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アンドロイドのナナ

「本当に、機械化しなくてもよろしいのですか?」

 医務室のベッドで寝ている僕に尋ねるE2―OA77Eと呼ばれた少女。いくつものベッドが並ぶ医務室はかなり広いが、今は僕と彼女の二人きりである。

「うん、治るなら自然に治したいんだ」

「しかし、貴方の右足は骨折しておりますので、機械に付け替えたほうが早く治療できるのですが」

 何とも話の通じない娘である。先ほどから何度もこのやり取りを繰り返しているのだ。僕の足は言うまでもないがプラモデルじゃない。

「いや、親からもらった体だからさ、大事にしたいんだよ」

「そうですか。私にも父がおりますのでわかります。では、右足は防腐ケースに保存するということでよろしいでしょうか」

 あれれー? 本当に通じてないみたいだぞ? この子はどうしても僕の足を切りたいのかな? そういう趣味なのかな?

「いやお願いだから切らないでください。お願いします」

「かしこまりました。では、代謝を促進させて骨の癒着を早める治療を施します。貴方の怪我の状況ですと、治療に一週間ほどかかると思われます」

 少女は無表情のままだが、心なしか残念そうである。それが、どうしても僕の足を切りたかったからなのか、治りが遅くなるからなのかは判断できない。

「ありがとう。ところでさ、君、名前なんていったっけ? 僕はアサト。フルネームはアサト・ギュウタンシオ」

 先ほどザジンと名乗る老人が何やら呪文のような名前で呼んでいたが、確認のためもう一度聞くことにした。

「申し遅れました。アサト様。私の名前はE2―OA77Eと申します。以後お見知りおきください」

 丁寧にぺこりとおじぎをするE2―OA77E。なんとも変わった名前である。というか人間なのだろうか。

「長くて呼びづらいんだけど、ニックネームとかないの?」

「ありません。ここにいる人間は私とお父様の二人だけですので、お父様がその名で呼ばれる限り必要ありませんので」

 彼女ははっきりと人間と言った。やはり人間なのだろう。それにしてもあのおやじ、娘になんて名前をつけやがるんだ。

「じゃあ僕がつけるよ。えっと……ナナとかどうだろう?」

 と僕が提案すると、彼女は少し考えて、

「アサト様がそう呼ばれるのでしたら、その名を私の呼称と認識することにいたします」

 と、ナナは無表情のまま言った。

「ありがとう。それと、そのアサト様っていうの、やめてくれない? なんかむずがゆくってさ」

「かしこまりました。ではギュウタンシオ様とお呼びいたします。どこがおかゆいのでしょうか」

 とか言いながら両手をわしゃわしゃさせるナナ。

「いやそういうことじゃなくてだね、アサトって呼んでくれないかな?」

 ナナは少し首をかしげて、「アサト様?」と答えた。

「じゃなくて、様をつけなくていいってことだよ」

「それはいけません。アサト様はお客様ですので、失礼をいたすわけにはまいりませんので」

「僕が気にしないっていうんだから、いいんだよ。それに様付で呼ばれるほうが、僕にとっては失礼なんだ」

「そうですか……それではアサトさん、と呼ばせていただきます」

「うーん……まぁそれでいいか。よろしくね、ナナ」

「はい。不束者ですが、一週間お世話をさせていただきます」

 深々と礼をするナナ。それってお嫁に来る時のセリフじゃないのか。

「そういえば、あのザジンさんだっけ、あの人と二人きりって、他の人はいないの?」

「はい。物心がついた頃には、すでにお父様と私のふたりきりでした」

 なんだかおかしい話である。そもそもザジンとナナは親子にしては年が離れすぎているし、ナナの母親にあたる人物が話に上らない。あるいは兄弟も。単なる偶然なのだろうか。この話はあまり深く突っ込まないほうがよいのだろうか。

「ナナは寂しくないの?」

 ナナは少し考えてから、

「お父様がいますので、寂しくはありません」

「外の世界を見たいとか思わないの?」

「外……ですか? 外とは一体なんのことでしょうか」

 僕は驚きを隠せなかった。ナナは外というものの存在自体を知らないのである。そんなことはありうるのだろうか。

「ここは、大きな基地の中なんだよ。外にはもっと大きな宇宙が広がってるんだ」

「宇宙……ですか。 私には想像もつきません」

 ナナにとってはこの基地の中が世界のすべてなのである。

「でも……アサトさんや他の皆様はとても生き生きしてらっしゃいました。きっと宇宙とは、とても素敵なところなのでしょうね。よろしかったら、私に宇宙の話をしていただけませんか?」

 ナナの表情が心なしか明るくなったような気がした。ナナは基本的に無表情だが、決して無感動なわけではないようである。しかし言わせてもらうと、ナナの意見は若干的外れである。なぜならナナと初めて顔を合わせたとき、僕は心底疲れ切って自分の行く末に絶望していたし、ミルに至っては半分魂が抜けていた。かろうじて元気だったのは誰かさんだけである。

