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ならずものの星

 僕がコールドスリープカプセルで睡眠してからしばらくたった後、突如、けたたましい警報音がコールドスリープカプセル内に鳴り響いた。僕はびっくりしてカプセルの天井で頭をぶつけた。カプセルを開いて外に出ると、船内全体が警報音に包まれていることがわかった。


「ソフィ! ソフィ! 一体これは何なんだ!」

 ドンドンと船長室の扉をたたく。

「もー。うるさいわね。ボングの重力圏が近づいたらアラームなるように設定しといたのよ。もうすぐ行くからブリッジで待ってなさい」

 しばらくブリッジのソファに腰かけていると、居住スペースの自動扉が音もなく開いた。出てきたソフィはいつものジャージ姿ではなく、黒のタンクトップにデニムの短パンというラフないでたちだ。ブリッジに来るなり、ソフィはいつものリクライニングチェアーに腰かけて、リモコンのようなものを操作した。すると、青空が映し出されていた大窓に、青い惑星が映し出された。


「窓を透過モードにしたわ。目の前のあれがボングよ」


 惑星ボング。

 バルゾレ星系の第三惑星である。バルゾレとはボング語で輝く宝石を意味し、生物が生息可能な惑星は、第三惑星のボングと、第四惑星のシルスである。どちらも小型の惑星で、陸が一つしかない。両者の気候は大きく異なり、ボングは年中熱く、シルスは年中寒い。バルゾレ星系の政治部はシルスにおかれ、市場はボングにおかれている。居住区は、両者のちょうど中間にコロニーが設けられており、人々はそこで生活をしている。なぜこのようなはっきりとした役割分担になったかというと、ボングは暑すぎてデスクワークに向かないためである。また、美しい海を年中楽しめるボングでは、サラリーマンも5分以内にシャツを脱ぎ捨てて海に駈け出してしまうので、人々は自制のため、お堅い仕事場はシルスに設けることにしたのである。しかしながら、シルスはシルスで寒すぎるのが問題である。本来ならばシルスにある役場が市場を監視しなければならないが、寒いのでどうにもやる気が起きないらしく、ボングは半無法地帯と化している。このことを問題視したシルスの中枢部が100年ほどまえにある法案を可決して、その無法化対策が一応は効いているらしい。


「はい、これ」

 ソフィは僕に何かの皮でできているらしい袋を渡してきた。もってみると結構重い。

「これ何?」

「それは宇宙ニワトリの卵よ」

 僕はもう驚かない。宇宙にもやはりニワトリはいるのだ。

「なんでこんなの持ってくの?」

「ボングでは、争いごとに武器を使うことが禁じられているのよ。もめごとは卵投げで解決するか、どうしても決着がつかないときはあみだで決めるっていう決まりなの」

 卵投げ。何かのコントみたいだが、ソフィが全然笑ってないのでどうやら本当らしい。そうこうしている間に、ボングの衛星軌道上にあるドックに船の接続が完了した。


 ボングはティーアップしたゴルフボールみたいな形をしている。陸が一つしかないため、その周囲の海上に約数千万本の軌道エレベータがそびえ立っており、さながら柱のようになっている。軌道エレベータはそれぞれ独立した衛星軌道上のドックにつながっており、その形態は立体駐車場によく似ている。つまり、僕らがボングに滞在する期間内、このドックは僕ら専用として使えるわけである。もちろん料金はかかるらしい。

 え? そんな形で自転に問題をきたさないのかって? そんなことは僕にもよくわからない。


「さ、いくわよ。あ、一つ注意なんだけど、下に降りたら誰に話しかけられても無視しなきゃだめよ。いい?」

 僕は「わかった」と短く答えたが、内心ボングについてかなり嫌な予感を抱いたのは言うまでもない。


 軌道エレベータは二本一組の柱でできており、スイッチを押すとカプセル状の箱がくるくる回る仕組みになっている。回転扉のエレベーターバージョンだ。地上につくと、自動的に動く歩道的なコンベアが動きだし、ボング市場入口まで転送される。

「うへー。楽ちんだなぁ。こりゃ人間だめになっちゃうよ」

 僕が感嘆してそうつぶやくと、

「そうなのよね。今いろいろな銀河でオートメーション化が問題になっているわ。こないだ赤ん坊のころから一歩も動かず人生を全うした男っていうニュースが流れてから、オートメーション化反対の風が強くなっているわね。特に今はインプラントが流行しているし、現実にあるモノよりも、それを再現するデータのほうが高く取引されているわ。その方がお手軽だもん」

