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さくら色のマリー・改訂版  作者: 葦原佳明
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第三話 アン

 姉さんはとても小さかった。

 年齢からすればもう大人になっているはずなのに。妹のわたしから比べると体つきはだいぶ違っていた。

 小さいながらも端正な顔立ちと均整のとれたバランスのいい姿は、妹の私から見ても綺麗だった。歩く姿も、走る姿も、跳ぶ姿もすべて様になっている。

 軽やかで優雅。常にお日様の匂いがしていた。

 自分もああであったなら、と思うほどに。

「どうしたの、姉さん……?」

「アン」

 わたしは姉さんの隣に腰かけると姉さんの元気のなさそうな顔を覗き込んだ。暗い目をしている。最近よく見る姉さんの顔だった。

 姉さんはふとわたしに目を向ける。琥珀色のまんまるの瞳でまじまじと見られ、わたしは思わず視線をそらした。

「な、なに?」

「最近、母さんに似てきた」

「母さんに? そう、かな?」

 母さんは幼い頃に亡くなってしまった。死んだ母さんも綺麗だった記憶がある。姉さんの方こそ似ていると思ったけど、わたしはそれを言わなかった。言ったとしても姉さんが信じないことがわかっていたから。

「アン、まだパートナーを決める気はないの?」

 姉さんの言葉にわたしはわざとわかるようにため息をついて見せる。

「……まだ早いと思うの」

 いつもの会話。しかし、実際にはもうわたしたちはそういう年齢なのだ。

 子どもから大人へとなる時間的な段階はすでに済もうとしている。まわりでは同じ歳くらいの子が パートナーを決め、子どもを連れて歩き、子の世話に日々を追われている。

 この春にも、温かく明るい陽射しとともに新たな親子が誕生するだろう。

 わたしたち姉妹はその流れに乗り遅れようとしていた。いや正確に言えば、わたしは乗らなかったのだ。

「わたしに気を使う必要はないよ」

「別にそういうわけじゃないけど」

 わたしは姉さんを見ずにそう言った。

 わたしは姉さんが子どもを欲しがっているのを知っていた。けれど、体の小さな姉さんは子どもどころか恋愛すらもままならない。

 もしわたしが子どもを生んだなら、姉さんは喜んでくれるだろうか? それとも悲しくなるだろうか? それがわからなかった。

 ただ、姉さんを傷つけたくない気持ちだけははっきりとしている。

 だとしたら、今のまま、このままでいる方がいい。それがわたしの結論だった。

 姉さんはかしこいから、きっとわたしの考えなどわかっているだろう。

でも、それでいい。

「姉さん?」

 姉さんはスッと立ち上がるとトコトコと歩き出した。

「散歩してくる」

「うん……」

 姉さんはそれだけ言い残して歩いていった。

 私は姿勢のよく歩く姉の姿を見送った。その後ろ姿は美しく、見とれてしまうほどだ。

 気品すら感じるあの立ち姿を見るたびに、姉のようにはなれないのだろうか思う。

 そして、それが、わたしが見た姉さんの最後の姿だった。お日様のような匂いをわたしが嗅ぐことはもうなかった。


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