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さくら色のマリー・改訂版  作者: 葦原佳明
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第七話 偽り親子・2

「んっ?」

 それは不思議な感覚であった。そんな事をするつもりもなかったのに、何度も練習したやりなれた動きのようにスムーズに体が、指先が動き、口にタバコを運んでいた。それはマリーが人間になって行った今までのどの動きよりもスムーズで自然な動きであった。

「うっ……」

 ……うげぇ、すごい匂い……。

 自分でくわえておきながらマリーは顔をしかめた。この体になっても鼻は以前のように利いていることを再確認させられる。

マリーが顔をしかめていると、あわてた様子で一樹が駆け寄り、テーブルに上にあったライターに火をつけた。

「……えっ? えっ?」

 マリーはどうしていいか分からずに呆然としてしまう。マリーの目の前には大きめに出たライターの火がゆらゆらと揺れている。

火をつけた一樹も不思議そうにマリーの顔を見上げた。その瞬間、マリーの左手が大きく振り上げられる。

 ビクッ、と一樹の顔が強張った。

「……?」

 なに? これ?

 マリーは自分の意識とは関係なく振り上げられたさくらの手を見つめていた。

 一体、何のために手を上げたのだろう? 手を上げて一体何をするつもりなのだろう?

 マリーと一樹はそのまま時間が止まったかのように固まっていた。すると梢が慌てたようすでやってきて、一樹の手を引いて彼を部屋の奥へと連れて行ってしまった。

マリーは梢に鋭く一瞥をくれられ、行き場のない手を静かにおろした。

 どうやらあまり歓迎されない行動だったようだ。しかし、なぜ自分がそんな行動を取っていたのか理解できなかった。

 マリーは肩を落としながら手にしていた煙草を捨てようとゴミ箱を探したが見つからず、仕方がないので元の位置に戻しておくことにした。

 あとで捨てておこう……たぶん私、吸わないだろうし……それとも、吸った方があの子たちは安心するのかな?

 それがいつもの母親の行動なら。

 それにしても、あの梢の目と一樹の反応は堪えた。何か間違いを犯しているのかもしれない。マリーは部屋の奥に行った二人の姿に目を向けながらそう思った。

 その夜、三人は家にあったインスタントの食事をとり、梢と一樹は奥の部屋へと帰り、寝る準備をしていた。マリーも一緒に寝ようとしたが、その部屋の中はそもそもそれほどのスペースはなかった。

 いつからか敷きっぱなしになった布団と足の踏み場もないほどに詰まれた衣類、洗濯したものなのか、そうでないのかもわからない。ただ灰色に湿った空気が部屋の中に沈殿している。

マリーは先ほどの席に戻り、そこで体を横にした。するとちょうどよく枕になりそうな高さの服の固まりがあり、その晩はそれ枕にして眠りについた。枕からする異臭はアルコールを飲んだときに出る匂いに似ている。 

 いつか夜の街で嗅いだ匂いであった。外には風が吹き、雨が降り、日が照らす。匂いも湿った空気もさらっていってしまう。

 家の中にも風が吹けばいいのに。

 雨を凌ぎ、風を遮る天井と屋根を少し恨めしく思いながら彼女はその日浅い眠りについた。


   2(すみれ)


 翼君が調べた資料によると、子どもたちは彼女が病院に運ばれてくる三日ほど前から二人で過ごしていたようだ。彼女が二人を残して出かけることは今回に限ったことではなかったらしい。ただ今回ほど家を空けることもなかったであろう。それなのに彼らがさくらに再会した時の反応はどうだろう。

 子どもたちは青山医師らの手配で連絡が行き、病院関連の保護施設へ移されていた。彼らを病院側で管理している方が何かと都合がいいからだろうが、マリーの登場によって予定変更をした形になった。

 マリーとさくらの子どもたちが会ってから三日が経った頃。

私はマリーの様子を知ろうと彼女たちの家へと愛車を走らせていた。

 ライトニングレッドのスポーツカーを駆り、色の濃いサングラス越しに景色を見ながら、マリーの情報を記憶から呼び起こす。信号で止まった時に、さっき買ったばかりのタバコを口にくわえようとしたが見当たらなかった。

 猫であるマリーが人間の子どもとどう関わっていくか? 

 どんなに自分が希望しているといっても所詮は猫。すぐに限界が来るに違いない。人間が自分の子ども見るのだって大変なことだ。間違いだって起こる。

 三日が経ち、そろそろ限界が来ていてもおかしくない。どんな精神状態になっているか、何を思っているか興味がある。もし限界を迎えていそうなら、そのまま何か理由をつけて連れて帰ってもいい。

「……」

 今の時間帯なら……。

 時計に目を向ける。もうすぐ二時を回るところだ。梢ちゃんは小学校に行っているはず。

 わたしが聞いていた話では、一樹くんの方は特定の保育園や幼稚園にも行ってないということだった。となれば、この時間は母親さくら、つまりマリーと過ごしているはずである。

 さて、どうなっていることやら。

 わたしはどちらかといえば子どもが苦手である。小学生以下は特に。本当ならマリーにだけ会って様子を見たいところではあるが、連絡もつかないのでそうもいかない。

 携帯を持っていたはずだが、何度電話をしてもかからない。

 まあ、猫だしね。仕方ないけど……。

 目的地が近くなり、わたしは駐車しておける場所がないことを知る。仕方がないので近くの公園のわきにに路駐した。

「……?」

 そこは密集した住宅街にあるわりには比較的大きな公園であった。遊具の類は、ブランコと滑り台、それに砂場とかなり少ない。かわりに芝生のスペースが大きくとられ、緑が多く、少しくたびれたベンチが点在している。犬の散歩をする年配の人の姿を数名見ることができた。

 車を降ると砂場で男の子が一人で遊んでいることに気がついた。一人で遊んでいる……というよりは、時間を潰している、といった方がいいのか。

「あれは、一樹くん……?」

 確かに近所ではあるが、それならマリーがそばにいてもよさそうなものだ。わたしは一瞬、彼に声を掛けようとして足踏みした。

 まずはマリーに事情を聞いてからだ。

 そう判断して、山村さくらの住むアパートに足を向けた。

「……」

 アパートのそばまでやってくると、二階の端の部屋のドアが開いているのがわかった。

 あそこは……?

 私は階段を上がり、開いているドアの所に向かおうとすると、部屋の前の通路でチョコンと正座しながら腕組みをして「うーん、うーん」と唸っているマリーの姿。マリーは靴も履かずにいるではないか。

 あれほど外に出る時は靴を履けと言ったのに。と、わたしはマリーの所まで早足になった。

「えっ?」

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