「いや、僕はとってもへとへとだったよ。まぁ今はナナのおかげで少し元気になったけどね」

「それはよかったです」

 ナナは少しだけ微笑んで祈るように両手を胸の前で組み合わせた。なんだ、ちゃんと笑えるんじゃないか。

「そういえば、外の話だったね。僕も実は外に出てからの経験は少ないんだけれど、ここまで旅してきたことを話すよ」

 僕はこれまで起こった出来事をナナに話した。変な食べ物が出てくる機械のこと、宇宙ゴキブリのこと、ならず者の集まる惑星のこと、そこでは卵を使って戦うことなど。ナナはどの話にも興味深そうに真剣に耳を傾けていた。

そうやって話しているうちに、僕はいつの間にか疲れて眠ってしまっていた。


 ***


「――サト」

 ぼんやりと声がする。

「アサト!」

 どうやら僕が呼ばれているようだ。

「起きなさいったら」

 うっすら目を開けると、ソフィとミルがベッドを取り囲んで見下ろしていた。

「暇してると思ってお見舞いに来てあげたわよ」

「あ、あぁ。ありがとう」

 僕は目をこすりながら言った。

 どれくらい寝ていたのだろうか。

「あーくん、お疲れなのです?」

 ミルが心配そうに僕を見ている。

「あれ、ミルって前から僕のことあーくんって呼んでたっけ」

「だってアサトさんは『さ』が二回も出てくるから呼びにくいです! それにあーくんのほうが可愛いですよ? 呼び捨てだと船長さんと被っちゃうのでなんか嫌ですし」

 なんだかよくわからんが本人が満足そうなので甘んじて受け入れることにした。

「ていうかソフィのことは相変わらず船長さんなんだね。そっちの方が呼びにくくない?」

「船長さんは、船長さんなのです」

 即答するミル。

「ん?どういう意味?」

「船長さんは船長さんで船長さんの命令は絶対なのです」

 無表情のままぶつぶつつぶやくミル。その眼はうつろで……っていうか瞳孔開いてる!? 先の騒動がよほどトラウマになったのだろう。

「おはようございます。アサトさん」

 枕元に座っていたナナが、僕が眠る前と全く同じ姿勢で言った。

「ずっとそこにいたの?」

「はい。アサトさんを看病するのが現在の私の仕事ですので」

「あなた、この野蛮人に変なことされなかった?」

 とんでもない言われようである。

「いえ。アサトさんは私といることで少し元気になられて、アサトさんも経験が少なく、疲れていらっしゃるのに私を喜ばせるため頑張ってくださいました。やがては疲れて眠られてしまいましたが」

 あれれ? だいたいあってるけど何かが決定的におかしいぞ?

「……アサト?」

「…….なんだかやらしいです?」

 ソフィとミルが怖い。ソフィはいつもの銃を腰につけたまま握りしめ、ミルは耳としっぽをピンと立てきらきらした目でこちらを見ている。というかこのナナという少女はわざとやっているのだろうか。

「いや違うって! 少しお話しただけだから!」

 必死で誤解を解こうとする僕。

「アサトさんのおっしゃる通りです。私がしてほしいと懇願し、アサトさんはそれにこたえて私を喜ばせてくださっただけですので」

「おい! 大事なところをはしょるんじゃない!」

 外の話を聞けたことがよっぽど嬉しかったのか、喜ばせてもらったということを強調するナナ。それはそれでこちらとしても話した甲斐があったというものだが、今それは重要ではない。

