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さくら色のマリー・改訂版  作者: 葦原佳明
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第四話 マリー

 それは不思議な感触だった。

 今までにない感触が体を包み込んでいる。

 ひんやりとして、あまり温かくない。体が横になっているのはわかるけど、柔らかい場所ではない感じ。いつから寝ていたのだろう。

 あれ? わたし、こんな姿勢で寝たことがあったかしら?

 いやいや、そもそもいつ寝たのだろう。そんな事すら記憶にない。思い出せない。起きようと力を入れても体が動かない。考えをまとめようとしても茂みに隠れながら外をうかがうときみたいによく見えてこない。

「……。……」

 うん?

 声が聞こえた。

 男性が二人、女性が一人。

 そのうち女性の涼しげで心地よい感じのする声になんとなくいい感じ。特に理由なんてない。ただ、本当になんとなくだが、仲良く出来そうな感じがした。 

 わたしは、ふとその女性のどんな人なのか顔が見たくなった。

 そうだ、まず挨拶をして、自己紹介をしないと、それから少し話しをしよう……そのあとで妹を紹介しよう……。

 わたしは貼り付けられたかのように閉じたまぶたを一生懸命に開けることにした。

音が近づいてくる。

 もう少しで目が開きそう……

 体の感覚がはっきり伝わってくる。

 布? わたしの体、布に包まれているのね? 

「まだ、目を覚まさないか……」

「手術は成功したはずだが」

 男性の声が聞こえた。

「……」

 誰かがわたしの手にそっと触れた。

 ああ……あの優しい声の人なのね? 

 手を握った人は黙ったままだったけど、わたしの顔を覗き込んだのもわかる。

 気配を感じながら、触れられた手の温もりをわたしは味わっていた。

 やさしくて、温かい、指が細くて、長くて……? うん?

 その瞬間、わたしの意識は、強烈な何かに押し上げられた。まるで海底から水面へと押し上げられたかのようで、私は一瞬息が詰まりそうになった。

「……!」

 いきなり鮮明な音と感触がわたしの中に飛び込んでくる。それに続いて目が開き、光が目の前を飛び交う。

 少しずつ光がおさまりはじめると視界に飛び込んできたのは白い天井と白い手、端正な人間の女性の顔。その大きな瞳とわたしの瞳がぶつかり、彼女はさらに大きく目を見開いた。

「き、気がついた!?」

「わ……マ、リー……」

 はじめまして、わたしマリー。見ての通りの黒猫で、いい匂いのするお店の裏に住んでるんですよ……。

 そう言いたかったけど、口に力が入らなくてうまく動かなかった。わたしは覗き込んでいた品のよさそうな、澄ました感じのするその人がさっきまでの優しい声の人だと一致するまで少しだけ時間がかかった。

 雨の日、出窓の向こうでツンと顔を上げ、自分には関係ない雨を眺めているシャム猫のような彼女の名前を知りたかったのだけれど、今はそれもできそうにない。

 体がひどく重い。冷たい感じのする天井とツンとした鼻の奥をつくような変わった匂いはあんまり好みじゃなかった。

 わたしは澄ました彼女と仲良くなりたくて、がんばって笑って見せた。

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