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さくら色のマリー・改訂版  作者: 葦原佳明
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第一話 さくら

「ちっ……」

 舌打ち。

 繁華街の喧騒と目に飛び込むやかましいネオン。人を寄せ付けない緊張感を放つ人の群れ。その流れに乗らなければ、見知らぬ誰かにぶつかり、睨まれる。ただ、それ以上のことは起きないが。 人の流れに溶け込みながら、ピシリとした黒い戦闘服を着た男達が、うまい話を甘い声で問いかける。だが、足を止めるものはそうそうにいない。

 気がつけば流れに逆らうように彼女は歩いていた。

 見知らぬ人間が訳知り顔で向ける視線を肩で振り払いながら、ただ歩く。

 ここも窮屈だ。

 乾燥した視線と風に肌も濡れた唇も渇いていく。

 逃れるように群れを離れ、路地を曲がった。渇いた温もりを失うと、今度は冷たい風が吹き込んだ。

「ああ……」

 言うつもりもないのに声が漏れた。群れた途端に彼女の背後に気持ちの悪い感覚が迫って来る。

 心臓と気管を一気に掴まれたような感覚に襲われ、彼女はまた舌打ちした。今度は先ほどよりも露骨に。誰もいないこの場所で、誰かに聞かせるように。

 やらなきゃいけないことがあるんだ。

 もう背中に迫っている。振り向けばすぐそこにいそうなほど近くに迫っている。

 やれない理由が見えないガラスの壁のように立ちふさがっていく。

 振り払おうとすれば皮のベルトに縛れたように彼女の動きを奪ばわれ、もがけばベルトを赤く濡らす。その正体を見ようとすれば目隠しをされ、そのものを知ることはできない。

 だから彼女は目を向けない。身動きの取れない恐怖を受けるくらいなら、動かない方がいい。見ない方がいい。この気持ちの悪い感覚を背負ったまま、僅かに震えた手で赤と黒でデザインされた箱から煙草を取り出し口にくわえた。

 銘柄は何だったか? 

 気持ちを紛らわせるために自問する。想い出すのも確認するのも億劫だ。

 煙草は、前の男が吸っていたものと同じもの。

 その男とは数日前に別れた。その時ものがまだ残っていたのだ。

 火をつけ、浅く吸ってすぐに煙を吐いた。

 まずい……。

 鼻から抜ける匂いに男の服や腕、胸の匂いまでよみがえり顔をしかめた。その匂いが自分にまとわりついてくるようですぐに煙草を投げ捨て踏みつける。

 また違った。

 彼女は思った。

 胸に落胆が腰を下すと、気持ちはまたいつもようにざわついた。

「ちっ」

 舌打ち。

 まあ、いい……。 

 男なんていくらでもいる。今回がハズレただけだ……。

 彼女はまだ若かった。そして女性としての魅力もあった。男が好む服装もメイクもわかっている。 身長こそ高くはないが、自分の体つきが男たちにとって魅惑的に映ることも知っていた。

 しかし、うまくいかない。すべてが。

 それもこれも……

「……くそっ」

 その瞳はつねに彼女に向けられていた。

 その耳はつねに彼女に向けられていた。

 その手はつねに彼女に……

「ああ! くそぉ……!」

 悪態をついて振り向いた。

 誰もいない。

 振り向いた瞬間に後ろに回り込んだのではないかと思うほど、その気配は鮮明に脳裏に張り付いている。

「お前らがいなければ……!」

 何でもできるんだ。自由なんだ!

 彼女はまた光零れる群れの流れに向かい歩き出した。

 背後に感じる幼い少女の視線を振り払うように。 

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