「もしそうなら、こんな市場って必要なくなるんじゃないの? データならネットワーク上でやりとりできるだろうし」

 単純な疑問である。

「それがそうもいかないのよ。インプラント用のデータも厳重な検閲があって、正式な認可を受けないと販売できないの。そうしないとドラッグとか風俗を乱すようなものが簡単に手に入るようになっちゃうからね。大手はそりゃちゃんと検閲通して販売しているけど、私らみたいな個人業者はそんなのいちいちやっていたら食べていけないのよ。だからこういうところでデータの権利売買をして、後は業者にお任せってわけ。ネット上はセキュリティポリスがいるおかげで危険なのよ」

 ソフィの話はあんまりわからなかったが、とりあえず僕はうなずいておいた。


 話をしているうちに、僕たちはボングの中央市場入口に到着した。軌道エレベータのせいで市場は薄暗いのかと思ったが、遠くに見える軌道エレベータは半透明だ。バルゾレの光をきらきらと反射していてとても美しい。

「目の前の大通りがメインストリート。主にインプラントデータ類を扱っているわ。右側の通りがマシナリーストリート。主に機械類の売買がされてる。で、私らが今から行くのが左側のジェネラルストリート。まぁ、それ以外のだいたいなんでも扱ってる店が並んでるわ。ボングの市場はだいたいこの三つの通りで出来てるの。で、今いる場所が中央入口広場だから、もしはぐれたりしたらここで待ち合わせね。まぁなるべくはぐれないように心掛けて頂戴ね」


 ボングの市場は東南アジアのマーケットのようにごたごたして、所狭しと露店が並び、人が行き来している。僕らのような人間の形をしたものや、顔だけ動物の人、なにやら得体のしれない形をした人、その姿は様々である。人々はみんな半袖短パンのラフな格好で、男は上半身裸の人すらちらほら見かける。 

 それはきっとこの暑さのせいだろう。気が遠くなりそうなくらい暑い。僕が額の汗をぬぐっていると前方からサングラスをかけた長身の男が近寄ってきた。

「ヘーイ! そこのカップル! こんなところでいちゃいちゃしてたら危ないぜ? どうだ? 俺を雇わないか? 俺は卵スナイパーのジョー。卵投げさせたら俺の右に出る奴はいねえ。安くしとくぜ?」

 ジョーと名乗る男はポマードでてかてかになった金髪をオールバックになでつけながらそう言った。この男もアロハシャツに短パンというラフな格好である。いかにもインチキくさい。僕が戸惑っていると、男は僕の腕をがしっとつかんで、

「あーあー。こりゃ卵を投げなれてねえ腕だな。どうだ! 見るがいい! この俺の卵を投げるために鍛え抜かれたキンニクをっ!」

 とか言いながらポージング。正直寒いが、確かに筋肉はすさまじく盛り上がっている。卵を投げるためだけにこれだけ鍛え上げたのだとしたら、大した根性である。

「いらないわ。さ、いくわよ」

 ソフィが手でしっしっとあしらいつつジェネラルストリートに進もうとした。すると、そちらから赤シャツ黒髪の男がやってきて、

「よー綺麗なねーちゃん! こんなところ一人で歩いてたらあぶねーぜ? どうだ、このミスター卵マシンガンと呼ばれた俺様を用心棒として雇っちゃみないか?」

 とか言ってきた。

 ソフィはやれやれという顔つきで、

「いらない、いらない。急いでるから」

 と、また手であしらいつつ先を進んだ。それにしても卵スナイパーとミスター卵マシンガンはどちらのほうが強いのだろう。この分だと他にもいろいろいそうである。卵キャノンとか。


「卵ー!卵はいらんかー!」

 通りの入口は卵売りであふれかえっている。惑星ボングは間違いなく、宇宙一卵需要の高い星だろう。

通りをさらに進むと、何やらいかがわしい露店が多数並んでいた。辺りには怒号と卵が飛び交っている。奇妙な光景である。

 通りを中ほどまで進んだ左側に、ソフィが目的としていたらしい店はあった。古ぼけた感じのレンガ造りで、看板には古ぼけた文字で証明書屋と書かれてある。恐らくはボング語で。言語インプラントさまさまである。

