「……まあいいか。
酔いつぶれたら、無条件でうちの宿に宿泊してもらうからな。」
「構わないよ、つぶれないから。」
笑いながら、今度はぼくは静かに口をつけて少しだけ口に含んだ。
「ただ、長旅なんで。
今日は泊まろうと思ってるんだけど、部屋ある?」
「ああ、2人部屋で良ければ空いてるぜ。」
「小さな宿屋じゃ、一人部屋なんてなかったってことかぁ。」
「……坊主、いい度胸だな。
一部屋、先客がいるんだよ。悪かったな、一人部屋が一部屋しかなくってよ。」
「OKOK、別に構わないよ。その程度の宿代は払えるし。」
平然と笑いながら言うぼく。おたつく必要もないもんね。
「しかし、こんな小さい村に旅人が2人もか。珍しいね?」
「……ああ。
はたして、いいのかわるいのか……」
どこか歯切れ悪く、マスターはそう言ってフライパンを振るった。
んー……
「た、たいへんだ、出たぞ!」
微妙な……珍妙な?緊迫感を漂わせた男が酒場に入ってきたのはその時だった。
他の客達の、そしてマスターの視線と意識がそちらを向く。ぼくは左手のグラスを傾け
たまま。
「北からやつらの魔物が出たんだ、誰か、た、なんとかしてくれ!」
4人の客。そのうち3人が同じテーブルについた、おそらく村人。
そしてもう一人が、おそらく一人部屋の先客だろう、カウンターから近い窓際のテーブ
ルについた、旅人。位置的には、ちょうどぼくの背中の方か。
「―――いくら出るの?」
その女の旅人が、戸口の男を見たまま静かに言った。ぼくは背を向けグラスを傾けるまま。
「……え、え?」
「報酬よ。額によっては手を貸してあげるって言ってるの。」
「あ、えーっと……」
「飯代と飲み物代くらいなら、オレが出そう。不服か?」
「部屋代もよろしく。
案内して、急ぐんでしょ?」
「……」
「……
あ、ああ、こっちだ!」
気を取り直した風で、戸口の男が女を連れて出ていった。
そして戻る静寂。
「マスター、もう一杯ね。」
「……全く反応しなかったな、お前。」
「腕に自信はないし、商売の邪魔しちゃ悪いしね。あちらさんの。」
軽く肩をすくめて見せて、ぼくは出された料理と三杯目に左手を出した。
「あの嬢ちゃんだけで、手に負えなかったら?」
「そしたらぼくの手にも余るね。」
「……あの嬢ちゃん、実はとびきり弱かったら?」
「世の中を見る、いい機会なんじゃない?」
「……
没収。」
「あー、あーひどい。注文したのに……」
皿とグラス、何も両方持ってかなくても……
「行ってこい。帰ってきたら食わせてやる。」
「……飲み代と飯代と部屋代?」
「そのぐらいの金はあるんだろ。さっさと行け。」
さっさと行けって言うわりに、なんか落ち着きすぎてるんだよね。
―――ま、いっか。
「しょうがない、行くとするか。
お店出て、どっち行けばいいの?」
「村の中心の噴水から見て、2時の方角、大体北東だ。」
「ふうん?」
「……いつも、その辺りに来るんだ。初めてじゃないんでな。」
「りょーかーい。ま、適当にまかせて。
たどり着いた頃には終わってるから。」
やれやれ。やっぱり巻き込まれたか。
まあ、でなきゃここへ来た意味がないのかもなぁ。
ぼくは諦めて、軽く肩をすくめて。
「じゃ、いってくるから。
戻ってきたら、あったかいの作り直してね。」
ゆっくりと宿を出て、村の北東とやらへ向かうことにした。
行っても、どうせ終わってるんだけどね。