「大事なところとは、何のことでしょうか? アサトさんがへとへとになられたということでしょうか」

「へとへと……」

「そんなに……」

 いよいよソフィがわなわなと震えだす。ミルはしっぽをぶんぶん振っている。僕の旅はここまでかもしれない。

「ひ、被告人、ギュウタンシオ・アサトに刑を言い渡す……」

 とか言いながら銃を抜くソフィ。言い渡される前からどんな刑かわかっちゃう不思議。

「これぞ修羅場です!」

 ミルも相当エキサイトしているようだ。

「ナ、ナナ! 助けて!」

 ナナは首をかしげている。ソフィは銃を抜く動作をピタリと止める。


「ナナ……ってその子の名前?」

「うん。長い名前だったから、僕がニックネームをつけたんだ」

 ソフィとミルは何やら困ったような悲しいような表情で顔を見合わせた。

「アサトさんが私につけてくださいました。皆様もお好きな方でお呼びください」

 ぺこりとお辞儀をするナナ。

「そう……なんだ。いい名前ね」

「はい。私もとても気に入っております」

「う、うちもナナちゃんって呼ぶです!」

 はい! と手を挙げるミル。

「はい。よろしくお願いします。そういえばそちらの小さい方のお名前をまだ伺っておりませんでした」

「うちはミルです! あと小さいは禁句です!」

「かしこまりました。ソフィア様、ミル様、短い間ですがよろしくお願いいたします」

 ナナはそういうと深々と礼をした。

「こちらこそよろしくね。っていうか、ほんとうに人間と……」

 何かを言いかけて、ソフィは慌てた様子で口をつぐんだ。ミルがソフィの服の裾を掴んで悲しそうな表情で首を振っている。

「どうした?」

 僕がそう聞くと、

「「な、なんでもない(です)!」」

 と二人して慌てて言った。なんだか微妙な空気。

「お二人は仲がよろしいのですね。うらやましいです」

「誰がこんなコソ泥と!」

「うぅ、船長さんいい加減に名前で呼んでほしいです……」

「嫌よ。そういえばなんだっけ。あんたはここにおいてくんだっけ」

「はう! ここに置いて行かれたらうち、ここで寿命をまっとうしてしまいそうです!」

 耳をペタンとさせて、

「お願いだからもう少し交易のあるところまで連れて行ってほしいです……」

「まぁいいわ。アサトと違ってあんたは役に立たないでもないし、次に停泊するところまでは乗せてあげるわ。ここでは記憶消去装置手に入らなかったしね」

 手に入らなかったのか。初耳である。まぁ軍事施設のようだし、そんなものは必要ないのか。

「皆様はこれからも外の世界でたくさん冒険をなさるのですね」

 ナナが独り言のようにつぶやいた。

 それを聞いたソフィとミルははっと目を見開いて、

「ナナ。ちょっと席を外してくれるかしら」

 と言った。少し声が緊張しているのを感じた。

「それはできません。アサトさんの看病をするように、お父様から申し付かっておりますので」

 無表情で首を振るナナ。

「少しの間でいいのよ。そうね、じゃあ何か食べ物をとってきてくれるかしら。おなかすいちゃったし、アサトも腹ペコのはずよ」

「そういうことでしたら、かしこまりました。栄養管理も看病のうちですし」

 そういって席を立つナナ。


 ナナが医務室を出ることを確認して、ソフィはナナが座っていた椅子に座った。

「アサト。あんたあの子…ナナのこと、どこまで知ってるの?」

 ソフィは真剣な面持ちで問いかけてくる。

「どこまでって…あのザジンさんって人とナナの二人で暮らしてきたことくらいしか知らないけど」

「そう……あのね、あの子はね……」

 ソフィがそう言いかけたとき、

「船長さん!」

 ミルが何か言いたげにソフィを見ている。その眼はとても悲しそうにうるんでいる。

「アサトは知っておいたほうがいいわ」

 そういうと、無言で了承したのか、ミルは耳としっぽをしゅんとさせてうなだれた。

「あの子……ナナはね、有機アンドロイドなの」

 一瞬、ソフィが何を言っているのかわからなかった。

「え? でもあの子は自分を人間だって言ってたよ?」

 僕の言葉に、ソフィが少し申し訳なさそうに答える。

「ザジンさんがそういう風に彼女に吹き込んだのよ。彼女を人間として育てたって。そのために余計な情報を取得しないように制限しているって」


 ナナがアンドロイド。

確かに、そう考えると合点がいく部分も多い。彼女の母親のこと、父親と年が離れていること、ついこないだまで宇宙にこんな世界が広がっていることを知りもしなかった僕よりも乏しい知識。真の意味で、ナナにはこの基地の中が世界の全てだったのである。

「だからね、アサト。あの子にはあんまり余計な話をしないであげて。私たちは船とあんたの足が治ったらここを出る。外の世界に夢を抱いたまま、ここで暮らしていくのは酷だと思うの」

 僕は自分の軽率さが恥ずかしくなった。だが今更手遅れである。ナナは外の世界の存在を知ってしまった。

「何とか……ならないの?」

「残念だけど、私たちにはどうすることもできないわ」

 うつむいてソフィは言った。

「そうだ! ナナを一緒に連れていけないかな?」

「無理よ。有機アンドロイドは存在自体が違法なのよ。それにザジンさんを一人でおいていくつもり?」

「じゃあ二人とも連れていけばいいじゃないか。それに存在自体が違法っていうなら僕だってそうだ。なんで僕はよくてナナはだめなんだ?」

「あんたのは事故よ。それに、ザジンさんはここに残りたがってる。説得なんてできないわ」

「そんな……こんなこと言いたくないけど、ザジンさんが亡くなったあと、ナナはどうなるんだよ! 一生一人で、永遠の時間をここで過ごすっていうのか?」

「それは……」

 腕を組んで言いよどむソフィ。 ミルは終始無言でうなだれている。

 その時、医務室の扉ががちゃりと開いた。

「お食事をお持ちいたしました」

 ナナが部屋に入ってくると、僕たちはみな鎮痛な面持ちで押し黙った。

12/1 分割いたしました。

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