「ここよ」

 そういってソフィは立てつけの悪いぎいぎいと音をたてる木製扉を開けて中へ入っていた。僕はそれに続いた。

 店内は薄暗いオレンジ色のランプで照らされていて、内装はほとんど木製である。宇宙に来てからというもの、金属製の壁や床ばかり見ていた僕は少しだけ懐かしさを感じた。歩くときしむ床もご愛嬌である。

 床はご愛嬌なのだが、店を入ってすぐ目につくどんとしたカウンターの向こうにいる人物はまったくといっていいほど愛嬌がない。

 まずおっさんである。はげである。頭頂部から左目にかけて大きな傷があり、眼帯をしている。その傷に沿うように、HELLという刺青が彫ってある(もちろんボング語で)。かなりの大男で筋骨隆々である。なぜか全裸の上にオーバーオールを来ている。そして、その男は無言でこちらを睨みつけている。

 正直街中で出会ったら光速で下を向いて足早に歩き去るところである。僕は卵の袋をギュッと抱きかかえた。

 投げるか!? 今なのか!? という僕の視線を無視して、ソフィはカウンターに近づき言った。

「大銀河連邦移民局発行の身分証一つ。名前は笹川アサト。本籍地はそうね、連邦加盟星ならどこでもいいわ。生年月日とか、あとは適当にして頂戴」

男はのっそりと体をゆすり、コンピュータにかちゃかちゃと情報を打ち込みながら答えた。

「11ボング金卵と5銀卵だ。あと、笹川アサトって名前だが、笹川とアサト別々なら使われてる惑星があるみたいだが、両方はないな。どっちかにしてくれ」

 男は無表情を崩さぬまま言った。僕は腹に響く低い声にびくっとなる。

「だってさ、どっち残す?」

 どっち残す? とは恐らく名前のことだろう。というかうすうすは感じていたが、やはり身分証は役所で発行してもらうわけではないらしい。少なくともこの男はどうみても役人に見えない。思いっきり偽装身分証である。僕は少し考えてから答えた。

「じゃあアサトを残してほしい。苗字はもうなんでもいいや」

「わかった。ヤキニク星系にはアサトっていう名前が多いから、そこで一番ポピュラーなファミリーネームを入れとくよ。お前は今日からアサト・ギュウタンシオだ。写真はもうとったから、あと30分ばかりで出来る。それまでに電子マネーを卵に交換してきてくれ」

 なんともおいしそうな名前になってしまった。というかそれならまだアサト・ハラミとかの方がよかった。まだ日本人っぽいし。ていうか本当に今まで牛肉なかったのかよ。なんだよヤキニク星系って。機会があればぜひとも行ってみたいものである。

 僕がその残念なネーミングにしょげていると、ソフィが踵を返して言った。

「もう、しょげてないで卵買いに行くわよ。なかなかいい名前じゃない。ギュウタンシオ」

「僕のことはアサトって呼んでくれ……ところで、卵ならもうあるんだけど、なんでまた買うの?」

「店主が言ってたでしょ? ボング金卵11と銀卵5って。ボングでは大銀河連邦電子バンクの引き落としが使えないのよ。セキュリティチェックがあるから。だから、事実上問題ないボング商会の印入りの卵を電子マネーで買って、それをこういう怪しいものの売買に使うわけ」

 なるほど。カジノのチップみたいなものか。それにしても、なぜ卵なんだろうか。気になるが、きっとそれほど大した意味はないのだろう。


「ていうか、なんか悪いな、おごってもらっちゃってさ」

僕がそういうと、ソフィが少し申し訳なさそうに言った。

「何言ってんの。もとはといえば私が連れてきたんだから、これくらいはしてあげるわよ」

 なんだかんだと傍若無人に振る舞ってはいるが、ソフィは意外と責任感が強いようである。なんだか少し嬉しくなった僕は、これでもうちょい性格がおしとやかだったらなぁと思わないでもないのである。

 卵への両替が終わると、店主の言った30分までまだ少し時間があるようなので、あたりを見て回ることにした。もちろんソフィに付き添ってもらってだが。彼女曰く、このあたりはボングでも特にいかがわしいものを扱っている店が多いから、何も知らないあんた一人じゃ不安だそうだ。なるほど、見渡してみると確かに怪しい店が多い。


「酒あるよー! データじゃない本物の酒だよ!」

「有機ドラッグはいかがっすかー。インプラのとは別ンとこイけますぜー」

 飛び交う客引きの声。ちなみに証明書屋の向かいは娼館のようで、店名は少女地獄。どんなコンセプトだか想像もしたくないが、とりあえず表に出ている娼婦はどうやらかなり年を食っているようだった。

「ここらはちっともかわんないなぁ。私が子供のころからこんな感じだよ」

 遠くを見るような目でソフィは言う。

「子供のころからこんなところに来てたの?」

「親がグルメハンターだったからね。基本私らは、日蔭もんなのよ。未知の食材はだいたい未開惑星にしか残ってないからさ。さ、ぼちぼち出来た頃じゃないかな」

 店内で身分証を受け取ると、僕は再び溜息をついた。やはり名前はアサト・ギュウタンシオである。まぁわかっていたのだが。にやにや笑っているソフィが若干憎たらしい。


 店の外に出ると、あたりが何やら騒がしかった。通りの真ん中をびゅんびゅん卵が飛んでいる。

「待ちやがれこのコソ泥!」

 ひげを生やしたいかにも悪そうな顔つきの男が叫びながら卵を投げている。卵の飛ぶ先には小柄な少女が器用に走りながら卵をよけていた。

「泥棒だ! 誰かそいつを捕まえてくれ!」

 ひげの男が叫ぶ。

 この街で泥棒もくそもないのだろうが、ソフィに聞くところによると、この街での窃盗だけはご法度らしい。

 ギャラリーがざわつき、みなばらばらと卵を投げだしたが、少女は素早く、すべてかわしている。僕たちもギャラリーたちに紛れてついていったが、少女は素早く軌道エレベータに向かうコンベアにのり、こちらに向かってあっかんべーしている。なかなかの愛らしい顔立ちの少女だ。


「おー。すごいわねえ。あの身のこなし、ただモノじゃないわね」

 腕を組んで傍観者気取りのソフィさん。

「ソフィ。感心してるところ悪いけど、あの人が乗ったコンベア、僕らのドックに向かうやつみたいなんだけど……」

「なんですって!?」

 ソフィは慌てた様子で軌道エレベータのカードキーを取り出す。そこに書いてある番号は3119。見上げた半透明の軌道エレベータに蛍光グリーンで縦書きに書かれている数字も3119。どうやら彼女は僕らのドックに用があるらしい。

「ふん、カードキーがここにある限りエレベータは起動しないわ。あいつを捕まえて、あのひげおやじから報酬たんまりをもらおうじゃないの」

 とか言いながら優雅に歩き出すソフィ。

「でも、なんかエレベータ動いてるみたいだけど」

「なんですって!?」

 本日二度目のなんですっていただきました。とか僕が思っている間に、ソフィは猛ダッシュを始めていた。自動的に動いているコンベア上を猛ダッシュするソフィはものすごい速さで軌道エレベータに向かっていく。僕も転びそうになりながらなんとか後を追った。


 軌道エレベータで上にあがると、そのコソ泥はいた。僕らの船の前で何やらコンピュータをかちゃかちゃいじっている。

「観念しなさいこのコソ泥! 私の船のセキュリティは伊達じゃないのよ!」

「あの……ソフィさん、ハッチ開きかけてますけど」

「なんですって!? さっさとその卵投げなさい!」

 本日三度目の……とか考える間もなく、僕は卵を全力投球、そして見事命中。ソフィの船に。

「もう! なにやってんのよ! かしなさい!」

 ソフィは僕から袋を取り上げると、船に向かって走りながら、どおりゃああああという掛け声とともに卵を投げた。卵はコソ泥の後頭部に見事命中。ハッチから中へ入ろうとしていたコソ泥はどすんという音とともに船内に転げ落ちた。子供のころから来てただけあって、流石の腕前である。

「やばいよソフィ! ハッチが閉まりかかってる!」

「滑り込むわよ! 間に合ええええええ!」

 そう叫びながらソフィはハッチへダイブ。結論を言うと、ソフィは滑り込みセーフ。僕はハッチに足を挟まれて骨折した。

12/1 分割に伴い加筆・修正いたしました。

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